CMOSイメージセンサーの逆転劇

イメージセンサー・クロニクル (7)

写真の世界では、王者が静かに入れ替わっていた。第6章で見たとおり、1969年に生まれたCCDは、フィルムに代わって光を電気で捉える「電子の目」として撮像の歴史を切り開いた。2009年にはノーベル物理学賞がその功績をたたえている。ところが、CCDが栄誉の表彰台にのぼるころには、撮像素子の主役の座はすでに別の技術へと移っていた。いま私たちのスマートフォンやデジタルカメラの大半に入っているのは、CCDではない。CMOSイメージセンサーである。自動車の安全装置や、飲み込む内視鏡にも使われている。

かつてCMOSは「画質でCCDに劣る安物」と見下されていた。その格下の挑戦者が、どのようにして王者を追い越したのか。逆転劇の中心には、一本の挑発的な題名を持つ論文があった。1993年、NASAジェット推進研究所(JPL)の技術者エリック・フォッサムが発表した「Active Pixel Sensors: Are CCD’s Dinosaurs?(アクティブピクセルセンサー、CCDは恐竜か)」である。本章では、この論文を起点に、CMOSイメージセンサーの原理と、それがCCDを逆転できた理由を追う。

目次

CMOSイメージセンサーの原理(アクティブピクセル)

CCDとCMOSの違いを一言でいえば、「電荷を運ぶか、その場で電圧に変えるか」である。

第6章で見たCCDは、画素で生まれた電荷を、バケツリレーのように隣の画素へ次々と受け渡し、端まで運んでから一つの出力アンプでまとめて読み出す。この方式は雑音が少なく画質に優れる一方、電荷を一滴もこぼさずに長い距離を運ぶという、きわめて難しい芸当を必要とした。

CMOSイメージセンサーは発想が違う。画素そのものに小さな増幅回路(トランジスタ)を組み込み、光で生じた信号をその場で電圧に変えてしまう。あとはメモリの読み出しと同じように、行と列を指定して電気配線を通じて信号を取り出す。電荷を物理的に運ぶ必要がないのだ。このように画素内に能動素子を持つ方式を、アクティブピクセルセンサー(APS、能動画素センサー)と呼ぶ。

この呼び名と定義を明確に打ち出したのがフォッサムの1993年論文である。原文はこう述べている。

An active pixel is defined as a detector array technology that has at least one active transistor within the pixel unit cell.

和訳すれば、「アクティブピクセルとは、画素の単位セルの中に少なくとも一つの能動トランジスタを持つ検出器アレイ技術と定義される」となる。さらに論文は、この方式の核心をこう説明する。

With the active pixel, the signal is driven from the pixel over metallic wires rather than being physically transported in the semiconductor.

「アクティブピクセルでは、信号は半導体の中を物理的に運ばれるのではなく、金属の配線を通じて画素から送り出される」。つまり、CCDが電荷という「中身」を運んでいたのに対し、CMOSは各画素で電圧という「答え」を出し、その数値だけを配線で回収する。バケツで水を運ぶ代わりに、各家庭が水量計を持ち、その読みだけを電話で報告するようなものだと考えるとわかりやすい。

この構造の利点は、名を体で表している。CMOS(相補型金属酸化膜半導体)は、第4章で触れたMOSトランジスタを組み合わせた、コンピュータのメモリやプロセッサをつくるための標準的な半導体技術である。撮像素子をそのCMOSの製造ラインに載せられれば、画素のとなりにアンプも、雑音を減らす回路も、アナログを数字に変える回路(AD変換器)も、画像処理回路も、同じ一枚のケイ素の上に載せられる。撮像素子が「カメラの部品」ではなく「カメラそのものを載せた一枚のチップ」になりうるということだ。

1990年代の研究(JPL、フォッサムら)

CMOSで画像を撮るという発想自体は、フォッサムが最初ではない。1960年代から70年代にはMOS型の撮像素子が試みられている。しかし当時は、画素に回路を詰め込むほど受光面積が削られ、雑音も多く、CCDの画質にはとても及ばなかった。だからこそCCDが選ばれ、CMOS撮像は「見込みのない道」とされて久しかった。

フォッサムがこの道に踏み込んだのは1990年、NASAのジェット推進研究所に着任してからである。全米発明家殿堂の紹介によれば、彼はトリニティ・カレッジ(コネチカット州ハートフォード)で物理学と工学を学び(1979年)、イェール大学で修士・博士号を取得(1980年・1984年)、コロンビア大学の教員として学生とともにCCDなどの研究に取り組んだのち、JPLで撮像素子と焦点面技術の研究開発を率いる立場に就いた。もともとはCCDの専門家だったのである。

NASAが求めていたのは、宇宙で使う「より小さく、消費電力が少なく、宇宙放射線に強いカメラ」だった。CCDはこの三つがいずれも苦手だった。フォッサムは、進歩を続ける半導体の微細加工技術を使えば、かつてCMOS撮像を阻んだ画素の大きさの問題を乗り越えられると考えた。当時を振り返り、彼はこう語っている。

“People told me, ‘You’re an idiot to work on this,'”

「『こんなものに取り組むなんて馬鹿げている』と、人々は私に言った」。周囲の冷ややかな空気の中で、フォッサムのチームは1993年、成果を形にする。メンディス、ケメニー、フォッサムの連名でJPLから発表された、国際電子デバイス会議(IEDM)の会議論文「A 128 x 128 CMOS Active Pixel Image Sensor for Highly Integrated Imaging Systems(高度に集積された撮像システムのための128×128 CMOSアクティブピクセルイメージセンサ)」である。要旨は次のように述べる。

A new CMOS-based image sensor that is intrinsically compatible with on-chip CMOS circuitry is reported. The new CMOS active pixel image sensor achieves low noise, high sensitivity, X-Y addressability, and has simple timing requirements.

