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アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用(1920年代〜1952年)| アナモルフィック・クロニクル(1)

レンズ
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アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES — Chapter 1

「横に歪んだ絵を、円筒形の鏡で覗くと正しい像が見える」——アナモルフォーシス(歪像画法)と呼ばれるこの光学的な遊びは、16世紀のヨーロッパにまで遡る。レオナルド・ダ・ヴィンチのノートにもその原理は記されている。しかし、この古い光学の「いたずら」が戦車の潜望鏡を経由して映画産業を根底から変えることになるとは、誰も予想していなかった。

本章では、アナモルフィックレンズの原理と、その発明者アンリ・クレティアンの生涯、そして四半世紀にわたって映画界に受け入れられなかったHypergonarレンズの物語を辿る。


アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES

  1. アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
  2. シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
  3. Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
  4. アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
  5. アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
  6. 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
  7. 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
  8. アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪

アナモルフォーシス——歪像の光学史

アナモルフィック(anamorphic)という言葉は、ギリシャ語の「ana(再び)」と「morphe(形)」に由来する。意図的に歪めた像を、特定の角度や道具を通して見ることで正しい形に「再構成」する——この原理は、ルネサンス期の画家たちが遠近法の応用として楽しんだ知的遊戯であった。

17世紀以降のヨーロッパでは、金属製の円筒鏡を中央に置き、その周囲に描かれた歪んだ絵を鏡面に映すことで正常な像を見るという「カタプトリック・アナモルフォーシス」が流行していた。美術史においては好奇心の対象にすぎなかったこの原理が、光学レンズに応用されるのは19世紀末のことである。

19世紀後半、円柱レンズ(シリンドリカルレンズ)を用いて水平方向のみの像を圧縮・伸長する光学系の特許が出願され始める。しかし、これらの初期の試みは写真や映画への実用化には至らなかった。光学ガラスの品質、レンズ研磨の精度、そして何よりもこの技術を必要とする「市場」が存在しなかったためである。

参考サイト:光学の小箱 018 シリンドリカルレンズ(シグマ光機)


アンリ・クレティアン——天文学者、発明家、そしてアナモルフィックの父

アンリ・ジャック・クレティアン(Henri Jacques Chrétien、1879年2月1日〜1956年2月6日)は、パリ生まれの天文学者・光学技術者である。ニース天文台で研究を行い、天体望遠鏡の光学設計で大きな業績を残した人物だ。

クレティアンの光学への関心は幅広く、1901年にはフランス天文学会の最高賞であるジュール・ジャンセン賞を(ランデラー、アンダーソンと共同で)受賞している。しかし彼の名を映画史に永遠に刻むことになるのは、天文学の研究ではなく、「横に広い像を記録する」という一見すると奇妙な課題への取り組みであった。

アナモルフィック画像の研究開始(1905年〜)

フランスのシネマテーク・フランセーズの記録によれば、クレティアンは1905年頃からアナモルフィック画像の研究を始めている。当初は写真への応用を念頭に置いていたと考えられている。

第一次世界大戦と戦車用潜望鏡

第一次世界大戦(1914〜1918年)は、アナモルフィック光学に最初の実用的な用途を与えた。戦車の潜望鏡である。

戦車の乗員は、狭いスリットから外を覗く。通常の光学系では視野が限られるが、アナモルフィックの円柱レンズを潜望鏡に組み込むことで、水平方向により広い視野を確保できる。同じ大きさの光学系で、より広い範囲を「横に圧縮して」乗員に見せることができたのである。

この軍事用途での経験が、クレティアンに「同じ原理を映画に応用できるのではないか」というアイデアを与えた。


Hypergonar——アナモルフィック映画レンズの誕生

ナポレオンとパノラマの夢(1927年)

ナポレオン役のアルベール・デュードネ 引用元: Wikipedia

1927年4月7日、パリ・オペラ座。クレティアンはアベル・ガンス監督の大作『ナポレオン』(Napoléon)の上映に立ち会った。この映画は、クライマックスで3台の映写機を同時に使い、3つのスクリーンに映像を投影する「トリプティク」と呼ばれる手法を採用していた——3つの異なる映像を並べるか、あるいは3つの映像を繋ぎ合わせてパノラマを構成するかの、いずれかの使い方である。

