※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。また、当サイトはAdobe Firefly、Google Gemini, Claudeといった生成AIを使用しております。

14|Xトランスセンサーの功罪——独自配列の設計・製造・現在地

FUJIFILM
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。 記事内のリンクから商品を購入すると、当サイトに紹介料が支払われる場合があります。また、当サイトはAdobe Firefly、Google Gemini, Claudeといった生成AIを使用しております。

銀塩フィルムの中では、光を受け止める粒子がランダムに散らばっている。そのランダムさこそが、自然で粒状感のある描写を生んでいた——。富士フイルムの技術者たちは、その「不規則さ」をデジタルセンサーの上に再現しようとした。生まれたのが、6×6の36画素をひとかたまりとする独自のカラーフィルター配列「X-Trans CMOS」だ。それは「フルサイズを凌ぐ」と豪語した武器であり、同時に、長く写真家を悩ませた「やっかいなセンサー」でもあった。本章では、その功と罪の両面を見ていく。

前章では、Xマウントという「器」の設計思想を追った。本章の主役は、その器に最初に収まった心臓——独自のイメージセンサー「X-Trans CMOS」である。富士フイルムはなぜ、世界中のカメラが当たり前のように使う「ベイヤー配列」を捨て、わざわざ複雑な独自配列を開発したのか。それは何をもたらし、何を犠牲にしたのか。そして10年以上を経た現在、そのセンサーはどこに立っているのか。技術の話が中心になるが、できるだけかみくだいて進めたい。

まず「ベイヤー配列」を知ろう

X-Transの話をするには、その前提となる「ベイヤー配列」を理解しておく必要がある。

デジタルカメラのセンサーは、無数の画素(光を受け取る小さなマス目)が格子状に並んだものだ。だが、ひとつひとつの画素は「光の強さ」しか測れず、そのままでは色がわからない。そこで各画素の上に、赤(R)・緑(G)・青(B)いずれかの色のフィルターをかぶせ、「この画素は赤の光を、隣は緑の光を……」と分担して色を捉える。

この色フィルターの並べ方として、1970年代から世界標準になっているのが「ベイヤー配列」である。2×2の4画素を一単位とし、緑を2つ、赤と青を1つずつ、規則正しく敷き詰める。人間の目が緑にもっとも敏感なため、緑を多めにしている。シンプルで効率がよく、ほぼすべてのデジタルカメラがこの方式を採用している。

だが、規則正しさには弱点もある。被写体に細かく規則的な模様(衣服の織り目、建物の格子、遠くの瓦屋根など)があると、センサーの規則的な格子と干渉して、本来ないはずの縞模様=「モアレ」や、ありもしない色=「偽色」が現れてしまう。

これを防ぐため、多くのカメラはセンサーの手前に「光学ローパスフィルター」という部品を置き、入ってくる像をほんのわずかにぼかしてモアレの発生を抑えている。ところがこのフィルターは、モアレと一緒に「本来の解像感」までわずかに削ってしまう。せっかくのレンズの実力が、少しだけ鈍る。ここに、富士フイルムが切り込む余地があった。

※画像はイメージです。実際のセンサー配列とは異なります。

フィルムの粒子に学んだ「不規則さ」

富士フイルムが出した答えは、発想の転換だった。「規則正しいから干渉が起きる。ならば、配列そのものを不規則にすればいい」と。

ヒントは、自社が長年つくり続けてきた銀塩フィルムにあった。フィルムの感光層では、光を受け止める銀の粒子が不規則に散らばっている。その非周期的な並びゆえに、フィルムにはモアレという概念がそもそも存在しない。富士はこの「ランダムな粒子配列」をデジタルの上で再現しようと考えた。

こうして生まれたのが、6×6の36画素を一単位とするX-Trans配列である。ベイヤーが2×2の4画素単位なのに対し、X-Transはその9倍の大きな単位で、赤・緑・青を周期性が低くなるように散らして配置する。配列のランダム性が高いため、被写体の模様と干渉しにくく、モアレや偽色が出にくい。

