Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (16)
「富士の色は好き。でも、オートフォーカスがね。」——長らく、これがXシリーズにつきまとった評価だった。2012年の初代機は、その美しい画と裏腹に、「迷うAF」という決定的な弱点を抱えていた。それから約10年。いまや富士のカメラは、鳥や電車をAIが勝手に見つけて追いかける。何が、この逆転をもたらしたのか。鍵を握るのは、センサーの背後で働く「頭脳」——画像処理エンジンの進化だ。
前章までで、Xマウントというシステムの身体——センサー、マウント、ダイヤル——を見てきた。本章では、その身体を動かす「頭脳」と「神経」に目を向ける。頭脳とは、センサーが捉えた光のデータを一瞬で美しい画像に変える画像処理エンジン。神経とは、被写体にピントを合わせるオートフォーカス(AF)だ。この二つは実は一体であり、同じエンジンが受け持っている。そしてこの領域こそ、Xシリーズが「弱点」と呼ばれ続け、そして最も勇ましく「Kaizen」してきた戦場である。
「ペケ」の弱点だったAF——初代Xシリーズの苦悩
まず、出発点に戻ろう。2012年に登場したX-Pro1、そして続くX-E1は、富士の色とクラシカルな意匠で多くのファンを魅了した。だが、そのAFに関しては、評価は辛辣だった。
初代Xシリーズが採用していたのは、コントラストAFと呼ばれる方式だけだった。これは、ピントが合うと画像のコントラスト(明暗差)が最大になることを利用し、レンズを微動させて「最もコントラストの高い位置」を探す仕組みだ。精度は高いが、原理上、一度ピント位置を通り越してから戻る「行き過ぎて戻る」動作が生じやすく、動く被写体を追うのを苦手とする。
当時のユーザーの声は容赦がなかった。他社のミラーレスや一眼レフと比べてAFが遅い、動体に弱い——それが初期Xシリーズにつきまとった評判だった。「ペケ」という愛称には、愛情と同時に、このもどかしさも含まれていた。
だが、ここからが富士の真骨頂だった。初代X-Pro1とX-E1に対して、富士はファームウェアアップデートでAF速度を改善していった。買ったあとのカメラをソフトウェアで育てる「Kaizen」の思想は、まさにAFという弱点の克服から始まったといってよい。
EXRからX-Processorへ——頭脳の系譜
この克服を支えたのが、画像処理エンジンの世代交代だ。エンジンは、センサーが受け取った光の生データを、色・階調・ノイズ処理を経て画像に仕上げると同時に、AFの演算も受け持つ。つまり「色づくり」と「ピント合わせ」の両方を司る、文字通りカメラの頭脳である。
富士のエンジンの系譜は、大まかに次のように辿れる。コンパクト機 FinePix 時代から初期Xシリーズを支えた「EXR プロセッサー」。そして2016年のX-Pro2(X-Trans CMOS III世代)とともに登場した「X-Processor Pro」。2018年のX-T3(X-Trans CMOS 4世代)に搭載された、クアッドコア構成の「X-Processor 4」。そして2022年のX-H2S・X-H2(X-Trans CMOS 5世代)からの「X-Processor 5」だ。

世代を追うごとに、エンジンの処理能力は飛躍的に高まった。この処理能力は、連写や動画だけでなく、AFの演算回数、ノイズ処理、階調の滑らかさにまで直結する。エンジンは、同じセンサーからさえ、違う色と違うAFを引き出すのだ。
ハイブリッドAFという解法

エンジンの進化と並んで、AFの「仕組み」そのものも変わった。その鍵が、像面位相差AFの導入だ。
像面位相差AFとは、撮影用のCMOSセンサー上にAF専用の画素を埋め込み、入射する光の位相(ずれ量)の差から、ピントがどちらにどれだけずれているかを一発で計算する方式だ。コントラストAFのように迷わず、ずれの方向と量が一瞬でわかるため、AF速度に優れる。ただし、暗いシーンはコントラストAFより苦手とされる。
そこで富士は、両方の長所を組み合わせる「インテリジェントハイブリッドAF」を採用した。明るいシーンや動体では高速な像面位相差AFを、暗いシーンでは精度の高いコントラストAFを、シーンに応じて自動的に使い分ける。この仕組みは、X-Trans CMOS II・CMOS III世代のカメラから本格的に取り入れられた。コントラストAF一本だった初代から見れば、原理そのものが書き換えられたのだ。
ただし、初期の像面位相差AFには限界もあった。たとえばX-T2(X-Trans CMOS III世代)では、像面位相差AFが使えるエリアは画面中央寄りの横約50%・縦約75%にとどまり、低照度での限界もマイナス1EV程度だった。画面の端や暗い場面では、まだコントラストAFに頼らざるを得なかった。

