マイクロフォーサーズと映像表現の歴史—19.25mmのフランジバックが映像産業にもたらしたもの

「小さなセンサーは不利だ」と言うが、もしその小ささを逆に武器にできるとしたら? 2013年1月、ひとつの光学アクセサリーがその答えを世界に叩きつけた。Metabones Speed Booster——0.71倍のフォーカルリデューサーを内蔵したマウントアダプター。フルサイズ用レンズの画角を縮小しながら、約1段分の明るさを稼ぐ。物理法則をねじ曲げたかのようなこの製品は、MFTの「弱点」を「武器」に変え、マウントアダプターの概念そのものを書き換えた。
だがSpeed Boosterの物語は、その製品単体では語れない。フランジバック19.25mm——この驚くべき短さが可能にした膨大なアダプターエコシステムの中に位置づけてこそ、その革命性が見えてくる。キヤノンEFレンズも、アリのPLマウントレンズも、1960年代のペンタックス・タクマーも、MFTボディに装着できる。「ほぼすべてのレンズが使える」という、他の規格では成し得ないこの特性は、MFTをカメラ産業における事実上のユニバーサル・レンズプラットフォームにした。
本章では、Speed Boosterの誕生と技術的革新、MFTにおけるマウントアダプターの全容、そしてオールドレンズ文化との邂逅を描く。
Speed Booster前史——フォーカルリデューサーという発想
Speed Boosterの衝撃を理解するには、まず「フォーカルリデューサー」(focal reducer)という光学概念を知る必要がある。
フォーカルリデューサーとは、レンズの射出瞳と撮像素子の間に縮小光学系を挿入し、イメージサークルを小さくする装置である。結像面積が小さくなることで、同じ光量がより小さな面に集中する——つまり実効F値が下がる(明るくなる)。同時に、画角がワイド方向にシフトする。天体望遠鏡の世界では古くから知られた原理であり、テレコンバーター(焦点距離を伸ばす拡大光学系)のちょうど逆の発想である。
しかし、カメラ用マウントアダプターにフォーカルリデューサーを内蔵するという発想は、2013年以前には商業的に実用化されていなかった。理由は単純で、十分なフランジバック差を持つマウントの組み合わせが必要だったからである。レンズ側のフランジバックが長く、ボディ側のフランジバックが短い——その「差」の空間に縮小光学系を挿入しなければならない。一眼レフのフランジバックは40〜46mm前後。ミラーレスカメラが登場するまで、この条件を満たす実用的な組み合わせは存在しなかったに等しい。
MFTのフランジバックは19.25mm。キヤノンEFマウントは44mm。その差は約25mm——フォーカルリデューサーの光学系を挿入するには十分すぎる空間である。
Brian Caldwellという光学設計者
Speed Boosterの物語は、ひとりの光学エンジニアから始まる。Brian Caldwell博士——1988年にロチェスター大学で光学の博士号を取得した、40年以上のキャリアを持つレンズ設計のスペシャリストである。
Caldwellの経歴は異色だ。Optical Data Solutionsを設立し、LensVIEWと呼ばれるデータベースを構築——3万件を超える光学設計のデータを収録したこのシステムは、光学エンジニアにとっての参照基盤となった。150を超える製品の光学設計に携わり、その守備範囲はカメラレンズから産業用光学系まで幅広い。
なお、CaldwellはドイツのWilfried Bittner(WB Design)との協業でも知られ、Jenoptik向け60mm UV-VIS-IR APOレンズを共同開発した実績を持つ。Speed Boosterの光学設計はCaldwell単独によるものである。
重要なのは、Speed Boosterが「マウントアダプター屋が片手間に作った製品」ではないという点だ。光学設計の博士号を持つ専門家が、フォーカルリデューサーの理論を本気で追求した結果として生まれた製品なのである。
2013年1月14日——Speed Booster発表
2013年1月14日、香港に本拠を置くMetabonesがSpeed Boosterを正式発表した。
