音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM(1)

テープレコーダーの黎明期から、ハイレゾの時代へ。ティアック(TEAC)は、日本のオーディオ史においてもっとも息の長い「録音と再生」の専門家である。 その名前を聞いたことがあっても、この会社が何をつくり、どのように生き延びてきたかを正確に語れる人は少ないだろう。本章では、創業から現在に至るまでのティアックの歩みを時系列で辿りながら、同社が生んだヒット商品と、その背後にある技術哲学を読み解いていく。
創業——谷兄弟が描いた「録音と再生」の夢
ティアック株式会社の歴史は、1953年8月26日に遡る。創業者は谷勝馬と谷友馬の兄弟。最初の社名は「東京テレビジョン音響株式会社(Tokyo Television Acoustic Company)」だった。当時の日本は戦後復興のさなかにあり、テレビ放送が始まったばかり。谷兄弟は、海の向こうから入ってきたテープレコーダーという新しいメディアに将来性を見出し、事業を興した。
1956年には「東京電気音響株式会社(Tokyo Electro Acoustic Company)」を設立。そして1964年、この2社を統合して現在の**ティアック株式会社(TEAC Corporation)**が誕生する。TEACの名は「Tokyo Electro Acoustic Company」の頭文字だ。このシンプルな4文字が、以後70年以上にわたって「録音と再生」の代名詞となる。
オープンリールの時代——TD-102からA-6100へ
統合前のTEACが最初に世に送り出した量産オリジナル製品が、テープレコーダーTD-102である。海外製のテープレコーダーを手本にしながらも、日本の技術者たちが独自に設計を行った国産機であり、ティアックの「録音と再生」への原点を象徴する1台だ。
1960年代から70年代にかけて、ティアックはオープンリールテープレコーダーの分野で躍進する。A-6100シリーズは、その耐久性と再生品質で高い評価を受けた機種のひとつだ。当時、オープンリールは放送局や録音スタジオの主力機材であると同時に、裕福なオーディオマニアにとっての「究極の趣味」でもあった。ティアックは、プロフェッショナルとコンシューマーの境界線上に立つ存在だった。
この時期のティアックは、テープヘッドやテープトランスポート機構の設計・製造に独自のノウハウを蓄積していく。「テープを走らせ、ヘッドで読み書きする」という基本原理を、安定的かつ高品質に実現するための技術力こそが、ティアックの核となるDNAだった。
タスカム(TASCAM)の誕生——プロ音響部門の確立
1971年、ティアックは業務用音響機器の販売会社としてTASCAM(TEAC Audio System Company of America)を設立する。タスカムの名は、当初はアメリカ市場向けの販売会社に付けられたものだったが、やがてティアックのプロフェッショナル・オーディオブランドとして世界的に認知されるようになる。
1973年3月4日、TASCAM CorporationはTEAC Corporation of America(TCA)に吸収合併される。しかしTASCAMのブランド名は残り、ティアック本社が業務用音響製品の世界独占商標権を保持し続けた。
タスカムが誕生した背景には、1970年代の音楽産業の爆発的な成長がある。レコーディングスタジオは大手レーベル専用の施設から、独立系スタジオやミュージシャン個人のものへと広がりつつあった。この「ホームレコーディング」のニーズをいち早く捉えたのがタスカムだった。
ポータスタジオ——ホームレコーディング革命
タスカムの名を世界に轟かせた製品がある。1979年に発表されたTEAC 144 Portastudio——世界初の、標準カセットテープを使用した4トラックレコーダーである。
ポータスタジオは、音楽制作の民主化を象徴する製品だった。ブルース・スプリングスティーンの『Nebraska』(1982年)は、TEAC 144 Portastudioで録音されたデモテープがそのままアルバムとしてリリースされたことで知られている。ボストンやカンザスといった70年代の大物バンドも、タスカムの80-8(1/2インチ8トラック・リール・トゥ・リール)を使用して名盤を制作した。
ポータスタジオの成功は、タスカムに明確なアイデンティティを与えた。「プロの品質を、手の届く価格で」——この思想は、21世紀のDRシリーズやPortacaptureシリーズにまで連綿と受け継がれている。
なお、ポータスタジオの人気は中古市場でも健在だ。音楽機材のリセールサイトReverb.comは、2020年の年間レポート「8 Types of Used Music Gear That Went Up in Price in 2020」の中で、TASCAMポータスタジオシリーズ(414 MKII・488 MKIIなど)を値上がりが顕著だったカテゴリーのひとつとして取り上げている。テープ回帰のトレンドやアナログ録音への再評価が中古価格を押し上げた要因として挙げられている。
1980年代〜90年代——デジタルの波とブランド多角化
1980年代に入ると、オーディオ業界はアナログからデジタルへの転換期を迎える。CDの登場(1982年)、DATの規格策定(1987年)——こうした激動の中で、ティアックはいくつかの重要な一手を打った。
エソテリック(Esoteric)——ハイエンドオーディオへの挑戦
ティアックは1987年、民生用ハイエンドオーディオブランド**エソテリック(Esoteric)を立ち上げる。CDプレーヤーのトランスポート機構に独自のVRDS(Vibration-Free Rigid Disc-Clamping System)**を搭載し、「ディスクの振動を抑えることで読み取り精度を極限まで高める」というアプローチで、世界のオーディオファイルから絶大な支持を得た。
エソテリックのフラッグシップモデルは100万円を超える価格帯に位置する。これは、テープレコーダーの量産メーカーとして出発したティアックが、「究極の再生品質」を追求するブランドに成長したことの証だ。
