展示会クロニクル——写真映像産業を動かす見本市の歴史と未来(1)

ある業界の「今」を最も鮮明に映し出す場所はどこか。決算書でもプレスリリースでもない。それは、展示会の会場である。どの企業が出展し、どの企業が撤退したか。ブースの面積は拡大したか、縮小したか。昨年まで存在した製品カテゴリーが消え、代わりに何が台頭したか——展示会のフロアプランを数年分並べるだけで、業界の地殻変動が手に取るように見えてくる。
本連載「展示会クロニクル」は、写真・映像産業における展示会(トレードショー)の歴史を軸に、この産業がどのように変容してきたか、そしてどこへ向かおうとしているかを読み解く試みである。
展示会とは何か——「見本市」の基本構造
展示会(Trade Show / Trade Fair)とは、特定の産業に関わる企業が一堂に会し、製品やサービスを展示・実演する催しである。来場者は業界関係者(バイヤー、ディストリビューター、メディア、エンジニアなど)が中心で、一般消費者の来場を認める展示会もあるが、本質はB2B(企業間取引)の場にある。
展示会が果たす機能は、大きく分けて以下の通りである。
- 新製品発表の場(Product Launch Venue):メーカーが年間で最も重要な新製品を初公開する「舞台」として機能する。Photokinaにおけるカメラの新製品発表、NAB Showにおける放送機器の世界初披露は、その典型例であった。
- 商談の場(Business Matching):出展社とバイヤー(販売代理店、小売チェーン、レンタルハウス等)が直接商談を行う。特に海外展開を目指すメーカーにとって、展示会は世界中のディストリビューターと一度に会えるほぼ唯一の機会である。
- 技術トレンドの可視化(Trend Visualization):個々の企業の製品発表だけでは見えない産業全体のトレンドが、展示会場を歩くだけで体感できる。2018年のPhotokinaでミラーレスカメラの大波が可視化されたように、展示会は「空気」を伝える。
- 業界コミュニティの維持(Community Building):セミナー、ワークショップ、ネットワーキングイベントを通じ、業界人同士のつながりを維持・強化する機能がある。
- 市場参入のゲートウェイ(Market Entry Gateway):新興企業や海外企業が特定市場に参入する際の「お披露目の場」として展示会を活用する。中国メーカーがPhotokinaやNAB Showでグローバル市場に打って出たのはその好例である。
写真映像産業の主要展示会——グローバルマップ
写真・映像産業に関連する展示会は世界各地に存在するが、産業への影響力という観点で整理すると、大きく3つのカテゴリーに分類できる。
1. 写真・イメージング専門展示会
写真機材(カメラボディ、レンズ、アクセサリー)を中核とする展示会群である。かつてはPhotokinaとPMA Showの二大巨頭が君臨していたが、両者とも消滅または事実上の終焉を迎え、2026年現在ではCP+(横浜)が世界で唯一の大規模写真専門展示会として残っている。CP+ 2026(2026年2月26日–3月1日)は出展社149社・来場者数ともに過去最高を記録し、Photokina亡き後の世界最大のカメラ展示会としての地位を確固たるものにした。
- Photokina(ドイツ・ケルン、1950–2018、無期限休止)
- PMA Show / PMA@CES(アメリカ、1924–2016、事実上消滅)
- CP+(シーピープラス)(日本・横浜、2010–現在)
- The Photography Show(イギリス・バーミンガム、2014–現在)
- Photo & Imaging Shanghai / Vision & Image Shanghai(中国・上海、1998–現在、2024年にリブランド)
2. 放送・映像技術展示会
テレビ放送、映画制作、ストリーミング、ポストプロダクションを軸とする展示会群。近年はデジタルシネマカメラやシネレンズの発表の場としても重要性を増しており、「写真」と「映像」の境界が曖昧になるにつれ、カメラメーカーにとっての戦略的重要度が急上昇している。
- NAB Show(アメリカ・ラスベガス、1923–現在)
- IBC(オランダ・アムステルダム、1967–現在)
- InterBEE(日本・千葉、1965–現在)
- BIRTV(中国・北京、1987–現在)
- CABSAT(UAE・ドバイ、1993–現在)
3. 映画制作・シネマ専門展示会
映画・テレビドラマの撮影現場で使われるプロフェッショナル機材に特化した展示会群。シネマカメラ、シネレンズ、照明、グリップ、録音機器など、ハイエンド機材の世界である。
- Cine Gear Expo(アメリカ・ロサンゼルス、1996–現在)
- BSC Expo(イギリス・ロンドン)
- Cinec(ドイツ・ミュンヘン)
