カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか(5)

5-1. ハリウッドのレンタルハウスに並ぶ中国製シネレンズ
シネレンズとは、映画やドラマ、コマーシャルなどの映像制作に特化して設計されたレンズである。写真用レンズとは根本的に異なる設計思想で作られており、透過光量を正確に示す「T値(T-stop)」の採用、無段階で滑らかに動くステップレス絞り、フォローフォーカス装置に適合する0.8MODギア、シリーズ全体での統一された前玉径とギア位置、そしてフォーカスブリージング(ピント移動時の画角変動)の極限的な抑制が求められる。
こうした厳密な要件を満たすため、シネレンズは伝統的に極めて高価であった。ZEISSのSupreme Primeは1本約20,000ドル(6本セットで約123,750ドル)、Cooke S7i Full Frameは1本約20,000〜32,000ドル(6本セットで約100,000ドル前後)、Angenieux Optimo Primeは1本30,000ドルを超える。フルセットを揃えれば、高級車1台分から小さな家1軒分の投資が必要だった。映画撮影の現場では、これらのレンズはレンタルハウスから借りるのが一般的であり、個人が所有することは現実的ではなかった。
しかし、2020年代に入り、この「シネレンズ=超高価」という常識が根底から覆され始めた。中国のレンズメーカーが、シネレンズの基本要件をすべて満たしつつ、従来の10分の1から50分の1という価格で製品を市場に投入し始めたのだ。
DZOFilmのArles T1.4シリーズは1本1,999ドル——Zeiss Supreme Primeの約10分の1。NiSiのAthena Primeは1本1,098ドル。MeikeのMini Prime T2.2に至っては、1本約330〜440ドルだ。かつては「6本セットで数百万円」だったシネレンズが、「6本セットで数十万円」あるいは「6本セットで20万円以下」という世界が現実になった。
Credence Researchの調査によれば、世界のシネレンズ市場は2024年に約15億ドル規模であり、2032年には約23億ドルに達すると予測されている(CAGR 5.46%)。この成長を牽引しているのは、4K・8K・HDRコンテンツの需要拡大、ストリーミングプラットフォームの制作投資増加、そしてインディペンデント映像制作者の増加だ。そして、後者2つの需要を満たしているのが、まさに中国メーカーのシネレンズなのである。
米国最大のレンズレンタル企業Lensrentalsのカタログには、DZOFilmのPictor Zoomが並んでいる。ニューヨークの老舗Adorama Rentalsは13モデルのDZOFilmレンズをレンタル在庫に加えている。ShareGridやKitSplitといったピアツーピアの機材シェアリングプラットフォームでは、DZOFilm VespidやSIRUIのアナモルフィックレンズが個人所有のレンタル品として大量にリスティングされている。「中国製のシネレンズがハリウッドのレンタルハウスに並ぶ」——これは比喩ではなく、すでに起きている現実だ。
本章では、シネレンズ市場で急速にプレゼンスを拡大する中国メーカー4社——DZOFilm、SIRUI、NiSi、Meike——の戦略と製品体系を深掘りし、伝統的メーカーへの影響を分析する。
5-2. DZOFilm(東正光学)——フルフレームシネレンズの新スタンダード
創業と企業哲学
DZOFilm(東正光学)は深圳に拠点を置くシネレンズ専業メーカーだ。「映画制作者のために、映画制作者が作る」という理念のもと、シネプライム(単焦点)とシネズーム(ズーム)の両方を手がける。LinkedInのプロフィール上では約21名とされるが、Crunchbaseでは101〜250名、ZoomInfoでは201〜500名と報告されており、実際の規模はLinkedInの数字より大きいと見られる。いずれにせよ、伝統的なシネレンズメーカーと比較すれば小規模なチームから生み出される製品群の幅広さと質は、業界の注目を集め続けている。
