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光学ガラスと非球面レンズ——日本とドイツの牙城、中国の追い上げ | カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか(9)

産業分析
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カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか(9)

※Google Geminiにより生成したイメージ画像です。
  1. 9-1. リード:レンズは何でできているのか
  2. 9-2. 光学ガラスの三大メーカー:HOYA、Schott、OHARA
    1. HOYA——光学ガラスの先駆者から医療・半導体の巨人へ
    2. Schott——140年の歴史とCarl Zeiss Foundationの紐帯
    3. OHARA——光学ガラス専業メーカーの矜持
    4. 三社寡占の構造的背景
  3. 9-3. CDGM Glass(成都光明光学)——世界最大の光学ガラス生産者
    1. 国防企業グループ傘下の光学ガラスメーカー
    2. Leica、Canon、Nikonも顧客
    3. 品質保証の二重体制
    4. CDGMが中国レンズメーカーを支えるインフラ
  4. 9-4. その他の中国光学ガラスメーカーと市場構造
    1. NHG(湖北新華光)——中国第2位の光学材料サプライヤー
    2. 中国光学ガラス産業の全体像
    3. 市場構造の変容——「品質の天井」は下がっている
  5. 9-5. 非球面レンズの製造技術——日本メーカーの技術的牙城
    1. なぜ非球面レンズが必要なのか
    2. 四つの製造技術
    3. 日本メーカーの技術的優位
    4. 中国・台湾の追い上げ——スマートフォンからカメラへ
  6. 9-6. コーティング技術——レンズ性能の隠れた決定要因
    1. なぜコーティングが重要なのか
    2. コーティング技術の歴史と進化
    3. 各社のブランドコーティング
    4. コーティング装置メーカーと中国の状況
  7. 9-7. 光学研磨・加工機械——製造装置のサプライチェーン
    1. 光学製造の「工作機械」
    2. 日本の光学製造装置
    3. 中国の光学加工装置メーカーの台頭
  8. 9-8. 本章のまとめ——原材料の民主化と加工技術の壁
  9. 典拠一覧

9-1. リード:レンズは何でできているのか

カメラの性能を語るとき、多くの人はセンサー、画像処理エンジン、AFアルゴリズムといったデジタル技術に注目する。しかし、レンズという「光を集める装置」の本質は、あくまでも物理的な光学素子——すなわちガラスの塊である。

レンズ交換式カメラ用の交換レンズは、一般に10枚前後、多いものでは20枚を超える光学ガラスレンズ素子を精密に配置した複合光学系だ。それぞれの素子は異なる屈折率と分散値(アッベ数)を持つガラス材料で作られ、色収差、球面収差、コマ収差、非点収差など多種多様な光学収差を打ち消し合うように設計されている。つまり、レンズ性能の上限は、使用する光学ガラスの光学特性によって根本的に規定される。

では、その光学ガラスを誰が作っているのか。

答えは驚くほど少数の企業に集中している。日本のHOYAとOHARA、ドイツのSchott——この三社が高品質光学ガラスの世界市場を長年にわたって支配してきた。しかし2024年現在、生産量で世界最大の光学ガラスメーカーは、中国・成都のCDGM Glass(成都光明光学)である。調査会社Intel Market Researchの報告によれば、Schott、HOYA、CDGMの上位3社で世界市場の約21%を占め、全体の市場規模は約20億ドルと推計されている。

本章では、光学ガラス、非球面レンズの成形技術、そしてコーティング技術という三つの切り口から、カメラレンズの「原材料」サプライチェーンを掘り下げる。ここには、日本メーカーの技術的優位と、その優位が揺らぎ始めている現実が、同時に存在している。


9-2. 光学ガラスの三大メーカー:HOYA、Schott、OHARA

HOYA——光学ガラスの先駆者から医療・半導体の巨人へ

1941年、東京都保谷市(現・西東京市)で山中章一・茂の兄弟が光学ガラス製造工場を設立した。これがHOYAの起源である。社名は創業地の地名に由来する。

HOYAはその後、光学ガラスにとどまらず、眼鏡レンズ、コンタクトレンズ、内視鏡、半導体フォトマスク基板と事業領域を拡大し、2024年度の売上高は約9,400億円に達する巨大企業に成長した。特に半導体製造に不可欠なEUVマスクブランクでは世界シェア80%以上、ガラスHDD基板では100%という圧倒的な市場支配力を持つ。