さらに巧妙なのは、この一見ランダムな配列が、縦・横どの一直線上にも必ず赤・緑・青の3色がそろうように設計されている点だ。どの方向の線を見ても3原色の情報が得られるため、色を正しく拾える。「不規則だが、色情報は破綻しない」——この絶妙なバランスが、X-Trans配列の核心である。

そして最大の狙いは、ローパスフィルターを取り払えることだった。配列自体がモアレを抑えるなら、像をぼかす部品はいらない。ローパスフィルターを外せば、レンズが解像した像をそのままセンサーが受け止められる。富士がX-Pro1の開発発表時に掲げた「35mmフルサイズセンサー搭載機を凌ぐ解像感」という挑発的な宣言は、この「ローパスレス+独自配列」という設計に裏打ちされていた。

この技術は対外的にも高く評価される。2019年(令和元年度)、富士フイルムは「周期性の低いカラーフィルター配列を用いたデジタル撮影素子の発明」で全国発明表彰の「文部科学大臣賞」を受賞し、あわせて、受賞した発明を実施した法人の代表者に贈られる「発明実施功績賞」も受けた。独自配列のローパスレスセンサーという発想が、科学技術的に秀でた進歩性を持つと公的に認められた瞬間だった。

「功」——ローパスレスが描く解像感と色

X-Transがもたらした最大の恩恵は、やはり解像感だ。ローパスフィルターという「ぼかし役」がいないぶん、レンズの実力がストレートに画に出る。同じAPS-Cセンサーでも、キレのある、線の細い描写が得られる。富士が「より大きなセンサーの機種に解像感で迫る/凌ぐ」と語った根拠はここにある。

もうひとつ、しばしば語られるのが色や階調の質感だ。同じ製造元のセンサーを使う他社機と比べても、富士機は「色の階調表現」や「肌の質感描写」に独特の良さがあると評価されることが多い。これはセンサー単体の手柄というより、X-Trans配列と、後段の画像処理エンジン、そして長年のフィルム作りで培った色設計(フィルムシミュレーション)が三位一体で効いた結果だ。センサーの「素性」と、それを料理する「味付け」の両輪がそろって、はじめて「富士の色」が成立する。

なお、センサーが世代交代するたびに、富士は色づくりをほぼ一から作り直していると言われる。「センサーが違うのに、世代をまたいで色味の方向性がそろっている」こと自体が、相当に高度な技術なのだ。ユーザーが何気なく「富士らしい色」と呼ぶものの裏には、配列・処理・色設計を毎回つなぎ合わせる地道な開発努力がある。

「罪」——RAW現像という長い宿題

だが、X-Transは良いことずくめではなかった。むしろ、生まれてから長いあいだ、ユーザーを悩ませ続けた「罪」の側面がある。それが、RAW現像の難しさだ。

問題の根は、独自配列そのものにある。撮影されたRAWデータから実際の画像を組み立てる処理を「デモザイク(demosaic)」と呼ぶが、世界中の現像ソフトは、標準であるベイヤー配列を前提に最適化されている。9倍も大きな単位を持つX-Transの不規則配列は、それらのソフトにとって例外的で、扱いが難しかった。

結果として、とくにAdobe Lightroom/Camera Rawでは、細部が溶けたように塗りつぶされ、葉や芝生、髪の毛といった細かい被写体が「水彩画」のようにのっぺりしてしまう現象がたびたび指摘された。シャープネスをかけると不自然なディテールが浮き、かけないと甘くなる。「画質は最高のはずなのに、現像でその実力を引き出せない」という、もどかしい状況が長く続いた。

さらに、配列の特性上どうしても苦手な被写体もある。点光源や強い明暗差の境界では独特の偽色が出ることがあり、規則的な細部の再現でベイヤー機に一歩譲る場面もある。「モアレが出ない代わりに、別のクセが出る」——万能ではないのだ。一部のユーザーが「X-Transが苦手な被写体のために、あえてベイヤー機も併用する」と語るのは、この裏返しである。