最初の製品はキヤノンEFマウントからソニーNEX(Eマウント)への変換アダプターで、価格は599ドル。0.71倍のフォーカルリデューサーを内蔵し、装着したレンズの焦点距離を0.71倍に縮小、実効F値を約1段明るくする。50mm F1.4のレンズは、実質的に35.5mm F1.0相当になる。
数字だけ見れば地味に感じるかもしれない。だが、この製品が持つ意味は革命的だった。
「センサーサイズのハンディキャップ」を光学で解消する
小型センサー機の最大の弱点は、クロップファクターによる画角の狭さと被写界深度の深さだとされてきた。MFTの場合、フルサイズ比2倍のクロップファクターにより、50mmレンズは100mm相当の画角になる。広角が使いにくく、フルサイズと同等のボケ量を得ることも難しい。
Speed Boosterは、この議論の前提そのものを覆した。0.71倍のフォーカルリデューサーにより、MFTボディでのクロップファクターは実質的に2.0 × 0.71 = 1.42倍になる。これはAPS-C機とほぼ同等である。さらに約1段の明るさが加わることで、ボケ量もAPS-Cに近づく。
Speed Booster は、装着したどんなレンズでも MTF(解像性能)を向上させる。これは光学設計の世界ではめったに存在しない「タダ飯(=デメリットなしの恩恵)」と言える。
——Brian Caldwell, “The Perfect Focal Reducer” White Paper
CaldwellはSpeed Boosterの技術白書「The Perfect Focal Reducer」の中で、理想的な0.71倍フォーカルリデューサーは装着レンズのMTF(Modulation Transfer Function、解像力の指標)を向上させることを数学的に証明してみせた。イメージサークルを縮小する過程で、レンズの光学性能が「濃縮」されるのである。光学工学の世界では極めて稀な「フリーランチ」——対価なしに性能が向上する現象だ。
この主張は懐疑的に受け止められもしたが、実際のテスト結果がCaldwellの理論を裏付けた。多くのレビュアーが、Speed Boosterを介した方がレンズ単体よりもシャープな結像を得られるケースがあることを報告した。
業界の反応
Speed Boosterの発表は、カメラ業界に衝撃を与えた。2013年のTIPA(Technical Image Press Association)ではBest Photo Accessoryを受賞。カメラアクセサリーとしては異例の注目度であり、単なる「便利グッズ」ではなく光学的に重要な製品として認知されたことを意味する。
映像制作の世界での反応はさらに大きかった。当時、GH3やBMPCC(2013年発売)を使う映像制作者にとって、「フルサイズ用の名玉がMFTで使える。しかも画角と明るさのペナルティが大幅に軽減される」というのは夢のような話だった。キヤノンのEF 24-70mm F2.8L、EF 85mm F1.2L、シグマの18-35mm F1.8——こうしたフルサイズ用の定番レンズが、Speed Boosterを介してMFTで活用できるようになった。
特にシグマ 18-35mm F1.8 Art + Speed Boosterの組み合わせは伝説的な人気を獲得した。APS-C用のこのズームレンズにSpeed Boosterを組み合わせると、実質的に約18-35mm F1.2相当という驚異的なスペックになる。映像制作者の間で「MFTの最強セットアップ」として広く認知され、2026年現在でもこの組み合わせを使い続けている撮影者は少なくない。
Speed Booster ULTRA——MFT専用設計の深化
Metabonesは初代Speed Boosterの成功を受けて、マウント別に最適化されたバージョンの開発を進めた。MFTユーザーにとって特に重要なのが、Speed Booster ULTRA 0.71xである。
「ULTRA」の名が示す通り、この製品はMFTセンサーの光学特性に合わせて専用設計されたフォーカルリデューサーである。一般にデジタルカメラのセンサーには、マイクロレンズとカラーフィルターで構成される「フィルタースタック」が存在し、その厚みや特性はマウント規格ごとに異なる。Speed Booster ULTRAは、MFTセンサーのフィルタースタックに最適化された光学設計を採用することで、周辺画質の向上を実現した。