「オンチップのCMOS回路と本質的に両立する、新しいCMOSベースの撮像素子を報告する。この新しいCMOSアクティブピクセルイメージセンサは、低雑音・高感度・XYアドレス指定を実現し、必要とするタイミング制御も簡素である」。素子は2マイクロメートルのpウェルCMOS工程でつくられ、40マイクロメートル角の画素を128×128個並べたものだった。画素数でいえば約1万6千、いまの基準では玩具のようなものだ。だがこの試作は、「CMOSでも実用的な画像が撮れる」ことと、「それが普通の半導体工場でつくれる」ことを同時に示した点で、静かな転換点となった。

同じ1993年には、フォッサムは学会向けにさらに挑発的な論文も発表している。それが冒頭で触れた「Are CCD’s Dinosaurs?(CCDは恐竜か)」である。彼はこう書き出した。

the charge-coupled device (CCD), while presently the imager technology of choice in scientific applications, is a dinosaur doomed to extinction.

「電荷結合素子(CCD)は、現在でこそ科学分野で選ばれる撮像技術だが、いずれ絶滅を運命づけられた恐竜である」。王者を恐竜になぞらえるこの一文は、当時としては大胆な宣言だった。論文はCCDの弱点をこう突く。

The APS eliminates the need for nearly perfect charge transfer — the Achilles’ heel of CCDs.

「APSは、CCDのアキレス腱である、限りなく理想に近い電荷転送の必要性をなくす」。電荷を一滴もこぼさず運ぶというCCDの宿命こそが弱点だ、という指摘である。そして論文の考察の節で、フォッサムは時期にまで踏み込んだ。APS技術はまだ揺籃期にあり、CCDも一夜にして絶滅するわけではないと認めつつ、世紀の変わり目までにほとんどの用途でAPSがCCDに取って代わる可能性は十分にある、と述べたのである。時期はともかく、主役が入れ替わるという方向は、この予言のとおりになった。

なぜCCDを逆転できたのか(消費電力・集積・コスト)

CMOSがCCDを追い越せた理由は、大きく三つに整理できる。いずれも、フォッサムの論文が指摘した「電荷を運ばない」という一点から派生している。

第一に、消費電力である。CCDは電荷をバケツリレーで送るために、高くて何種類もある電圧を、素子の全体で絶えず動かし続ける必要があった。対してCMOSは、読み出す行だけを順に働かせればよい。フォッサムの論文はこう述べる。

At any instant, only one row is active, so that power dissipation in the APS is less than that of the CCD.

「ある瞬間に活性化しているのは一つの行だけなので、APSの消費電力はCCDより小さい」。電池で動く機器にとって、この差は決定的だった。

第二に、集積である。CCDはその構造上、ふつうのCMOS回路とは相性が悪く、周辺回路を別のチップとして外に置く必要があった。CMOSイメージセンサーは、はじめから半導体産業の主流であるCMOS工程でつくられる。だから、増幅・雑音低減・AD変換・画像処理といった機能を同じチップに載せられる。NASAスピンオフの解説は、この利点を次のように説明する。

Because CMOS pixels are signal amplifiers themselves, they can each read out their own signals, rather than transferring all the charges to a single amplifier. This lowered voltage requirements and eliminated charge transfer-efficiency issues.

「CMOSの画素はそれ自体が信号増幅器なので、すべての電荷を一つのアンプに送るのではなく、各画素が自分の信号を読み出せる。これにより必要な電圧が下がり、電荷転送効率の問題も解消された」。カメラの頭脳と目を一枚のチップにまとめられること、これが小型化と低価格化の土台になった。フォッサムの発明が「camera-on-a-chip(チップ上のカメラ)」と呼ばれるのは、このためである。

第三に、コストである。集積が進めば部品点数と組み立ての手間が減る。加えて、CMOSは世界中の半導体工場がメモリやプロセッサのために磨き上げてきた量産技術をそのまま使える。撮像素子だけのために特別なラインを維持しなければならないCCDに対し、CMOSは巨大な半導体産業の進歩に「ただ乗り」できた。微細化が進むほど画素は小さく高性能になり、コストは下がる。この差は、量産の規模が大きくなるほど開いていった。

もっとも、逆転は一夜にして起きたわけではない。初期のCMOSは雑音が多く、画質でCCDに劣っていたのは事実である。1990年代の終わりから2000年代にかけて、画素構造の改良や信号処理の工夫が積み重なり、画質の差は次第に縮まった。決定打となったのは、技術そのものよりも用途だった。フォッサムはこう振り返る。

“Cell phones became the ‘killer application,'” Fossum says. “Battery life and camera size are very important on a cell phone.”

