展示会クロニクル——写真映像産業を動かす見本市の歴史と未来(3)

第 II 部 個別史──主要展示会の軌跡
アメリカにはかつて、写真産業のもう一つの「心臓」があった。PMA Show——Photo Marketing Association International Convention and Trade Show。1924年に設立されたフォトフィニッシング業界団体が主催するこの展示会は、約90年にわたって北米の写真産業を支えた。しかし2016年、その長い歴史は事実上の幕を閉じた。Photokinaが「写真の技術」の展示会だったとすれば、PMA Showは「写真のビジネス」の展示会であった。その違いが、衰退の経路をも異なるものにした。
PMAの起源——フォトフィニッシング業界の結束(1924–1970年代)
Photo Finishers Association of America
PMAの歴史は1924年に遡る。当初の名称は「Photo Finishers Association of America」——写真現像業者の業界団体であった。創設者はPaul BurgessとT.R. Phillips。写真現像サービスの成長を促進するために設立された、まさに「現像屋さんの集まり」であった。
この起源は重要である。なぜなら、PMAの本質は最初から「写真を撮る側」ではなく「写真を仕上げる側」——つまりフォトフィニッシング産業に根ざしていたからである。カメラメーカーよりも、現像所、プリントサービス、写真用品小売店の利益を代表する団体であった。
Master Photo Dealers and Finishers Association(1946年)
1940年代に入ると、写真用品の販売店(ディーラー)を組織していたNational Photographic Dealers Association(1933年設立)との合併が実現し、1946年に「Master Photo Dealers and Finishers Association(MPDFA)」が発足した。単なる名称変更ではなく、現像業者と販売店という写真産業の川下を担う二つの業界団体が統合されたのである。小売・サービス業としての写真産業を包括的に代表する組織へと成長していった。
Photo Marketing Association International(1974年)
1974年、MPDFAは「Photo Marketing Association International(PMAI)」に改称された。「マーケティング」という語が冠されたことに注目したい。これは、写真産業が単なる現像・プリントの技術的サービスから、マーケティングとリテール(小売)を軸としたビジネスへと変貌しつつあったことを反映している。
PMAIは最盛期には100カ国以上に17,000以上の会員を擁し、写真用品の小売業者、現像業者、メーカー、プロフェッショナルフォトグラファーをネットワークする巨大な業界団体へと成長した。
PMA Showの黄金時代——写真ビジネスのハブ(1980年代–2000年代前半)
展示会としてのPMA Show
PMA Showは、PMAIが主催する年次のコンベンション&トレードショーであった。ラスベガスを主な開催地とし(年によってオーランド等他都市でも開催)、毎年1〜2月に開催されるのが恒例であった。
Photokinaが「ヨーロッパの写真技術の祭典」であったのに対し、PMA Showは「北米の写真ビジネスの商談会」であった。この違いは出展者と来場者の構成に明確に反映されていた。
PMA Showの主な出展者構成
- フォトフィニッシング機器メーカー:ミニラボ機器(Noritsu、Fujifilm、Kodak等)、大型現像プリンター、印画紙メーカー
- カメラメーカー:Canon、Nikon、Olympus、Pentax、Sony等の大手メーカーが新製品を展示
- 写真用品小売関連:ディスプレイ、店舗什器、POS(販売時点情報管理)システム、在庫管理ソフトウェア
- フィルムメーカー:Kodak、Fujifilm、Agfa等のフィルム・印画紙ブース
- 写真館・スタジオ向け機器:照明、背景、アルバム、フレーム
- デジタルイメージング関連:(2000年代以降)デジタルカメラ、メモリーカード、画像編集ソフトウェア、インクジェットプリンター
PMA Showの主な来場者構成
- 写真用品小売店のオーナー・バイヤー
- フォトフィニッシング(現像・プリント)サービスの経営者
- 写真館・スタジオの経営者
- メーカーの営業・マーケティング担当者
- メディア
注目すべきは、PMA ShowがPhotokinaに比べて「小売・サービス業」色が極めて強かったことである。来場者の多くは、最新技術を見に来るエンジニアではなく、次のシーズンにどの製品を仕入れるかを決めに来るバイヤーであった。
最盛期の規模
PMA Showの最盛期は1990年代後半から2000年代前半にかけてである。この時期の出展社数は800〜1,000社程度、来場者数は20,000人を超えていた。Photokinaの17万人規模には遠く及ばないが、参加者の質——つまり「購買決定権を持つバイヤーの比率」——ではPMA Showが勝っていたとされる。
PMA Showは、カメラメーカーにとって北米市場向けの新製品を発表する重要な場でもあった。Photokinaが偶数年開催であったのに対し、PMA Showは毎年開催されていたため、奇数年にはPMA Showが事実上の「年間最大の写真展示会」として機能していた。
転機——デジタル化とフォトフィニッシングの崩壊(2000年代後半)
フィルム現像需要の消失