ラインナップの拡充
MetabonesはMFT向けに多様なSpeed Boosterおよびアダプターを展開した。
| 製品名 | レンズ側マウント | 倍率 | 主な対応機能 |
|---|---|---|---|
| Speed Booster ULTRA 0.71x(EF→MFT) | キヤノン EF | 0.71x | AF、電子絞り、IS、EXIF通信、Cinema EOS対応 |
| Speed Booster XL 0.64x(EF→MFT) | キヤノン EF | 0.64x | クロップファクターを1.28x相当に低減、約1.3段明るくなる、AF対応 |
| T Speed Booster(EF→MFT) | キヤノン EF | 0.71x | Tモデル(簡素化版)、電子接点対応 |
| PL→MFT アダプター | ARRI PL | 1.0x(リデューサーなし) | PLマウントシネマレンズ対応 |
| Nikon F→MFT Speed Booster | ニコン F | 0.71x | Gタイプ対応、絞りリング内蔵 |
キヤノンEFマウントからの変換が主力だったのは、当時のEFレンズが映像制作市場で圧倒的なシェアを持っていたためである。Cinema EOSシリーズ(C100、C300、C500)との互換性もあり、EFレンズ資産を持つプロダクションにとって、GH4やBMPCCへの移行障壁を大幅に下げる役割を果たした。
競合製品——中国メーカーの参入
Speed Boosterの成功は、当然ながら競合製品を生んだ。最も注目すべきは、中国の光学メーカー中一光学(Zhongyi Optics)が発売したLens Turboシリーズである。
Lens Turboは、Speed Boosterと同じフォーカルリデューサー内蔵型アダプターで、価格はSpeed Boosterの半額以下(当初149ドル前後)。光学性能ではMetabonesに及ばないとされたが、「まずはフォーカルリデューサーを試してみたい」というエントリーユーザーの需要を的確に捉えた。
この構図は、第4章で描いたシネマレンズ市場と同じである。Metabonesが「ハイエンドの定義」を打ち立て、中国メーカーが低価格帯で市場を拡大する。技術的リーダーシップと価格破壊が共存することで、マウントアダプター市場全体のパイが大きくなった。
その他にも、Viltroxが0.71xフォーカルリデューサー内蔵のEF→MFTアダプター(EF-M2 II)をMetabonesより大幅に安い価格帯で展開し、純正品にはないAF速度の改善を独自に追求するなど、アダプター市場はSpeed Boosterの登場を契機に急速に多様化していった。
フランジバック19.25mmの帝国——MFTアダプターの全貌
Speed Boosterは「フォーカルリデューサー内蔵アダプター」という新しいカテゴリーを創出したが、MFTにおけるマウントアダプターの世界はそれだけではない。むしろSpeed Boosterは、MFTが持つアダプター適性の圧倒的な広さの中の一断面にすぎない。
なぜMFTは「ほぼすべてのレンズ」が使えるのか
マウントアダプターが成立するための基本条件は、ボディ側のフランジバックがレンズ側のフランジバックより短いことである。長い方から短い方への変換は、単純な延長筒で実現できる。逆は物理的に不可能か、補正光学系が必要になる。
MFTのフランジバック19.25mmは、主要なレンズマウントの中で最も短い部類に入る。
| マウント | フランジバック | MFTとの差 | アダプター適性 |
|---|---|---|---|
| ARRI PL | 52.00mm | +32.75mm | ◎ 十分な空間あり |
| ニコン F | 46.50mm | +27.25mm | ◎ |
| キヤノン EF | 44.00mm | +24.75mm | ◎ |
| ペンタックス K | 45.46mm | +26.21mm | ◎ |
| M42スクリュー | 45.46mm | +26.21mm | ◎ |
| ライカ M | 27.80mm | +8.55mm | ○ 薄型アダプターで対応 |
