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06|放送用レンズの覇者——ハイビジョン以降、他社カメラに載るフジノン

FUJIFILM
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📡オリンピックのスタジアムで、選手の表情を競技場の反対側からアップで捉える——その怪物のようなズームレンズの多くに「FUJINON」の文字が刻まれている。世界の放送現場で使われる高倍率ズームレンズは、いまやキヤノンと富士フイルムの二社でシェアの9割以上を占めると言われる。本章は、レンズ屋・富士フイルムのもっとも輝かしい戦場——放送用レンズの世界へ深く分け入る。

第5章では、富士フイルムがレンズ屋になった経緯と、その技術がXFレンズへ継承される流れを俯瞰した。本章では、その技術力がもっとも先鋭化する現場——放送用レンズに焦点を絞る。なぜ他社製カメラのボディにすら「FUJINON」のレンズが載るのか。世界の中継現場を二分する構図はどう生まれたのか。順に見ていこう。

半世紀を超える歴史——1962年から始まった放送用レンズ

フジノン放送用レンズの歴史は、1962年のカラー放送向けテレビカメラ用レンズの開発に始まる。以来、半世紀以上にわたって、富士フイルムは放送技術の進化と歩みをともにしてきた。

その足跡は、規格の節目ごとに「世界初」を刻んできた歴史でもある。

  • 1979年——世界初のHDレンズを開発。ハイビジョンという言葉がまだ一般的でなかった時代に、その光学的要求に応えた。
  • 2009年——放送用レンズの世界初オートフォーカスシステム「プレシジョン・フォーカス」の技術でエミー賞を受賞。
  • 2015年——世界初の4K対応放送用ズームレンズを開発。
  • 2016年——リオデジャネイロ五輪の8K放送を見据え、8K規格のTV放送用箱型レンズを世界で初めて商品化した。

これらは単なる製品史ではない。テレビが白黒からカラーへ、SD(標準画質)からHD(ハイビジョン)へ、そして4K・8Kへと高精細化していくたびに、その最前線で光学的な難題を解いてきたのが富士フイルムだった、という事実の連なりである。

放送用レンズとは何か——「箱型」と「ポータブル」

箱型レンズとポータブルレンズの比較図
箱型レンズとポータブルレンズの比較図

ひとくちに放送用レンズと言っても、現場では大きく二種類が使い分けられている。

一つは箱型(ボックス)レンズ。スタジオやスポーツ中継で、三脚や雲台に据えて使う大型ズームだ。もう一つはポータブルレンズ。報道やロケで、カメラマンが肩に担いで機動的に動くためのENG(Electronic News Gathering)レンズである。富士フイルムのポータブルレンズは4.5mmから1242mmまでの焦点距離を揃え、現場の多様な要求に応えている。

これらの放送用レンズの多くは「B4マウント」と呼ばれる規格を採用する。2/3インチサイズの撮像素子を搭載した放送用カメラ向けに開発されたマウントで、バヨネット式で素早く着脱でき、電子接点を介してカメラとレンズがデータ通信を行う。ズーム・フォーカス・アイリスを電動で操作できるのも特徴だ。放送局から放送局へ、カメラとレンズが組み合わせを変えながら使い回される世界では、この共通規格が生命線になっている。

怪物たちのスペック——100倍ズームという聖域

100倍ズームの画角変化イメージ
100倍ズームの画角変化イメージ

放送用レンズのすごみは、その数字を見れば一目瞭然だ。

富士フイルムの「FUJINON UA107×8.4BESM AF」は、焦点距離8.4mm〜900mmをカバーする107倍ズーム。さらにエクステンダーを使えば16.8〜1800mmに達する。重量は約23.9kg、全長は600mmを超える。価格は公表されていないが、この種の最高峰レンズは高級スポーツカーに匹敵すると報じられることもある。

