MONITOR & RECORDER THE COMPLETE SERIES — Vol.05

「RAWで撮れ」という言葉は、映像制作の世界で長年にわたって一種の「正義」として語られてきた。
スチル写真の世界でRAWとJPEGの差が明確に存在するように、動画においてもRAWで撮影することが「本気の映像制作者のしるし」であるかのように扱われた時期がある。ミラーレス一眼とAtomosのNinja Vを組み合わせてProRes RAWを収録する——そのセットアップが「デキるビデオグラファー」を表すアイコンとなった2019年前後の空気は、今も記憶に新しい。
しかし現在、そのセットアップを見かける機会は目に見えて減った。
外部レコーダーへのRAW収録は「技術的には可能」だが、「日常的な選択肢」にはなっていない。なぜか。そしてその代わりに、今の映像制作者たちは何を選んでいるのか。
本記事ではProRes RAWとBlackmagic RAW(BRAW)の技術的な本質から整理し、それらが普及しなかった複合的な理由を解剖する。そして10bit Log内部収録という「現実解」が、なぜ多くの現場で選ばれているのかを明確に示す。コーデック選択は「RAWかどうか」ではなく「何を目的とするか」によって決まる——その視点を持てれば、機材と撮影の選択が大きく変わるはずだ。
MONITOR & RECORDER THE COMPLETE SERIES
- 第1回:モニター&レコーダー入門——なぜ外部レコーダーが必要なのか
- 第2回:テープから8K RAWまで——外部映像収録70年の歴史
- 第3回:ATOMOSのすべて——「カメラに依存しない」オープン接続の思想
- 第4回:Blackmagic Designのすべて——「映像制作の民主化」を垂直統合で実現する稀有な企業
- 第5回:ProRes RAW・BRAW・内部収録——RAW収録は本当に必要か? 現場のコーデック選択を解剖する
- 第6回:あなたのワークフローに最適な機材はどちらか——ATOMOS vs Blackmagic Design、現場別徹底比較
- 第7回:映像制作の未来はどこへ向かうのか——AI・クラウド・8Kが変えるモニター・レコーダーの役割
まずここを押さえる:「RAW」とはそもそも何か
議論に入る前に、「RAWとは何か」を正確に整理しておく必要がある。これが曖昧なまま語られることが、多くの誤解の根源だからだ。
カメラのセンサーは光を受け取り、それを電気信号に変換する。この電気信号をアナログ-デジタル変換(A/D変換)した直後のデータが、最も広義の「RAW」だ。スチルカメラのRAW(.ARW、.CR3等)はこれに相当し、ホワイトバランスもノイズリダクションも色補正も「まだ何も焼き込まれていない」純粋なセンサーデータだ。
動画RAWは原理的に同じだが、実装はカメラメーカーによって異なる。ソニーやREDの一部機種が採用する「真のリニアRAW(16bit linear)」は、センサーのA/D出力をほぼそのまま記録する。しかし多くのカメラが採用するRAWフォーマットは、ある程度の処理が加えられた「処理済みRAW」だ。
ProRes RAWとBRAWは、ここで重要な違いを持つ。
ProRes RAWとBRAW:「どれだけRAWか」の差
ProRes RAW:より「生」に近い圧縮RAW
AppleのProRes RAWは、カメラのセンサーから出力された非デベイヤー(デモザイク処理前)の信号を受け取り、ProResフォーマットのコンテナに格納する。「非デベイヤー」とは、センサーのRGBベイヤーパターンをそのまま保持しているということだ。つまり、撮影後の現像処理において、デモザイク(色補間)のアルゴリズムを自分で選択できる余地がある。
ProRes RAWは、Appleが2018年に発表した、より柔軟なポストプロダクションのために非デベイヤーイメージと豊富なメタデータを提供する圧縮RAWコーデックだ。
映像制作者Sherif Mokbel(The DP Journey)がパナソニックLUMIX S1Hの外部出力で行った比較テスト(CineD, 2021年)では、ProRes RAWはBRAWと比べてノイズレベルが高く、ノイズの中により多くのディテールが保持されている。これはProRes RAWにノイズリダクション処理が一切施されていないことを意味する。一見「ノイズが多い=悪い」と感じるかもしれないが、ノイズの中にディテール情報が残っているため、Neat VideoなどのNRプラグインで後処理することで、より精密なノイズリダクションが行える。
