
📷儲けの薄いカメラ事業など、真っ先に手放してもよかったはずだ。多くの家電メーカーがそうしたように。それでも富士フイルムは、写真を撮る道具を作り続けることを選んだ。なぜか。そこには「写真文化を守る」という、そろばんだけでは説明のつかない意志がある。本章は、富士フイルムというメーカーの「背骨」を見にいく物語である。
第3章で見たとおり、富士フイルムは本業の写真フィルムを思い切って縮小し、化粧品や医薬品、高機能材料へと事業を組み替えた。これだけ大胆に自らを作り替えた会社が、なぜ利益率の高くないカメラ事業だけは手放さなかったのか。
この問いに答えることは、本連載の主題であるXマウントの「出発点」を確かめることでもある。Xマウントは、ある日とつぜん思いつきで生まれたわけではない。それは「写真を撮る道具を作り続ける」という、富士フイルムの一貫した意志の延長線上に現れた。本章では、その意志の正体を探る。
「撤退」という選択肢はなかった
まず、当時の状況を確認しておきたい。
2000年の時点で、写真フィルムや印画紙を扱う写真事業は、富士フイルムの売上のおよそ6割、営業利益の約3分の2を稼ぎ出す主力だった。その主力が、年率2〜3割という予測をはるかに超えるスピードで縮小し、2010年にはピーク時の10分の1以下にまで落ち込む。富士はこれを「本業消失」、創業以来最大の危機と表現している。

この危機に直面したとき、経営の舵を握っていた古森重隆には、しかし、写真フィルム事業から「撤退」する考えはなかったという。やったのは撤退ではなく、需要に見合った規模へのスリム化である。その判断の根には、写真文化を守り続けることこそ富士フイルムの使命だ、という固い信念があった。
古森が掲げたデジタル化への対応は、三つの戦略から成っていた。
- デジタル技術の自社開発——デジタルの波を、他社に任せず自前の技術で乗り越える。
- 感光材料事業の継続——写真の感度や解像度を支えてきたフィルム関連事業を、規模を縮めてでも残す。
- 新規事業の構築——フィルム技術を転用した新しい柱を立てる(第3章で見たとおり)。

注目すべきは、二番目だ。多くのライバルがカメラ・フィルム事業からの撤退を表明していくなか、富士フイルムは事業を継続し、はっきりと「写真文化を守る」と宣言した。これは、合理化一辺倒の経営からは出てこない一文である。
「文化を売る会社」という自己定義
なぜ富士は、ここまで写真にこだわるのか。それを理解するには、この会社の自己定義に立ち返る必要がある。
富士フイルムは1934年の創業以来、「より良い映像情報を提供し、社会に貢献する」ことを掲げてきた。同社にとって写真とは、単なる商品ではない。思い出をかたちに残し、何気ない日常に彩りを与え、時に人を感動させる——そうした力を持つ文化そのものだと位置づけている。創業の原点が写真であるという自覚が、この会社の背骨になっている。
つまり富士にとって、カメラを作ることは「儲かる商売だから」ではなく、「自分たちが守ると決めた文化を、未来へ手渡すため」の行為なのだ。この一点を押さえないと、富士フイルムというメーカーの一見ちぐはぐな振る舞いは読み解けない。

