音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM(2)

「ZOOM」と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのはビデオ会議アプリだろう。だが、本稿で語るZOOMは、それとはまったく別の会社である。 株式会社ズーム(ZOOM Corporation、証券コード:6694)は、1983年に東京で設立された日本の音響機器メーカーだ。ギタリスト向けのマルチエフェクターから出発し、やがてハンディレコーダーの代名詞となり、いまや世界130か国以上にクリエイター向けの機材を届けている。本章では、ZOOMの創業から現在に至る歩みを辿り、なぜこの会社が「音のクリエイティブツール」の世界でここまでの存在感を獲得できたのかを読み解く。
米Zoom Video Communicationsとの違い
本題に入る前に、混同されがちな2社について整理しておこう。
| 株式会社ズーム(ZOOM Corporation) | Zoom Video Communications, Inc. | |
|---|---|---|
| 設立 | 1983年9月(日本) | 2011年4月(米国) |
| 本社 | 東京都千代田区神田駿河台4-4-3 | 米国カリフォルニア州サンノゼ |
| 事業内容 | 音響機器(レコーダー、エフェクター、ミキサー等)の企画・開発・販売 | ビデオ会議・コミュニケーションプラットフォーム |
| 証券コード | 東証スタンダード:6694 | NASDAQ:ZM |
| ウェブサイト | zoomcorp.com / zoom.co.jp | zoom.com |
2020年のコロナ禍でビデオ会議のZoomが爆発的に普及した際、日本の株式会社ズームの株価が連れ高する「誤爆買い」が何度も話題になった。両社はまったくの無関係であり、株式会社ズームは日本の音響機器メーカーとして28年も先に創業している。
創業——エフェクターから始まった物語
株式会社ズームは、1983年9月に設立された。本社は東京都千代田区神田駿河台。創業当初の事業はギタリスト向けマルチエフェクターの企画・開発だった。
マルチエフェクターとは、ディストーション、コーラス、ディレイ、リバーブなど複数のエフェクトを1台にまとめた機器のことだ。楽器経験のない方にとってはなじみが薄いかもしれないが、エレキギターの音作りにおいては不可欠なツールである。ZOOMは、この分野でコストパフォーマンスの高い製品を次々と投入し、特にアマチュアからセミプロのギタリストに熱く支持された。
初期のヒット商品としては、9000シリーズや500シリーズのマルチエフェクターが挙げられる。当時、BOSSやDigiTechといった先行メーカーがいる中で、ZOOMは「低価格帯ながら多機能」というポジションを確立していく。
<!– アフィリエイト挿入ポイント:ZOOM現行マルチエフェクター(MS-70CDR+など)購入リンク –>
ファブレスメーカーという選択
ZOOMの事業モデルにおいて注目すべきは、ファブレス(fabless)であるという点だ。つまり、ZOOMは自社工場を持たず、製品の企画・設計・開発に特化し、製造はすべて外部のパートナー企業に委託している。
ファブレスモデルのメリットは明確だ。
- 固定費の抑制:工場の維持費や設備投資が不要
- 開発リソースへの集中:エンジニアリングとデザインにリソースを振れる
- 市場変化への対応力:需要変動に対して柔軟に対応できる
一方で、製造品質の管理や供給チェーンの安定性というリスクも抱える。だが、ZOOMはこのモデルで40年以上にわたって事業を展開し続けており、「自社で作らずに、良い音を届ける」というアプローチが同社のDNAに深く根付いている。
Hシリーズ——ハンディレコーダーの代名詞へ
ZOOMの歴史を語るうえで、最大のターニングポイントとなったのがHシリーズ(Handy Recorder)の登場だ。エフェクターメーカーからレコーダーメーカーへの転換——これは、ZOOMという会社のアイデンティティそのものを変えた出来事だった。
H4(2006年)
初代H4は、高品質X/YステレオマイクとプロフェッショナルグレードのXLR/TRSコンボ入力を1台に統合した、世界初の「ハンディレコーダー」だった(※「Handy Recorder」はZOOMの製品名である)。音楽家のライブ録音はもちろん、映像制作者が外部マイクを接続してカメラ音声の代替として使うケースが急速に広がった。
H4n / H4n Pro