BRAW:「半処理済み」だが実用的なRAW
Blackmagic RAW(BRAW)は、設計思想が異なる。BRAWは完全な圧縮RAWコーデックではなく、カメラ内で部分的にデベイヤー処理が行われている。しかし、ISO、ホワイトバランス、露出といった重要なメタデータをポストプロダクションで変更できるだけの情報を保持している。
BRAWのデベイヤー処理の一部をカメラ側で行う設計は、REDの特許を回避しながらも実用的なRAWワークフローを実現するためのBlackmagicの解決策だ。カメラのFPGAチップを活用することで、バッテリー消費の増加というコストを払いながら、ファームウェアアップデートで機能を柔軟に追加できる利点もある。
前述のMokbelによる同テストでは、BRAWは部分デベイヤー処理の過程でノイズと共に細かいディテールの一部も除去されるため、映像は一見クリーンに見えるが情報量ではわずかに劣る結果となった。一方ProRes RAWはノイジーだが、ノイズの中により多くのディテールが保持されていた。CineDの報告は、画質保持の観点ではProRes RAWが優れていると結論づけている。
つまり画質の優劣で言えば、どちらのRAWフォーマットも通常の利点——LogやガンマエンコードされたRAWより広い露出・カラー調整の余地——を提供し、高品質モードでは目に見える圧縮アーティファクトがない。画質面での差は、一般的な商業制作においてほぼ無視できるレベルだ。
決定的な実用上の違いは別のところにある。
RAW収録が普及しなかった7つの理由
理由① 7年間続いたソフトウェアの「壁」——ProRes RAW × DaVinci Resolve問題
外部RAW収録が普及しなかった最大の要因は、技術ではなくビジネスの問題だった。
ProRes RAWは2018年にAppleが発表し、当初はFinal Cut Pro Xのみがネイティブサポートしていた。一方、世界中の映像制作者が標準ツールとして採用しているDaVinci Resolveは、長年にわたってProRes RAWを「サポートしない」という立場を取り続けた。
ProRes RAWが持つ最大の問題のひとつは、最も人気の高いカラーグレーディングソフトウェアであるDaVinci Resolveでサポートされていないことだった。一方BRAWはResolveで完璧に機能し、Resolveとの統合においてはるかに優れていた。
DaVinci ResolveでProRes RAW素材を扱うには、一度ProRes 4444などの中間フォーマットへ変換する必要があった。この変換処理は時間とストレージを消費し、RAWの柔軟性を失わせる。Atomos Ninja VでProRes RAWを収録したのに、編集でその恩恵を受けられない——という本末転倒な状況が7年間続いた。
2025年、DaVinci Resolve 20.2がついにProRes RAWに正式対応し、この壁は解消された。しかしその7年間の遅れは致命的だった。DaVinci Resolveが業界標準へと成長するまさにその期間、ProRes RAWは事実上「Final Cut Proユーザー専用フォーマット」として認識されてしまった。
理由② BRAWも対応カメラの「壁」を超えられなかった
DaVinci Resolveとシームレスに連携するBRAWは、ProRes RAWのソフトウェア問題がない。しかし別の壁があった——対応カメラの少なさだ。
BRAWとProRes RAWはどちらも対応カメラが限られており、パナソニックS1H、EVA1、SIGMA fp、一部のニコンZシリーズなど、ごく限られた機種でしか両フォーマットへの外部出力がサポートされていない。
市場で最も広く使われているソニーのミラーレス一眼がBRAW外部収録に対応するまでの道のりは長かった。2025年8月、ソニーはFX3(v7.00)とFX30(v6.00)のファームウェアをリリースし、カメラ側でBRAW RAW出力が可能になった。しかし実際にBRAW収録が行えるようになったのは、レコーダー側のBlackmagic Video Assist v3.22ファームウェアがリリースされた2025年11月のことだ。FX6/FX9のBRAW対応はさらに後になる見込みで、ソニーユーザーにとってBRAWが「普通に使えるフォーマット」になったのはごく最近の出来事だ。