DZOFilmの製品を理解するには、まずシネレンズの分類を整理する必要がある。シネレンズは大きく「シネプライム(単焦点)」と「シネズーム」に分かれ、さらにカバーするイメージサークルによって「Super 35(S35)用」「フルフレーム(FF)用」「ラージフォーマット(VV/LF)用」に分類される。DZOFilmはこのすべてのカテゴリーに製品を展開するという、驚異的な守備範囲の広さを持つ。
Vespidシリーズ——シネプライムの価格破壊
DZOFilmの出発点であり、現在も代名詞的な存在がVespid Prime(ヴェスピッド・プライム)シリーズだ。フルフレーム対応のシネ単焦点セットで、16mm、25mm、35mm、50mm、75mm、100mm、125mmの7焦点距離をラインナップする。T2.1の統一された明るさ、PLマウント(EFマウント版も用意)、46mmイメージサークル、0.8MODギア——シネレンズとしての基本要件をすべて満たしながら、1本約500〜700ドルという価格を実現した。
2025年9月、DZOFilmは第2世代となるVespid Prime IIを発表した。CineDの第一報によれば、Vespid IIは以下の点で初代から大幅に進化している。
- 全焦点距離でT1.9を実現(初代はT2.1)。18mm、24mm、35mm、50mm、85mm、105mmの6本構成
- 46.5mmイメージサークルで、ARRI ALEXA 35、ALEXA Mini LF、Sony VENICE 2などの最新シネマカメラに対応
- Cooke /i Technology対応——レンズのフォーカス位置、絞り値、被写界深度などのメタデータをカメラにリアルタイム送信。VFXのポストプロダクションでの活用を想定した、ハイエンドシネレンズの標準機能
- PLマウント専用とし、機械精度とメタデータ通信の信頼性を最大化
Cooke /i Technology対応は特に注目に値する。従来、この機能はCooke自身のレンズやZEISS、ARRIの超高級レンズにしか搭載されていなかった。DZOFilmがこれを1本1,000ドル前後のレンズに搭載したことは、「メタデータ対応シネレンズの民主化」と言えるだろう。YouTubeの映像機材レビューチャンネルでは「DZOFILMが2025年の最高のシネレンズを作った(DZOFILM made the best cine lenses of 2025)」というタイトルの動画が大きな反響を呼んだ。
Arlesシリーズ——T1.4の野心
Vespidが「実用的なスタンダード」だとすれば、Arles(アルル)シリーズはDZOFilmの「芸術的野心」の結晶だ。ゴッホが愛した南仏アルルにインスピレーションを得たこのシリーズは、全焦点距離でT1.4という大口径を実現したフルフレーム/VVフォーマット対応のシネプライムだ。
2024年6月に25mm、35mm、50mm、75mm、100mmの5本でデビューし、その後14mm、21mm、40mm、135mm、180mmと拡大。2025年11月に18mm T1.4が追加されたことで、14mmから180mmまでの11本という圧巻のラインナップが完成した。PetaPixelはこの完成を報じ、「DZOFilmは手頃な価格でプロ品質のシネレンズを求めるフィルムメーカーにとっての重要なプレイヤーとしての地位を着実に固めている」と評した。
1本1,999ドルという価格は、Zeiss Supreme Prime(約20,625ドル/本)の約10分の1、Angenieux Optimo Primeの15分の1以下だ。もちろん、光学的なピーク性能やビルド品質、長年の信頼性で比較すれば差はあるだろう。しかし、「T1.4・46.5mmイメージサークル・PL/EFマウント・11本のラインナップ」という仕様を見れば、DZOFilm Arlesが「圧倒的なコストパフォーマンス」を実現していることは疑いない。
Pictor Zoomシリーズ——パーフォーカルシネズームの壁を超えて
シネズームレンズは、シネプライム以上に製造難度が高い。ズーム操作中にピントがずれない「パーフォーカル性能」、全ズーム域での均一な光学性能、T値の一定性——これらの要件を満たすシネズームは、伝統的にAngenieux(フランス)やFujinon(日本)の独壇場であり、1本の価格が20,000〜50,000ドル以上に達することも珍しくなかった。
