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リニアPCMレコーダーの登場——SONY PCM-D1からZOOM H4nへ | リニアPCMレコーダー・クロニクル(4)

音響機器
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2005年。ポータブルオーディオの歴史に、新しい1ページが刻まれた。

ソニーが発売した「PCM-D1」は、チタン製ボディに96 kHz/24-bitのリニアPCM録音機能を詰め込んだポータブルレコーダーだった。価格はオープン価格で、実勢約198,000円前後。決して安くはないが、それまで同等の品質を実現するには数十万円のプロ機(Sound DevicesやNagra)が必要だったことを考えれば、大幅な価格低下だった。

それから数年のうちに、Zoom、TASCAM、Roland(Edirol)といったメーカーが参入し、リニアPCMレコーダーの価格は急激に下がっていく。2万円台、1万円台、ついには1万円以下の製品まで登場する。高音質録音は、もはや特権ではなくなった。

本章では、2005年から2010年頃までの「リニアPCMレコーダー黎明期」を、具体的な製品名とともに年代順に追っていく。


2005年:Sony PCM-D1——チタンの先駆者

PCM-D1の革新性

2005年11月21日(北米では2006年)、ソニーは PCM-D1 を発売した。

PCM-D1は、フラッシュメモリに直接リニアPCM録音を行う初のソニー製ポータブルレコーダーだった。それまでのポータブル録音機器はDATテープやMDディスクを媒体としていたが、PCM-D1は 4GBの内蔵フラッシュメモリ にWAVファイルを直接記録する。テープのように回転する駆動部品が不要なため、メカニカルノイズがゼロであり、テープジャムのリスクもない。

PCM-D1の主要スペック:

項目仕様
録音フォーマットリニアPCM(WAV)
サンプリングレート22.05 / 44.1 / 48 / 88.2 / 96 kHz
ビット深度16-bit / 24-bit
内蔵マイクコンデンサーマイク×2(変型X-Y方式、前面30°〜背面45°の角度調整可能)
記録メディア内蔵フラッシュメモリ4GB + Memory Stick PRO(最大4GB)
AD変換デュアルADコンバーター
ボディチタン製
重量約525g(電池含む)
価格(発売時)約198,000円前後(オープン価格)

チタンボディはプレミアム感を演出しただけではない。電磁波シールド効果により外来ノイズの混入を抑え、録音品質の向上に寄与した。内蔵マイクは変型X-Y方式で配置され、前面30°から背面45°まで角度を調整でき、収録状況に応じて音源に焦点を合わせることができた。

アナログVUメーターを搭載したレトロなデザインも特徴的で、フィールドレコーディストやオーディオ愛好家から高い評価を受けた。ソニーのプロオーディオ部門が公式に述べたように、PCM-D1は「ライブ演奏やフィールドレコーディングに使えるポータブル録音機器」として位置づけられていた。

PCM-D1の限界

だが、PCM-D1にはいくつかの限界があった。

  1. 外部マイク入力がステレオミニジャックのみ: XLR入力非搭載。プロの映像制作現場ではXLR接続が標準であり、この点でプロ機の代替にはなり得なかった
  2. Memory Stick PRO専用: SDカードが主流になりつつある市場で、ソニー独自規格のMemory Stickは互換性の面で不利だった
  3. 価格: 約20万円は、プロ機と比べれば安いがアマチュアにとっては非常に高い。市場拡大の壁となった

2006年:M-Audio MicroTrack / Edirol R-09——先行者たち

PCM-D1と前後して、他のメーカーもリニアPCMポータブルレコーダー市場に参入し始めた。

M-Audio MicroTrack 24/96(2005年〜2006年)

アメリカのM-Audio(Avid傘下)が発売した MicroTrack 24/96 は、超薄型のポータブルレコーダーで、CompactFlashカードに24-bit/96 kHzのWAVファイルを記録できた。ステレオミニジャックに加え、1/4インチTRS入力を搭載し、外部マイクとの接続に対応。フィールドレコーディストやポッドキャスターの間で一定の支持を得た。だが、プリアンプの品質に対する批判も多く、「仕様は良いが音はいまひとつ」という評価が定着した。

Edirol R-09(2006年)