なお、Video AssistへのBRAW記録はSDI経由だけでなくHDMI経由にも対応している。Sony FX3/FX30はHDMI出力のみのカメラだが、Video Assist 12G HDRのHDMI入力経由でBRAW収録が可能だ。同様にパナソニックLUMIX S5 IIやFujifilm X-M5など、HDMI出力からBRAW収録に対応するカメラの範囲は2025年後半にかけて大幅に拡大した。とはいえ「BRAWを最もスムーズに使いたいなら、Blackmagicのカメラを使うのが現実解」という状況が長年続いたことは第4回で触れた通りだ。
理由③ 「RAW」という言葉への過剰な期待
「RAWで収録すれば露出が失敗しても後から救える」という誤解が、広く流布していた。
正確に言えば、これは半分正しく半分間違いだ。RAWフォーマットは、LogやガンマエンコードされたHD映像より広い露出・カラー調整の余地を持つ。しかし「白飛びした情報が復活する」は正確ではない。白飛び部分のセンサーデータは文字通りデータが失われており、RAWで収録していても取り戻せない。
色彩工学の第一人者であるチャールズ・ポイントン(Charles Poynton)らは、カメラが12ビットRAWファイルデータの99%を10ビットLogファイルに収めることができると指摘している。Logプロファイルはダイナミックレンジをわずかに圧縮しながら、データが最も必要とされる場所にストレージを「割り当て」るため、10bit 4:2:2 Logファイルでは色データが失われることはない。
つまり適切に露出された10bit Log素材は、RAWに迫る柔軟性をグレーディング段階で提供できる。「RAWでなければダメ」という思い込みが、必ずしも技術的な実態を反映していないケースがある。
理由④ 機材増加の物理的・運用的コスト
外部レコーダーをカメラに装着することで生まれる「隠れたコスト」は、スペックシートには表れない。
カメラ本体へのリグやアームが必要になり、システム総重量が増加する。ジンバル撮影では搭載荷重を圧迫し、機動性が下がる。バッテリーはカメラとレコーダーで2系統必要になり、充電管理が複雑化する。HDMIケーブルの断線リスク——カメラ側のHDMIポートは構造的に堅牢ではなく、ケーブルプロテクターなしには接触不良が起きやすい。
そして撮影後の素材管理。内部収録ならSDカード1枚で完結する素材が、カメラ内メディアとレコーダー用SSDの2系統に分かれる。機種によっては外部RAW出力時にカメラ側のメディアに何も記録されない設定になるため、SSDへのアクセスがなくなった時点でバックアップが存在しない状況が生まれうる。
理由⑤ ファイルサイズとメディアコストの現実
4K 60pのProRes RAW HQで収録した場合、1TBのSSDに収まる収録時間は50〜60分程度だ。しかもAtomosが認定したSSDは一般的なポータブルSSDより高価なものが多い。ウェディングの丸一日収録、長編ドキュメンタリーのロケを考えれば、SSD代だけで数万円が飛ぶ。
一方、ソニーXAVC HSなどH.265系コーデックを使えば、同等品質を数分の一のファイルサイズで実現できる。CFexpressカードやSDXCカードは価格が下がり、長時間撮影でもメディアコストを抑えられる。
理由⑥ BRAWは「外部収録より内部収録が優れる」という皮肉
Blackmagicのカメラで内部収録したBRAWと、Video Assist 12G HDRを使ってS1HからHDMI経由で外部収録したBRAWを比較すると、メタデータに基づくホワイトバランス調整がS1H+Video Assist組み合わせでは正確に機能しないが、Blackmagicカメラの内部BRAWでは正確に機能するという差がある。
つまりBRAWの真価は、Blackmagicのカメラで内部収録してこそ発揮される。外部BRAWは「とりあえずBRAWは使えるが、本来の力を発揮できていない」状態になりやすい。Blackmagicの垂直統合思想がここでも顔を出す。
理由⑦ 内部収録の劇的な進化
これが最も根本的な理由だ。外部RAW収録が「内部収録の限界を超えるために使う」ものだとすれば、内部収録の限界が上がれば、外部RAW収録の必要性は薄れる。