光学ガラス事業はHOYA全体の売上に占める割合は小さくなっているが、事業は継続している。1987年には非球面ガラスモールドレンズの量産を開始し、光学ガラスからレンズ素子への一貫供給体制を確立した。HOYAの光学ガラスは、カメラレンズ、プロジェクター、双眼鏡など幅広い光学機器に使用されている。

Schott——140年の歴史とCarl Zeiss Foundationの紐帯

ドイツのSchott AGは、世界で最も歴史ある光学ガラスメーカーの一つであり、その起源は光学産業の根幹にまで遡る。

1879年、28歳のガラス化学者オットー・ショット(Otto Schott)は、新しい光学特性を持つリチウムガラスのサンプルを、当時すでに高名な物理学者であったエルンスト・アッベ(Ernst Abbe)に送った。アッベはカール・ツァイス(Carl Zeiss)とともに精密光学機器の開発に取り組んでいたが、利用可能な光学ガラスの種類が限られていることが大きな制約だった。ショットのガラスはこの制約を打ち破るものであり、1884年、ショット、アッベ、ツァイスの三者はイエナに「Jenaer Glaswerk Schott & Genossen」を設立した。これが現在のSchott AGの前身である。

Schottは現在もCarl Zeiss Foundation(カール・ツァイス財団)の傘下企業であり、Zeissとは「姉妹会社」の関係にある。2024/25年度のSchott AG全体の売上高は28.3億ユーロで、光学ガラス以外にも製薬用ガラス容器、特殊ガラス、光ファイバーなど多角的な事業を展開している。

光学ガラス事業において、Schottは120種類以上のガラスタイプを提供している。特に重要なのは「N-ガラス」シリーズだ。これは鉛およびヒ素を含まない環境対応型ガラスで、従来の鉛含有ガラスを代替するものとして開発された。N-BK7(ボロシリケートクラウンガラス)は、光学設計における最も基本的なガラスタイプのひとつであり、世界中の光学設計ソフトウェアにデフォルトで登録されている。

また、精密モールド成形に適した低Tg(ガラス転移温度)の「P-ガラス」シリーズ、高透過率の「HT/HTultra」ガラス、半導体露光装置用のi-lineガラスなど、用途に特化した製品ラインを持つ。ZeissがスポーツオプティクスにSchott HTガラスを採用しているように、Schottのガラスは「Zeiss品質」の基盤でもある。

OHARA——光学ガラス専業メーカーの矜持

小原光学硝子製造所(現・OHARA株式会社)は、1935年に小原甚八が東京・蒲田に設立した。HOYAより6年早い創業であり、日本の光学ガラス産業の草分けと言える存在だ。

OHARAの特徴は、光学ガラス専業メーカーとしての純粋さにある。HOYAが医療・半導体に軸足を移し、Schottが製薬用ガラスや特殊素材に多角化する中、OHARAは光学ガラスとその関連素材に経営資源を集中し続けている。売上高は約279億円(2024年10月期連結、約1.9億ドル)と上位2社に比べれば小規模だが、「光学ガラス市場でリーディングシェア」を自負しており、その品質は世界最高水準と評価されている。

現在、OHARAは130種類以上の環境対応型(鉛・ヒ素フリー)光学ガラスを製造し、月産300トン以上の生産能力を持つ。カタログに掲載されるガラスのうち、最も有名なのがFPL51とFPL53だ。FPL51はキヤノンが「UDレンズ」として採用する低分散ガラスであり、FPL53は蛍石(フローライト)に近い光学特性を持つ超低分散ガラスとして、高性能望遠レンズの設計に不可欠な素材となっている。

さらに、OHARAはガラスモールド成形用の低Tg光学ガラス(Lガラスシリーズ)も充実させており、非球面レンズの量産に対応している。天体望遠鏡用途では、E6ボロシリケートガラスが大型望遠鏡のミラー素材として採用されており、ルービン天文台(旧LSST)の主鏡・第三鏡には23.5トン以上のOHARA E6ガラスが使用された。

三社寡占の構造的背景

なぜ光学ガラス市場はこれほど少数の企業に集中してきたのか。理由は三つある。

第一に、光学ガラスの製造は極めて高い均質性を要求される。 カメラレンズに使用する光学ガラスは、屈折率の偏差が10⁻⁶オーダーで管理される。溶融・冷却プロセスにおけるわずかな温度ムラ、泡、脈理(ストリエ)は即座に不良品となる。この精密さを安定的に実現するには、数十年単位の製造ノウハウの蓄積が必要だ。