PMA Showの衰退は、Photokinaとは異なる経路をたどった。最も直接的な打撃は、フォトフィニッシング産業の崩壊であった。
デジタルカメラの普及により、フィルム現像の需要は2000年代に急速に減少した。アメリカ国内のフィルム現像所は次々と閉鎖され、ミニラボ機器メーカーは事業縮小または撤退を余儀なくされた。PMA Showの出展社の中核を成していたフォトフィニッシング関連企業が次々と姿を消したのである。
具体的なデータを示す。アメリカにおけるフィルム現像・プリントの市場規模は、2000年の約50億ドルから2010年には10億ドル以下に縮小したと推定される(PMA Research/InfoTrends等の調査に基づく)。わずか10年で市場の80%以上が消失した計算になる。
デジタルプリントへの転換の失敗
PMAは、フォトフィニッシング産業のデジタルへの転換を模索した。デジタル写真のプリントサービス、キオスク端末によるセルフプリント、オンラインフォトプリントサービスなどが推進されたが、根本的な問題があった——消費者がもはや写真をプリントしなくなっていたのである。
スマートフォンとSNSの普及により、写真は「プリントして飾る・アルバムに保存する」ものから「画面で見て・シェアして・消費する」ものへと変わった。この変化は、PMAの存在意義そのものを脅かすものであった。
写真用品小売店の衰退
PMA Showのもう一つの主要来場者層であった写真用品小売店も急速に衰退した。アメリカの写真専門小売店は、2000年代を通じて大量閉店が続いた。Ritz Camera(全米最大の写真専門チェーン、約800店舗)は2009年2月にChapter 11(連邦破産法第11条)を申請し、300店舗以上を閉鎖。経営者一族による買収で一旦再建を図ったが、2012年6月には二度目の破産を申請して清算に至り、事実上消滅した。この象徴的な出来事は、PMA Showの主要来場者層が物理的に消滅しつつあることを示していた。
PMA@CES——最後の延命策(2012–2016年)
CESとの統合
出展社数と来場者数の減少が止まらないPMA Showに対し、PMAIは2012年、大胆な方針転換を行った。単独開催のPMA Showを廃止し、CES(Consumer Electronics Show)の中に「PMA@CES」として展示スペースを設けるという「間借り」方式への移行である。
CESは毎年1月にラスベガスで開催される世界最大の家電展示会で、来場者数は15万〜18万人規模(2012年当時は約15万3,000人、ピーク時の2018年には約18万8,000人)に達する。PMAIは、CESの巨大な集客力に便乗することで、写真関連の出展を維持しようとした。
しかし、この戦略は成功しなかった。
PMA@CESが失敗した理由
- アイデンティティの喪失:PMA@CESは、CESの広大な会場の中の一角に過ぎなかった。写真産業専門の展示会としてのアイデンティティは失われ、来場者にとっても出展社にとっても「わざわざPMAの名前を冠する意味」が薄れた。
- 来場者層のミスマッチ:CESの来場者は家電全般に興味を持つバイヤーやメディアであり、PMA Showの主要来場者であった写真専門小売店のバイヤーやフォトフィニッシング業者とは異なる層であった。
- カメラメーカーの独立展示:Canon、Nikon、Sony等の大手カメラメーカーはすでにCESに独自の大型ブースを構えており、PMA@CESの枠組みを通じて出展する必要性がなかった。
PMAIの解散(2016年)
2016年、PMAIは他の業界団体と合併する形で事実上解散した。Inside Imaging誌のDon Franz記者が「The Rise and Fall of PMAI」と題した記事で詳細に報じたように、約90年の歴史を持つ業界団体の消滅は、フォトフィニッシング産業の終焉を象徴するものであった。
PMA ShowとPhotokinaの比較——なぜ衰退の経路が異なったのか
PMA ShowとPhotokinaは、ともに「写真産業の展示会」でありながら、衰退の経路が異なっていた。その違いを理解することは、展示会と産業構造の関係を理解するうえで重要である。
| PMA Show | Photokina | |
|---|---|---|
| 主催者の性格 | フォトフィニッシング業界団体 | 展示会運営会社(+業界団体) |
| 主な来場者 | 小売バイヤー、現像業者 | 業界関係者+一般消費者 |
| 出展社の中核 | フォトフィニッシング機器、写真用品 | カメラ・レンズメーカー |
| 衰退の主因 | フォトフィニッシング産業の消滅 | コンパクトカメラ市場の崩壊+カテゴリーの限界 |
| 衰退の速度 | 速い(2000年代後半に急減) | 緩やか(2010年代を通じて漸減) |
| 最終形態 | CESに吸収(PMA@CES) | 無期限休止 |
| 消滅年 | 2016年(PMAI解散) | 2020年(無期限休止) |
最も重要な違いは、衰退の根本原因が「出展社側」にあったか「主催者側の基盤」にあったかである。
Photokinaの場合、カメラメーカーという出展社のコア層は依然として存在していた。問題は、出展社が展示会に価値を見出せなくなったことにあった。
PMA Showの場合、出展社のコア層そのもの——フォトフィニッシング機器メーカー——が産業ごと消滅した。来場者のコア層——写真用品小売店のバイヤー——も同様に消滅した。展示会の「需給両面」が崩壊したのである。
PMA Showが残した遺産
PMA Showは消滅したが、いくつかの遺産を残している。
1. PMA Research(現InfoTrends)