2018年までごろ、多くのミラーレス一眼の内部記録は8bit 4:2:0が限界だった。2015年に登場した動画撮影用のBカムとしてビデオグラファーから支持されていたα7S IIから、Sonyがアルファがカメラブランドと確立する立役者となった2018年発売のα7 IIIまで、動画のSonyですら、8bit 記録を強いられていた。しかし現在は様相が一変している。
| カメラ | 発売年 | 内部記録の到達点 |
|---|---|---|
| Sony α7S III | 2020年 | 4K 4:2:2 10bit / All-Intra 600Mbps |
| Sony FX3 | 2021年 | 4K 4:2:2 10bit / S-Cinetone |
| Panasonic LUMIX S5 II | 2023年 | 内部ProRes 422 HQ対応 |
| Canon EOS R5 Mark II | 2024年 | 内部Cinema RAW Light 8K/60p対応(ProRes RAWは外部Atomos経由) |
| Nikon Z8 / Z9 | 2021-23年 | 内部N-RAW / 12bit ProRes RAW HQ(Z6 III・Z5 IIにも拡大) |
キヤノンEOS R5 Mark II / R6 Mark III(Cinema RAW Light)とニコンZ8/Z9/Z6 III(N-RAW)に至っては、外部レコーダーを一切使わずに本体単体でRAW収録が可能になっている。ニコンはZ5 IIのようなエントリーモデルにまでN-RAW対応を拡大しており、「RAW収録に外部レコーダーが必要だった時代」は完全に過去のものとなった。
10bit Log内部収録という「現実解」を理解する
RAW収録が普及しなかった理由を整理した上で、では大多数の映像制作者が実際に何を選んでいるかを見ていこう。
答えは明確だ。10bit 4:2:2のLog内部収録だ。
なぜ10bitが重要か
ビット深度は、映像が表現できる輝度の段階数を決める。
8bitの場合、各チャンネル(R・G・B)あたり256段階(2の8乗)の値しか持てない。一方10bitは1024段階(2の10乗)だ。グレーディングで色を大きく動かすと、8bitでは「トーンジャンプ」と呼ばれる滑らかではない段差が現れることがある。10bitではその余裕が格段に大きく、大幅な明暗調整後も滑らかなグラデーションが維持される。
「10bitなら12bit RAWと何が違うのか」という疑問には、前述のチャールズ・ポイントンの指摘が答えを与えてくれる。適切に設計されたLogプロファイルと10bit 4:2:2の組み合わせで、12bit RAWデータの99%に相当する情報量を格納できる。これは理論値だが、実際のグレーディング作業において、10bit Log素材とRAW素材の差が明確に問題になるケースは、極端な露出補正や特殊な撮影条件を除いてほとんどない。
各社のLogガンマを使いこなす
各カメラメーカーは独自のLogガンマプロファイルを提供している。これをカメラ内部設定で選択するだけで、グレーディング耐性の高い素材を得られる。
S-Log3(ソニー):α7S III、FX3、FX6など幅広いソニーカメラが対応。約15〜16段のダイナミックレンジを格納できる設計で、DaVinci ResolveのカラースペースにS-Gamut3.Cine/S-Log3を指定すれば正確な変換が行える。
V-Log / V-Log L(パナソニック):LUMIX Sシリーズ対応。V-Log Lはコントラストが低めでHLGに近い特性を持ち、扱いやすいとされる。
F-Log2(富士フイルム):X-H2sから導入された新世代Log。富士フイルムのフィルムシミュレーションをLog収録後に適用するワークフローが多くのユーザーに支持されている。
C-Log3(キヤノン):EOS Rシリーズ対応。ハイライト部の表現が穏やかで、白飛びしにくい特性を持つ。
N-Log(ニコン):Zシリーズ対応。12bit RAW出力と組み合わせることでニコン独自の高品質ワークフローが実現できる。
これらのLogガンマとDaVinci Resolveのカラーマネジメントを組み合わせることで、撮影時は低コントラストの「眠い映像」のまま収録し、グレーディング時に狙いの仕上がりに変換するワークフローが定着している。
現場別コーデック選択の実態
YouTube・SNS・個人コンテンツ制作