第二に、光学設計ソフトウェアとの連携が参入障壁を形成している。 ZEMAX OpticStudioやSynopsys CODE Vといった業界標準の光学設計ソフトウェアには、HOYA、Schott、OHARAのガラスカタログがデフォルトでインストールされている。光学設計者は設計段階からこれらのガラスを前提に最適化を行うため、新規参入メーカーのガラスが設計に採用されにくい構造がある。

第三に、信頼性と長期供給保証が決定的に重要である。 レンズ設計には特定のガラスタイプが不可欠であり、そのガラスの供給が途絶えればレンズの生産が停止する。Schottは「Positive List」として主要ガラスの最低5年間の供給保証を公表しており、この長期供給コミットメントがメーカーからの信頼を獲得している。


9-3. CDGM Glass(成都光明光学)——世界最大の光学ガラス生産者

国防企業グループ傘下の光学ガラスメーカー

光学ガラス産業の地図を塗り替えつつある企業がある。CDGM Glass Company Ltd.(成都光明光電股份有限公司)、通称CDGMだ。

CDGMは1956年に中国・成都で設立された。中国南方工業集団(China South Industries Group)の主要子会社であり、60年以上にわたって光学材料の研究開発・製造を行ってきた。もともとは中国の軍需光学産業を支える国策企業としての性格が強かったが、改革開放以降、民生市場への展開を加速させた。

現在のCDGMは、生産量において「世界最大の光学ガラスサプライヤー」の地位を確立している。年間出荷量は8,000〜10,000トンに達し、240種類以上の光学ガラスを製造する。この240種類という数字は、Schottの120種類以上、OHARAの130種類以上を凌駕するものだ。

Leica、Canon、Nikonも顧客

CDGMの顧客リストは驚くべきものだ。同社の公式サイトによれば、Leica、Canon、Nikon、Sony、Tamron、Sunny Optical、Epson、OPPOが顧客として名を連ねている。さらにSwarovskiの名前もある。つまり、日本・ドイツの最高峰のレンズメーカーが、中国の光学ガラスを使用しているのだ。

これは「安かろう悪かろう」の話ではない。CDGMのガラスは、HOYA、Schott、OHARAの主要ガラスタイプに対する互換品(equivalent)を幅広くラインナップしている。例えば、SchottのN-BK7に対応するCDGMのH-K9Lは、屈折率・分散値がほぼ同一でありながら、価格は大幅に低い。光学設計ソフトウェアZEMAXにもCDGMのガラスカタログが登録されており、設計段階から採用可能だ。

品質保証の二重体制

北米市場では、Universal Photonics Incorporated(UPI)がCDGMの独占販売代理店を務めている。注目すべきは、品質管理が二重体制で行われている点だ。まず成都の製造工場で出荷前検査が行われ、北米に到着した後、UPI側で再度品質検査が実施される。屈折率、泡・介在物、内部応力・複屈折、内部透過率、サイズ均一性など、光学ガラスに求められる全ての品質指標が検証される。

さらに、CDGMはヨーロッパ市場への進出も進めており、ドイツ・ケルンにサービス拠点を、米国ニューヨーク州ロチェスターに営業オフィスを設置している。ロチェスターは世界有数の光学産業の集積地であり、ここに拠点を置くこと自体がCDGMの国際展開への本気度を示している。

CDGMが中国レンズメーカーを支えるインフラ

第4章で取り上げた中国レンズメーカーの急成長は、CDGMのような光学ガラスメーカーの存在なくしては実現し得なかった。Viltrox、7Artisans、TTArtisan、Laowa(Venus Optics)といった中国のレンズメーカーが低価格で高品質なレンズを製造できる背景には、CDGMから安定的に調達できる光学ガラスの存在がある。

しかし同時に、CDGMのガラスを使えば誰でも高性能レンズが作れるわけではない。光学ガラスの品質が同等であっても、レンズ設計の巧みさ、研磨精度、組立精度、コーティング品質の差は依然として大きい。CDGMは「原材料」における障壁を低下させたが、「加工技術」における障壁は別の話だ。


9-4. その他の中国光学ガラスメーカーと市場構造

NHG(湖北新華光)——中国第2位の光学材料サプライヤー

CDGMに次ぐ中国の光学ガラスメーカーが、NHG(Hubei New Huaguang Information Materials Co., Ltd.、湖北新華光信息材料股份有限公司)だ。