H4の後継機H4nは、ZOOMの代名詞と言っても過言ではないほどのヒット作となった。発売以来、12年以上にわたって現行製品として販売され続けた異例のロングセラーだ。4チャンネル同時録音、XLR/TRSコンボ入力2系統、内蔵X/Yステレオマイク——この組み合わせが、ミュージシャン、ポッドキャスター、映像クリエイター、ジャーナリストとあらゆる層に刺さった。
後継のH4n Proでは低ノイズ化が図られ、現場での信頼性がさらに向上した。映画やテレビの現場で「とりあえずH4n」という声が上がるほど、業界標準の一角を担う存在になったのである。
H1シリーズ
一方で、エントリー層に向けたH1は「ポケットに入るスタジオ」とも評されるウルトラコンパクト機だ。単三電池1本で動作し、内蔵ステレオマイクで手軽に高品質録音ができる。学生、ブロガー、フィールドレコーディング愛好家に広く浸透した。後継のH1nではメニュー操作性が改善され、後にEssentialシリーズへと発展する。
H2n / H5 / H6 / H8
ZOOMはHシリーズを上下に展開し、H2n(ミッドサラウンド対応)、H5(交換式マイクカプセル対応)、H6(6入力の本格仕様)、H8(ポッドキャスト対応の多入力モデル)とラインナップを充実させた。
特にH5とH6は、マイクカプセルを交換できるインターチェンジャブルカプセルシステムを採用しており、X/Yマイク、MSマイク、ショットガンマイクなど用途に応じて先端を付け替えられる。このモジュラー設計は、ZOOMの独自性を象徴する仕組みだ。
Fシリーズ——プロフェッショナル・フィールドレコーダー
Hシリーズが「コンシューマーからセミプロ」の市場をカバーしたのに対し、FシリーズはZOOMが本格的にプロフェッショナル市場へ打って出たラインだ。
F8 / F8n / F8n Pro
F8(2015年発売)は、8入力/10トラック録音に対応する本格的なフィールドレコーダーだ。映画やテレビの現場で使われるSound Devices製品の牙城に挑む存在として登場した。低セルフノイズの高品質プリアンプ、タイムコード対応、デュアルSDカードスロットなど、プロの要件を満たす仕様を備えつつ、価格はSound Devicesの同クラス機の半分以下に抑えた。
後継のF8nで大幅にプリアンプ性能とリミッター性能が向上。さらにF8n Proでは32ビットフロート録音とデュアルADコンバーターを搭載し、レベル調整を一切気にせずクリップのない録音が可能になった。「Game of Thrones」「Lovecraft Country」などのサウンドデザイナーであるPaula Fairfield氏も、F8n Proのユーザーとして知られている。
F6——32ビットフロートの先駆者
F6は、プロフェッショナル・フィールドレコーダーとして世界で初めて32ビットフロート録音とデュアルADコンバーターの両方を搭載した製品として注目を集めた。6入力、タイムコード対応、NP-Fバッテリースロット、USB-C給電——コンパクトなボディに、F8n Proに迫る機能を詰め込んだ。
音響専門メディアSound On Soundのレビューでは、「同価格帯のSound Devices MixPre-6 IIよりも2つ多いバランス入力を持ち、物理的にも小さく、追加オプションなしで即座に運用できる」と高く評価された。
F3——超小型32ビットフロート
2022年に登場したF3は、2入力ながら32ビットフロート録音に対応するウルトラコンパクトなフィールドレコーダーだ。インディーフィルムメーカーやワンオペの映像クリエイターにとって、ポケットサイズで「ゲイン調整不要」という革命的な利便性を提供する。
Essentialシリーズ——2020年代のリブランディング
2020年代に入り、ZOOMはHシリーズの流れを汲む新しいラインナップとしてEssentialシリーズを展開し始めた。H1essential、H2essential、H4essential、H6essential——これらは従来のHシリーズの後継にあたるモデルであり、32ビットフロート録音を標準搭載している点が最大の特徴だ。
Essentialシリーズは、ZOOMのレコーダーラインナップ全体を「32ビットフロート世代」に刷新する戦略の一環であり、「レベル調整から解放される」というメッセージを全価格帯に浸透させようとしている。
PodTrakシリーズ——ポッドキャスト市場への参入
ZOOMは2020年前後から、成長著しいポッドキャスト市場にも積極的に参入している。
PodTrak P4は、4人までのポッドキャスト収録に対応するコンパクトなレコーダー兼ミキサーだ。サウンドパッド機能を搭載し、BGMやSEをワンタッチで挿入できる。USB接続でリモートゲストの音声を取り込むことも可能で、ポッドキャスト初心者でも直感的に操作できる設計になっている。
