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写真用フィルターの誕生——ゼラチンフィルターから偏光フィルターへ(1877〜1950年代)レンズフィルター | レンズフィルター・クロニクル(1)

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レンズフィルター・クロニクル— Chapter 01

1877年、ロンドン。写真乾板メーカーのフレデリック・ラッテン(Frederick Wratten)がパートナーのヘンリー・ウェインライト(Henry Wainwright)とともに設立した小さな会社——Wratten & Wainwright——が、のちに「写真用フィルター」という概念そのものを世に送り出すことになる。

それから約150年。カメラ用光学フィルターは、モノクロ写真の階調を操るゼラチンフィルムから始まり、偏光フィルター、色温度変換フィルター、NDフィルター、そして映画の映像表現を一変させたディフュージョンフィルターへと進化を遂げてきた。形状もまた——ドロップイン式のSeriesフィルターからネジ込み式のスクリューマウント、1978年のCokin角型フィルター革命を経て、2020年代のマグネット式へと変遷している。

デジタル写真の台頭は、かつて写真家の必携品だったカラーフィルターの大半を「ホワイトバランス」ボタンひとつに置き換えた。しかし偏光やNDのように物理法則に根ざした効果はソフトウェアでは再現不可能であり、2020年代にはブラックミストフィルターの世界的ブームが示すように、フィルターは滅びるどころか新たな復権を果たしつつある。

本記事では、カメラ用光学フィルターの誕生から現在までを 全4章 で辿る。フィルターがどのような用途から始まり、どう形を変え、映像表現にどんな革命をもたらし、デジタル時代にどう生き残ったのか。その全史を、読者とともに歩いていきたい。


レンズフィルター・クロニクル

  1. 写真用フィルターの誕生——ゼラチンフィルターから偏光フィルターへ(1877〜1950年代)レンズフィルター
  2. フィルターの形を追って——Seriesフィルターからスクリューマウント、角型フィルター革命へ
  3. 特殊効果フィルターの世界——映画と写真の表現を変えたフィルターワーク
  4. デジタル時代のフィルター——大淘汰、保護論争、そして復権

カメラのレンズに取り付ける薄いガラスやフィルム—「フィルター」。その歴史は、写真そのものの歴史とほぼ同じ長さを持つ。第1章では、写真用フィルターがどのような用途から始まり、どのように種類を広げていったのかを追う。


1877年、ロンドン。写真乾板メーカーのフレデリック・ラッテン(Frederick Wratten)がパートナーのヘンリー・ウェインライト(Henry Wainwright)とともに設立した小さな会社—Wratten & Wainwright—が、のちに「写真用フィルター」という概念そのものを世に送り出すことになる。

それから約150年。カメラ用光学フィルターは、モノクロ写真の階調を操るゼラチンフィルムから始まり、偏光フィルター、色温度変換フィルター、NDフィルター、そして映画の映像表現を一変させたディフュージョンフィルターへと進化を遂げてきた。形状もまた—ドロップイン式のSeriesフィルターからネジ込み式のスクリューマウント、1978年のCokin角型フィルター革命を経て、2020年代のマグネット式へと変遷している。

デジタル写真の台頭は、かつて写真家の必携品だったカラーフィルターの大半を「ホワイトバランス」ボタンひとつに置き換えた。しかし偏光やNDのように物理法則に根ざした効果はソフトウェアでは再現不可能であり、2020年代にはブラックミストフィルターの世界的ブームが示すように、フィルターは滅びるどころか新たな復権を果たしつつある。

本記事では、カメラ用光学フィルターの誕生から現在までを 全4章 で辿る。フィルターがどのような用途から始まり、どう形を変え、映像表現にどんな革命をもたらし、デジタル時代にどう生き残ったのか。その全史を、読者とともに歩いていきたい。


Wratten & Wainwright——写真用フィルターの祖(1877年)

写真用フィルターの歴史は、1877年のロンドンに始まる。

フレデリック・チャールズ・ルーサー・ラッテン(Frederick Charles Luther Wratten) は、パートナーの ヘンリー・ウェインライト(Henry Wainwright) とともに Wratten & Wainwright 社を設立した。同社は乾式写真乾板(ドライプレート)を商業的に製造・販売した英国初の企業であり、写真材料の供給という新しい産業の先駆けとなった。

1906年 、ロンドン大学で博士号を取得したばかりの C.E.ケネス・ミーズ(C.E. Kenneth Mees) が同社に加わり、製品開発で画期的な仕事を成し遂げる。ミーズは創業者ラッテンを補佐し、青色光のみならずより広い波長域に感度を持つ パンクロマチック(全色)写真乾板 を開発した。そしてこの広がった色感度を活かすため、着色したゼラチンフィルター を考案したのである。