クレティアンはこの上映を見て、こう考えたと伝えられている。

「私なら、カメラ1台と映写機1台で同じことができる」

3台のカメラと3台の映写機を使わずとも、1枚のアナモルフィックレンズで水平方向の像を2倍に圧縮して撮影し、映写時に同じ原理で引き伸ばせば、1台のシステムでワイドスクリーンを実現できる——この発想が、Hypergonarレンズの開発を加速させた。

Hypergonarの特許取得

クレティアンの最初の特許は、1926年12月9日に出願されている(カラー写真への応用)。ワイドスクリーンへの応用に関する特許は、1927年4月29日に出願された。

クレティアンが「Hypergonar(イペルゴナール)」と名付けたこのレンズは、既存の撮影用レンズまたは映写用レンズの前面に取り付けるアタッチメント(前玉アダプター)として設計された。2倍(2x)の水平圧縮率を持ち、撮影時に水平方向を50%に圧縮し、映写時に200%に引き伸ばすことで、通常の2倍の横幅を持つ映像を実現する。

つまり、通常のフィルムフレーム(当時のサイレント映画の標準フレーム比率は約1.33:1)に、2倍の水平情報を詰め込むことができた。映写時にデスクイーズ(引き伸ばし)すると、約2.66:1のアスペクト比が得られる計算になる。

Hypergonarの仕組み

Hypergonarの光学原理を簡潔に説明する。

通常のレンズ(球面レンズ)は、水平方向と垂直方向を等しく結像する。対してHypergonarに使われた円柱レンズ(シリンドリカルレンズ)は、一方向にのみ屈折力を持つ。この円柱レンズを撮影レンズの前に配置することで、水平方向のみを圧縮する。

  • 撮影時:被写体の水平方向の情報が2:1の比率で圧縮され、フィルム上には「縦長に引き伸ばされた」ような像が記録される
  • 映写時:同様の原理を持つレンズを映写機に取り付けることで、圧縮された像を元の比率に戻す(デスクイーズ)

結果として、フィルムのフレーム全体を使って、通常の2倍の横幅を持つ映像を記録・再生できる。これは、フレームの上下をマスキング(黒帯で覆う)してワイドスクリーンを擬似的に作る方法と根本的に異なる。マスキングではフィルム面積の大部分を無駄にするが、アナモルフィックではフレーム全面を有効に使うため、解像度を犠牲にしない。


四半世紀の沈黙——なぜHypergonarは受け入れられなかったのか

クレティアンはHypergonarレンズの少数のサンプルを製造し、フランス国内外の映画関係者にデモンストレーションを行った。しかし、結果は期待に反するものだった。

トーキー革命との不運なタイミング

1927年は、アル・ジョルソン主演の『ジャズ・シンガー』が公開された年でもある。サイレント映画からトーキー(有声映画)への大転換が始まったのである。

映画産業全体が、ワイドスクリーンよりもはるかに差し迫った課題——音声同期技術の導入、録音スタジオの建設、映画館の音響設備への投資——に追われていた。「画面を横に広げる」というアイデアは、業界の優先順位リストの上位にはなかった。

フランス映画界の消極性

クレティアンはフランスを拠点に活動していたが、1920〜1930年代のフランス映画産業は、ハリウッドほどの資本力を持っていなかった。新しいレンズシステムの導入には、撮影用レンズだけでなく映写用レンズも必要であり、映画館側にも設備投資を求めることになる。フランスの映画産業にとって、そのリスクは大きすぎた。

Hypergonarを使った初期の映画

それでも、クレティアンのHypergonarを使った短編映画がいくつか制作されている。1928年にクロード・オータン=ララ監督が『火を熾す』(Construire un feu、ジャック・ロンドン原作)をHypergonarで撮影したとされる。しかし、これらの作品は商業的な成功には至らなかった。

第二次世界大戦による破壊

1939〜1945年の第二次世界大戦は、クレティアンの研究にさらなる打撃を与えた。ナチス・ドイツによるフランス占領下で、クレティアンの研究室は爆撃を受け、Hypergonarレンズの多くが破壊されたと伝えられている。

戦後、クレティアンは残されたレンズとともに研究を続けたが、フランスの映画産業も戦争で疲弊しており、新たなレンズシステムへの投資を行う余裕はなかった。

特許の失効

さらに皮肉なことに、クレティアンのHypergonarに関する特許は失効していた。四半世紀以上が経過し、商業化に至らなかったためである。しかし、特許は失効しても、クレティアンが製造した物理的なレンズは残っていた。そして1952年、大西洋の向こう側から、このレンズを求める使者がやってくる。