DZOFilmのPictor Zoom(ピクター・ズーム)シリーズは、Super 35フォーマット対応のパーフォーカルシネズームとして、20-55mm T2.8と50-125mm T2.8の2本をラインナップする。S35イメージサークルに特化することで光学設計の複雑さを抑え、1本約2,000ドル台という価格を実現した。Lensrentalsのレンタルカタログにも採用されており、プロの現場でも実用に耐えることが証明されている。
Catta Ace / Catta Zoomシリーズ——フルフレームズームの選択肢を広げる
フルフレーム対応のシネズームとしては、Catta Ace(カッタ・エース)シリーズが存在する。18-35mm T2.9、35-80mm T2.9、70-135mm T2.9の3本で、フルフレーム(46.5mmイメージサークル)をカバーする。ユーザー交換式のPL/EF/LPLマウントに対応し、Octopus Adapterを使えばE/L/X/RFマウントへの変換も可能だ。Catta Ace 70-135mm T2.9は約3,299ドル。
さらにコンパクトなCatta Zoom(カッタ・ズーム)シリーズは、E/RF/L/X/Zマウントにネイティブ対応するフルフレームシネズームで、ミラーレスカメラとの組み合わせを想定した軽量設計だ。18-35mm、35-80mm、70-135mmの同一焦点距離構成で、よりカジュアルな映像制作にも対応する。
LingLung / Marlinシリーズ——MFTとコンパクトシネマ
DZOFilmの製品ラインはフルフレームにとどまらない。LingLung(玲瓏)シリーズは、MFT(マイクロフォーサーズ)マウント対応のコンパクトシネズームとして、10-24mm T2.9と20-70mm T2.9を展開する。重量約1.1kgに抑えられ、ジンバル運用も可能な本格的パーフォーカルズームだ。BMPCC 4K/6Kユーザーを中心に、インディー映像制作のスタンダードとなった。
21人のチームが変えたシネレンズの常識
DZOFilmの最も注目すべき点は、比較的少人数の体制で、シネプライム4シリーズ、シネズーム3シリーズ以上という幅広い製品ラインを維持していることだ。仮にCrunchbaseの報告する101〜250名規模だとしても、伝統的なシネレンズメーカー——Cooke(約300名以上)やZEISS(光学部門全体で数千名)——と比較すれば、その組織効率は際立つ。深圳のサプライチェーン集積と、設計に集中する効率的なビジネスモデルが、このコンパクトな体制を可能にしている。
5-3. SIRUI(思鋭)——アナモルフィックレンズのゲームチェンジャー
アナモルフィックレンズとは何か
本題に入る前に、「アナモルフィックレンズ」が何であるかを簡潔に説明しておく。通常のレンズ(スフェリカルレンズ)は、水平方向と垂直方向に同じ倍率で像を結ぶ。一方、アナモルフィックレンズは水平方向を圧縮して像を結び、撮影後にソフトウェアで元のアスペクト比に戻す(デスクイーズ)。この光学的な「ひねり」が、独特の楕円形ボケ、レンズフレアの横一直線の光線、ワイドスクリーン(2.39:1や2.76:1)の画角を生み出す。ハリウッド映画の「あの映画っぽさ」の多くは、実はアナモルフィックレンズの光学的特性に起因する。
伝統的に、アナモルフィックレンズはPanavision(レンタル専用)、Cooke Anamorphic/i、ARRI/ZEISS Master Anamorphicなど、1本数万ドルの超高級品だった。独立系映像制作者にとっては、文字通り「手が届かない」存在だった。
クラウドファンディングから始まった「アナモルフィックの民主化」
2019年、三脚メーカーとして知られていたSIRUIが、Indiegogoでクラウドファンディングキャンペーンを立ち上げた。50mm f/1.8 1.33x——APS-Cセンサー用の小型アナモルフィックレンズを、わずか400ドル台で提供するという。キャンペーンは大きな反響を呼び、目標を大幅に超える資金調達に成功した。