NHGの歴史は1969年、湖北省宜城での工場設立に始まる。1993年に湖北省襄陽に全面移転し、2003年に上海証券取引所に上場した。中国北方工業集団(China North Industries Group / NORINCO)傘下の企業であり、CDGMが中国南方工業集団の傘下であることと合わせると、中国の二大軍需企業グループがそれぞれ光学ガラスメーカーを擁している構図が浮かび上がる。

NHGは年間約5,000トンの無色光学ガラス、1億5,000万個の光学部品、5トンの赤外線光学ガラスを生産しており、2022年時点で「中国第2位の光学材料サプライヤー」の地位にある。特に赤外線光学ガラス(カルコゲナイドガラスを含む)に強みを持ち、暗視装置や赤外線サーマルイメージャーといった軍事・セキュリティ用途での需要が大きい。

注目すべきは、NHGとOHARAの戦略的提携関係だ。2009年に戦略的協力関係を締結し、2011年にはHG OHARA Optical Material(襄陽)有限公司を合弁で設立した。日本の光学ガラス専業メーカーが中国市場への足掛かりとして現地企業と組み、中国メーカーが日本の技術を吸収する——この相互補完的な関係は、光学ガラス産業のグローバル化を象徴している。

中国光学ガラス産業の全体像

中国全体で見ると、光学ガラスの生産能力は2010年代に入って急激に拡大した。その背景にあるのは、スマートフォンカメラ、車載カメラ、監視カメラという三つの巨大需要だ。

スマートフォン1台に3〜5個のカメラモジュールが搭載される時代、世界で年間10億台以上出荷されるスマートフォンに必要なレンズ素子の数は数十億個に達する。車載カメラの搭載数もADASの普及に伴い1台あたり5〜10個に増加しており、中国が世界最大の自動車市場であることを考えると、車載向けの需要だけでも膨大だ。監視カメラに至っては、中国国内だけで数億台規模が稼働している。

これらの需要は、必ずしも最高品質のカメラ用光学ガラスを必要としない。スマートフォンのカメラモジュールに使用されるレンズ素子の多くはプラスチック製であり、ガラスが使われる場合もサイズは極小だ。しかし、この膨大な量産経験が、中国の光学ガラスメーカーの製造技術を底上げしてきた。量産によるプロセス安定化、品質管理の向上、設備投資の原資確保——こうした正のフィードバックループが、CDGMやNHGの品質をHOYA・Schott・OHARAに漸近させているのだ。

市場構造の変容——「品質の天井」は下がっている

光学ガラス市場の構造は、明確に変容しつつある。Grand View Researchの予測によれば、世界の光学ガラス市場は2033年までに26.6億ドルに達し、年平均成長率5.5%で拡大する。この成長の大部分はアジア太平洋地域、特に中国が牽引する。

従来、「最高品質の光学ガラスは日本かドイツ製」という暗黙の了解があった。しかし、CDGMが示したように、中国メーカーの上位製品は既にHOYA・Schott・OHARAの代替として機能するレベルに達している。Leica、Canon、Nikonという世界最高峰のレンズメーカーがCDGMの顧客であるという事実は、この評価を雄弁に裏付けている。

もちろん、最先端の特殊ガラス——例えばOHARAのFPL53のような超低分散ガラスや、Schottの最新HT/HTultraガラス——において、日本・ドイツメーカーの技術的優位は依然として存在する。しかし、レンズ設計で使用されるガラスの大半を占める「汎用的な光学ガラス」の領域では、中国メーカーが十分な品質を提供しているのが現実だ。

「品質の天井」が下がっているのではない。中国メーカーの「品質の床」が、急速に上がっているのだ。


9-5. 非球面レンズの製造技術——日本メーカーの技術的牙城

なぜ非球面レンズが必要なのか

球面レンズ(曲率が一定の表面を持つレンズ)だけでは、光学収差の補正に限界がある。特に球面収差——レンズの中心部と周辺部を通る光が異なる点に集光する現象——は、球面レンズの組み合わせだけでは完全に除去できない。非球面レンズ(表面の曲率が中心から周辺に向かって連続的に変化するレンズ)を用いることで、球面収差を劇的に低減し、レンズ全体の枚数を減らし、小型軽量化と高画質化を同時に実現できる。