PMAIは市場調査部門「PMA Research」を通じて、世界の写真産業に関する包括的な市場データを提供していた。このデータは、カメラメーカー、フィルムメーカー、小売業者にとって不可欠な経営判断材料であった。PMAIの解散後、写真産業の市場調査機能は主にInfoTrends(現Keypoint Intelligence)が担うこととなった。
2. 写真産業の「流通構造」への視座
PMA Showは、写真産業を「メーカー→流通→小売→消費者」というサプライチェーン全体で捉える視座を提供していた。Photokinaが「メーカーの技術力」を可視化する場であったのに対し、PMA Showは「写真がどのように消費者に届くか」というビジネスモデルを可視化する場であった。この視座は、現在のCP+やNAB Showにおいても部分的に受け継がれている。
3. Professional Photographers of America(PPA)との関係
PMAIの歴史の中で、プロフェッショナルフォトグラファー向けのセグメントも存在していた。Studio Suppliers Association(SSA)との連携を通じ、写真館・スタジオ向けの機材やサービスの展示が行われていた。この流れは、現在のWPPI(Wedding & Portrait Photographers International)やImaging USAといった専門イベントに引き継がれている。
日本人が知らないPMA Showの意味
PMA Showは日本国内ではあまり知られていない展示会である。日本のカメラファンにとっての「カメラ展示会」はPhotokina(ヨーロッパ)とCP+(日本)であり、PMA Showの存在は意識されにくかった。
しかし、PMA Showの歴史を知ることには重要な意味がある。それは、写真産業が「メーカーの技術革新」だけで動いているわけではないことを示しているからである。
写真産業には、カメラやレンズを製造するメーカーだけでなく、それを消費者に届ける流通網、撮影後の写真を仕上げるフォトフィニッシング、完成した写真を保存・展示するためのアルバムやフレーム——といった広大なエコシステムが存在していた。PMA Showはそのエコシステム全体を可視化する場であり、そのエコシステムの崩壊とともに消滅した。
2026年現在、同様の構造変化が他の分野でも進行している。たとえば、映像制作の分野では、従来のレンタルハウスを通じた機材供給モデルが、中国メーカーの低価格製品の普及により変化しつつある。展示会は、こうした「流通構造の変化」をいち早く可視化する場でもあるのである。
次章予告
第4章では、Photokinaの消滅とPMA Showの終焉を経て、世界で唯一の大規模写真専門展示会となったCP+(シーピープラス)を取り上げる。2010年の誕生から2026年現在までの成長、出展社構成の変化、そして「Photokina亡き後の世界」でCP+が担う国際的な役割について分析する。
展示会クロニクル——写真映像産業を動かす見本市の歴史と未来 (ガイドページ)
第Ⅰ部:展示会総論
第Ⅱ部:世界の主要展示会——個別史
- 2.Photokina——世界最大のカメラ展示会はなぜ消えたのか(1950–2020)
- 3.PMA Show——アメリカの写真産業見本市の栄枯盛衰(1924–2016)
- 4.CP+——Photokina亡き後の「世界唯一」へ(2010–現在)
- 5.NAB Show・IBC——放送・映像技術展示会と写真産業の交差点
- 6.InterBEE・Cine Gear Expo・BSC Expo——映像制作専門展示会の世界
- 7.Photo & Imaging Shanghai・BIRTV——中国・アジアの展示会が示す新潮流
第Ⅲ部:出展社分析と産業予測
- 8.出展社の変遷と商材の推移——展示会の数字が語る産業構造の変化
- 9.メーカー・商社が展示会に出展する意義——マーケティング・商談・ブランディングの三位一体
- 10.出展社から読み解く分野別業界予測——カメラ・レンズ・ジンバル・三脚・アクセサリー
- 11.展示会の将来予測——デジタル化・地域化・専門化の行方
典拠
- Inside Imaging, “The Rise and Fall of PMAI,” Don Franz, September 2016. https://insideimaging.com.au/2016/the-rise-and-fall-of-pmai/
- Photo Marketing Association International, Historical records.
- Camera-wiki.org, “PMA,” https://camera-wiki.org/wiki/PMA
- Wikipedia, “Photo Marketing Association,” https://en.wikipedia.org/wiki/Photo_Marketing_Association
- Grokipedia, “Photo Marketing Association,” https://grokipedia.com/page/photo_marketing_association
- InfoTrends (Keypoint Intelligence), Worldwide Photo Printing Market Reports.
- PetaPixel, Various articles on Ritz Camera closure and PMA history.
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