※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

カメラの「頭脳」——画像処理エンジンとAI処理チップ | カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか(10)

産業分析
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。 記事内のリンクから商品を購入すると、当サイトに紹介料が支払われる場合があります。

カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか(10)

※Google Geminiにより生成したイメージ画像です。

10-1. リード:カメラの「頭脳」を誰が作っているのか

シャッターボタンを押した瞬間、イメージセンサーが捉えた光は膨大な電気信号の束となる。それを私たちが見慣れた「写真」や「動画」に変換する心臓部——それが画像処理エンジンである。CanonはDIGIC、SonyはBIONZ、NikonはEXPEED、FujifilmはX-Processor、PanasonicはVenus Engineと、各社がそれぞれ独自の名称を冠した専用チップを開発してきた。

これらの画像処理エンジンは、単なるデジタル信号処理(DSP)チップではない。ノイズリダクション、色再現、オートフォーカス制御、手ブレ補正演算、動画エンコーディングなど、カメラのあらゆる「知的処理」を司る頭脳だ。近年はこれにAI(人工知能)処理が加わり、被写体認識、姿勢推定、シーン判別といったディープラーニングベースの機能がフラッグシップ機から順次実装されている。

しかし、ここで見落とされがちな事実がある。各社が「自社開発」と銘打つこれらのチップは、設計こそ自社だが、製造は外部の半導体ファウンドリに委託されている。つまり、カメラの頭脳もまた、グローバル半導体サプライチェーンの一部なのだ。TSMC(台湾)やSamsung Foundry(韓国)への依存、そして中国SMIC(中芯国際)の台頭は、カメラ産業の将来にどのような意味を持つのか。

本章では、各社の画像処理エンジンの技術的特徴を概観したうえで、その製造を支えるファウンドリへの依存構造、さらにスマートフォンで急速に発展したコンピュテーショナルフォトグラフィとAIチップがレンズ交換式カメラに波及しつつある現状を分析する。


10-2. 各社の画像処理エンジンの技術的特徴

Canon:DIGIC X とDIGIC Accelerator

Canonの画像処理エンジン「DIGIC」は、2002年のPowerShot G3以来、20年以上にわたり進化を続けてきたブランドである。現行フラッグシップのEOS R1およびEOS R5 Mark II(いずれも2024年7月発表)には、DIGIC Xに加えて新たなDIGIC Acceleratorが搭載されている。

DIGIC Acceleratorは、ディープラーニング処理に特化したコプロセッサだ。従来のDIGIC Xが担っていた画像処理・映像エンコードに加え、DIGIC AcceleratorがAIベースのオートフォーカス演算を専門に処理するデュアルチップ構成を採る。これにより実現したDual Pixel Intelligent AFは、人体の関節やボール(球技)の検出、アクション優先モード(被写体の動作を予測してAFを制御する機能)など、従来のコントラストAF・位相差AFでは不可能だった高度な被写体追尾を実現している。

CanonがAI処理を独立チップに分離した設計思想は注目に値する。汎用の画像処理エンジンにAI機能を「追加」するのではなく、AI専用のハードウェアアクセラレータを搭載することで、従来の画像処理性能を犠牲にすることなくAI演算力を大幅に向上させた。これは、後述するスマートフォンにおけるISP+NPU分離構成と同じアーキテクチャ思想である。

Sony:BIONZ XR とAI処理ユニット

Sonyの画像処理エンジン「BIONZ」は、2006年のα100で初採用されて以来、世代を重ねてきた。現行のBIONZ XRは、従来のBIONZ Xに対して最大8倍の処理性能を実現したとされる。α1、α7S III、α7 IVなど、Sonyのミラーレス主力機に広く搭載されている。