「黄色から始まり、やがてさまざまな色を取り入れたこのゼラチンフィルターは、最終的に”ラッテンフィルター(Wratten Filters)”として知られるようになった」

John Hannavy『Encyclopedia of Nineteenth-Century Photography』(2007年)

こうして生まれた ゼラチンフィルター は、写真用フィルターの原型となった。ゼラチン液に所定量の染料を混ぜ、準備されたガラス上にコーティングし、乾燥後にガラスからフィルムを剥離する——この製法の流れを汲む製品は、現在もKodakが「Wratten 2フィルター」として販売を続けている。

つまり、写真用フィルターは「レンズ保護」のためではなく、「モノクロ写真の階調を制御する」ために誕生した。最初のフィルターは黄色いゼラチンフィルムであり、その役割は「青い空を暗く写して雲とのコントラストを高める」ことだった。


Kodakによる買収とWrattenナンバーの確立(1912年)

1912年、写真産業の巨人 ジョージ・イーストマン(George Eastman) 率いる Eastman Kodak 社がWratten & Wainwrightを買収した。ラッテンとその息子はKodakの英国ハロー(Harrow)工場に残り、ミーズはニューヨーク州ロチェスターに渡ってKodakの研究所を設立した。

この買収により、ラッテンフィルターの体系は Wrattenナンバー として標準化された。Wrattenナンバーは番号と英字の組み合わせで構成され、写真用フィルターの色・特性を記述するための業界共通言語となった。

Wrattenナンバーの基本構造

  • No. 0〜2:無色
  • No. 3〜18:黄色系
  • No. 19〜29:オレンジ・赤系
  • No. 30〜36:マゼンタ・紫系
  • No. 37〜50:青・青緑系
  • No. 51〜69:緑系
  • No. 70〜77:モノクロマット(単色)
  • No. 78〜86:測光・色温度変換用
  • No. 87以上:赤外用・その他特殊用途 </aside>

番号は必ずしも論理的な順序に従っていないが、100年以上経った現在もB+Wをはじめ複数のメーカーがWrattenナンバーを参照し、自社フィルターのカタログに記載している。ニコンもまた、カラーフィルターの命名にWratten由来のコード(X0、X1、Y44、Y48など)を使用している。


モノクロ写真とカラーフィルター——最初の「機能別フィルター」

写真用フィルターが最初に解決した課題は、モノクロ写真におけるコントラスト制御 であった。

初期の写真乳剤は青色光にのみ感度を持つ「ブルーセンシティブ」タイプであったため、青い空も白い雲もほぼ同じ明るさで写ってしまった。パンクロマチック乳剤の登場により赤や緑にも感度が広がったが、今度は各色の相対的な明るさを調整する手段が必要になった。ここでフィルターが力を発揮する。

基本原則は明快だ。

同系色のフィルターはその色を明るく写し、補色のフィルターはその色を暗く写す。

フィルターWratten No.主な効果代表的な用途
黄色#8青空をわずかに暗くし、雲とのコントラストを高めるモノクロ風景写真の基本フィルター
オレンジ#16黄色と赤の中間的効果。空をより暗くする風景、建築写真
#25青空を劇的に暗くする。赤外フィルムで植物を白く写す劇的な空の表現、赤外撮影
#11肌を自然なグレートーンに再現。植物を明るく写すパンクロマチックフィルムでのポートレート
#47霧やヘイズを強調。赤を暗くする特殊効果

これらのフィルターは、デジタル時代の画像編集ソフトにある「チャンネルミキサー」や「モノクロミックス」にあたる機能を、光学的に実現していたのである。

撮影時にはフィルターが光を吸収する分だけ露出を増やす必要があり、その補正量を表す「フィルターファクター」は、フィルム時代の写真家が常に頭に入れておくべき数値だった。たとえばフィルターファクター2×ならば1段分、4×ならば2段分の露出補正が必要になる。TTL(スルー・ザ・レンズ)測光を持つ一眼レフカメラでは自動的に補正されるが、レンジファインダーカメラや大判カメラのユーザーは、フィルターファクター表を暗記するか携帯して、常に計算する必要があった。


カラーフィルムと色温度変換フィルター(1930〜1940年代)

1930年代から1940年代にかけてカラーフィルムが実用化されると、フィルターの役割は大きく広がった。

カラーフィルムは特定の「色温度」に合わせて設計されている。デイライト型(約5500K)タングステン型(約3200K) の2種類が代表的だ。フィルムと光源の色温度が合わなければ、写真は不自然なオレンジ色や青色に傾く。