カメラだけでなく「写真の場」を守る
富士の「写真文化を守る」という言葉が建前でないことは、カメラ以外の活動を見ればわかる。
2007年、富士フイルムは東京ミッドタウンに複合型ショールーム「フジフイルム スクエア」を開いた。「こころ彩るところ」をコンセプトに、写真展のためのギャラリーと、写真歴史博物館を併設する。写真歴史博物館では、カメラ・オブスクラから湿板写真、フィルムの誕生、デジタルカメラの登場までを、貴重なアンティークカメラとともにたどることができる。富士は、自社製品を売る場所ではなく、写真という文化そのものを伝える場所をつくったのである。
活動はそれにとどまらない。
- 「“PHOTO IS” 想いをつなぐ。写真展」——応募した人すべての写真が飾られる、参加型の写真展。1万人規模から始まり、のちに3万人規模へと拡大した、日本最大級の取り組みである。
- フジフイルム・フォトコレクション——創立80周年(2014年)を機に、幕末・明治から現代までの日本写真史を飾る101人の写真家の代表作を収蔵し、各地の美術館などで公開してきた。
- 「写真幸福論」プロジェクト——スマホとクラウドが主流の時代に、あえて手で触れられるリアルな「写真プリント」の価値を問い直す試み。
- 若手写真家応援プロジェクト——45歳以下の写真家を対象にしたポートフォリオレビューとアワードを2022年から開催し、受賞者には写真展の機会を提供している。
こうした写真文化の継承・育成活動は、2025年にメセナアワードの優秀賞を受けるなど、社外からも評価されている。カメラという「道具」だけでなく、撮る・残す・飾る・贈る・観るという写真の「場」そのものを守る——ここに、富士の理念の本気度が表れている。

X100という「逆張り」——理念が製品になった瞬間
そして、この理念がもっとも鮮やかに製品の姿をとったのが、2010年のことだった。
この年、富士フイルムはフォトキナでデジタルカメラ「FinePix X100」を開発発表し、翌2011年春に発売する。時代はハイテク競争のただ中で、カメラはいかにもデジタル機器らしいフォルムへと向かっていた。そこへ富士が世に問うたのは、その流れに逆行するクラシックなフォルムと、光学・電子を切り替えられるハイブリッドビューファインダーを備えた一台だった。社運をかけた、逆張りとも言える挑戦である。
FinePix X100の製品企画を担当した河原洋は、出発点をこう述べている——まず「富士フイルムらしさとは何か」「カメラの本質とは何か」「そこに富士フイルムが貢献できるものは何か」を考えた、と。スペックの数字を競うのではなく、もっと写真が撮りたくなる、毎日手放さず持ち歩きたくなる道具をつくる。それが、写真文化を守ると宣言した会社の出した一つの答えだった。
X100は、その後Xシリーズへと発展する原点となる。さらに2012年には、富士フイルム独自の「X-Trans CMOSセンサー」を初搭載したX-Pro1が登場し、フィルムシミュレーションと相まって、APS-C機の常識を超える画質で多くの写真家に迎えられた。これらが具体的にどんなカメラだったのかは、第Ⅳ部であらためて詳しく扱う。ここで確認しておきたいのは、Xマウントという物語が、「写真文化への責任」という理念の延長線上に生まれたという事実である。
「文化」は、経営的にも正しかった
理念の話だけで終わらせると、きれいごとに聞こえるかもしれない。だから、そろばんの話もしておきたい。
結論から言えば、カメラを残したという判断は、経営的にも正しかった。撤退した家電メーカーが少なくないなか、富士は写真を撮る道具を作り続けた。その結果、フィルムらしい色やレトロな意匠を求める層の支持を集め、近年ではXシリーズが品薄になり、中古にプレミアがつくほどの人気を得ている。かつて「カメラから撤退するのでは」と心配されたメーカーが、いまや増産が追いつかないほどの存在になった。
現社長の後藤禎一も、富士フイルムはこれからも写真文化を守り続けると明言し、カメラは文化であり事業をやめない、と語っている。理念を守り抜いた結果として、ブランドへの信頼と独自の市場ポジションが残った。守るべきものを守ったことが、長い目で見れば最良の経営判断になった——富士フイルムのカメラ事業は、その数少ない実例である。
独自の視点——理念とそろばんが一致するとき
ここからは筆者の見立てである。
富士フイルムのカメラ事業を眺めていると、「理念」と「そろばん」が幸福に一致した稀有な例だと感じる。多くの企業では、文化を守ろうとする理想と、利益を確保する現実は対立する。撤退すれば短期の数字は良くなる。だが富士は、文化を守るという理念を曲げなかった。そして結果として、その理念こそが模倣されにくいブランド価値を生み、長期の収益につながった。
ここに、第3章で触れた「Because FUJIFILM」の思想が重なる。なぜ富士のカメラなのか、と問われたとき、富士は「写真文化を守り続けてきた会社だから」と答えられる。この答えを持っていることが、スペック競争では届かない強さになっている。
そしてもう一つ。写真を撮り続ける会社だからこそ、富士は「色」を語る資格を持ち続けられた、と筆者は考える。フィルムを作り、現像を支え、写真展を開き、カメラを設計する——撮影から鑑賞までの全工程に関わってきた会社だけが、「記憶の色」を追い求める正統性を持つ。フィルムシミュレーションという独自の武器が説得力を持つのは、この一貫した関わりがあるからだ。
第Ⅰ部を終えて
ここまでの四章で、私たちは富士フイルムという会社の輪郭を描いてきた。創業と銀塩への情熱(第1章)、コダックとの半世紀の攻防(第2章)、本業消失を乗り越えた多角化(第3章)、そして写真文化を守るという理念(本章)。これらはすべて、Xマウントという物語の「前提」である。