SIRUIの着想は鮮やかだった。従来のアナモルフィックレンズは、35mmフィルムやフルフレームセンサーを前提とした大型・重量級の設計だった。SIRUIはイメージサークルをAPS-C(Super 35相当)に絞り込むことで、レンズの小型化と低コスト化を両立させた。1.33x squeeze factorは、16:9センサーで撮影するとデスクイーズ後に2.39:1のシネマスコープ比率を得るという、映像制作者にとって最も使いやすい設計だった。
製品ラインナップの拡大——APS-Cからフルフレーム、そしてAFへ
SIRUIのアナモルフィック戦略は、50mmの成功を皮切りに急速に拡大した。
第1世代:APS-C 1.33x MFシリーズ(2019〜2021年)
- 50mm f/1.8、35mm f/1.8、24mm f/1.8、75mm f/1.8の4本
- すべてIndiegogoでクラウドファンディング。24mmは176万ドルを調達
- MFT、Eマウント、Xマウント、Zマウント対応
- 価格帯:399〜549ドル
第2世代:フルフレーム 1.6x MFシリーズ(2021〜)
- 50mm T2.9 1.6xを皮切りに、35mm、75mmと展開
- フルフレーム対応により、ARRI ALEXA Mini LF、Sony VENICE、RED V-RAPTORなどのラージフォーマットシネマカメラとの組み合わせを実現
- PL/EFマウント対応
第3世代:フルフレーム 1.33x AFシリーズ「Astra」(2025〜)
- 世界初のフルフレーム・オートフォーカス・アナモルフィックレンズ
- 50mm、75mm、100mmの3本、すべてT1.8
- ソニーE、ニコンZ、Lマウント対応
- 2025年11月にKickstarterで発表。$5,000の目標に対して$616,052を調達(目標の123倍)
- 重量約620gという軽量設計で、ジンバル運用やワンマンオペレーションを想定
IronStarシリーズ:フルフレーム 1.5x MFプロ仕様(2025〜)
- 35mm、45mm、60mmの3本、T1.9
- PL/EFマウント、ユーザー交換式
- Kickstarterで$116,701を調達
- 1.5xという独自のsqueeze factorは、16:9で撮影して2.66:1のウルトラワイドを実現
Astraシリーズの登場は、アナモルフィックレンズの歴史において画期的な出来事だ。従来、アナモルフィックレンズはすべてマニュアルフォーカスであり、正確なフォーカスプリングにはフォーカスプラーと呼ばれる専門のオペレーターが必要だった。SIRUIがオートフォーカスをアナモルフィックレンズに統合したことで、ソロシューター(一人で撮影する映像制作者)でもアナモルフィック映像を撮影できるようになった。CineDはBSC Expo 2026でSIRUIのAstraシリーズを取り上げ、「ソロシューターのためのオートフォーカス・フルフレームレンズ」と紹介した。
SIRUIが変えた「映画っぽさ」の経済学
SIRUIの最大の功績は、「アナモルフィック=超高級機材」という等式を完全に破壊したことだ。400ドル台のアナモルフィックレンズが存在する世界では、YouTubeのVloggerや結婚式のビデオグラファー、映画学校の学生でも、シネマスコープの横長映像と楕円ボケを使った映像表現が可能になる。
この「アナモルフィックの民主化」は、映像表現の多様性に劇的な革命をもたらした。かつてはハリウッドの大作映画でしか見られなかった視覚的表現が、個人クリエイターの日常的な選択肢に加わったのだ。SIRUIのクラウドファンディングの累計調達額は、全キャンペーンを合計すると数百万ドルに達しており、そのバッカーコミュニティは世界中に広がっている。
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5-4. NiSi——フィルターメーカーからシネレンズメーカーへ
光学フィルターの巨人がレンズに挑む
NiSi(耐司)は2005年に中国珠海で設立されたカメラ用光学フィルターの専門メーカーだ。NDフィルター、偏光フィルター、GNDフィルターなど100種類以上の製品を展開し、20の国際特許を保有する。世界中のランドスケープ(風景)フォトグラファーにとって、NiSiは最高品質のフィルターブランドの一つとして確固たる地位を築いている。日本ではビックカメラとヨドバシカメラに常設展示を持ち、欧米でも主要なカメラ専門店に流通している。