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情報機器事業——テープ技術の転用
オーディオ以外の分野にも、ティアックの技術は応用された。テープレコーダーで培ったテープトランスポート技術とヘッド技術は、データストレージ(コンピューター用テープドライブ、フロッピーディスクドライブ、光学ドライブ)の領域へと転用される。一時期、ティアックはPC用フロッピーディスクドライブやCD-ROMドライブの大手サプライヤーとして世界的なシェアを持っていた。
しかし、フロッピーディスクの衰退、光学ドライブ市場の縮小という避けられない波が押し寄せる。ティアックの情報機器事業は次第に規模を縮小し、現在はトランスデューサー(センサー類)、データレコーダー、航空機用記録再生装置、医療用画像記録装置など、ニッチだが高い専門性を要する分野に特化している。
2000年代——DRシリーズとフィールドレコーディング
21世紀に入り、タスカムはフィールドレコーディングの分野で新たな存在感を示す。DRシリーズは、コンパクトなボディにタスカムの録音技術を凝縮したポータブルレコーダー群だ。
DR-100シリーズ
2009年に登場したDR-100は、タスカムのフラッグシップ・ポータブルレコーダーとしてのポジションを確立。その後、DR-100MKII、DR-100MKIIIとバージョンアップを重ね、ジャーナリスト、音楽家、フィールドレコーダー愛好家から支持を集めた。
DR-40シリーズ
DR-40(およびその後継DR-40X)は、4チャンネル録音に対応する万能型ポータブルレコーダーだ。XLR入力を備え、外部マイクとの組み合わせで映像制作にも対応する。USBオーディオインターフェイス機能も搭載しており、1台で複数の役割をこなす。
DR-10シリーズ——ビデオグラファーの隠れた必需品
そしてもうひとつ、特筆すべきシリーズがある。DR-10Lは、ラベリアマイク(ピンマイク)一体型の超小型パーソナルレコーダーだ。ウエディングビデオの撮影、ドキュメンタリー、インタビュー収録——ワイヤレスマイクシステムを使わずに、被写体に直接取り付けて確実に音声を収録できる。2024年にはデュアルADコンバーターと32ビットフロート録音に対応したDR-10L Proが登場し、レベル設定を気にせずクリップのない録音が可能になった。
DR-10シリーズは、タスカムが「ビデオグラファーのための音声ソリューション」に本腰を入れていることを象徴する製品群である。
ギブソン傘下と離脱——激動の2010年代
ティアックの近現代史を語るうえで避けて通れないのが、ギブソン(Gibson Brands, Inc.)との関係だ。
2013年、ギターメーカーとして知られるギブソンがティアックの株式の過半数を取得し、ティアックはギブソンの傘下に入る。ギブソンは当時、「ライフスタイル・ブランド」への転換を図っており、フィリップス(Philips)のオーディオ関連事業やオンキヨー(Onkyo)との業務提携など、音響分野での積極的な買収を進めていた。
しかしギブソンの拡大路線は裏目に出る。2018年、ギブソンは約5億ドルの負債を抱えて連邦破産法第11章(チャプター11)の適用を申請。経営再建の過程でティアック株は手放され、ティアックは再び独立の道を歩むことになった。
この一連の出来事は、ティアックの経営に混乱をもたらしたが、製品開発のDNA自体は揺るがなかった。ギブソン離脱後のティアックは、コア事業であるオーディオ機器と情報機器に集中する体制へと回帰した。
現在のティアック——3つのブランド、2つの事業セグメント
2026年3月現在、ティアック株式会社の事業構造は大きく2つのセグメントに分かれている。
オーディオ機器事業
| ブランド | 主な製品 |
|---|---|
| TEAC | アナログレコードプレーヤー、ネットワークオーディオ、CDレシーバー、カセットデッキなど民生用オーディオ製品 |
| Esoteric | SACDプレーヤー、DAコンバーター、プリアンプ、パワーアンプなどハイエンドオーディオ製品 |
| TASCAM | マルチトラックレコーダー、USBオーディオインターフェイス、ポータブルレコーダー(DRシリーズ、Portacaptureシリーズ)、CDレコーダー、業務用ミキサーなど |
情報機器事業
- 計測機器:トランスデューサー、データレコーダー
- 医療用画像記録再生装置
- 航空機用エンターテインメント記録再生装置(機内IFE装置)
- ソリューション事業(ティアックカスタマーソリューションズによるアーカイブ事業を含む)
代表取締役社長は英裕治(はなぶさ ゆうじ)氏。本社は東京都多摩市落合1-47。東京証券取引所スタンダード市場に上場しており、証券コードは6803。資本金は35億円、連結従業員数は547名(2025年3月末時点)。
ティアックのDNA——「録音と再生」への執着
創業から70年以上。テープからディスクへ、ディスクからメモリーへ、メモリーからクラウドへ。記録メディアは幾度も入れ替わったが、ティアックが追い続けてきたテーマは一貫している。
同社CEOの英裕治氏は、公式コーポレートプロファイルの中でこう述べている。
「『録音と再生』はティアックの核心そのものです。‘一度きり’を捉え、残すこと。創業以来、私たちはその『録音と再生』を核として歩んできました。」
オープンリールからポータスタジオ、DRシリーズからエソテリック。ティアックが手がけてきた製品の幅は広大だが、その根底にあるのは「音を正確に録り、正確に再生する」という、極めてシンプルな情熱である。
音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM (ガイドページ)
- ティアックとは——録音と再生に捧げた70年の歩み
- ZOOMとは——米Zoomとは違う、日本発の音響機器メーカー
- デジタル一眼動画革命と両社の邂逅——ビデオグラファーを支えたレコーダーたち
- 両社の得意領域と競合関係——強み・弱み・ライバルを読み解く
- カメラの外側で——アーカイブ事業と音響技術の広がり
- 株価・財務・今後の見通し——2026年以降の両社を展望する