特筆すべきは、2023年発売のα7R Vに搭載された専用AI処理ユニットである。これはBIONZ XRとは別個に設けられた独立したプロセッサで、ディープラーニングによる被写体認識を専門に処理する。人体の姿勢推定(20カ所の関節ポイントを検出)、動物の瞳・頭部・胴体認識、鳥類、昆虫、車両、飛行機など、多様な被写体カテゴリに対応したリアルタイムAF制御を実現している。α7R Vは「AIプロセッシングユニットを搭載した世界初のカメラ」を標榜しており、CanonのDIGIC Acceleratorに先行する形でAI専用チップの搭載に踏み切った。

なお、Sonyの画像処理チップ製造は自社では行われていない。Sonyはイメージセンサー(CIS)の設計・製造においては世界最大手だが、SoC(System on Chip)の製造設備は保有しておらず、BIONZ XRおよびAI処理ユニットの製造はGlobalFoundries(米国)やMegaChips(日本)などの外部ファウンドリ・半導体企業に委託しているとされる。イメージセンサーの覇者が、自社カメラの頭脳の製造を外部に依存しているという構造は、半導体産業の高度な分業体制を象徴している。

Nikon:EXPEED 7

Nikonの画像処理エンジン「EXPEED」は、2007年のD3/D300で初採用された。現行のEXPEED 7は2021年10月発表のフラッグシップZ 9で初搭載され、従来のEXPEED 6に対して約10倍の処理速度を達成した。

EXPEED 7の特徴は、AF/AE演算を毎秒120サイクルで実行できる高速処理能力にある。これにより、Z 9では電子シャッターによる秒間120コマの連写、8K RAW動画の内部記録など、従来のDSLR時代には考えられなかった処理負荷をこなす。また、EXPEED 7は被写体検出AFの処理も統合しており、CanonやSonyのように専用AI処理チップを分離する構成ではなく、単一チップに高度なAF演算を集約する設計を採っている。人物、動物、鳥、車、バイク、自転車、列車、飛行機の9種の被写体を自動検出するAF機能は、EXPEED 7の統合処理によって実現されている。

Fujifilm:X-Processor 5

Fujifilmの画像処理エンジンは「X-Processor」の名称で展開される。現行のX-Processor 5は、X-T5、X-H2、X-H2Sなど、Fujifilmの主力ミラーレス機に搭載されている。

X-Processor 5の最大の特徴は、Fujifilm独自のフィルムシミュレーション処理にある。銀塩フィルム時代に培った色再現のノウハウをデジタル処理に昇華させたこの機能は、現在19種類のフィルムシミュレーションモードを提供している。Velvia(鮮やか)、PROVIA(標準)、ACROS(モノクロ)、Classic Neg.(ネガフィルム調)、Nostalgic Neg.(ノスタルジックネガ)など、各モードはフィルム時代の色調を精密に再現する。

このフィルムシミュレーションこそ、Fujifilmが「画像処理エンジンに自社の強みを織り込む」ことの好例である。CanonがAF性能、Sonyが被写体認識AIに注力する中、Fujifilmは色再現という独自の価値軸でエンジンを最適化している。

Panasonic:Venus Engine

Panasonicの画像処理エンジン「Venus Engine」は、コンパクトデジタルカメラ時代から続く長い歴史を持つ。LUMIX S5 II(2023年)やG9 PRO II(2023年)などの現行機には最新世代のVenus Engineが搭載されている。

PanasonicのVenus Engineは、特に動画処理に強みを持つ。同社はGHシリーズでビデオグラファー向け市場を開拓してきた歴史があり、高ビットレート動画のリアルタイムエンコーディング、V-Log対応、プロ向け動画フォーマットへの対応など、動画処理に特化した設計が施されている。

注目すべきは、LUMIX S5 IIで同社初の像面位相差AFが導入された際、新たなVenus Engineが投入されたことだ。Panasonicは長年コントラストAF(DFDテクノロジー)に固執してきたが、S5 IIでようやく像面位相差AFに移行し、これに対応する新しい画像処理パイプラインがVenus Engineに組み込まれた。AF方式の転換がエンジン設計に直接影響する事例として興味深い。