2023年のNAB Show(米国ラスベガスで開催される世界最大の放送・メディア技術展示会)で、NiSiはAthena Prime(アテナ・プライム)シリーズを発表し、シネレンズ市場に本格参入した。フィルターメーカーがレンズを作る——一見すると畑違いに思える参入だが、NiSiの場合は明確なシナジーがあった。
フィルター技術とシネレンズの融合
NiSiがフィルターメーカーとして培ってきたのは、まさにレンズ製造に直結する技術だ。光学ガラスの選定と加工、反射防止コーティングの設計と蒸着、色の一貫性の管理——これらはすべて、シネレンズの品質を左右する核心技術である。特にコーティング技術は、フレアやゴーストの制御、色収差の低減、透過率の最大化といったシネレンズの性能に直接影響する。
Athena Primeシリーズの最大の特徴は、ドロップインフィルタースロットの搭載だ(ソニーE/キヤノンRFマウント版)。レンズのマウント部にNiSi製のND/偏光フィルターを挿入できる設計は、フィルターメーカーならではの発想であり、他のシネレンズメーカーには見られない独自の優位性だ。撮影現場でのワークフローを劇的に簡素化し、特に可変NDフィルターをレンズ前面に装着する際の画質劣化を回避できる。
Athena Primeシリーズの全容
Athena Primeシリーズは、2026年3月時点で以下の8本をラインナップする。
- 14mm T2.4
- 18mm T2.2
- 25mm T1.9
- 35mm T1.9
- 40mm T1.9
- 50mm T1.9
- 85mm T1.9
- 135mm T2.2
46mmイメージサークル、300度フォーカスローテーション、統一された外装デザイン——シネレンズとしての基本要件をすべて満たす。マウントはPL、ソニーE、キヤノンRF、Lマウント、Gマウント(FUJIFILM GFX用)に対応する。GFXマウントへの対応は、中判(ラージフォーマット)シネマカメラの普及を見据えた戦略だ。
価格は1本1,098ドルから(14mmのみ1,198ドル)。5本セットは5,590ドルだ。Zeiss CP.3(1本約3,495ドル)と比較すれば約3分の1、Zeiss Supreme Prime(1本約20,625ドル)と比較すれば約20分の1だ。
NewsshooterはNAB 2023でのAthena Primeの第一報で「これらは現在入手可能な最も手頃なフルフレーム・シネプライムの一つだ」と評価し、CineDのレビューでは「予算内でプロ品質のフルフレーム・シネプライムを求めるフィルムメーカーにとって、真剣に検討すべき選択肢」と結論づけた。
5-5. Meike Mini Primeシリーズ——300ドル台のシネレンズが存在する時代
「初めてのシネレンズ」市場を創出したメーカー
DZOFilm、SIRUI、NiSiがそれぞれ独自のポジションでシネレンズ市場を切り拓いている一方で、さらに低い価格帯で「シネレンズへの入口」を提供しているのがMeike(美科)だ。
香港に本社を置き、成都に製造拠点を持つMeikeは、30名以上の技術者と200名以上の生産スタッフを擁し、年間50万本のレンズ生産能力を持つ。その代表製品であるMini Prime T2.2シリーズは、「シネレンズの民主化」をその極限まで押し進めた製品だ。
Mini Prime T2.2の製品体系
Mini Prime T2.2シリーズは、APS-C/Super 35フォーマット対応のシネ単焦点セットだ。ラインナップは10mm、25mm、35mm、50mm、65mm、85mmの6本で、以下の仕様を統一している。
- T2.2〜T22の絞り範囲
- 10枚絞り羽根——滑らかで円形に近いボケを実現
- 260度フォーカスローテーション——正確なフォーカスプリングが可能
- 0.8MODギア——業界標準のフォローフォーカス装置に対応
- オールメタル構造
- ステップレス(デクリック)絞り——映像制作時の滑らかな絞り変更に対応
