
デジタルカメラを世界で最初に作ったのは、ソニーでもキヤノンでもなく富士フイルムだった——そう言われると、たいていの人は驚く。だが事実だ。富士はデジタルの扉を最初に開けた会社でありながら、その後二十年あまり、勝ちきれない時代を過ごす。本章は、栄光と苦悩が同居したこの「デジタル黎明期」を、一台ずつたどっていく。
フィルムで世界の頂点に立った会社が、自らフィルムを否定しかねないデジタル技術を、誰よりも早く手がけていた。この矛盾こそが富士フイルムという会社の面白さであり、同時に苦しさでもある。本章では、1988年の一号機から、スーパーCCDハニカムという独自センサー、そして「高感度の名機」と語り継がれるFinePixたちまでを追う。なぜ富士は先頭を走りながら主役になれなかったのか。そして、その回り道は本当に無駄だったのか。
世界初を作った会社の、長い回り道
話は1988年にさかのぼる。この年、富士写真フイルムは東芝と共同で「FUJIX DS-1P」を開発し、ドイツの写真見本市フォトキナで発表した。撮影した画像を、フィルムにも磁気ディスクにも頼らず、半導体メモリーカードへ完全にデジタルデータとして記録する——この方式を実現したカメラとしては、DS-1Pが世界初とされている。[1]
スペックを今の目で見ると、いじらしいほど慎ましい。撮像素子は2/3インチCCD、画素数はおよそ40万画素(0.4メガピクセル)。記録媒体は着脱式のSRAMメモリーカードで、保存できる枚数はわずか5〜10枚程度だった。[2] それでも、レンズが捉えた光をその場で数字に変え、カードに収め、専用プレーヤーで再生する——という発想は、今日のあらゆるデジタルカメラ、そしてスマートフォンのカメラへとまっすぐ続いている。富士自身、これを「未来の電子スチルカメラ(Future Electronic Still Camera)」と呼んでいた。[2]
ただし、DS-1Pは製品化されなかった。あくまで試作機にとどまり、現存する個体もごくわずかだ。一方、その後継機として1989年に開発された「DS-X」は、試作に終わったDS-1Pと異なり、実際に発売までこぎ着けている。[3]
ここで一つ、紛らわしい話を整理しておきたい。「世界初のデジタルカメラ」という称号は、しばしばソニーの「マビカ(MAVICA)」と混同される。だが1981年のマビカは、画像を2インチの磁気フロッピーディスクに「アナログ信号のまま」記録する仕組みだった。これはスチルビデオカメラ(電子スチルカメラ)と呼ぶべきもので、記録がアナログである以上、厳密にはデジタルカメラではない。[3] その意味で、撮像から記録まで一貫してデジタルだったDS-1Pは、やはり画期的だったのである。
富士が実際に「売れるデジタルカメラ」へ歩み出すのは、ここから数年後だ。1993年にはフラッシュメモリーカードへ記録する「DS-200」を発売。[3] 1998年には、1/2インチ総画素数150万画素CCDを積み、防水・防塵仕様で建設現場などの業務用途を狙った「BIGJOB DS-250HD」を投入する。[4] この時期の富士は、コンシューマー向けというより、まず業務・記録用途でデジタルの地歩を固めていた。先頭を走りながら、主役の座をすぐには取りにいかなかった——あるいは取りきれなかった。この「長い回り道」が、デジタル黎明期の富士を語るうえでの伏線になる。

スーパーCCDハニカムという発明
潮目が変わるのは1999年だ。この年の10月、富士フイルムの子会社・富士フイルムマイクロデバイスが、まったく新しい構造のCCDイメージセンサーを発表した。名を「スーパーCCDハニカム」という。八角形の画素を蜂の巣(ハニカム)状に斜めに並べた、世界でも類を見ない独自設計だった。[5]