小括:「秘伝のタレ」としての画像処理エンジン

以上のように、各社の画像処理エンジンには明確な個性がある。CanonはAI-AF特化、SonyはAI処理ユニットの独立搭載、Nikonは高速統合処理、Fujifilmは色再現、Panasonicは動画処理——いずれも自社の製品戦略と顧客基盤を反映した設計思想だ。画像処理エンジンは、各社にとって「秘伝のタレ」であり、他社との差別化の核心を成している。


10-3. 半導体ファウンドリ:TSMC・Samsung Foundryへの依存

しかし、この「秘伝のタレ」の容器——すなわち物理的なシリコンチップ——を作っているのは、カメラメーカー自身ではない。

現代の半導体産業は、設計(ファブレス)と製造(ファウンドリ)が高度に分離している。Apple、Qualcomm、NVIDIA、AMDといったテクノロジー大手も自社工場を持たず、チップの製造をファウンドリに委託する。カメラメーカーも例外ではない。Canon、Sony、Nikon、Fujifilm、Panasonicのいずれも、画像処理エンジンの設計は自社で行うが、ウェハー製造はTSMC(台湾積体電路製造)やSamsung Foundry(韓国)、あるいはその他のファウンドリに委託している。

カメラ用チップのプロセスノード

ここで重要なのは、カメラ用画像処理チップが使用するプロセスノード(製造微細化の世代)である。2025年現在、TSMCの最先端プロセスは3nm(N3)に達しており、Apple M4チップやiPhone 16シリーズのA18 Proなどに採用されている。Samsung Foundryも3nm GAAプロセスを量産中だ。

しかし、カメラ用画像処理チップは、こうした最先端ノードを必要としない。カメラ用チップに求められるのは、スマートフォンSoCほどの演算密度ではなく、画像・映像処理に特化した安定した処理能力と低消費電力だ。そのため、カメラ用チップは一般に7nm〜28nmの成熟プロセスで製造されている。TSMCの28nmプロセスは2011年から量産が始まり、7nmプロセスは2018年から量産されている。いずれも技術的に十分に枯れた(安定した)ノードであり、歩留まりも高く、製造コストも最先端ノードに比べて格段に安い。

TSMCの地政学的リスク

TSMCは世界のファウンドリ市場で約64%のシェアを持つ圧倒的な存在である(2024年Q3、Counterpoint Research)。最先端ノード(7nm以下)に限れば、そのシェアは90%を超えるとされる。カメラ用チップの多くもTSMCで製造されていると推定される。

TSMCの本拠地は台湾であり、台湾海峡の地政学的リスクは半導体産業全体の最大のリスク要因として認識されている。TSMCは米国アリゾナ州、日本の熊本県(JASM)、ドイツ・ドレスデンなどに工場を建設・計画中だが、最先端ノードの生産能力の大部分は依然として台湾に集中している。カメラ用チップが使用する成熟ノードについても、台湾工場への依存度は高い。

もしTSMCの生産に大規模な障害が発生した場合、カメラ用画像処理チップの調達にも深刻な影響が及ぶ可能性がある。2020〜2022年の世界的な半導体不足(チップショック)の際には、カメラ業界も深刻な供給制約に直面した。各社が製品の供給遅延や生産調整を余儀なくされた記憶は新しい。

中国SMICの台頭と成熟ノードの意味

一方、中国最大のファウンドリであるSMIC(中芯国際集成電路製造)の存在は、カメラ産業にとって別の含意を持つ。SMICは14nmプロセスの量産を実現しており、DUV(深紫外線)リソグラフィのみで7nm級・5nm級プロセスの開発を進めているとされる(EUVリソグラフィ装置は米国の輸出規制により入手不可)。

SMICの成熟ノード(28nm以上)の生産能力は急速に拡大している。2025年には、中国のファウンドリ全体で成熟プロセスの生産能力が世界の増加分の約6%を占めると予測されている。SMICに加え、Hua Hong Semiconductor(華虹半導体)やNexchip(合肥晶合集成電路)なども成熟ノードの能力増強を進めている。