対応マウントはMFT、ソニーE、富士フイルムX、キヤノンRFの4種類。さらにMeikeは上位グレードとしてS35 Prime T2.1シリーズ(18mm、25mm、35mm、50mm、65mm、85mm)をPL/EFマウントで展開しており、BMPCC、RED KOMODO、Canon Cシリーズといったシネマカメラとの組み合わせも想定している。
そして最も驚くべきはその価格だ。Mini Prime T2.2の1本あたりの価格はおおむね330〜440ドル。B&H Photoでは5本セット(ケース付)が約1,500ドル前後で販売されている。ZEISS CP.3の1本分の価格で、Meikeなら6本のシネレンズセットが揃うのだ。
PetaPixelは2025年のレビューでMeike 35mm f/1.8 Proを「バジェットレンズはこうあるべきだ(This is what a budget lens should be)」と評価した。「安かろう悪かろう」ではなく、「安くて十分に良い」——それがMeikeのシネレンズの現在地だ。
「学生映画」市場の創出
MeikeのMini Primeが果たした最も重要な役割は、「初めてのシネレンズ」市場を事実上創出したことだ。
従来、映像制作を学ぶ学生やインディーの映像クリエイターにとって、シネレンズは「いつかは手に入れたいが、今は買えない」存在だった。写真用レンズで代用するか、中古市場で古いシネレンズを探すかしか選択肢がなかった。MeikeのMini Primeは、「1本300ドル台で、本物のシネレンズの操作感と描写を体験できる」という、かつては存在しなかった選択肢を提供した。
この「育成市場」の意義は大きい。MeikeのシネレンズでフォーカスプリングやT値の概念を学んだ学生が、やがてDZOFilmやNiSiの上位製品に移行し、さらにプロの現場でZEISSやCookeを使うという導線が生まれる。あるいは、DZOFilmやNiSiのレンズでプロの仕事をこなすクリエイターが増えるという、市場の性質そのものの変化も起きる。いずれにせよ、Meikeが提供する「入口」は、シネレンズ市場全体の裾野を広げる役割を果たしている。
5-6. 伝統的シネレンズメーカーへの影響——「ブランド」と「コスト」の対立
中国メーカーの台頭が、ZEISS、Cooke、Angenieux、Panavisionといった伝統的シネレンズメーカーにどのような影響を与えているのか。メーカーごとに分析する。
ZEISS(ドイツ)——最大の影響を受ける巨人
ZEISSはシネレンズ市場で最も幅広い製品ラインを持つ。フラッグシップのSupreme Prime(1本約20,000ドル)、スタンダードのCP.3(1本約3,500ドル)、そして最新のNano Prime——複数の価格帯をカバーするが、ゆえに中国メーカーの価格戦略の影響を最も広く受ける立場にある。
Supreme Primeクラス(1本20,000ドル超)では、DZOFilm Arles(1本約2,000ドル)が「10分の1の価格で同じイメージサークル」という代替肢を提供している。もちろん、光学的なピーク性能、ビルド品質、ZEISSの「ドイツ光学の伝統」というブランド価値においてZEISSは依然として優位にある。しかし、予算が限られるプロダクションで「十分な品質」を求める映像制作者にとって、DZOFilmは真剣な代替肢になりつつある。
CP.3クラス(1本約3,500ドル)は、さらに直接的な脅威にさらされている。NiSi Athena Prime(1本約1,100ドル)が同等のイメージサークルとシネレンズとしての基本要件を約3分の1の価格で提供しているからだ。ZEISSが2024年に発表したNano Primeは、こうした中国製シネレンズの台頭を意識した製品とも読み取れる——「True Cinema. For All.」というキャッチコピーは、まさに「シネレンズの民主化」を意識したものだろう。
Cooke(英国)——「クックルック」という不可侵のブランド
Cooke Opticsは英国レスターシャーに拠点を置く、シネレンズの名門だ。「Cooke Look(クックルック)」——温かみのある肌色描写、柔らかなボケ味、そして独特の「映画的」な質感を生み出す光学設計は、数十年にわたってハリウッドの映像制作者に愛されてきた。S7i Full Frame(1本約20,000〜32,000ドル)、S4/i(S35用の定番)、Anamorphic/i(アナモルフィック)——いずれも「ブランド」と「描写の個性」で差別化されている。