もっとも、この宿題は時間とともに小さくなっていった。Adobeをはじめとする各社が処理アルゴリズムを改良し、Capture Oneのように富士の色を手厚く扱う現像ソフトも広がった。高画素化が進むと、そもそも一画素あたりの粗が目立ちにくくなる。そして何より、富士自身が「撮って出し(カメラ内JPEG)」の完成度を極限まで高めたことで、「無理にRAW現像しなくても、フィルムシミュレーションのまま使えばいい」という文化が育った。罪を技術で薄め、同時に「現像しない楽しみ方」を提示することで弱点を強みに転じた——この身のこなしは、いかにも富士らしい。

誰がつくっているのか——東芝からソニーへ

ここで、しばしば誤解される点に触れておきたい。「X-Transは富士フイルムが自社工場で製造している」と思われがちだが、それは正確ではない。

X-Transセンサーの「配列の設計・発明」は富士フイルムによるものだ。しかし、シリコンウェハーに回路を焼き付ける「製造」そのものは、外部の半導体メーカーが担っている。初期のX-Transセンサーは東芝のセンサー工場で製造されていたが、東芝が2015年にイメージセンサー事業から撤退し、その工場設備をソニーに譲渡した。以来、富士のデジタルカメラ用センサーはソニーの工場で製造されている。

つまり現在のX-Transは「富士が設計し、ソニーが製造する」センサーだ。これは決して恥ずべきことではない。半導体は設計と製造の分業が当たり前の世界であり、独自配列という富士の知的財産が製造委託先によって損なわれるわけではない。「センサーがソニー製だから中身も他社と同じ」という見方は、配列設計という最も重要な部分を見落とした誤解だ。逆に言えば、製造を任せられる相手がいるからこそ、富士は自社の強みである「配列設計」と「色づくり」に資源を集中できる、とも言える。

世代を追う——第1世代から第5世代へ

X-Transは一度きりの技術ではなく、世代を重ねて進化してきた。ここで大きな流れを整理しておこう。

  • 第1世代 X-Trans CMOS(2012〜):X-Pro1、X-E1などに搭載。約1630万画素。ローパスレス独自配列の原点。
  • 第2世代 X-Trans CMOS II(2013〜):X100S、X-T1など。センサー上に位相差画素を組み込み、AFを大きく改善。前章で触れた「ペケ」批判への最初の本格的な回答でもあった。
  • 第3世代 X-Trans CMOS III(2016〜):X-Pro2、X-T2など。約2430万画素に高画素化し、画像処理エンジンも「X-Processor Pro」へ。
  • 第4世代 X-Trans CMOS 4(2018〜):X-T3など。Xシリーズ初の裏面照射型を採用し、約2610万画素。エンジンは4基のCPUを積む「X-Processor 4」で処理速度を大幅に向上。
  • 第5世代(2022〜):ここで二系統に分岐する。高解像の「X-Trans CMOS 5 HR」(約4020万画素、X-H2/X-T5など)と、高速の「X-Trans CMOS 5 HS」(裏面照射積層型・約2616万画素、X-H2S)だ。

とくに第5世代の「HS(ハイスピード)」は、露光面の裏側に信号処理用のチップを重ねた「積層型」構造を採り、読み出し速度を前世代比約4倍・初代比約30倍にまで引き上げた。この圧倒的な速度を生かし、最速40コマ/秒のブラックアウトフリー連写や、表示処理とAF演算を並行して行う芸当を可能にしている。「画質のためのローパスレス」から始まったX-Transは、いまや「速度」までを射程に収めるデバイスへと育った。

なお、世代によって描写の傾向は微妙に異なる。「第1〜2世代はこってりした色」「第5世代でかつての富士らしさが薄れた」といった評も愛好家のあいだでは根強い。良し悪しは別として、センサーが変われば画も変わる。だからこそ「どの世代の画が好きか」で機種を選ぶ楽しみ方も成立するのである。