ここで本連載の文脈において重要な点がある。カメラ用画像処理チップは成熟プロセス(7nm〜28nm)で製造可能であり、この範囲はSMICの現行製造能力で技術的にカバーできる。つまり、仮に中国のカメラメーカーが独自の画像処理エンジンを設計した場合、その製造を中国国内のファウンドリに委託することは技術的には不可能ではない。米中対立によってTSMCへのアクセスが制限される最悪のシナリオにおいても、中国企業は少なくとも画像処理チップの調達ルートを確保できる可能性がある。

もっとも、プロセスノードが同じでも、実際の歩留まり、品質管理、IPブロック(設計資産)のエコシステム、製造コストなどにおいて、TSMCとSMICの間には依然として大きな差がある。成熟ノードだからといって、直ちにSMICが日本メーカー向けチップの代替製造先になるわけではない。しかし、中国の自国カメラメーカーにとって、国内ファウンドリが「使える選択肢」であることは事実であり、この点は将来の競争構造に影響を与えうる要素だ。


10-4. コンピュテーショナルフォトグラフィとAIチップ

スマートフォンが先行するAIカメラ技術

レンズ交換式カメラがようやくAI処理チップの搭載に踏み出した2023〜2024年の段階で、スマートフォンの世界ではコンピュテーショナルフォトグラフィ(計算写真学)がすでに数年にわたり標準技術となっていた。スマートフォンのカメラは物理的なセンサーサイズとレンズ口径で本質的にレンズ交換式カメラに劣るが、その差をソフトウェアとAIの力で埋める——あるいは一部の領域では凌駕する——という戦略を徹底してきた。

Qualcomm Snapdragon 8 Gen 3(TSMC 4nm製造)のISP(Image Signal Processor)は「Cognitive ISP」と呼ばれ、AIによるセマンティックセグメンテーション(意味的領域分割)をリアルタイムで実行する。画像を最大12のレイヤーに分割し、空、人物、肌、髪、衣服、背景などを個別に識別して、各領域に最適な画像処理パラメータを適用する。さらに、2024年発表のSnapdragon 8 Eliteでは、新設計のAI ISPがHexagon NPU(Neural Processing Unit)と緊密に連携し、従来のISPパイプラインをAI処理で根本から再構築する設計が採られた。

AppleのiPhoneでは、ISP+Neural Engineの組み合わせがコンピュテーショナルフォトグラフィの中核を成す。Smart HDR、Deep Fusion(ピクセル単位の最適化合成)、ポートレートモード(ニューラルネットワークによる深度推定とボケ合成)、ナイトモード(長秒露光のAI合成)など、Neural Engineの演算力に依存する機能は枚挙にいとまがない。A18 ProのNeural Engineは毎秒35兆回の演算(35 TOPS)を実行可能とされ、これはカメラ用画像処理エンジンの演算能力をはるかに上回る。

MediaTekのISPブランド「Imagiq」も、AI処理を全面的に統合している。スタガードHDR(異なる露光時間のフレームをリアルタイム合成)、RGBWセンサー対応、AI画像セマンティック解析に基づく動画エンジンなど、モバイルISPとしてQualcommに匹敵するAI機能群を備える。MediaTekのDimensityシリーズは、中国スマートフォンメーカーを中心に広く採用されており、AIカメラ技術の民主化に貢献している。

HiSilicon(華為海思)のKirin ISP

Huawei傘下のHiSiliconが開発するKirinプロセッサは、ISPとNPU(Da Vinciアーキテクチャ)を高度に統合した設計で知られる。Kirin 9000に搭載されたKirin ISP 6.0は、AIベースのノイズリダクション、HDR合成、被写体認識を行い、HuaweiのXMageカメラシステムの中核をなしていた。

しかし、2020年以降の米国による半導体輸出規制により、HiSiliconはTSMCへの製造委託が不可能となり、最先端チップの生産に深刻な制約を受けている。Huaweiはその後、SMICでの製造に切り替えてKirin 9000sを投入したが、EUVなしのDUVプロセスで製造されたこのチップの性能は、Qualcomm/MediaTekの最新チップに対して一定のハンデを負っている。