さらに上を行くのが「UA125×8BESM」だ。8mm〜1000mm、ズーム比は125倍。発売時点で4K対応の放送用箱型ズームレンズとして世界最高倍率をうたった。広角端8mmは50倍以上のクラスで最も広く、望遠端1000mmはスタジアムの対岸にいる選手の顔を引き寄せる。

なぜここまでの高倍率が必要なのか。スポーツ中継を思い浮かべればわかる。広いフィールド全体を見せたい次の瞬間には、ゴールを決めた選手の表情に寄りたい。レンズを交換している暇はない。だから1本で広角から超望遠までをこなす怪物が求められる。これだけのズーム域を、画面の隅々まで解像させ、色を破綻させずに成立させるのは、並の光学技術ではない。100倍ズームの世界は、まさに光学屋にとっての「聖域」なのだ。

なぜ二社で世界シェア9割なのか

放送用レンズ市場の「二強」寡占グラフ
放送用レンズ市場の「二強」寡占グラフ

ここで、本章の核心に触れたい。放送用の高倍率フィールドズームレンズの市場は、現在キヤノンと富士フイルムの二社で世界シェアの9割以上を占めるとされる。なぜ、これほど寡占的なのか。

理由は、参入障壁の高さにある。

第一に、技術の蓄積だ。数十枚のガラスを重ねた巨大ズームを設計し、画面全域で解像させ、色収差を抑え込む。そのためにはナノオーダーの研磨精度や、蛍石・非球面レンズの大口径加工、HT-EBCのような高透過コーティングが要る(第5章参照)。これらは一朝一夕には模倣できない。

第二に、市場の小ささだ。放送用レンズの世界市場規模は、ある調査で2025年に約29億ドルと見積もられている。カメラ全体から見れば決して大きくない。新規参入者が開発費を回収しづらく、結果として長年技術を磨いてきた二社が残った。

第三に、信頼とサポートだ。放送は失敗が許されない生中継の世界である。レンズが現場で止まれば放送事故になる。だからこそ、長年の実績と、世界各地での保守体制を持つメーカーしか選ばれない。

この三つが重なり、放送用フィールドズームは事実上の二強市場になった。富士フイルムは、その一角を半世紀以上にわたって守り続けている。

「他社カメラに載る」という事実——レンズ屋の独立性

B4マウントと他社カメラに載る構造図
B4マウントと他社カメラに載る構造図

ここで、本章のタイトルにある「他社カメラに載るフジノン」の意味を確かめておきたい。

放送の世界では、カメラ本体(ボディ)とレンズが別メーカーである組み合わせが当たり前だ。B4マウントという共通規格があるため、放送局はソニーやパナソニック、池上通信機などのカメラに、富士フイルムやキヤノンのレンズを自由に組み合わせて使う。つまり富士フイルムは、自社でカメラボディを作っていなくても、世界中の放送局のカメラに「FUJINON」のレンズを載せてきた。

これは、民生用カメラの世界とは決定的に異なる構図だ。Xシリーズのように「ボディとレンズを同じメーカーで揃える」垂直統合の世界とは違い、放送ではレンズ屋が独立した存在として評価される。富士フイルムは、写真用カメラでシェアを争う以前から、レンズ単体の実力で世界の放送現場に食い込んでいた。レンズ屋・富士フイルムの実力は、こうして「他社のボディの上で」証明されてきたのである。

技術の現在地——4K・8K、そしてAFという挑戦

放送がハイビジョンから4K・8Kへ進むなかで、レンズに求められる解像性能は跳ね上がった。8K放送用の箱型レンズは、高精度に研磨した数十枚のレンズで構成され、ナノレベルの形状精度が要求される。富士フイルムはNHKと共同で複数の8K対応レンズを開発し、リオ五輪や紅白歌合戦などの8K試験放送に貢献してきた。