Cookeの立場は、中国メーカーの台頭に対して比較的安泰だと言える。なぜなら、「Cooke Look」はスペックシートで再現できるものではないからだ。DZOFilm Arlesがいかにフルフレーム対応で安価であっても、Cookeの「描写の個性」は別物であり、それを求める映画監督や撮影監督は依然としてCookeを指名する。
ただし、Cookeのビジネスモデルにとってのリスクは、中間価格帯の侵食だ。Cookeの「入門」レンズとも言うべきPanchro/i ClassicやMini S4/iといった製品がカバーする価格帯では、DZOFilmやNiSiが強力な代替肢となり得る。Cookeが今後も「少量生産・高価格・高ブランド」路線を維持できるかどうかは、「Cooke Look」という無形のブランド資産がどれだけ持続するかにかかっている。
なお、DZOFilm Vespid Prime IIがCooke /i Technologyに対応したことは興味深い。/i TechnologyはCookeが開発したレンズメタデータ通信規格だが、Cookeはこれを他社にもライセンスしている。DZOFilmがこの技術を採用したことは、中国メーカーが「リバースエンジニアリング」ではなく「正式なライセンス」で業界標準に参加する方向に動いていることを示している。
Angenieux(フランス)——ズームレンズの伝統と防衛産業の後ろ盾
Angenieuはフランスのサンテティエンヌに本社を置く、シネズームレンズの伝統的名門だ。Optimoシリーズは、世界中の映画・ドラマ撮影の現場で使われ続けている。
Angenieuの特異な点は、親会社がフランスの防衛・航空宇宙大手であるThalesグループだということだ。軍事用光学機器や航空宇宙用センサーの技術を持つThalesの傘下にあることで、Angenieuは純粋なレンズメーカーとは異なる資本基盤と技術リソースを持つ。シネレンズ部門がたとえ中国メーカーの価格競争で苦戦したとしても、グループ全体としての経営には直ちに影響しない。
ただし、DZOFilmのPictor ZoomがAngenieuの牧場であった「S35パーフォーカルシネズーム」というニッチに、その10分の1以下の価格で参入している事実は、Angenieuにとっても無視できない変化だろう。
Panavision(アメリカ)——レンタル専用モデルの古城
Panavisionは、シネレンズ市場において最も特異なポジションを占める。同社のレンズは一切市販されない——すべてがPanavisionのレンタルシステムを通じてのみ利用可能だ。Primo 70、Millennium DXL2カメラと一体化したエコシステム、そして伝説的なアナモルフィックレンズの数々——これらは「買う」ものではなく「借りる」ものだ。
このレンタル専用モデルは、中国メーカーの価格競争から最も隔絶されたポジションとも言える。DZOFilmやNiSiがいかに安価で高品質なレンズを提供しても、Panavisionのレンズは「買えない」以上、直接の競合にはならない。Panavisionの最大の競争力は、映画産業との深い関係性、レンズごとのカスタマイズ(チューニング)、そして「パナビジョンで撮った」というクレジットの価値にある。
価格帯別の影響まとめ
| 価格帯 | 伝統メーカーの代表製品 | 中国メーカーの競合製品 | 影響度 |
|---|---|---|---|
| $300〜$500/本 | ——(伝統メーカー不在) | Meike Mini Prime T2.2 | 新市場創出 |
| $500〜$1,500/本 | ZEISS CP.3の下位製品 | DZOFilm Vespid, NiSi Athena | 高(直接競合) |
| $1,500〜$5,000/本 | ZEISS CP.3, Cooke Mini S4/i | DZOFilm Arles, Catta Ace | 高(侵食開始) |
| $5,000〜$20,000/本 | ZEISS Supreme, Cooke S7i | ——(まだ参入なし) | 低(間接的) |