HiSiliconの事例は、米中半導体摩擦がAIカメラ技術の発展に直接影響を与えることを如実に示している。同時に、制約下でもSMICを活用して一定水準のAIチップを製造できたという事実は、中国半導体産業のレジリエンスを示すものでもある。

レンズ交換式カメラへのAI技術の波及

スマートフォンで急速に進化したAIカメラ技術は、レンズ交換式カメラにも確実に波及し始めている。前述のCanon DIGIC Accelerator(2024年)やSony AI処理ユニット(2023年)はその最前線だ。

もう一つの注目事例が、DJI Ronin 4Dである。ドローンメーカーとして知られるDJIが開発したこのシネマカメラには、LiDAR(Light Detection and Ranging)フォーカシングシステムが搭載されている。940nm近赤外レーザーを使用し、60°×45°の広視野角でシーン全体の深度マップをリアルタイムに生成する。これにより、従来はマニュアルフォーカスが前提だったシネマレンズでも、自動的かつ高精度なフォーカス制御が可能となった。DJIのLiDAR AFは、自動車の自動運転技術で培われたセンシング技術のカメラへの転用事例として注目される。

現時点では、レンズ交換式カメラのAI処理能力はスマートフォンのそれに大きく劣る。iPhone 16 ProのA18 ProチップのNeural Engineが35 TOPSの演算能力を持つのに対し、カメラ用AI処理ユニットの演算能力は公開されていないものの、はるかに低い水準にとどまるとみられる。これは、カメラが限られたバッテリー容量と放熱設計の制約の中で動作しなければならないこと、またカメラ用チップの市場規模がスマートフォンSoCに比べて桁違いに小さく、開発投資を回収しにくいことが背景にある。

しかし、AI処理の重要性は今後ますます高まる。AIノイズリダクション(暗所撮影の画質向上)、AIオートホワイトバランス、AI構図アシスト、AIベースの被写体追尾AF、さらには撮影後のAI画像補正(いわゆる「ポストキャプチャ」処理)など、AI演算力がカメラの画質と使い勝手を左右する時代が到来しつつある。カメラの競争力は、もはやレンズとセンサーだけでは決まらない。「頭脳」の演算力が第三の競争軸になりつつあるのだ。


10-5. RISC-Vアーキテクチャの可能性

ARMライセンスへの依存からの脱却

現在、スマートフォンや組み込み機器に使われるプロセッサの大半は、英ARM社(Arm Holdings、現SoftBank傘下)が設計した命令セットアーキテクチャ(ISA)に基づいている。カメラ用画像処理エンジンにもARMコアが組み込まれているケースが多い。ARMはライセンスビジネスを展開しており、チップ設計者はARMにライセンス料とロイヤリティを支払ってCPUコアの設計を使用する。

しかし近年、RISC-V(リスク・ファイブ)というオープンソースのISAが急速に注目を集めている。RISC-Vは2010年にカリフォルニア大学バークレー校で開発が始まり、命令セット仕様がオープンソースとして公開されている。つまり、誰でもライセンス料なしにRISC-VベースのCPUを設計・製造できる。RISC-V Internationalが仕様の管理を行い、スイスに本部を置く。

RISC-Vの魅力は単にコスト面だけではない。設計者がISAを自由に拡張できるため、特定用途向けのカスタム命令を追加しやすい。画像処理やAI推論に特化した独自命令を組み込むことで、汎用CPUよりも効率的な処理が可能になる。これは、まさにカメラ用画像処理エンジンのような特定用途向けプロセッサに適した特性だ。

中国がRISC-Vに注力する理由

RISC-Vが最も戦略的に重要視されているのは中国である。米中半導体摩擦の激化に伴い、中国企業がARM(英国企業だがSoftBank傘下であり、米国の輸出管理法の影響を受ける)のライセンスを将来にわたって安定的に取得できる保証はない。ARMが中国向けライセンスを停止するリスクに備え、中国政府と中国企業はRISC-Vへの投資を加速させている。