近年の象徴が、オートフォーカスへの挑戦だ。

「UA107×8.4BESM AF」は、4K対応の放送用レンズとして世界で初めて高度なAF機能を搭載した箱型レンズである。新開発の位相差AFセンサーなどにより、最短約0.5秒の高速・高精度なフォーカスを実現した。マニュアルフォーカスが当然だった放送用大型レンズの世界に、自動追従という新しい運用をもたらした一台だ。動きの速いスポーツを、より少ない人員で、より確実に捉えられるようになる。

一方で、富士フイルムはハイエンド一辺倒ではない。2026年に向けて開発を進める「UA94×8.7BESM」は、ハイエンドモデルに匹敵する性能を維持しつつ、高いコストパフォーマンスを狙った一本だ。ライブ配信の普及で、放送用機材を使う現場の裾野が広がっている。その変化に、製品ラインアップの幅で応えようとしている。

世界が認めた証——エミー賞という勲章

富士フイルムの放送用レンズ技術は、業界からも繰り返し評価されてきた。その象徴が、放送業界でもっとも権威ある「エミー賞」(米国テレビ芸術科学アカデミーが技術貢献に授与する賞)である。

富士フイルムは、1996年「CCD化に対応したレンズの開発」、2005年「ハイビジョン化に対応した高性能レンズ」、2009年「放送用レンズの世界初オートフォーカスシステム『プレシジョン・フォーカス』」、2017年「シネマ用ズームレンズの開発」など、複数回にわたってエミー賞を受賞している。

これらの受賞は、富士フイルムのレンズが日本国内にとどまらず、世界中の映画・テレビ・CM制作の現場で「使われ、認められてきた」ことの裏づけだ。「FUJINON」の刻印は、その積み重ねの上に立っている。

独自の視点——「見えないシェア」が支える色

技術の還流フロー図
技術の還流フロー図

ここからは筆者の見立てである。

放送用レンズで世界シェアの一角を占めているという事実は、Xシリーズのユーザーにとって、一見すると遠い話に思えるかもしれない。だが筆者は、この「見えないシェア」こそがXFレンズの説得力を裏から支えていると考える。

理由は二つある。一つは、すでに述べた技術の還流だ。8K放送やスポーツ中継という過酷な現場で鍛えた解像・コーティング・収差補正の技術が、そのまま写真用レンズへ降りてくる。もう一つは、ブランドの信頼性だ。世界中のプロが生中継という失敗の許されない現場で「FUJINON」を選び続けているという事実は、民生用XFレンズにも無言の保証を与えている。

もちろん、放送用レンズで強いことが、ただちに写真用レンズの優位を意味するわけではない。求められる設計思想は異なるし、写真用レンズには写真用レンズの競争がある。それでも、「同じ会社が、世界の放送現場で光を操り続けている」という背景は、富士の「色」を語るうえで無視できない。撮影から鑑賞までを押さえる会社が、放送という映像の最前線でも光を制してきた——この一貫性が、ブランドの厚みになっている。

次章へ——映画産業のフジノン

本章では、放送用レンズという、レンズ屋・富士フイルムのもっとも輝かしい戦場を見てきた。半世紀を超える歴史、100倍ズームという怪物たち、二社寡占の構図、そして他社カメラの上で証明されてきた実力。これらは、富士フイルムが「世界で通用する光学屋」であることの動かぬ証拠だ。

だが、放送で培った技術が向かった先は、テレビだけではない。映画である。続く第7章では、フジノンシネレンズの系譜と、撮影現場での評価をたどる。2002年に誕生したフジノンシネレンズは、いかにしてハリウッドや国内の映画・ドラマの現場に食い込んでいったのか。エミー賞に輝いたその描写力の正体を、次章で見ていこう。

出典・参考

📝編集注:本章は第Ⅱ部「レンズメーカー富士フイルム——FUJINONの世界」の中核にあたる。次章・第7章「映画産業のフジノン」では、放送で培った技術が映画の現場へ向かう物語を、シネレンズの系譜と現場の評価からたどる。

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