H.265(HEVC)系の内部収録が主流だ。ソニーXAVC HS(4K 4:2:2 10bit)、またはXAVC S(4K 4:2:0 10bit)が選ばれることが多い。H.265はファイルサイズが小さく、Apple Mシリーズチップの登場で編集時の重さも大幅に改善された。S-Log3との組み合わせでグレーディング耐性を確保しつつ、CFexpress Type Aカード1枚で長時間撮影できる機動性が高く評価される。
ブライダル・企業VP・MV制作
高ビットレートのAll-Intra系が選ばれることが多い。ソニーXAVC S-I(4K All-Intra 最大600Mbps)は、フレーム間圧縮(GOP)ではなく全フレーム独立圧縮のため、カット編集時の精度が高く、カラーグレーディングへの耐性も高い。ファイルサイズが大きくなるが、商業案件の品質基準を満たすための投資として許容される範囲だ。パナソニックS5 IIを使う場合、内部ProRes 422 HQという選択肢が「最高の中間コーデック」として機能する。
ドキュメンタリー・報道・長尺撮影
機動性と品質のバランスが求められる。H.265 10bitのLog収録が第一選択となるケースが多く、機材の軽量化を維持しながらグレーディング耐性を確保できる。長時間収録でもメディアコストが抑えられ、フィールドでの運用が現実的だ。
広告・映画的な映像表現を追求する案件
この領域では、BRAWとDaVinci Resolveの組み合わせが力を発揮する。Blackmagic Pocket Cinema Cameraを使用し、BRAW Q0(最高品質)で収録してDaVinci Resolveでグレーディングする流れは、フリーランスのシネマトグラファーが映画的な映像品質を追求する上での現実的な選択肢だ。あるいはソニーFX6/FX9などのシネマラインカメラを使用する場合も、内部XAVC-I 4:2:2 10bitが「十分すぎる品質」を担保する。
それでも外部RAW収録が意味を持つシーン
ここまで「RAW収録が普及しなかった理由」と「内部収録の現実解」を論じてきたが、外部RAW収録が依然として意義を持つシーンも存在する。正直に論じておく。
カメラ内部では選べないコーデックが必要な場合:一部の機種では、特定の高解像度・高フレームレートでの収録に外部出力が必要になる。例えばソニーFX3/FX30のBRAW外部収録(2025年8月カメラファームウェア+同年11月Video Assistファームウェアで対応)は、これに当てはまる。DaVinci ResolveがProRes RAWに正式対応した現在、選択肢は以前より広がっている。
プロキシをクラウドに送りながら高品質をローカルに残す場合:ATOMOSのC2Cワークフローでは、外部レコーダーがカメラ側のメディアとは独立した「プロキシ生成+クラウド転送装置」として機能する。この用途では記録フォーマット自体はProRes HQで十分であり、「外部収録」であることに意義がある。
バックアップの冗長性を確保する場合:再撮影が不可能な現場(ライブイベント、報道、ドキュメンタリーの決定的瞬間)では、内部収録と外部収録の2系統が保険になる。この場合も、外部はProRes HQ程度で十分なケースが多い。
大型モニターでの正確なモニタリングが主目的の場合:外部「レコーダー」の収録機能を使わず、「外部モニター」としてのみ使用するケースだ。AtomosのShinobi IIやBlackmagic Video Assistの高輝度ディスプレイは、Log収録時のLUTプレビュー、波形モニター、ベクトルスコープといった機能で、内部収録と組み合わせた「正確なモニタリング」に大きな価値を発揮する。
コーデック選択の判断フレームワーク
「何を撮るか」「どう使うか」によってコーデックの最適解は変わる。以下の問いで整理できる。
最終納品フォーマットは何か? YouTube 4K / 放送 / 映画祭 / 広告 / SNS によって、求められる品質基準が変わる。YouTubeとNetflixでは同じ「4K」でも求められるバリューが異なる。
グレーディングにどれだけ時間を使えるか? RAW収録は後処理の自由度が高い反面、現像パラメーターの決定という工程が増える。10bit Log収録でLUTを適用する方が「実際の仕上がり時間」が短くなるケースも多い。
撮影時間はどれくらいか? 3時間のウェディングと10分のCM撮影では、メディアコストに対する感度がまったく異なる。長時間撮影ではH.265の効率が光る。