RISC-Vベースのプロセッサであれば、ライセンス問題を回避して自国内で完全に設計を完結できる。これは、画像処理エンジンの設計においても同様だ。中国のカメラメーカーが将来、自社設計の画像処理チップをRISC-Vベースで開発し、SMICで製造するというシナリオは、技術的には十分に実現可能である。

中国のAlibaba(阿里巴巴)傘下のT-Head(平頭哥半導体)は、RISC-VベースのXuanTie(玄鉄)シリーズのCPUコアを開発し、すでに量産チップに採用されている。中国科学院計算技術研究所などの研究機関もRISC-Vの研究を積極的に進めている。

欧州のRISC-V推進

欧州でもRISC-Vへの関心は高い。European Processor Initiative(EPI)は、欧州の半導体主権を確保するためにRISC-VベースのHPC(High Performance Computing)プロセッサの開発を進めている。また、ドイツのInfineon TechnologiesはRISC-Vを次世代自動車用マイコン(MCU)に採用することをコミットしている。自動車産業で培われたRISC-Vのエコシステムは、将来的にカメラ用チップの設計にも波及する可能性がある。

カメラ用チップへのRISC-V採用の展望

2025年現在、レンズ交換式カメラの画像処理エンジンにRISC-Vが採用された公知の事例はまだない。しかし、以下の理由から、中長期的にはRISC-Vの採用が進む可能性がある。

  1. ライセンスコスト削減:ARMへのロイヤリティが不要になり、チップの原価を抑えられる
  2. カスタマイズ性:画像処理やAI推論に特化した独自命令の追加が容易
  3. サプライチェーンリスクの分散:ARMライセンスの地政学的リスクを回避できる
  4. エコシステムの成熟:自動車・IoT・データセンター分野でのRISC-V採用拡大により、開発ツールやIPブロックが充実しつつある

特に中国のカメラメーカーにとって、RISC-Vは半導体設計における「自由度」を確保するための戦略的選択肢となりうる。ARMライセンスに依存しない設計、SMICでの製造——この組み合わせが実現すれば、中国は画像処理チップのサプライチェーンを完全に自国内で完結させることが可能になる。


10-6. GPU/NPUメーカーの台頭とカメラへの波及

スマートフォンからカメラへの「逆輸入」

カメラの歴史において、技術は伝統的に「プロ用→コンシューマー用」というトップダウンの流れで伝播してきた。しかしAIカメラ技術においては、その流れが逆転している。スマートフォンで培われたAIカメラ技術が、レンズ交換式カメラに「逆輸入」される構図が生まれつつあるのだ。

Qualcomm、Apple、MediaTekといったスマートフォンSoCメーカーが年間数億個単位で出荷するチップに搭載されたISP/NPUは、膨大な開発投資と実使用データに裏打ちされた技術の結晶である。彼らが毎年投じる研究開発費は、カメラメーカーの全社売上高を上回ることも珍しくない。この圧倒的な投資規模の差が、AIカメラ技術におけるスマートフォンとレンズ交換式カメラの格差を生んでいる。

NVIDIA・Qualcommの技術波及

GPUの巨人NVIDIAは、画像処理とAI推論の両方で世界をリードする。NVIDIAのGPUアーキテクチャで培われた並列演算技術やテンソル演算ユニットは、将来的にカメラ用チップの設計に影響を与える可能性がある。NVIDIAはすでに自動運転向けのJetsonプラットフォームで、リアルタイム画像認識・物体検出の技術を確立しており、これはカメラのAI被写体認識と技術的に近い領域だ。

Qualcommもまた、スマートフォン向けISP/NPU技術をカメラに近い領域に展開し始めている。同社のSnapdragonプラットフォームはドローン(DJI製品の一部にもQualcommチップが搭載されている)やアクションカメラ、360度カメラなどに採用されており、スマートフォン以外の映像機器にもAI処理技術を提供している。