X-T3という転換点

その限界を一気に押し上げたのが、2018年のX-T3だった。裏面照射型のX-Trans CMOS 4とX-Processor 4を組み合わせたこの機種は、AF性能の面でもXシリーズの転換点となった。
進化は具体的だ。像面位相差画素を従来比約4倍の約216万画素に増やし、像面位相差AFのエリアを画面全域(約100%)に拡大。X-T2の横50%・縦75%から考えれば、画面のどこに被写体があっても位相差AFで捉えられるようになったのだ。低照度限界も従来のマイナス1EVからマイナス3EVへと約2段拡張され、ろうそくの灯りのような暗いシーンでも像面位相差AFが動くようになった。
さらにX-Processor 4の高速処理と位相差演算アルゴリズムの改善により、AF・AEのサーチ回数が従来比約1.5倍に増え、動く人物への顔検出性能は約2倍に向上。AF-C(連続AF)使用時にも瞳AFが使えるようになり、従来は難しかった横顔にも高精度に合焦するようになった。スペック上だけでなく、「動く人を撮る」という実用の場面で、Xシリーズはようやく他社に互角の追従性を手に入れつつあった。
AIが被写体を「理解」する——X-Processor 5の革新

そして2022年、X-Processor 5の登場でAFは新しい次元に入った。キーワードは、ディープラーニング(深層学習)を用いた「被写体検出AF」だ。
これまでのAFは、「ここにピントを合わせろ」と人間が指示した点に反応するものだった。だがX-Processor 5は、AIが画面の中の被写体そのものを「理解」する。人物の顔や瞳に加えて、動物・鳥・車・バイク&自転車・飛行機・電車をAIが自動で検出し、ピントを合わせたまま狙った被写体を追尾する。撮る人はシャッターチャンスや構図に集中できるというわけだ。
この技術は、X-H2S・X-H2・X-T5、そして翌年のX-S20と、第5世代エンジンを載せる機種に次々と展開された。さらに特筆すべきは、発売後もファームウェアで被写体検出が「育つ」ことだ。富士はディープラーニングによる学習を継続的に実施し、逆光下や、横を向いた被写体、小さな被写体など、検出が難しかったシーンへの対応力をアップデートで高めていった。カメラを買ったあとに、AFが賢くなる——ここにもKaizenの思想が生きている。
なお、進化はAFだけではない。X-Processor 5は、ディープラーニング技術をオートホワイトバランス(AWB)にも活用し、オレンジがかった電球色などを正確に識別してより自然な色を実現する。「色」の富士らしい、AIの使い道だ。