編集ソフトは何か? Final Cut Proを使うならProRes(内部収録可能なカメラも増えた)が最も効率的。DaVinci Resolveを使うならLog収録またはBRAW(Blackmagicカメラ使用時)が自然な選択だ。
チームで制作するか一人で完結するか? 複数の編集者・カラリストが関わる場合、フォーマットの互換性が重要になる。ProResとDNxHDは最も汎用性が高い。
まとめ:「RAWの呪縛」から解放された先にあるもの
映像制作において、コーデックは「目的を達成するための手段」に過ぎない。RAWかどうかよりも、「十分な情報量を記録しているか」「ポストプロダクションで必要な柔軟性があるか」「現場の運用で問題が起きないか」という問いの方が本質的だ。
「RAWの優位性の主張は時代遅れで、デメリットの方がメリットを上回っている」と主張する映像技術者もいる。2003年以来、解像度は増し、新しいコーデックが生まれ、圧縮技術が改善され、RAW品質と通常映像の差は縮まり続けている。ARRIでさえ、「Apple ProRes 4:4:4は非圧縮UHD素材とほとんど区別できない」と述べている。
DaVinci ResolveがProRes RAWに正式対応した2025年以降、RAW外部収録の実用性は確実に上がった。しかし同時に、カメラ本体でのRAW収録対応(R5 Mark II、Z8、Z9)も進み、「外部レコーダーを使わなければRAW収録できない」という状況はもはやない。
大多数の映像制作者にとって「内部でLog撮影した10bit 4:2:2映像をDaVinci Resolveでグレーディングする」ワークフローが、費用・機動性・品質のバランスにおいて最も実用的な現実解だ。RAWへの探求を否定するわけではない。しかし「RAWを使っていないとプロではない」という思い込みを持っていたなら、それは今日から手放してよい。
次回は、これまでの知識を「実際の現場でどう使うか」に落とし込む最も実践的な記事——ATOMOSとBlackmagic Designの製品を、具体的なユースケース別に比較する。
次回予告:【第6回】あなたのワークフローに最適な機材はどちらか——ATOMOS vs Blackmagic Design、現場別徹底比較
MONITOR & RECORDER THE COMPLETE SERIES は全7回の連載記事です。
MONITOR & RECORDER THE COMPLETE SERIES
- 第1回:モニター&レコーダー入門——なぜ外部レコーダーが必要なのか
- 第2回:テープから8K RAWまで——外部映像収録70年の歴史
- 第3回:ATOMOSのすべて——「カメラに依存しない」オープン接続の思想
- 第4回:Blackmagic Designのすべて——「映像制作の民主化」を垂直統合で実現する稀有な企業
- 第5回:ProRes RAW・BRAW・内部収録——RAW収録は本当に必要か? 現場のコーデック選択を解剖する
- 第6回:あなたのワークフローに最適な機材はどちらか——ATOMOS vs Blackmagic Design、現場別徹底比較
- 第7回:映像制作の未来はどこへ向かうのか——AI・クラウド・8Kが変えるモニター・レコーダーの役割
この記事で登場した主な技術用語・製品
RAW(リニアRAW)、ProRes RAW / ProRes RAW HQ、Blackmagic RAW(BRAW)、デベイヤー(デモザイク)、A/D変換、10bit 4:2:2、8bit 4:2:0、Long GOP、All-Intra、S-Log3、V-Log、F-Log2、C-Log3、N-Log、XAVC HS、XAVC S-I、ProRes 422 HQ、CinemaDNG、LUT(ルックアップテーブル)、トーンジャンプ、DaVinci Resolve 20.2、Sony α7S III、Sony FX3、Panasonic LUMIX S5 II、Fujifilm X-H2s、Canon EOS R5 Mark II、Nikon Z8 / Z9
参考・典拠一覧
本記事で引用・参照した技術的主張、比較テスト、製品情報の主な出典は以下の通りである。
ProRes RAWとBRAWの比較テスト関連:
- CineD — Jakub Han(2021年6月8日)
「Blackmagic RAW and ProRes RAW, Compared」