中国のAIチップメーカー

中国においても、AI処理に特化したチップメーカーが急成長している。

Cambricon(寒武紀科技)は、2016年設立の中国を代表するAIチップスタートアップだ。2024年の売上高は約11.8億人民元(約240億円)に達した。同社のSiyuan(思元)290/590シリーズはTSMC 7nmで製造されるAIアクセラレータチップで、データセンター向けAI推論・学習に使用される。2026年には50万個のアクセラレータ出荷を目標としている。Cambriconの技術は現時点ではデータセンター向けだが、AI推論エンジンの設計ノウハウは、将来的に組み込み向け(カメラ用を含む)にダウンスケールされる可能性がある。

Horizon Robotics(地平線機器人)は、車載AI向けチップで急成長している企業だ。同社のJourney(征程)シリーズは、中国初の自動車向けAIチップとして2019年にJourney 2がリリースされた。最新のJourney 5やJourney 6Bは最大18 TOPSの演算能力を持ち、中国のスマートカーの約3台に1台がHorizon Roboticsのチップを搭載しているとされる。同社は香港証券取引所に上場(証券コード:9660.HK)しており、急速な事業拡大を続けている。

車載AIチップとカメラ用AIチップには共通点が多い。どちらもリアルタイムの画像認識・物体検出が求められ、消費電力と放熱の制約の中で動作する必要がある。Horizon Roboticsのような車載AI企業の技術が、将来的にカメラ向けにも転用される可能性は十分にある。実際、DJI Ronin 4DのLiDAR AFシステムは、まさに自動車のLiDAR技術がカメラに転用された事例だ。

監視カメラで蓄積されたAI画像処理技術

中国企業がAIカメラ技術において特に強みを持つ領域がある。監視カメラ(セキュリティカメラ)産業だ。Hikvision(海康威視)やDahua Technology(大華技術)は、世界の監視カメラ市場の大半を占めるシェアを持ち、AI画像認識技術を大規模に実用化してきた。顔認識、人物追跡、行動解析、ナンバープレート認識など、監視カメラに搭載されたAI処理技術は、膨大な実運用データに基づいて鍛え上げられている。

これらの技術は、カメラのAI被写体認識やAFトラッキングと技術的に近似している。中国企業がスマートフォン、監視カメラ、車載カメラの3分野で蓄積したAI画像処理技術は、将来レンズ交換式カメラに参入する際の技術的資産となりうる。


10-7. 本章のまとめ

画像処理エンジンは、各カメラメーカーにとって「秘伝のタレ」であり、製品の個性と競争力の源泉である。Canon DIGIC、Sony BIONZ、Nikon EXPEED、Fujifilm X-Processor、Panasonic Venus Engine——それぞれが自社の哲学と技術的強みを反映した固有のチップを設計している。

しかし、その製造はTSMC、Samsung Foundryをはじめとする外部ファウンドリに全面的に依存している。カメラ用チップは7nm〜28nmの成熟プロセスで製造可能であり、この範囲は中国SMICの製造能力でもカバーできる。台湾海峡リスクという地政学的要因と、中国ファウンドリの能力拡大という二つのトレンドは、カメラ産業のサプライチェーンに中長期的な変化をもたらす可能性がある。

AI処理の重要性は急速に高まっている。Canon EOS R1のDIGIC Accelerator、Sony α7R VのAI処理ユニットは、レンズ交換式カメラにおけるAI時代の幕開けを告げた。しかしスマートフォンの世界では、Qualcomm、Apple、MediaTekがすでに数世代先のAIカメラ技術を実用化している。スマートフォンで培われたコンピュテーショナルフォトグラフィ技術がレンズ交換式カメラに逆輸入される流れは、今後加速するだろう。