なぜGFXはX-Transではないのか

最後に、興味深い事実をひとつ。富士フイルムのもう一つの柱である中判ミラーレス「GFXシリーズ」は、X-Transではなく、一般的なベイヤー配列のセンサーを採用している。自社の看板技術を、フラッグシップであるはずの中判に使わない——これを不思議に思った人は多い。

理由はシンプルだ。X-Transの最大の利点は「ローパスレスでもモアレが出にくいこと」にある。だが、GFXのような超高画素・大判センサーでは、一画素が拾う範囲が細かくなり、そもそもモアレが発生しにくい。つまり、画素数と物理サイズで余裕がある中判では、わざわざ複雑なX-Trans配列を使わなくても、素直なベイヤー配列で十分に高い解像感とクリーンな画が得られる。製造や現像ソフトとの相性という点でも、標準配列のメリットは大きい。

これは、富士が「独自技術へのこだわり」と「適材適所の合理性」を両立させている証だ。X-Transは目的のための手段であって、それ自体が信仰の対象なのではない。必要な場所(APS-CのX)では独自配列を貫き、不要な場所(中判GFX)では潔く標準に従う。この割り切りこそ、富士のエンジニアリングの成熟を物語っている。

独自の視点——「功罪」をどう読むか

X-Transという挑戦を、三つの視点から整理しておきたい。

第一に、X-Transは「フィルムメーカーだからこそ生まれた発想」だった。銀粒子の不規則配列をデジタルに翻訳するという着想は、長年フィルムを作り続けてきた富士フイルム以外からは出にくい。前章で見たマウント設計と同じく、ここでも富士は「借り物ではない、自分たちのルーツに根ざした武器」で勝負した。技術の独自性は、企業の出自と地続きなのである。

第二に、X-Transの歴史は「功と罪はワンセットである」ことを教えてくれる。ローパスを外して解像感を得れば、その代償としてデモザイクの難しさや苦手な被写体が生まれる。完全無欠の技術などない。重要なのは、富士がその「罪」から逃げず、現像ソフトの改良を待ち、撮って出し文化を育て、十数年かけて弱点を薄めていったことだ。荒削りな技術を粘り強く磨き上げる——前章で見た「Kaizen」の思想は、ボディだけでなく、センサーという心臓部にも流れている。

第三に、いま改めて問われているのは「高画素時代に、X-Transはまだ必要か」という論点だ。画素数が上がるほどモアレは出にくくなり、ローパスレス独自配列の優位は理屈の上では薄れていく。現にGFXはベイヤーを選んだ。それでも富士がXシリーズでX-Transを貫くのは、もはやそれが単なる技術仕様を超えて、「Xとは何か」を定義するアイデンティティになっているからだろう。性能の合理だけでは説明しきれない、ブランドの背骨としてのX-Trans。その評価は、これからの世代が下していくことになる。

フィルムの粒子に学び、世界標準にあえて背を向け、解像感という果実と現像の難題を同時に抱え込みながら、富士はこのセンサーを10年以上かけて育ててきた。X-Transの物語は、「独自であること」の輝きと重さを、そのまま映し出している。次章では、もう一つの富士らしさ——手で触れ、回し、確かめる「物理ダイヤル」という思想へと話を移そう。センサーが画の質を決めるなら、ダイヤルは「撮る喜び」を決める。富士はそこにも、はっきりとした哲学を込めていた。


出典

編集注:本章では、Xシリーズの心臓部であるX-Trans CMOSセンサーの功罪と、その製造・世代・GFXとの違いまでを追った。次章「15|物理ダイヤルという哲学」では、視点を「画質」から「操作」へと移す。シャッタースピードダイヤル、絞りリング、ISOダイヤル——スマートフォン時代にあえて手で操る道具立てを残した富士の設計思想と、「撮る喜び」のデザインを掘り下げる。

タイトルとURLをコピーしました