→ Sherif Mokbel(The DP Journey)によるS1HでのBRAW vs ProRes RAW比較テストの紹介。ノイズとディテール保持、メタデータベースWBの比較
- Digital Production (2025年10月1日)
「ProRes RAW vs. BRAW」

→ BMPCC 4KでのProRes RAW vs BRAW実機比較テスト。解像度・ノイズ・カラーの実測比較
- VSDC / videosoftdev.com
「Exploring the Depths of Blackmagic RAW .braw vs. ProRes RAW: A Comprehensive Comparison」
→ S1H+Video AssistでのメタデータベースWBの問題、ProRes RAWのノイズ特性
10bit Log vs RAW、コーデック技術関連:
- ProVideo Coalition — Art Adams(2013年2月7日)
「Log vs. Raw: The Simple Version」

→ Charles Poyntonの「12-bit RAWの99%を10-bit Logに格納できる」引用の初出記事
- Hurricane Images (2024年)
「RAW IS WRONG IN 2024 – Film Advice」

→ 「RAWの優位性の主張は時代遅れ」の論考、Charles Poynton引用の詳細解説、Logプロファイルによるデータ格納の原理
- ARRI公式サイト — Apple ProRes

→ 「4:4:4コーデックで記録された映像は非圧縮HD/UHD素材とほぼ区別できない」
- Apple — Apple ProRes White Paper(2022年版)
https://www.apple.com/final-cut-pro/docs/Apple_ProRes.pdf
→ ProRes RAWの技術仕様、「非デベイヤーイメージと豊富なメタデータ」
BRAWの技術的特性・RED特許関連:
- OWC Blog — 「Blackmagic RAW Explained」
→ BRAWの部分デベイヤー処理の解説、「ノイズ管理・センサープロファイリング・エッジ再構成アルゴリズム」
- Blackmagic Design Forum — 「Reds RAW patent under fire (again)」
→ 「BRAWは部分デベイヤーされており、技術的にはRAWではない。BMDはREDの特許を回避するよう正確に設計した」
- Newsshooter (2019年8月16日)
「Apple challenges RED over RAW patent legitimacy」

→ AppleによるREDの圧縮RAW特許無効申立て、特許問題の背景
ファームウェア・製品対応関連:
- Newsshooter — Matthew Allard ACS(2025年9月12日)
「Blackmagic Design BRAW recording with the Sony FX3/FX3A, FX30, FX6 & FX9」

→ Sony FX3/FX30のBRAW対応ファームウェア計画(2025年10月以降)
- CineD — Johnnie Behiri(2025年11月5日)
「Blackmagic Video Assist 3.22 Update Released – Adds Sony FX3, FX30, And Leica SL3-S Blackmagic RAW Support」

→ Video Assist v3.22でのSony FX3/FX30、Leica SL3-S BRAW対応
- CineD — Alexandra Thompson(2025年9月16日)
「Blackmagic Design Brings ProRes RAW to DaVinci Resolve and Pocket 4K, Extends BRAW to Sony FX Line」

→ IBC 2025でのDaVinci Resolve 20.2 ProRes RAW正式対応
ProRes RAW発表・NAB 2018関連:
- Newsshooter (2018年4月10日)
「Atomos explains ProRes RAW」

→ NAB 2018でのProRes RAW発表、Atomos Jeromy Youngによる解説