| Cマウント | 17.526mm | −1.72mm | △ 要補正、ケラレの可能性あり |
| ソニー E | 18.00mm | −1.25mm | ✕ アダプター不可 |
この表が示す通り、一眼レフ時代のほぼすべてのマウント(ニコンF、キヤノンFD/EF、ペンタックスK、M42、オリンパスOM、ミノルタMD/A、コンタックス/ヤシカ、ライカR/M)のレンズが、MFTボディに装着可能である。さらに映画用のPLマウント、16mmフィルムカメラ用のCマウントまでカバーする。
Wikipediaの記述を借りれば、MFTのフランジバック19.25mmは**「これまでに作られたほぼすべてのレンズ」**をアダプター経由で使用可能にする。これは誇張ではない。
PLマウントアダプターの意味
映像制作者にとって特に重要なのが、PLマウントレンズへのアクセスである。
PLマウントはARRI(アーノルド&リヒター)が開発したプロフェッショナルシネマレンズの標準規格で、フランジバックは52mm。ARRI ALEXA、RED、ソニーVENICEといったハイエンドシネマカメラはすべてPLマウント対応であり、Zeiss Master Prime、ARRI/ZEISS Master Anamorphic、Cooke S4/i、Panavision Primo——映画産業を支える最高峰のレンズ群はPLマウントで提供される。
これらのレンズは1本あたり数十万〜数百万円。レンタル専用のものも多い。しかしMFTボディとPLアダプターがあれば、GH5やBMPCC 4Kでこれらの「映画のレンズ」を使うことができる。もちろん2倍のクロップファクターがかかるため、レンズ本来の画角は得られないが、それでもPLレンズの描写特性——色乗り、ボケの質、フレア特性——をMFTで体験できることの意味は大きい。
Metabones、Novoflex、MTF Services(英国)などがPL→MFTアダプターを製造し、小規模プロダクションやインディーズ映画の現場で活用された。特にJVC GY-LS300——MFTマウントを採用したJVCの業務用カムコーダー——は、PLアダプターとの組み合わせでドキュメンタリーやニュース取材の現場に投入され、「PLレンズが使えるハンドヘルドカムコーダー」として独自のポジションを確立した。
オールドレンズ・ルネサンス——MFTが加速した「再発見」の文化
マウントアダプターのもうひとつの重要な文脈が、オールドレンズ(ヴィンテージレンズ)の活用である。
デジタル時代のオールドレンズ
「オールドレンズ」とは一般に、マニュアルフォーカス時代(1950年代〜1980年代)のレンズを指す。カール・ツァイスのプラナー、ライカのズミクロン/ズミルックス、旭光学(ペンタックス)のスーパータクマー、ミノルタのMCロッコール——こうした名玉は光学設計こそ古いが、独特の描写特性を持つ。現代のレンズが追求する均一な解像力やフレア耐性とは異なる、「味のある」描写である。
デジタルカメラの普及とともに、こうしたオールドレンズをアダプター経由で現代のカメラに装着する文化が2000年代後半から広まった。先駆者はソニーNEX(Eマウント、フランジバック18mm)だが、MFTもこの動きを牽引したプラットフォームのひとつである。
MFTとオールドレンズの独特な関係
MFTでオールドレンズを使う場合、2倍のクロップファクターが常に付きまとう。50mmレンズは100mm相当。広角レンズの確保が難しく、これはフルサイズ機と比べた場合の明確なデメリットである。
しかし、映像制作においてはこのクロップが必ずしもマイナスではない。
映像制作では写真ほど広角を多用しない。劇映画の標準的なショットリストでは、35mm〜85mm(フルサイズ換算)の焦点距離が多用される。オールドレンズの28mmはMFTで56mm相当——ミディアムショットに最適な画角だ。50mmは100mm相当で、クローズアップやインタビュー撮影に使える。つまり、写真撮影では「中望遠〜望遠寄りになりすぎて使いにくい」と感じるクロップファクターが、映像制作の文脈では「ちょうどいい焦点距離帯に収まる」のである。