なぜ八角形で、なぜ斜め格子なのか。要点は二つある。
第一に、受光部の面積効率が上がる。従来の正方形画素を碁盤の目状に並べる方式に比べ、ハニカム配列は同じ画素数でも一つひとつの受光部を大きく取れる。富士の発表によれば、受光面積比で1/2インチ200万画素クラスの従来型CCDの約1.6倍に達したという。受光部が大きいほど、高感度化・ノイズ低減・広いダイナミックレンジに有利になる。[6]
第二に、解像感が上がる。人間の視覚は、縦横の線よりも斜めの線に対して敏感だとされる。自然界の画像データの空間周波数分布と、斜めに配置したハニカム画素の相性がよく、専用の信号処理(オーバーサンプリング)と組み合わせることで、同じ画素数でも従来型のおよそ1.6倍に相当する実効解像度が得られる、と富士は説明した。当時のレポートには「130万画素タイプで従来型200万画素CCD相当の画質」という、にわかには信じがたい数字が並んでいる。[6]
つまりスーパーCCDハニカムは、「画素数の多さ=画質」という当時の常識に、構造で殴り込みをかける技術だった。画素数競争のただ中で、富士だけが少し違う土俵に立っていたのである。
この素子は世代を重ねて進化する。2001年には第2世代を載せた「FinePix 6800Z」が登場し、民生機として高い解像度を誇った。[7] その後は方向性で枝分かれしていく。解像度を重視した「HR(High Resolution)」系と、一つの画素に感度の異なる二つのフォトダイオードを組み込み、明暗のダイナミックレンジを広げた「SR(Super Dynamic Range)」系だ。プロ向け一眼レフ「FinePix S5 Pro」は、このSR系の素子(スーパーCCDハニカムSR PRO)を、ニコンD200のボディに載せるかたちで実現している。[8] 自社でセンサーを磨き、他社のボディと組む——後年のレンズ事業にも通じる、富士らしい「裏方の技術力」がここにも顔を出している。
そして2008年9月、富士は「スーパーCCDハニカムEXR」を発表する。一つの素子で「高解像度」「高感度・低ノイズ」「広ダイナミックレンジ」を撮影シーンに応じて切り替える、集大成というべきセンサーだった。[9] このEXRの思想は、のちにCMOS素子へと姿を変え、「EXR CMOS」としてXシリーズ前夜まで受け継がれていく。

高感度神話——FinePix F10とF31fd
スーパーCCDハニカムが最も輝いたのは、画素数ではなく「暗さに強いこと」を武器にした一群のコンパクト機だった。象徴が2005年の「FinePix F10」、そしてその完成形といえる2006年〜2007年の「FinePix F31fd」である。
F10は630万画素のスーパーCCDハニカムV「HR」を搭載し、小さなボディながら高感度でもノイズの少ない絵を出すことで評判を取った。[5] そして後継のF31fdは、コンパクトデジカメの歴史に名を刻む一台になった。
F31fdの売りを並べてみよう。最高ISO3200を、画素を間引かない630万画素フル画素で実現。フジノンの光学3倍ズーム(35mm判換算でおよそ36〜108mm相当)。電池は約580枚撮影できるスタミナ。そして「fd」の名の由来である顔検出機能「顔キレイナビ」——カメラを向けるだけで人の顔を認識し、ピント・明るさ・人肌のホワイトバランスまで自動で合わせる仕組みを搭載していた。発売当時の量販店実勢価格は約39,800円である。[10][11]
なかでも語り草なのが、ストロボを使わずに薄暗い室内や夜の街でも被写体をしっかり写しとる高感度性能だ。レビューでもISO1600〜3200という、当時のコンパクト機では無謀ともいえる感度域での実用性が検証されている。[12] スマートフォンが存在しなかった時代に、「暗い場所で、フラッシュなしで、人をきれいに撮れる小さなカメラ」を成立させた。これは静かだが本物の達成だった。

だからこそF31fdは、発売から20年近く経った今もなお中古市場で人気が衰えず、ときに新品当時を上回る価格で取引される「伝説の名機」になっている。[13] 富士が画素数競争に背を向け、受光と信号処理という地味な土俵で勝負した成果が、ここに結実していた。
つまずきの記録——なぜ主役になれなかったのか
では、これほどの技術と名機を持ちながら、なぜ富士はデジタルカメラの「主役」になれなかったのか。理由は一つではないが、避けて通れない論点が二つある。
一つは、記録メディアの選択だ。この時代の富士機(F10やF31fdを含む)は、オリンパスと共同開発した独自規格「xDピクチャーカード」を採用していた。だが市場の主流は、より安価で大容量化が速く、各社が広く採用したSDメモリーカードへと一気に傾く。F31fdの次世代にあたるF40fdからは富士機もSDカードに対応していくが、独自規格にこだわった期間のぶんだけ、ユーザーの利便性とコスト競争力で後手に回った面は否めない。[10]

もう一つ、そしてより根の深い要因が、市場そのものの地殻変動である。2000年代に普及したカメラ付き携帯電話、そして2010年前後からのスマートフォンの爆発的な広がりは、「写真を撮る道具」の定義を根こそぎ変えてしまった。誰もが高画質のカメラを常に持ち歩き、撮ってすぐ共有する——その圧倒的な手軽さの前で、コンパクトデジカメの存在意義は急速にやせ細っていった。[14]
数字は残酷なほど明快だ。CIPA(カメラ映像機器工業会)の出荷統計をもとにすると、デジタルカメラ全体の出荷台数は2014年時点で約578万台あったものが、年々減り続け、2022年には約92万9000台、2023年には約91万2000台にまで落ち込んだ。[15]