RISC-Vアーキテクチャの台頭は、特に中国企業にとって半導体設計の自由度を高める。ARMライセンスに依存しないチップ設計とSMICでの製造を組み合わせれば、中国は画像処理チップのサプライチェーンを自国内で完結させることが技術的には可能だ。さらに、Cambricon、Horizon Roboticsに代表される中国AIチップメーカーの急成長、そして監視カメラ・車載カメラで蓄積されたAI画像処理技術は、中国企業がレンズ交換式カメラ市場に参入する際の潜在的な武器となる。

カメラの競争力は、レンズとセンサーという「光学の世界」から、チップとAIという「演算の世界」へと重心を移しつつある。この構造変化は、半導体設計能力とAI技術の蓄積で先行する中国企業に、新たな参入機会を開く可能性がある。次章では、カメラのもう一つの重要な構成要素——ディスプレイ、メモリ、バッテリーなどの電子部品のサプライチェーンを分析する。


カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか


典拠一覧

  1. Canon Inc.「EOS R1 製品情報」Canon Global(2024年7月)——DIGIC X+DIGIC Accelerator搭載、Dual Pixel Intelligent AF仕様
  2. Canon Inc.「EOS R5 Mark II 製品情報」Canon Global(2024年7月)——DIGIC Accelerator搭載フラッグシップ
  3. Sony Corporation「α7R V 製品情報」Sony.com(2022年10月発表、2023年発売)——AIプロセッシングユニット搭載、20点関節検出AF
  4. Sony Corporation「BIONZ XR テクノロジー」Sony.com——BIONZ XRの最大8倍処理性能
  5. Nikon Corporation「Z 9 製品情報・技術解説」Nikon Global(2021年10月)——EXPEED 7、AF/AE毎秒120サイクル、約10倍の処理速度
  6. Fujifilm Corporation「X-Processor 5 テクノロジー」Fujifilm Global——19種フィルムシミュレーション
  7. Panasonic Corporation「LUMIX S5 II 製品情報」Panasonic Global(2023年)——像面位相差AF搭載、新Venus Engine
  8. Wikipedia「Sony BIONZ」——BIONZ XR製造委託先(GlobalFoundries、MegaChips)に関する記述
  9. Counterpoint Research「Global Foundry Market Share Q3 2024」——TSMCファウンドリ市場シェア約64%(2024年Q3時点)
  10. SMIC 2024 Annual Report——14nm量産、成熟ノード能力拡大
  11. TrendForce「Global Foundry Capacity Report」(2025年)——中国ファウンドリの成熟プロセス生産能力が世界増加分の約6%
  12. Qualcomm「Snapdragon 8 Gen 3 Product Brief」(2023年)——Cognitive ISP、12レイヤーセマンティックセグメンテーション、TSMC 4nm
  13. Qualcomm「Snapdragon 8 Elite Product Brief」(2024年)——AI ISP、Hexagon NPU連携
  14. Apple「A18 Pro チップ技術概要」Apple.com(2024年)——Neural Engine 35 TOPS
  15. MediaTek「Dimensity / Imagiq テクノロジー」MediaTek.com——AI ISP、スタガードHDR、RGBW対応
  16. Huawei「Kirin 9000 / XMage テクノロジー」——Kirin ISP 6.0、Da Vinciアーキテクチャ NPU
  17. DJI「Ronin 4D 製品情報」DJI.com——LiDARフォーカシングシステム、940nm近赤外レーザー、60°×45° FOV
  18. RISC-V International 公式サイト——RISC-V ISA仕様、エコシステム概要
  19. European Processor Initiative(EPI)公式サイト——RISC-VベースHPCプロセッサ開発
  20. Infineon Technologies プレスリリース——次世代自動車MCUへのRISC-V採用コミットメント
  21. Cambricon Technologies 2024年度決算発表——売上高約11.8億人民元、Siyuan 290/590シリーズ
  22. Horizon Robotics IPO目論見書(2024年、香港証券取引所9660.HK)——Journeyシリーズ、中国スマートカーの約3台に1台が採用
タイトルとURLをコピーしました