「携帯電話が『キラーアプリケーション』になった。携帯電話では、電池の持ちとカメラの大きさがとても重要だ」。小さく、消費電力が少なく、安いこと。カメラ付き携帯電話が求めた条件は、CMOSの得意分野そのものだった。市場が爆発的に広がると、量産効果でさらにコストが下がり、開発資金が画質改善に回り、画質が上がればさらに売れる、という好循環が生まれた。こうしてCMOSは、まず数の力でCCDを追い越し、やがて画質でも肩を並べていった。

CCDとCMOSの比較

両者の違いを整理すると、次のようになる。

観点CCDCMOSイメージセンサー(APS)
信号の取り出し方電荷をバケツリレーで運び、端の1個のアンプで読む各画素にアンプを持ち、その場で電圧に変えて配線で読む
消費電力大きい(高電圧を全体で動かし続ける)小さい(働くのは読み出す行だけ)
周辺回路の集積苦手(別チップになりがち)得意(同一チップにカメラ機能を載せられる)
製造撮像専用ラインが必要標準的なCMOS量産ラインを流用できる
コスト高くなりやすい量産で安くなりやすい
初期の画質高い(低雑音)当初は劣ったが後に追いついた
主な現在の用途一部の科学・産業用途などスマートフォン、デジタルカメラ、車載、内視鏡ほか大半

CCDが劣った技術だったわけではない。むしろ画質という一点では長く先を行っていた。だが、消費電力・集積・コストという、製品として広がるために必要な条件を、CMOSはまとめて満たしていた。技術の優劣は、性能表の一項目ではなく、時代が何を求めるかで決まる。CCDからCMOSへの交代は、そのことをよく示している。

本章で扱う「世界の潮流」

日本の写真好きの間では、CMOSは長らく「CCDより画質が劣る廉価版」という印象で語られてきた。実際、2000年代半ばまでは高級コンパクトカメラや一部の一眼レフでCCDが好まれ、その色味を懐かしむ声は今も根強い。だが世界の産業の地図では、勝敗はとうに決していた。

見落とされがちなのは、CMOS方式の能動画素センサーを実用への軌道に乗せた源流が、日本の家電メーカーでもアメリカの半導体大手でもなく、NASAの宇宙開発から生まれたという事実である。ただし、能動画素という発想そのものを追っていたのはフォッサムだけではない。彼自身の1993年論文は、当時この種の素子の開発が東芝、オリンパス、キヤノンなど日本の研究所を中心に進んでいたと記している。NASAスピンオフは、CMOSイメージセンサーを「NASA由来技術の中でもっとも広く使われているもの」と位置づけ、こう記す。撮像素子は宇宙のためにつくられ、地上に降りてきて、携帯電話のカメラ、高精細ビデオ、そして私たちが知る形のソーシャルメディアを可能にした、と。全米発明家殿堂によれば、いまやCMOSイメージセンサーは年間60億個を超えるカメラに使われ、そこにはほぼすべてのスマートフォンが含まれる。市場規模は2020年時点で160億ドルを超える。私たちがスマートフォンで写真を撮るたびに、宇宙開発が生んだ技術を使っている、といっても大げさではない。

もう一つの潮流は、発明の果実がどこへ流れたかである。フォッサムは1995年、当時の妻でJPLの同僚でもあったサブリナ・ケメニーらとともにフォトビット(Photobit)を創業し、カリフォルニア工科大学から技術のライセンスを受けた。同じ年、彼はアクティブピクセルセンサーの米国特許(第5,471,515号)を取得している。フォトビットのセンサーはロジクールやインテルのウェブカメラ、飲み込む「錠剤カメラ」などに採用され、実績を積んだ。そして2001年、フォトビットは半導体大手マイクロン・テクノロジーに売却される。マイクロンはのちに撮像事業をアプティナ(Aptina)として分離し、2014年にオンセミコンダクターが約4億ドルで買収した。発明の技術と特許はこうして企業から企業へと渡り歩き、産業の再編を巻き起こしていく。この撤退と買収の連鎖は、第12章で改めて扱う主題である。

フォッサム自身は現在、ダートマス大学の教授として、光子を一つずつ数える次世代の撮像素子「量子イメージセンサ(QIS)」の研究を続けている。CCDを恐竜になぞらえた男は、いまも次の進化を追い求めている。恐竜が絶滅しても撮像技術の進化は止まらない。CMOSがたどり着いた先に何が待つのかは、本連載の後半で見ていく。

CCDが1969年に生まれ、CMOSが1993年に「恐竜か」と問われてから、撮像素子はごく短い期間で主役を入れ替えた。次章では、この逆転の勝者となったCMOSが、単なる一枚の板から、色や被写体を読み取るためのさまざまな仕掛けを備えた「動物園」のように多様化していく様子を追う。

典拠(出典一覧)

イメージセンサー・クロニクル

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