フィルターWratten No.効果用途
ブルー#80A色温度を上げる(3200K→5500K、冷色方向)タングステン光源下でデイライト型フィルムを使用
アンバー#85B色温度を下げる(5500K→3200K、暖色方向)屋外でタングステン型フィルムを使用
ライトブルー#82Aわずかに冷色方向へ補正朝夕の暖かすぎる光を補正
ライトアンバー#81Aわずかに暖色方向へ補正日陰の青みを軽減

色温度変換フィルターの選択には ミレッド(Mired)シフト という指標が用いられた。ミレッド値は色温度の逆数に $10^6$ を掛けた値であり、光源とフィルムのミレッド値の差がフィルターに求められるシフト量を示す。この計算は複雑であり、プロの写真家はミレッドシフト表を携帯して現場で参照していた。

これらの色温度変換フィルターは、フィルム写真の時代には撮影者の必携品であった。デジタルカメラの「ホワイトバランス」機能が登場するまで、数十年にわたって現場の色管理を支え続けた。

さらに、蛍光灯下での撮影には FLフィルター(マゼンタ系。過剰な緑かぶりを補正する)が使われた。蛍光灯は不連続なスペクトルを持つため、色温度変換フィルターだけでは対応できず、専用のCC(Color Correction)フィルターが必要だったのだ。


NDフィルター——光量だけを減らす「透明なサングラス」

ND(Neutral Density)フィルター は、すべての波長の光を均等に減衰させるフィルターである。Wrattenナンバーでは 96番 に分類される。色を変えず、光量だけを落とす。

NDフィルターの概念自体は写真の初期から存在したが、実用的な製品として最初に広まったのは 映画撮影 の世界だった。映画では1秒あたり24コマの固定フレームレートで撮影するため、シャッタースピードの自由度が限られる。明るい屋外で開放絞りに近い設定を維持するためには、光量そのものを減らす必要があった。

NDフィルターの減光量は 段(stop) または 光学濃度(OD: Optical Density) で表される。

フィルター表記光学濃度(OD)減光量透過率
ND20.31段50%
ND40.62段25%
ND80.93段12.5%
ND641.86段1.56%
ND10003.010段0.1%

なお、NDフィルターには ハーフND(グラデーションND) と呼ばれる変種もある。フィルターの半分が暗く、もう半分が透明で、境界部分がグラデーションになっている。空と地面のように明暗差が大きいシーンで、空の露出を抑えながら地面の暗部を維持するために使われる。ハーフNDフィルターは角型フィルターシステム(第2章で詳述)との組み合わせで特に威力を発揮し、風景写真家の標準装備となっていく。


エドウィン・ランドと偏光フィルターの発明(1929年)

写真用フィルターの歴史において、最も重要な発明のひとつが 偏光フィルター である。

光は通常、進行方向に対して垂直なあらゆる方向に振動している。しかし、水面やガラス、葉の表面から反射した光は、特定の方向にのみ振動する「偏光」状態になる。偏光フィルターは、この特定方向の振動だけを選択的に通過させる(または遮断する)ことで、反射光を除去し、色の彩度を高め、空を暗くする

この偏光フィルターの実用化を可能にしたのが、アメリカの物理学者・発明家 エドウィン・H・ランド(Edwin H. Land) である。

ランドはハーバード大学在学中の 1928〜1929年 、微細なヨウ素キナルジン硫酸塩(iodoquinine sulphate=ヘラパタイト)の結晶を一方向に整列させることで偏光フィルムを作れるという着想を得て、1929年 に最初の特許を出願した。この初期の偏光シートは J-sheet と呼ばれ、ヘラパタイト結晶をニトロセルロース中に懸濁させてプラスチックシート上に固定したものであった。1932年 にはハーバードの同僚ジョージ・ウィールライト3世とともに Land-Wheelwright Laboratories を設立し、偏光材料の商業化に乗り出した。

その後1930年代後半には、より実用的な H-sheet が開発された。ポリビニルアルコール(PVA)フィルムを延伸してヨウ素を含浸させるこの製法では、延伸されたPVA分子鎖が一方向に整列し、ヨウ素がこの分子鎖に沿って導電性を持たせる。鎖に平行な偏光は吸収され、鎖に垂直な偏光のみが透過する——この原理は、現在も偏光フィルターの基本である。ランドはこの偏光材料を Polaroid(ポラロイド) と名付けた。

1937年 、ランドの会社は Polaroid Corporation として法人化された。同社の安価な偏光フィルムは、写真用フィルター、防眩サングラス、立体視製品に幅広く採用された。

偏光フィルターは、デジタル時代を経ても「ソフトウェアでは再現不可能な効果」を持つ数少ないフィルターのひとつである。 水面やガラスの反射除去、空の暗化、色彩の飽和度向上——これらの効果はPhotoshopでは模倣できない。この「物理法則に基づく不可替性」が、偏光フィルターを150年近い歴史の中で生き残らせた最大の理由だ。