現代のカメラレンズ設計において、非球面レンズは不可欠な要素だ。フラッグシップの大口径レンズから入門者向けのキットレンズまで、ほぼすべてのレンズに非球面素子が含まれている。非球面レンズの世界市場は2025年時点で約104億ドルに達し、2030年には約148億ドルまで拡大すると予測されている(Mordor Intelligence推計)。

四つの製造技術

非球面レンズの製造には、精度・コスト・量産性の異なる四つの主要技術が存在する。

第一は研磨非球面だ。 ガラス素材を精密研削・研磨して非球面形状を削り出す方法で、最も高い面精度が得られる。0.02μm(1/50,000mm)の精度が要求され、この公差を外れた素子は不良品として廃棄される。キヤノンは1971年にFD55mm f/1.2ALで一眼レフ用レンズとして初めて研磨非球面を実用化し、その後ナノメートルオーダーの精度を実現する量産加工装置を開発した。L シリーズレンズの鮮明な描写力は、この超高精度研磨技術に支えられている。

第二はガラスモールド(GMo)非球面だ。 光学ガラスの塊(プリフォーム)を高温に加熱して軟化させ、非球面形状の金型にプレスして成形する技術である。金型の製作には高い初期コストがかかるが、一度金型ができれば1個あたりの製造コストは研磨非球面より大幅に低く、量産に適している。キヤノンは1985年にNew FD35-105mm f/3.5-4.5で世界初のGMo非球面搭載交換レンズを発売し、オリンパス(現OM Digital Solutions)もガラスモールド成形の先駆者として知られる。2007年にはキヤノンが高精度な非球面凹面をGMo技術で実現し、成形可能な形状の範囲を拡大した。

第三はプラスチックモールド(PMo)非球面だ。 光学グレードのプラスチックを射出成形して非球面レンズを製造する方法で、最もコストが低い。キヤノンは1982年にCanon Snappy 50(CANON CAMERA MUSEUM:スナッピィ50)で35mmフルフレーム用カメラレンズとして世界初のPMo非球面を実用化した。軽量・低コストという利点がある一方、ガラスに比べて耐熱性・耐久性に劣り、温度変化による屈折率の変動も大きい。入門者向けレンズやコンパクトなパンケーキレンズに多用される。

第四はレプリカ(複合型)非球面だ。 球面ガラスレンズの表面にUV硬化樹脂を塗布し、非球面金型にプレスして紫外線で硬化させる技術で、キヤノンが1990年に開発した。ガラスの安定性と非球面形状の精度を両立できるため、ミッドレンジのレンズに広く使用されている。

日本メーカーの技術的優位

これらの製造技術のうち、研磨非球面とGMo非球面における日本メーカーの技術的優位は極めて大きい。

研磨非球面では、キヤノンが独自開発した超精密加工装置と計測装置が決定的だ。自由曲面加工機は高剛性エアベアリングと高性能コントローラーを用いてナノメートルオーダーの面精度を実現し、自由曲面計測機は光学素子の全面を極めて高い精度で測定する。これらの加工・計測装置は外販されておらず、キヤノンの内製技術として厳重に管理されている。

GMo非球面では、ガラスの熱膨張・収縮特性を予測して金型形状に反映させるノウハウが重要だ。ガラスが冷却される際の収縮量を正確に見込んで金型を設計しなければ、目的の非球面形状が得られない。このノウハウは長年の量産経験によって蓄積されるもので、短期間でのキャッチアップが難しい。HOYA、OHARA、Schottがそれぞれ精密モールド用ガラス(低Tgガラス)をラインナップしているのは、この技術に対応するためだ。

中国・台湾の追い上げ——スマートフォンからカメラへ

一方、スマートフォン用レンズモジュールの分野では、中国・台湾メーカーが圧倒的な存在感を持つ。

台湾のLargan Precision(大立光電)は1987年の設立以来、スマートフォン用精密光学レンズで世界トップクラスの地位を築いた。Appleの主要サプライヤーであり、プラスチックモールド非球面レンズの超大量生産技術で知られる。

中国のSunny Optical Technology(舜宇光学科技)は、2024年度の売上高が約383億人民元(約53億ドル)に達した光学モジュールの巨人だ。2022年にはガラスとプラスチックを組み合わせたハイブリッドレンズセットの量産に成功し、2024年には車載レンズの出荷数が1億個を突破した。同社はスマートフォンから車載・XR(拡張現実)デバイスへの多角化を急速に進めている。