それでも残る「AFの弱点」という評価
ここまでの進化を見れば、XシリーズのAFは「ポンコツ」から遠く離れたと言ってよい。だが、事実をありのまま語るなら、「それでもまだ追いついていない」という声も根強く残っている。
海外の写真フォーラムやSNSでは、「2025年の今でも、ソニーやキヤノンの最新機と比べると、富士のAFは一歩遅れている」という意見が見られる。特に、激しい動体を高い歩留まり率で追い続けるような場面では、他社のフラッグシップ機に一日の長があるという見方だ。これは、本連載が重んじる「事実をありのままに語る」姿勢から、記しておかなければならない。
ただ、この評価には文脈がある。そもそも富士を選ぶ多くのユーザーは、秒間数十コマの連写で鳥を追うよりも、ポートレートやスナップ、風景といった領域で「色」を楽しむ。そうした使い方では、現行のAFは十分に実用的だ。さらにX-T5のように高画素化で位相差画素も増え、風景やポートレートで多用するAF-Sの合焦精度はむしろ向上している。「どんな被写体にも万能な最速」を謳うのではなく、自社のユーザーが望む使い方に応える。それが、富士のAF開発の現在地だと言える。
弱点を出発点にした頭脳
画像処理エンジンとAFの物語を、三つの視点から整理しておきたい。
第一に、富士のエンジンは「色づくりとAFの二刀流」だという点だ。他社の話題がしばしばAF速度や連写コマ数に集中するなか、富士のエンジンはフィルムシミュレーションという色設計を同じチップで両立させている。処理速度の向上が、AFだけでなく「撮って出しの色」の質にまで跳ね返るのは、この二刀流ゆえだ。Xシリーズのエンジンは、常に「色の富士」というアイデンティティを背負って進化してきた。
第二に、AFの進化は「弱点を出発点にしたKaizen文化」の象徴だ。初代X-Pro1の「ポンコツなAF」は、言い訳の余地のない弱点だった。だが富士はそれを隠さず、ファームウェアと世代交代で地道に埋めてきた。しかも、発売後の被写体検出の学習にまでその姿勢は及ぶ。「出したときが完成」ではなく、「出したあとも育てる」——このAFの歴史は、富士という企業の性格そのものを映している。
第三に、AI被写体検出は、前章までで見た「撮る喜び」の哲学と矛盾しないのか、という問いだ。ダイヤルを手で回し、不便を楽しむ哲学と、AIが自動で被写体を追う便利さは、一見逆方向に見える。だが富士の答えは明快だ。露出や色といった「表現の選択」は人間の手に残し、ピントを追うという「裏方の作業」はカメラに任せる。AIは「撮る喜び」を奪うためではなく、それに集中させるために働く。富士の頭脳は、その線引きをぶらさずに進化してきたのだ。
遅いAFを抱えて船出したXシリーズは、頭脳を磨き続けて、いまや鳥も電車も追うカメラへと育った。そして、その頭脳がもう一方でずっと大事にしてきたのが、他ならぬ「色」だ。次章から始まる第Ⅴ部では、いよいよこの連載の中核——富士フイルムの「色」への執着の源流に、足を踏み入れていく。
出典
- 富士フイルム公式「オートフォーカスを活用しましょう!」(像面位相差AFとコントラストAF=インテリジェントハイブリッドAFの仕組みと長短所) https://fujifilm.jp/support/digitalcamera/knowledge/auto_focus/index.html
- デジカメ Watch「新製品レビュー:FUJIFILM X-T3(外観・機能編)」(像面位相差AFエリア約100%・位相差画素約4倍・低照度限界マイナス3EV・AF/AEサーチ回数1.5倍) https://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/newproduct/1145379.html
- マップカメラ「FUJIFILM X-T3 主な特徴」(位相差画素216万画素・低照度限界マイナス3EV・顔検出2倍・AF-C瞳AF・横顔対応) https://www.mapcamera.com/html/spec_seet/fujifilm/xt3_feature.htm
- Wikipedia「Fujifilm X-T3」(X-Trans CMOS 4・X-Processor 4 quad core・2018年発表) https://en.wikipedia.org/wiki/Fujifilm_X-T3
- 富士フイルム公式「FUJIFILM X-T5」(ディープラーニングによる被写体検出AF・AI活用AWB・AFアルゴリズム改善) https://www.fujifilm-x.com/ja-jp/products/cameras/x-t5/
- 富士フイルム プレスリリース「約 4020 万画素センサー・画像処理エンジンの最新デバイス搭載で高画質・高速AFを実現 FUJIFILM X-T5」(第5世代エンジン・被写体検出AF) https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000189.000013110.html
- デジカメ Watch「被写体検出が可能になったFUJIFILM X-S20…第5世代画像処理エンジンを搭載」(ディープラーニング被写体検出AF・検出対象の拡大) https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/1502921.html
- PRONEWS「X-H2S最新ファーム公開。AIによる被写体検出機能の強化」(ディープラーニング学習を継続的に実施し検出精度を向上) https://jp.pronews.com/news/202301121742369085.html