ローランドの業務用機器ブランドEdirol(現・Roland Pro A/V)が発売した R-09 は、SDカードに24-bit/48 kHzのWAV録音が可能なコンパクトレコーダーだった。重量約145gと極めて軽量で、内蔵ステレオマイクと3.5mmステレオミニ入力を搭載。価格は約3万円台で、PCM-D1よりも大幅に手頃だった。

後継の R-09HR(2008年) では24-bit/96 kHzに対応し、音質面も向上。合唱の練習録音や語学学習用など、幅広い用途で使われた。


2006年:Zoom H4——「安くて高品質」の衝撃

ゲームチェンジャーの登場

2006年、日本のZoom Corporation(ズーム)が H4 Handy Recorder を発売した。

Zoom H4は、リニアPCMレコーダーの歴史において最も重要な製品の一つである。その理由は明確だ——XLR/TRSコンボジャック入力を搭載しながら、実売価格が約3万円だった からだ。

それまで、XLR入力を備えたポータブルレコーダーはプロ用機器に限られ、価格は数十万円台が当たり前だった。Sound Devicesの702(2004年発売)は約3,000ドル(当時約30万円以上)。TascamのHD-P2(2005年頃)も約10万円。Zoom H4は、その10分の1の価格でXLR入力を実現した。

Zoom H4の主要スペック:

項目仕様
録音フォーマットWAV(リニアPCM)/ MP3
サンプリングレート最大96 kHz / 24-bit
内蔵マイクXY方式ステレオコンデンサーマイク
外部入力XLR/TRSコンボジャック×2(ファンタム電源対応)
記録メディアSDカード(最大2GB)
マルチトラック4トラック同時録音対応
エフェクト内蔵ギターエフェクト搭載
重量約280g
価格約30,000円

Zoom H4は、内蔵マイクでのステレオ録音と、XLR経由での外部マイク録音を組み合わせた4トラック同時録音が可能だった。さらにギターエフェクトを内蔵しており、ミュージシャンが楽器を直接接続して練習録音するという使い方にも対応していた。SDカードを採用したことで、メディアの調達も容易だった。

Zoom H4がもたらした変化

Zoom H4の登場は、リニアPCMレコーダー市場に3つの大きな変化をもたらした。

1. 価格の民主化: 約3万円という価格は、音楽を趣味とする一般消費者にとっても手が届く水準だった。バンドマン、合唱団員、ポッドキャスター、ジャーナリスト——DATやプロ機には手を出せなかった層が、リニアPCM録音の世界に足を踏み入れた。

2. XLR入力の一般化: それまでプロ機にしか搭載されていなかったXLR入力が、3万円の機器で使えるようになった。これは、DSLR動画時代に外部マイク(ショットガンマイク、ラベリアマイク)を使用する映像制作者にとって、計り知れない恩恵だった。

3. 「ハンディレコーダー」カテゴリの確立: PCM-D1が「高級フィールドレコーダー」だったのに対し、Zoom H4は「誰でも使えるハンディレコーダー」としてのポジションを確立した。このカテゴリは以後、Zoom自身とTASCAMを中心に急速に拡大していく。


2007年:Sony PCM-D50——ソニーの回答

2007年、ソニーはPCM-D1の実質的な後継機として PCM-D50 を発売した。

PCM-D50は、PCM-D1のチタンボディをアルミニウムに変更し、重量を約365g(電池含む)に軽量化。記録メディアは内蔵4GBフラッシュメモリに加え、Memory Stick PRO-HG Duoに対応した(SDカードは非対応)。価格も約5万円台に引き下げられ、PCM-D1より大幅に手頃になった。

PCM-D50は、内蔵マイクの品質で高い評価を得た。フィールドレコーディング専門コミュニティでは、PCM-D50の内蔵マイクは「この価格帯では最高水準」と称され、自然音や環境音の収録で長年にわたって愛用された。

だが、PCM-D50にもXLR入力は搭載されなかった。この点は、映像制作用途への展開を阻む壁であり続けた。


2009年:Zoom H4n——決定版の登場

H4からH4nへ

2009年、ZoomはH4の後継機 H4n Handy Recorder を発売した。

H4nはH4の設計を全面的に刷新し、プリアンプの品質向上、操作性の改善、SDHCカード対応(最大32GB)など、多くの改良が施された。価格は実売2万円台後半〜3万円台で、H4とほぼ同等だった。