もうひとつの特性は、MFTセンサーの画素密度の高さがオールドレンズの「あら」を見せることだ。フルサイズセンサーでは周辺まで均一に見えたレンズが、MFTの高密度なピクセルに投影されると、中心部の解像力と周辺部の差、非点収差、像面湾曲といった光学的特性がより明確に現れる。これは欠点のようでいて、実はオールドレンズの「個性」を際立たせる効果がある。レンズの描写を楽しむ趣味人にとっては、むしろ魅力だ。
そして、MFTボディの多くに搭載されている**ボディ内手ブレ補正(IBIS)**が、マニュアルフォーカスのオールドレンズとの組み合わせで絶大な効果を発揮した。特にオリンパス(現OMシステム)のIBISは5軸補正で業界最高クラスの性能を誇り、手ブレ補正非搭載のオールドレンズでも安定した手持ち撮影を可能にした。パナソニックのGH5以降に搭載されたDual I.S. 2も、対応レンズに限定されるとはいえ、手ブレ補正の恩恵を大幅に拡大した。
映像制作におけるオールドレンズの実践
オールドレンズが映像制作で注目される理由は、単なるノスタルジーではない。経済的な合理性と映像表現の差別化という、極めて実務的な理由がある。
経済性:前章で述べたシネマレンズは1本300〜3,000ドル。一方、オールドレンズは中古市場で5,000〜30,000円程度(状態による)で入手できるものが大量にある。スーパータクマー 55mm F1.8は5,000〜10,000円前後、ミノルタ MCロッコール 58mm F1.4は10,000円前後。学生やインディーズ映画制作者にとって、この価格差は決定的だ。
差別化:現代のレンズは光学性能が高度に均質化している。どのメーカーの50mm F1.4を使っても、ある程度似たような描写になる。オールドレンズはそれぞれが固有の「癖」を持っており、映像に独特の質感を与える。ロシア製のヘリオス44-2(58mm F2)が生む「ぐるぐるボケ」、ツァイス・フレクトゴン(35mm F2.4)のシャープでありながら柔らかい描写——こうした特性は、ミュージックビデオやアート系映像で意図的に活用される。
また、オールドレンズの多くは金属鏡胴で、フォーカスリングの回転角が大きく、操作感が滑らかである。これはマニュアルフォーカスを基本とする映像制作において、実用上の大きなメリットでもある。
Cマウント——16mmフィルムの遺産
MFTのアダプター適性を語る上で忘れてはならないのが、Cマウントレンズとの関係である。
Cマウントは16mmフィルムカメラおよび産業用カメラのレンズ規格で、フランジバックは17.526mm。MFTの19.25mmよりわずかに短いため、厳密にはアダプターの物理的条件を満たさない。しかし実際には、多くのCマウントレンズがMFTボディで(周辺のケラレを許容すれば)使用可能であり、特にSuper 16mm用のレンズはMFTセンサーのイメージサークルに近いカバレッジを持つため、実用的に問題ないケースが多い。
この「CマウントレンズがMFTで使える」という事実は、MFTの誕生当初から注目されていた。理由は明快で、16mmフィルム時代の映画用レンズ——Kern Switar、Angenieux、Schneider Xenon——を、MFTのデジタルカメラで「復活」させることができるからだ。16mmフィルムカメラ用に設計されたこれらのレンズは、小型軽量でありながら映画用途に必要な光学性能を備えており、MFTセンサーとの相性が良かった。
BMPCC(2013)がSuper 16mmサイズのセンサーを搭載していたことで、CマウントレンズとMFT(正確にはアクティブMFTマウント)の組み合わせは特に注目を集めた。BMPCCのセンサーサイズはCマウントレンズのイメージサークルとほぼ一致し、ケラレなしで使用できるケースが多かったのである。
マウントアダプターが変えたMFTの意味
ここまで見てきたように、MFTにおけるマウントアダプターの世界は驚くほど広い。Speed Boosterによるフォーカルリデューサーの革命、PLマウントレンズへのアクセス、オールドレンズの活用、Cマウントの復活——こうした多様なアダプター利用は、MFTの意味そのものを変えた。
「レンズシステム」から「レンズプラットフォーム」へ