後継のPodTrak P4next、さらに小型のPodTrak P2などもラインナップに加わり、ZOOMはポッドキャスト機材市場においてRODE(オーストラリア)と並ぶ主要プレーヤーとなっている。
LiveTrak / MultiStompなど多角的な製品展開
ZOOMの製品ラインナップは、レコーダーだけにとどまらない。
- LiveTrakシリーズ(L6、L8、L12next等):デジタルミキサー兼レコーダー。ライブ配信やライブ演奏のレコーディングに対応
- MultiStompシリーズ(MS-70CDR+、MS-80IR+等):コンパクトなマルチエフェクターペダル。ギタリストやベーシスト向け
- Qシリーズ(Q2n-4K等):ビデオカメラと高品質オーディオを1台に統合したハンディビデオレコーダー
- Instamicシリーズ:超小型のウェアラブルマイク。アクションカメラとの連携を想定
エフェクターから出発した会社が、レコーダー、ミキサー、ビデオカメラ、ポッドキャスト機材、ウェアラブルマイクと、「音のクリエイティブツール」全般に展開を広げている。これがZOOMという会社の全体像だ。
ZOOMの企業哲学
ZOOMの公式サイトには、同社の企業文化を端的に表す一文がある。
「ZOOMのコーポレートカルチャーは、エンジニアとアーティストの融合です。高度な技術力と、それを創造的かつ想像力豊かに活用するセンスと意欲の組み合わせです。」
42年の歴史の中で、ZOOMは一貫して「クリエイターのためのツール」を作り続けてきた。自社工場を持たず、設計と開発に特化するファブレスモデルで、世界130か国、53のディストリビューターを通じて製品を届けている。
代表取締役社長は工藤俊介(くどう しゅんすけ)氏。東京証券取引所スタンダード市場に上場し、証券コードは6694。資本金は2億1,200万円。従業員数は連結で約200名規模だ(ティアックの547名と比較すると、かなりコンパクトな組織であることがわかる)。
音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM(ガイドページ)
- ティアックとは——録音と再生に捧げた70年の歩み
- ZOOMとは——米Zoomとは違う、日本発の音響機器メーカー
- デジタル一眼動画革命と両社の邂逅——ビデオグラファーを支えたレコーダーたち
- 両社の得意領域と競合関係——強み・弱み・ライバルを読み解く
- カメラの外側で——アーカイブ事業と音響技術の広がり
- 株価・財務・今後の見通し——2026年以降の両社を展望する
関連記事
典拠一覧
- Wikipedia(英語版)「Zoom Corporation」 — https://en.wikipedia.org/wiki/Zoom_Corporation
- ZOOM Corporation「About Zoom」 — https://zoomcorp.com/en/us/about/
- ZOOM Corporation 公式サイト — https://zoomcorp.com/
- 株探「ズーム【6694】株の基本情報」 — https://kabutan.jp/stock/?code=6694
- FISCO「ズーム【6694】企業概要」 — https://web.fisco.jp/platform/companies/0669400
- Sound On Sound「Zoom F6 Review」 — https://www.soundonsound.com/reviews/zoom-f6
- Digital Camera World「Zoom F6 field recorder review」 — https://www.digitalcameraworld.com/audio/zoom-f6-field-recorder-review
- Transom「Zoom H1n Review」 — https://transom.org/2018/zoom-h1n/
- Videomaker「Zoom H1 Handy Recorder Reviewed」 — https://www.videomaker.com/article/c5/15166-zoom-h1-handy-recorder-reviewed/
- ZOOM Corporation「F6 Product Page」 — https://zoomcorp.com/en/us/field-recorders/field-recorders/f6/
- ZOOM Corporation「F8n Pro Product Page」 — https://zoomcorp.com/en/ca/handheld-video-recorders/field-recorders/f8n-pro/