H4nが映像制作のデファクトスタンダードになった理由

Zoom H4nの主要スペック:

項目仕様
録音フォーマットWAV / MP3
最大仕様96 kHz / 24-bit
内蔵マイクXY方式ステレオコンデンサーマイク(角度調整可能:90°/120°)
外部入力XLR/TRSコンボジャック×2(ファンタム電源48V対応)
記録メディアSD/SDHCカード(最大32GB)
同時録音最大4トラック(内蔵マイク2ch + 外部入力2ch)
USBUSBオーディオインターフェース機能搭載
重量約280g
価格約25,000〜35,000円

H4nが映像制作のデファクトスタンダードになった理由

Zoom H4nは、第5章で詳述するCanon EOS 5D Mark IIの登場(2008年11月)と時期が重なったことで、DSLR動画制作における音声レコーダーのデファクトスタンダード となった。

5D Mark IIは革命的なフルフレーム動画撮影機能を備えていたが、内蔵マイクはモノラルで、外部マイク入力もステレオミニジャックのみ。音声のマニュアルレベル調整もファームウェアアップデートまで非対応だった。つまり、5D Mark IIで撮影する映像制作者には、外部レコーダーでの別録りがほぼ必須だったのだ。

映像プロデューサーのフィリップ・ブルーム(Philip Bloom)も自身のブログで5D Mark IIの音声問題を指摘し、「手頃な機材(affordable kit)」としてZoom H4nを推奨した。約350ドルでXLR入力とファンタム電源を備え、24-bit/96 kHzで録音でき、SDカードに記録する。5D Mark IIとH4nの組み合わせは、2009年以降のインディペンデント映像制作における「黄金コンビ」となった。


同時期の競合製品

Zoom H4/H4nの成功に刺激され、他のメーカーも続々とリニアPCMレコーダーを投入した。

TASCAM DRシリーズ

TASCAMは2007年以降、DRシリーズとしてリニアPCMレコーダーを展開した。

  • TASCAM DR-1(2007年): TASCAMの民生用リニアPCMレコーダー第1号。SD/SDHCカード対応、24-bit/48 kHz
  • TASCAM DR-07(2009年): コンパクトなエントリーモデル。実売1万円台で高コストパフォーマンス
  • TASCAM DR-100(2009年): 業務用グレード。XLRマイク入力(ファンタム電源対応)搭載。Zoom H4nの直接的な競合

DR-100はZoom H4nに対して「プリアンプの品質で勝る」という評価を得ており、よりプロフェッショナルな用途を狙った製品だった。

Olympus LSシリーズ

オリンパス(現・OM SYSTEM)も、ICレコーダーの技術を活かしてリニアPCMレコーダー市場に参入した。

  • Olympus LS-10(2008年): 薄型ボディに内蔵ステレオマイク搭載。96 kHz/24-bit対応。音楽録音向け
  • Olympus LS-11(2009年): LS-10の改良版。低ノイズプリアンプ搭載

Zoom Hシリーズの拡充

Zoom自身もラインナップを急速に拡充した。

  • Zoom H2(2007年): 4チャンネルサラウンド録音対応の超小型レコーダー。約2万円。ポッドキャスターに支持された
  • Zoom H1(2010年): 極限まで小型化されたエントリーモデル。実売約1万円。「とりあえず一台」の定番となった

Sound Devices——プロの世界の進化

民生用リニアPCMレコーダーが台頭する一方で、プロフェッショナル市場でも重要な動きがあった。

アメリカのSound Devicesは、2004年に発売した 702 および 722 で、ソリッドステートベースのプロ用フィールドレコーダーを確立していた。CompactFlashカードとHDDの両方に同時記録でき、最大192 kHz/24-bitのリニアPCM録音に対応。タイムコード入出力、ファンタム電源、リミッター、ハイパスフィルターなど、プロフェッショナルに必要な機能を網羅していた。

価格は2,000〜3,000ドル台と高価だったが、映画やドキュメンタリーの制作現場では標準機材としてのポジションを確立した。Sound Devicesの存在は、リニアPCMレコーダーの「頂点」として、民生機との明確な品質差を示していた。