かつてカメラシステムの選択は、そのマウントで使えるレンズの本数と質で決まった。ニコンFマウントの豊富なレンズ群、キヤノンEFのAF速度、ツァイスZFの描写——ユーザーはレンズラインナップで「囲い込まれる」のが常だった。
MFTとマウントアダプターの組み合わせは、この構図を根底から覆した。MFTボディを選ぶことは、特定のレンズシステムに入ることを意味しない。むしろ、あらゆるレンズシステムにアクセスできるプラットフォームを選ぶことを意味する。
- 日常の撮影にはパナソニックやオリンパスのAFレンズを使う
- 映像制作ではSLR MagicやDZOFilmのシネマレンズを使う
- クライアントの要望でPLマウントのZeiss CPレンズを使う
- 作品の雰囲気を出したいときはロシア製オールドレンズを使う
- 明るさが必要なときはSpeed Booster + シグマArtレンズを使う
こうした「レンズの使い分け」が、ひとつのカメラボディで完結する。これがMFTの、そしてフランジバック19.25mmの、最も強力なアドバンテージである。
Speed Boosterのパラドックス
Speed Boosterが提示したのは、逆説的な命題だった。
「小さなセンサーだからこそ、大きなセンサー用のレンズ資産を活かせる。」
フルサイズセンサーのカメラにフルサイズ用レンズを装着しても、それは「当たり前」でしかない。だがMFTボディにSpeed Booster経由でフルサイズ用レンズを装着すると、画角の縮小と引き換えに1段分の明るさという「おまけ」がつく。フォーカルリデューサーの原理上、縮小先のセンサーが小さいほど倍率を下げられ、光学的なメリットが大きくなる。つまり、MFTのセンサーサイズは「ハンディキャップ」ではなく、Speed Boosterの効果を最大化する「前提条件」なのである。
この逆説は、MFTを取り巻く「センサーサイズ論争」に根本的な一石を投じた。センサーが小さいことのデメリットは確かにある。しかしそのデメリットを光学的に補う手段が存在し、しかもその補正過程で独自のメリットが生まれる——この事実は、「大きいセンサーは常に正義」という単純な図式では捉えきれない複雑さを、カメラ選択の議論に持ち込んだ。
Brian Caldwellのその後——アナモルフィックへの挑戦
Speed Boosterを設計したBrian Caldwellは、その後も光学設計の最前線に立ち続けた。2014年から着手し、2019年に発表されたCaldwell Chameleonアナモルフィックプライムレンズは、Caldwellの光学設計思想の集大成とも言える製品である。
アナモルフィックレンズは横方向に圧縮された映像を撮影し、ポストプロダクションでデスクイーズ(引き伸ばし)することでシネマスコープの超ワイドアスペクト比を実現する。映画産業の中でも最もハイエンドな光学技術が要求される分野だ。
CaldwellがSpeed Boosterからアナモルフィックレンズへと進んだことは象徴的である。フォーカルリデューサーの設計で培った「イメージサークルの変換」に関する深い知見が、アナモルフィック光学系の設計に直結したのだ。Speed Boosterは「円形のイメージサークルを縮小する」装置であり、アナモルフィックレンズは「楕円形のイメージサークルを円形にデスクイーズする」光学系——どちらも、イメージサークルの形状と大きさを変換する光学設計の応用問題なのである。
そしてここでも、第4章で描いた「MFTマウントのアナモルフィック革命」との接点が見える。SIRUIやLaowa、BLAZARがMFTマウントでアナモルフィックレンズを展開し、かつて数百万円したアナモルフィック撮影を数万円で可能にした——その「民主化」の源流に、Caldwellのフォーカルリデューサー技術があったのだ。
小括——19.25mmが拓いた越境の時代
Speed Boosterとマウントアダプターの物語は、MFTの本質的な強みを最も鮮明に映し出している。
MFTは「自分のレンズだけで完結するシステム」ではない。むしろ**「あらゆるレンズを受け入れるプラットフォーム」**である。19.25mmのフランジバックが作り出す広大な空間は、一眼レフ時代の遺産も、映画産業のPLレンズも、半世紀前のオールドレンズも、すべてを飲み込む。