| $20,000超/本 | Angenieux Optimo, Panavision | ——(参入なし) | 極めて低 |
この表が示すように、中国メーカーの影響は1本5,000ドル以下の価格帯に集中している。そして、この価格帯こそが、世界の映像制作の大多数が行われている領域なのだ。
5-7. 本章のまとめ——シネレンズ市場は「写真」より先に変わる
本章では、シネレンズ市場における中国メーカーの台頭を、DZOFilm、SIRUI、NiSi、Meikeの4社を中心に分析した。
DZOFilmは比較的コンパクトな組織で、Vespid、Arles、Pictor、Catta Aceといった幅広い製品ラインを展開し、Cooke /i Technology対応やT1.4の大口径といったハイエンド機能を庶民的な価格で実現した。SIRUIはクラウドファンディングを武器に「アナモルフィックの民主化」を実現し、世界初のAFアナモルフィックレンズを送り出した。NiSiはフィルターメーカーとしての光学技術をシネレンズに昇華させ、ドロップインフィルターという独自の優位性を確立した。Meikeは300ドル台のシネレンズで「初めてのシネレンズ」市場を創出した。
特筆すべきは、シネレンズ市場での中国メーカーの台頭が、写真用レンズ市場よりもさらに急速であるということだ。その理由は明快だ。
第一に、シネレンズの多くはマニュアルフォーカスであり、AFの電子プロトコルという参入障壁がない。写真用AFレンズでは、カメラメーカーのマウントプロトコルの解析が必要だが、MFシネレンズは純粋な「ガラスと金属の精密機械」として製造できる。
第二に、シネレンズの伝統的なマウントであるPLマウントは業界標準としてオープンであり、キヤノンRFやニコンZのような「閉じたマウント」の問題がない。
第三に、シネレンズの伝統的な価格帯が非常に高かったため、中国メーカーが提供する価格差のインパクトが、写真用レンズ以上に大きい。「3分の1の価格」ではなく「10分の1」「50分の1」という価格差は、「ブランド」や「歴史」で正当化するには大きすぎる。
次章では、カメラの光学システムの核心である「レンズマウントの政治学」——開放と閉鎖、そしてその戦略が中国メーカーの参入にどう影響しているかを詳細に分析する。
カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか
- 導入ガイド
- 第Ⅰ部:現状認識——日本は本当に「独占」しているのか
- 第Ⅱ部:レンズの世界——中国勢が「気がつけば席巻」しつつある領域
- 4.中国レンズメーカー総覧——Viltrox、7Artisans、TTArtisan、Laowa、SIRUI、DZOFilm…
- 5.シネレンズ市場の地殻変動——DZOFilm、SIRUI、NiSi、Meike
- 6.レンズマウントの政治学——閉鎖と開放、そして中国メーカーの参入戦略
- 7.韓国のサムヤンと中国勢——「非日本レンズメーカー」の系譜
- 第Ⅲ部:サプライチェーンの深層——カメラは何でできているのか
- 第Ⅳ部:カメラボディメーカーの動向——国・地域別深掘り
- 13.中国のカメラボディメーカー——DJI、Zcam、Kinefinity、そして小米の野望
- 14.韓国のカメラ産業——Samsung撤退後の空白と復活の可能性
- 15.アメリカのカメラ産業——RED買収、コダックの遺産、シリコンバレーの計算写真
- 16.欧州のカメラ産業——Leica、ARRI、Phase One、Hasselblad(DJI傘下)
- 17.オーストラリア・台湾・インド——Blackmagic Designと新興勢力
- 第Ⅴ部:構造分析と未来予測
- 18.製造業の大移動——欧州→米国→日本→中国、歴史的パターンの分析
- 19.コンピュテーショナルフォトグラフィの衝撃——スマートフォンが変えた「写真」の定義
- 20.2030年のカメラ産業のシナリオ分析——日本メーカー独占の終わりは来るのか
- 21.総括——カメラ覇権の地殻変動は、どこへ向かうのか
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典拠一覧
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