後にSound Devicesが2017年に発売する MixPre-3 / MixPre-6 は、1,000ドル以下の価格帯にプロ品質のプリアンプと32-bit float録音相当の機能を投入し、プロ機と民生機の境界を曖昧にする重要な製品となる。


2005-2010年の総括——カテゴリの確立

2005年のPCM-D1から2010年のZoom H1まで、わずか5年間でリニアPCMレコーダーは「10万円のプレミアム機」から「1万円のエントリー機」までの幅広い製品ラインナップを形成した。

この期間に確立された市場構造を整理すると、以下のようになる。

セグメント価格帯代表的な製品主な用途
プロフェッショナル20万円以上Sound Devices 702/722映画・放送の同時録音
ハイエンド10〜20万円Sony PCM-D1フィールドレコーディング、ハイレゾ録音
ハイアマチュア5〜10万円Sony PCM-D50フィールドレコーディング、音楽録音
ミドルレンジ2.5〜5万円Zoom H4n, TASCAM DR-100映像同録、バンド録音、取材
エントリー1〜2.5万円Zoom H1, H2, TASCAM DR-07練習録音、メモ録音、ポッドキャスト

次章では、この市場構造を爆発的に拡大させた出来事——Canon EOS 5D Mark IIによる「DSLR革命」と、それに伴う映像制作者のリニアPCMレコーダー需要の急増——に焦点を当てる。


リニアPCMレコーダー・クロニクル——ポータブル高音質録音の軌跡ガイドページ)

  1. リニアPCMレコーダーとは何か——定義と、現在の使われ方
  2. アマチュアによる音声録音の歴史——オープンリールからカセットテープまで
  3. 音声収録のデジタル化——DAT・MD・HiMDの時代
  4. リニアPCMレコーダーの登場——Sony PCM-D1からZoom H4nへ
  5. DSLR革命と音声収録——Canon EOS 5D Mark IIが変えた映像制作の音
  6. コモディティ化と市場再編——急成長、価格競争、そして撤退
  7. ワイヤレス化・YouTuber・コロナ禍——音声機材の大衆化とリニアPCMレコーダーの相対化
  8. 現在のリニアPCMレコーダー——誰が、なぜ、いまも使い続けるのか

関連記事


参考文献・典拠

  1. Sony Corporation. “Sony’s Professional Audio: History.” https://www.sony.co.jp/en/Products/proaudio/en/history/
  2. Sony Corporation. “PCM-D1 Product Page.” https://pro.sony/en_IN/pdf/pcm-d1
  3. B&H Photo. “Sony PCM-D1 2-Channel Portable Flash Memory Audio Recorder.” https://www.bhphotovideo.com/c/product/406877-REG/Sony_PCM_D1_PCM_D1_2_Channel_Portable_Flash.html
  4. Sweetwater. “Sony PCM-D1 Linear PCM Recorder.” https://www.sweetwater.com/store/detail/PCMD1–sony-pcm-d1
  5. Tape Op Magazine. “Sony PCM-D1 Review.” https://tapeop.com/reviews/gear/55/pcm-d1-portable-recorder
  6. Zoom Corporation. “H4n Support Page.” https://zoomcorp.com/en/us/handheld-recorders/handheld-recorders/h4n/h4n-support/
  7. “Zoom H4n Handy Recorder.” Wikipedia contributors. https://en.wikipedia.org/wiki/Zoom_H4n_Handy_Recorder
  8. “Zoom H4 Handy Recorder.” Wikipedia contributors. https://en.wikipedia.org/wiki/Zoom_H4_Handy_Recorder
  9. Bloom, Philip. “How to record sound with the Canon 5dmk2 and a great plug in for Final Cut for auto synching.” philipbloom.net. https://philipbloom.net/blog/how-to-record-sound-with-the-canon-5dmk2/
  10. Sound on Sound. “Zoom H4N Review.” https://www.soundonsound.com/reviews/zoom-h4n
  11. TASCAM. “DR-05X, DR-07X, DR-40X R&D Special Interview.” https://tascam.com/us/learn/detail/58284
  12. Sound Devices. “702 / 722 Legacy Products.” https://www.sounddevices.com/
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