わずか10年足らずで市場が数分の一に縮む——「デジタル黎明の苦悩」という章題は、何も黎明期だけの話ではない。先頭を走り出した会社が、市場そのものの蒸発という最大の試練に直面したのが、この時代だったのである。
独自の視点——回り道は、無駄ではなかった
ここで一歩引いて考えたい。富士のデジタル黎明期は「敗北の記録」なのだろうか。私はそうは思わない。
たしかに富士は、画素数競争でも、台数シェアでも、デジカメ全盛期の主役にはなれなかった。だが、この時代に積み上げたものが、後年すべて効いてくる。
第一に、センサーと信号処理の独自路線だ。スーパーCCDハニカムで富士が一貫して追い求めたのは、「画素を増やすこと」ではなく「一画素から、いかに良い光の情報を引き出すか」だった。受光効率、高感度、ダイナミックレンジ、そして人の肌をどう写すか——この問いの立て方は、のちのXシリーズが掲げる「画素数よりも色と画づくり」という思想と、地下水脈でつながっている。
第二に、「暗さに強く、人をきれいに写す」という価値観だ。F31fdの顔キレイナビと高感度は、スペック表の数字ではなく「撮れた写真の気持ちよさ」で勝負する姿勢の表れだった。これはやがて、フィルムシミュレーションという「撮って出しの心地よさ」へと受け継がれていく。
そして第三に、最も大きな教訓——「量で戦わない」という覚悟である。スマートフォンに台数で勝てないと悟ったとき、富士は安売りの泥沼に最後まで深く沈み込むのではなく、やがて「スマホでは撮れない体験」へと舵を切っていく。その最初の号砲が、本連載の核心であるX100でありXシリーズなのだが、それはもう少し先の話だ。
象徴的なのは、近年のコンパクトデジカメ市場の「復活」である。長く前年割れを続けてきた市場は2023年を底に反転し、2024年に発売された高級コンパクト「X100VI」の大ヒット、2025年の「X half(X-HF1)」の登場などを追い風に、富士フイルムは価格比較サイトの売れ筋メーカーで上位を争うまでになった。[16][17] スマートフォンでは味わえない撮影体験を、若い世代がふたたび求め始めている。世界で最初にデジタルの扉を開け、その後の長い苦悩を生き延びた会社が、いまコンパクトカメラの面白さを牽引している——この巡り合わせは、出来すぎているくらいだ。
回り道は、無駄ではなかった。むしろ富士にとって、デジタル黎明期の苦悩こそが、「数字では測れないものを売る会社」への長い助走だったのである。
出典・参考
- 富士フイルムホールディングス「90周年特設ページ(歴史)」 https://holdings.fujifilm.com/special/90th/ja/history/
- DigitalKamera Museum「Fujix DS-1P (1988)」 https://www.digitalkameramuseum.de/en/cameras/item/fujix-ds-1p-3
- ITmedia NEWS「フィルムで撮るのに『フルデジタルカメラ』を作っていた──富士フイルムのデジカメ史」 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2403/16/news046.html
- 富士フイルム ニュースリリース「BIGJOB『DS-250HD』新発売」 https://www.fujifilm.co.jp/news_r/nrj321.html
- PC Watch 山田久美夫「デジタルカメラの時代を変える!?『スーパーCCDハニカム』発表」 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991021/fuji1.htm
- Wikipedia「スーパーCCDハニカム」 https://ja.wikipedia.org/wiki/スーパーCCDハニカム
- 「富士写真フイルム(株)に於けるデジタルカメラ開発」(FinePix 6800Z 等) https://seisan.server-shared.com/533/533-33.pdf
- ITmedia「新型撮像素子『スーパーCCDハニカム EXR』開発」 https://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0809/24/news090.html
- Photo & Culture, Tokyo 上野修「15 富士フイルム FinePix F31fd」 https://photoandculture-tokyo.com/contents.php?i=2159
- デジカメ Watch「新製品レビュー 富士フイルム FinePix F31fd」 https://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2006/12/15/5237.html
- THE MAP TIMES「FUJIFILM FinePix F31fd」 https://news.mapcamera.com/maptimes/【photo-movie】fujifilm-finepix-f31fd/
- 価格.com「富士フイルム FinePix F31fd」 https://kakaku.com/item/00500811073/
- MarkeZine「デジタルカメラ(単機能端末)の将来性は?」 https://markezine.jp/article/detail/17908
- BCN+R「デジタルカメラ、出荷台数激減につながった大きな要因」 https://www.bcnretail.com/market/detail/20241127_471096.html
- デジカメinfo「富士フイルムの人気がコンデジ市場を活性化」 https://digicame-info.com/2025/09/post-1864.html
- 電波新聞デジタル「コンデジ市場が反転、Z世代ねらい成長軌道へ」 https://dempa-digital.com/article/710035
編集注:本章では、世界初のフルデジタルカメラから、スーパーCCDハニカムという独自センサー、そして高感度の名機FinePixたちまで、富士のデジタル黎明期の栄光と苦悩をたどった。次章「11|ミラーレス勃興期の富士」では、LUMIXやOM-Dといった他社のミラーレス機が市場を切り拓いていったころ、富士フイルムがどこに立ち、何を考えていたのか——Xマウント誕生の直前夜を描く。