富士は、化学メーカーであり、フィルムメーカーであり、そして写真文化の担い手であろうとしてきた。だが、忘れてはならない顔がもう一つある。富士は、世界が認める「レンズメーカー」でもあるのだ。放送局のカメラにも、映画の現場にも、フジノンのレンズは載っている。次の第Ⅱ部では、その知られざるレンズ屋・富士フイルムの世界へ分け入っていく。
出典・参考
- 富士フイルム「富士フイルムと写真文化」 https://www.fujifilm.com/jp/ja/about/sustainability/life/priority-issue-2/photoculture
- 富士フイルムホールディングス「統合報告書(IMPROVING THE FUTURE)」 https://ir.fujifilm.com/en/investors/ir-materials/integrated-report/main/09/teaserItems2/00/linkList/0/link/ff_ir_2019_allj_a4.pdf
- 日本経済新聞「主力市場が消えたら 富士フイルム古森氏の実践と理論」 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO71839800T10C21A5000000
- 霞が関ナレッジスクエア 書評『魂の経営』(古森重隆 著、東洋経済新報社) https://www.kk2.ne.jp/book/00000157
- 朝日新聞「富士フイルムHD新社長『カメラは文化、事業やめない』」 https://www.asahi.com/articles/ASP785GW5P78ULFA00J.html
- DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「富士フイルムはこれからも写真文化を守り続ける」 https://dhbr.diamond.jp/articles/-/11346
- フジフイルム スクエア 公式サイト https://fujifilmsquare.jp/
- フジフイルム スクエア「写真歴史博物館のご紹介」 https://fujifilmsquare.jp/guide/museum.html
- 富士フイルム ブランドストーリー「カメラでなければ撮れない写真 その喜びを、一人でも多くの人に」 https://www.fujifilm.com/jp/ja/about/brand/story/spirit/1712_1
- デジカメ Watch「【フォトキナ】製品企画担当に訊く『FinePix X100』のコンセプト」 https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/396135.html
- デジカメ Watch「富士フイルム、APS-Cセンサー搭載の『FinePix X100』を国内発表」 https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/425658.html
- 富士フイルム「『写真幸福論』プロジェクト開始」 https://www.fujifilm.com/jp/ja/news/list/9836
- 「“PHOTO IS”想いをつなぐ。あなたが主役の写真展」公式サイト https://photo-is.jp/
- フジフイルム スクエア「フジフイルム・フォトコレクション」 https://fujifilmsquare.jp/photocollection/index.html
- フジフイルム スクエア「富士フイルムフォトサロン 若手写真家応援プロジェクト ポートフォリオレビュー/アワード 開催のお知らせ」 https://fujifilmsquare.jp/news/220331_01.html
- 企業メセナ協議会「メセナアワード2025」 https://www.mecenat.or.jp/ja/mecenat_awards/awards_archive/awards2025
📝編集注:本章で第Ⅰ部「富士フイルムという会社」は完結する。次章からは第Ⅱ部に入り、「05|FUJINONの技術的背景」を皮切りに、レンズメーカーとしての富士フイルムを掘り下げていく。