直線偏光から円偏光へ——オートフォーカス時代の適応

偏光フィルターには 直線偏光(リニアポラライザー)円偏光(サーキュラーポラライザー / CPL) の2種類がある。

1980年代にオートフォーカスカメラが普及すると、問題が生じた。AF機構内のビームスプリッターは偏光に依存した光学素子を含んでおり、直線偏光フィルターを通過した光ではAFが正常に動作しないのだ。

この問題を解決するのが 円偏光フィルター(CPL) である。直線偏光フィルターに 1/4波長板(クォーターウェーブプレート) を追加し、直線偏光を円偏光に変換する。円偏光はAF機構からは無偏光と区別できないため、AFが正常に機能する。偏光効果(反射除去・彩度向上・空の暗化)は直線偏光と同等である。

現在市販されている写真用偏光フィルターは、ほぼすべてがCPLである。


第1章のまとめ——フィルターの機能別分類

ここまでに登場したフィルターの種類を整理すると、写真用フィルターの「機能別分類」が見えてくる。1877年から1950年代にかけて確立されたフィルターの基本カテゴリは、以下の通りである。

カテゴリ機能代表例デジタル時代の存続
コントラスト制御モノクロ写真で特定色の明度を操作黄・赤・緑・オレンジフィルターほぼ不要(ソフトウェアで再現可能)
色温度変換光源とフィルムの色温度差を補正80A、85B、81A、82A不要(ホワイトバランスで代替)
色補正(CC)蛍光灯等の不均一スペクトルを補正FLD、CC30Rほぼ不要(RAW現像で対応可能)
偏光反射除去、彩度向上、空の暗化CPL(円偏光フィルター)現役(ソフトウェアで再現不可)
ND(減光)光量を均等に減衰ND8、ND1000、ハーフND現役(物理的に光を減らす唯一の手段)
UV / スカイライト紫外線カット、青かぶり軽減UV、Skylight 1A、Hazeレンズ保護用途で存続(第4章で詳述)
赤外可視光遮断、赤外線のみ透過Wratten #87、#89B赤外改造カメラ用途で存続

第2章では、これらのフィルターが「どのような形をしていたのか」——Seriesフィルター、スクリューマウント、角型フィルターシステムという 形状の進化 を辿る。


レンズフィルター・クロニクル

  1. 写真用フィルターの誕生——ゼラチンフィルターから偏光フィルターへ(1877〜1950年代)レンズフィルター
  2. フィルターの形を追って——Seriesフィルターからスクリューマウント、角型フィルター革命へ
  3. 特殊効果フィルターの世界——映画と写真の表現を変えたフィルターワーク
  4. デジタル時代のフィルター——大淘汰、保護論争、そして復権

参考・典拠一覧

  1. John Hannavy —『Encyclopedia of Nineteenth-Century Photography』Taylor and Francis, 2007, p. 1514.(”Wratten, Frederick Charles Luther”の項)
  2. Wikipedia — “Wratten number” https://en.wikipedia.org/wiki/Wratten_number
  3. Wikipedia — “Photographic filter” https://en.wikipedia.org/wiki/Photographic_filter
  4. Joe Farace — “Working with Wratten Filters and Infrared Photography”(2021年6月1日) https://joefarace.com/working-with-wratten-filters-and-infrared-photography/
  5. Kodak —『Wratten Light Filters』第17版, Eastman Kodak Company, Rochester, New York, 1945.
  6. Through a Vintage Lens — “Vintage Filter Systems: The ‘Series’ Filters”(2013年9月) https://throughavintagelens.com/2013/09/vintage-filter-systems/
  7. Harvard Business School — “Edwin H. Land & Polaroid: Invention of the Polarizer” https://www.library.hbs.edu/hc/polaroid/emergence-of-a-new-technology/invention-of-the-polarizer/
  8. American Chemical Society — “Edwin Land and Instant Photography” https://www.acs.org/education/whatischemistry/landmarks/land-instant-photography.html
  9. Smith, Robb —『The Tiffen Practical Filter Manual』Amphoto, 1975.
  10. Wikipedia — “Neutral-density filter” https://en.wikipedia.org/wiki/Neutral-density_filter
  11. B+W —『B+W Filter Handbook』Jos. Schneider Optische Werke GmbH.
  12. Skulls in the Stars — “Polaroid: the game-changing optical technology (1938)!”(2025年3月26日) https://skullsinthestars.com/2025/03/26/polaroid-the-game-changing-optical-technology-1938/
  13. Digital Camera World — “History lesson: The inventor of Polaroid also invented polarizers and ND filters” https://www.digitalcameraworld.com/news/history-lesson-the-inventor-of-polaroid-also-invented-polarizers-and-nd-filters

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