- Media Production & Technology Show(MPTS)(イギリス・ロンドン)
なぜ「展示会を追う」ことが産業理解に直結するのか
展示会は単なるイベントではない。それは産業の「定点観測装置」である。
たとえば、Photokinaの出展社リストを2000年代から2018年まで追うと、フィルムメーカーの撤退、コンパクトデジタルカメラ関連企業の消滅、スマートフォン周辺機器メーカーの参入、そしてドローンメーカーの台頭——という産業構造の変化が、まるで地層のように読み取れる。
同様に、NAB Showの出展社構成を追えば、放送局向け大型機器からIPベースのソフトウェアソリューションへの移行、クラウドベースの制作ワークフローの台頭、AI技術の急速な浸透が見えてくる。
さらに興味深いのは、「どの展示会が成長し、どの展示会が衰退したか」という展示会そのものの盛衰が、産業の重心移動を如実に示すことである。
- Photokinaの消滅は、「写真専門」という枠組みの限界を示した。
- PMA Showの衰退は、フォトフィニッシング産業(現像・プリント業)の崩壊と連動していた。
- CP+の国際的地位の向上は、日本市場のカメラ消費者としての重要性と、アジア太平洋地域における産業ハブとしての横浜の台頭を反映している。
- NAB Showの持続的成長は、放送とIT・IPの融合という巨大なトレンドが進行中であることを証明している。
展示会は「温度計」であり「風見鶏」なのである。
本連載の構成と読み方
本連載は全11回で構成される。
第Ⅰ部:展示会総論(本章)
- 第1章(本章):なぜ展示会を追うのか——見本市が映し出す産業構造の変遷
第Ⅱ部:世界の主要展示会——個別史
- 第2章:Photokina——世界最大のカメラ展示会はなぜ消えたのか(1950–2020)
- 第3章:PMA Show——アメリカの写真産業見本市の栄枯盛衰(1924–2016)
- 第4章:CP+——Photokina亡き後の「世界唯一」へ(2010–現在)
- 第5章:NAB Show・IBC——放送・映像技術展示会と写真産業の交差点
- 第6章:InterBEE・Cine Gear Expo・BSC Expo——映像制作専門展示会の世界
- 第7章:Photo & Imaging Shanghai・BIRTV——中国・アジアの展示会が示す新潮流
第Ⅲ部:出展社分析と産業予測
- 第8章:出展社の変遷と商材の推移——展示会の数字が語る産業構造の変化
- 第9章:メーカー・商社が展示会に出展する意義——マーケティング・商談・ブランディングの三位一体
- 第10章:出展社から読み解く分野別業界予測——カメラ・レンズ・ジンバル・三脚・アクセサリー
- 第11章:展示会の将来予測——デジタル化・地域化・専門化の行方
各章は独立した読み物として成立するが、通読することで「展示会」という切り口から写真映像産業の全体像が浮かび上がる構成となっている。
本連載が扱わないこと
写真映像産業に関連する展示会は無数に存在する。地域の写真機材即売会、メーカー単独の製品発表イベント、写真家向けのフォトフェスティバル、家電量販店と連動したプロモーションイベントなどは、本連載の対象外とする。
本連載が焦点を当てるのは、産業構造に影響を与える規模の国際的なトレードショーである。具体的には、出展社数が100社以上、かつ複数国からの出展者を擁する展示会を中心に取り上げる。
また、家電全般を扱うCES(Consumer Electronics Show)やIFA(Internationale Funkausstellung)は、カメラ製品の発表が行われることもあるが、写真映像に特化した展示会ではないため、本連載では補足的に言及するにとどめる。
展示会の「主催者」を知ることの重要性
展示会を理解するうえで見落とされがちな視点がある。「誰が主催しているのか」という問いである。
展示会の主催者は、大きく3つのタイプに分かれる。
1. 業界団体主催型
特定産業の業界団体が自ら展示会を主催するパターンである。
- CIPA(一般社団法人カメラ映像機器工業会):CP+を主催。日本のカメラメーカー(キヤノン、ニコン、ソニー、富士フイルム等)が会員企業として名を連ねる。
- NAB(National Association of Broadcasters):NAB Showを主催。アメリカの放送事業者の業界団体である。
- JEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会):InterBEEを主催。
業界団体主催型の展示会は、団体の会員企業の利益を代表するため、展示会の方向性が業界の主流派に沿ったものになりやすい。逆に言えば、業界の主流が変化したとき、展示会も変わらざるを得ない——あるいは変われずに衰退する。
2. 展示会運営会社主催型
プロフェッショナルな展示会運営会社が企画・運営を行うパターンである。