テレビの脅威——映画産業の存亡の危機

1950年代初頭、アメリカの映画産業は未曾有の危機に直面していた。テレビの急速な普及である。

1946年にはアメリカの映画館の年間観客動員数が約40億人に達していたが、テレビの普及とともに急減していた。1950年代初頭には、毎週のように映画館が閉館する事態が続いていた。映画スタジオは存亡をかけて、「テレビでは体験できない何か」を観客に提供する必要に迫られた。

この危機が、3つのワイドスクリーン技術を生む。

  1. Cinerama(シネラマ)(1952年):3台の映写機で巨大な湾曲スクリーンに投影。圧倒的な臨場感だが、設備コストが莫大
  2. CinemaScope(シネマスコープ)(1953年):クレティアンのHypergonarを応用。映写機に安価なアダプターを追加するだけで対応可能
  3. VistaVision(1954年):横送りの35mmフィルムで高解像度ワイドスクリーンを実現。Paramount提唱

この3つのうち、最も「安く」「速く」「広く」導入できたのがCinemaScope——つまりアナモルフィック方式であった。次章では、20世紀フォックスがいかにしてクレティアンの技術を手に入れ、CinemaScope革命を起こしたかを詳述する。


第1章のまとめ

出来事
16世紀〜アナモルフォーシス(歪像画法)がヨーロッパの画家・学者の間で知られる
19世紀後半円柱レンズを用いたアナモルフィック光学系の初期特許が出願される
1879年アンリ・クレティアン、パリに生まれる
1905年頃クレティアン、アナモルフィック画像の研究を開始
1914〜1918年第一次世界大戦。アナモルフィック円柱レンズが戦車の潜望鏡に使用される
1926年12月クレティアン、最初のアナモルフィック特許を出願(カラー写真応用)
1927年4月ワイドスクリーン応用の特許出願。Hypergonarレンズの原型完成
1927年トーキー革命(『ジャズ・シンガー』公開)。映画産業の関心は音声へ
1928年クロード・オータン=ララ監督がHypergonarを使用して短編を撮影
1939〜1945年第二次世界大戦。クレティアンの研究室が爆撃を受け、多くのレンズが破壊される
1950年代初頭テレビの普及によりアメリカの映画産業が存亡の危機に。ワイドスクリーン技術の需要が急上昇
1952年20世紀フォックスがクレティアンに接触。CinemaScope開発へ(→第2章)

アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES

  1. アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
  2. シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
  3. Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
  4. アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
  5. アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
  6. 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
  7. 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
  8. アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪

導入とまとめ


典拠・参考資料

  1. La Cinémathèque française, “From Hypergonar to CinemaScope,” Google Arts & Culture. https://artsandculture.google.com/story/from-hypergonar-to-cinemascope-la-cinémathèque-française/FQVBhBIIlKg2IA
  2. Barco, “The history of Cinemascope.” https://www.barco.com/zh/residential/creating-the-experience/the-architectural-digital-canvas/technology-ingredients/cinemascope
  3. Il Cinema Ritrovato Festival, “L’HYPERGONAR — Film Notes.” https://ilcinemaritrovato.it/en/film/lhypergonar/
  4. Linda Hall Library, “Scientist of the Day — Henri Chrétien,” February 2, 2021. https://www.lindahall.org/about/news/scientist-of-the-day/henri-chretien/
  5. The American WideScreen Museum, “The CinemaScope Wing 1.” https://www.widescreenmuseum.com/widescreen/wingcs1.htm
  6. Wikipedia, “Henri Chrétien.” https://en.wikipedia.org/wiki/Henri_Chrétien
  7. Wikipedia, “Anamorphic format.” https://en.wikipedia.org/wiki/Anamorphic_format
  8. Film and Digital Times, “Anamorphic History,” September 16, 2012. https://www.fdtimes.com/2012/09/16/anamorphic-history/
  9. David Samuelson, “Introduction of CinemaScope,” in70mm.com. https://www.in70mm.com/presents/1953_cinemascope/samuelson/index.htm
  10. The American Society of Cinematographers, “Panavision at 70.” https://theasc.com/articles/panavision-at-70
  11. American Cinematographer, “CinemaScope — Web Exclusive,” September 2003. https://theasc.com/magazine/sept03/sub/index.html
  12. Glaswerk Optics, “The History of Anamorphic Lenses in Filmmaking: From Military Innovation to Cinematic Magic,” March 11, 2025. https://glaswerk-optics.de/2025/03/11/the-history-of-anamorphic-lenses-in-filmmaking-from-military-innovation-to-cinematic-magic/
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