Speed Boosterは、その「受け入れる力」に光学的な付加価値を加えた。小さなセンサーを不利ではなく有利に変え、「センサーサイズこそが画質を決める」という固定観念に楔を打ち込んだ。Brian Caldwellという一人の光学エンジニアの知見と、Metabonesという香港の小さな企業の挑戦が、MFTの位置づけを根底から変えたのである。
次章では、いよいよMFTの評価が決定的に変わる2つの製品——パナソニック GH5とBlackmagic Pocket Cinema Camera 4K——に焦点を当てる。2017年と2018年、MFTは映像制作の「定番」としての地位を確立する。しかし同時に、フルサイズミラーレスの波が押し寄せ、パナソニック自身がLマウントアライアンスに参加するという「裏切り」が起こる。栄光と動揺が交錯する、MFT史上最もドラマチックな時期を描く。
マイクロフォーサーズと映像表現の歴史—19.25mmのフランジバックが映像産業にもたらしたもの
- 誕生—「ミラーレス」という言葉はまだなかった
- 写真機を超えて——マウントとしてのマイクロフォーサーズ
- 995ドルの革命—Blackmagic Pocket Cinema Camera(2013)
- シネマレンズ大航海時代——MFTマウントが生んだ巨大市場
- 越境するレンズ—Speed Boosterとマウントアダプターの魔法
- GH5とBMPCC 4K—評価の分水嶺
- 2020年代のMFT—縮小する市場、拡大する可能性
参考文献・引用
- Metabones. “Speed Booster.” Metabones公式サイト. https://www.metabones.com/products/speed-booster
- Caldwell, Brian. “The Perfect Focal Reducer.” Metabones White Paper. https://www.metabones.com/assets/a/stories/The Perfect Focal Reducer White Paper.pdf
- TIPA. “TIPA Awards 2013 — Best Photo Accessory: Metabones Speed Booster.” Technical Image Press Association. https://www.tipa.com/english/award-details.html?iId=2544
- Metabones. “Speed Booster ULTRA 0.71x (Canon EF to Micro Four Thirds).” Product page. https://www.metabones.com/products/details/MB_SPEF-M43-BT4
- Metabones. “10th Anniversary — The Team.” https://www.metabones.com/about/10th-anniversary
- Micro Four Thirds. “Micro Four Thirds System Standard.” Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/Micro_Four_Thirds_system
- 中一光学(Zhongyi Optics). “Lens Turbo II.” 公式サイト. https://zyoptics.net/product/lens-turbo-ii/
- JVC. “GY-LS300 4KCAM Handheld S35mm Camcorder.” 製品ページ. https://www.jvc.com/professional/camcorders/gy-ls300/
- Caldwell, Brian. “Caldwell Chameleon Anamorphic Primes.” Caldwell Photographic. https://www.caldwellphotographic.com/chameleon
※本記事はpixlog.jpの長期連載企画「マイクロフォーサーズと映像表現の歴史」の一部です。引用・転載の際は出典を明記してください。