- Koelnmesse(ケルンメッセ):Photokinaを主催していた。世界有数の展示会運営会社で、gamescom、ISM(菓子見本市)、imm cologne(家具見本市)など多数の展示会を運営する。
- RAI Amsterdam:IBCの会場運営を担う。
展示会運営会社主催型は、ビジネスとしての収益性が重視されるため、出展社数や来場者数の減少が直接的に展示会の存続判断に影響する。Photokinaの無期限休止は、Koelnmesseにとって採算が取れなくなったことが直接的な原因の一つであった。
3. ハイブリッド型
業界団体と展示会運営会社が共同で主催するパターンである。多くの展示会が実際にはこの形態をとっている。CP+はCIPA主催であるが、運営の一部を外部委託している。
展示会がなくなるとき——Photokinaの教訓
2020年、写真映像産業に激震が走った。1950年から70年にわたって開催されてきたPhotokina——世界最大のカメラ・イメージング見本市が、無期限休止を宣言したのである。
KoelnmesseのGerald Böse社長は声明の中でこう述べた。「残念ながら、現時点の業界の枠組み条件では、写真・映像・イメージングの国際見本市を開催するための持続可能な基盤が存在しない。70年にわたる共有の歴史の中でのこの厳しい決断は、我々にとって非常に困難なものだった」と。Koelnmesseは年次化への移行やスマートフォン・新しいイメージング技術の取り込みといった施策を試みたが、イメージング市場の構造的縮小を補うには至らなかったのである。
Photokinaの消滅は単なる一つの展示会の終わりではない。それは「写真専門」という産業カテゴリー自体が、もはや単独で大規模展示会を支えるだけの市場規模を持たなくなったことの証明であった。この構造的な変化については、第2章で詳しく検証する。
次章予告
第2章では、Photokinaの70年史を辿る。1950年の第1回開催から、冷戦下での東西ドイツのカメラ産業のショーケースとして、デジタル革命の「舞台」として、そして最後の2018年大会でのミラーレスカメラの衝撃まで。世界最大のカメラ展示会が、なぜ消えなければならなかったのかを検証する。
展示会クロニクル——写真映像産業を動かす見本市の歴史と未来 (ガイドページ)
第Ⅰ部:展示会総論
- 1.なぜ展示会を追うのか——見本市が映し出す産業構造の変遷
第Ⅱ部:世界の主要展示会——個別史
- 2.Photokina——世界最大のカメラ展示会はなぜ消えたのか(1950–2020)
- 3.PMA Show——アメリカの写真産業見本市の栄枯盛衰(1924–2016)
- 4.CP+——Photokina亡き後の「世界唯一」へ(2010–現在)
- 5.NAB Show・IBC——放送・映像技術展示会と写真産業の交差点
- 6.InterBEE・Cine Gear Expo・BSC Expo——映像制作専門展示会の世界
- 7.Photo & Imaging Shanghai・BIRTV——中国・アジアの展示会が示す新潮流
第Ⅲ部:出展社分析と産業予測
- 8.出展社の変遷と商材の推移——展示会の数字が語る産業構造の変化
- 9.メーカー・商社が展示会に出展する意義——マーケティング・商談・ブランディングの三位一体
- 10.出展社から読み解く分野別業界予測——カメラ・レンズ・ジンバル・三脚・アクセサリー
- 11.展示会の将来予測——デジタル化・地域化・専門化の行方
典拠
- Koelnmesse GmbH, “Press Release: Decision on the future of Photokina,” November 2020.
- CIPA (Camera & Imaging Products Association), “CP+ Official Website,” https://www.cpplus.jp/
- NAB (National Association of Broadcasters), “NAB Show Official Website,” https://www.nabshow.com/
- PetaPixel, “Photokina is Cancelled Indefinitely,” November 2020.
- Photo Marketing Association International, Historical records (via Inside Imaging).
- JEITA (Japan Electronics and Information Technology Industries Association), “InterBEE Official Website,” https://www.inter-bee.com/
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