これらのメーカーが蓄積したプラスチックモールド非球面の量産技術と、ガラスモールド成形の経験は、将来的にカメラ用レンズ素子の製造に転用できる可能性がある。特にSunny Opticalが車載向けで培っているガラスモールド非球面技術は、APS-C〜フルフレーム用レンズへの応用可能性を秘めている。ただし、カメラ用レンズに要求される面精度はスマートフォン用よりはるかに高く、直ちに置き換わるものではない。


9-6. コーティング技術——レンズ性能の隠れた決定要因

なぜコーティングが重要なのか

光学ガラスの表面に光が当たると、約4%が反射によって失われる。レンズ素子には前面と後面があるため、1枚あたり約8%の光損失が生じる。10枚構成のレンズでは透過率は理論上約50%にまで低下し、さらに反射光がレンズ内部で多重反射してフレアやゴーストの原因となる。

レンズコーティング(反射防止膜)は、この問題を解決する技術だ。適切なコーティングを施すことで、1面あたりの透過率は96%から99.7%以上に向上する。10枚構成のレンズでも全体の透過率が95%程度まで改善され、コントラストの高いクリアな画像が得られるようになる。

コーティング技術の歴史と進化

レンズコーティングの歴史は、光学産業の進化と軌を一にしている。1886年にロード・レイリー(Lord Rayleigh)がガラス表面での光透過に関する画期的な発見を行い、1935年にはZeissの技術者アレクサンダー・スマクラ(Alexander Smakula)が初の多層コーティング技術の特許を取得した。この発見は当初軍事機密として扱われ、第二次世界大戦中は軍用光学機器に独占的に使用された。

戦後、多層コーティング(マルチコーティング)技術は急速に民生化し、3〜5層の誘電体薄膜を積層する手法が標準となった。各層は異なる屈折率を持つ材料(フッ化マグネシウム、酸化チタン、酸化ケイ素など)で構成され、光の干渉効果を利用して反射を抑制する。

各社のブランドコーティング

現代のカメラレンズメーカーは、それぞれ独自のコーティング技術を開発しブランド化している。

キヤノンは三つの主要コーティング技術を持つ。伝統的な「Super Spectra Coating」に加え、2008年に実用化した「SWC(Subwavelength Structure Coating)」は、レンズ表面に可視光の波長より小さい(高さ220nmの)くさび状ナノ構造をアルミナ(Al₂O₃)で形成し、ガラスと空気の屈折率の境界を滑らかに遷移させる技術だ。従来のコーティングでは対応困難だった斜め入射光に対しても高い反射防止性能を発揮する。さらに「ASC(Air Sphere Coating)」は、蒸着膜の上に酸化ケイ素と空気からなる超低屈折率膜を形成し、特に垂直に近い入射光に対して優れた反射防止効果を持つ。

ニコンもまた独自のコーティング進化を遂げている。「Nano Crystal Coat」は蛾の目の構造を模倣したナノスケールの微細構造をレンズ表面に形成し、光をレンズ内部に導く技術で、従来のマルチコーティングとは根本的に異なるアプローチだ。2019年には「ARNEO Coat」(垂直入射光に対する反射防止に優れる)を開発し、さらに最新の「Meso Amorphous Coat」は、Nano Crystal Coatよりさらに微細なアモルファス粒子を連結させた多孔質構造を蒸着し、低屈折率と低散乱を両立させる画期的な技術だ。

Zeiss/Sonyの「T*(ティースター)コーティング」はZeissの伝統的なブランドであり、Sonyのレンズにも採用されている。Sigmaの「Super Multi-Layer Coating」も独自の多層膜技術として評価が高い。

コーティング装置メーカーと中国の状況

コーティング技術を支えるのが、真空蒸着装置やスパッタリング装置を製造するメーカーだ。日本のShincron(シンクロン)は、70年以上にわたって光学薄膜蒸着装置を製造してきたリーディングカンパニーで、横浜に本社を構える。同社の装置は蒸着室を真空に保った状態で安定した屈折率の薄膜を形成でき、高品質な光学コーティングの基盤となっている。ドイツのLeybold(ライボルド)やBühler(ビューラー)も、精密光学コーティング装置で世界的に知られる。

中国レンズメーカーのコーティング品質は、初期には明らかな弱点だった。逆光時のフレア・ゴーストが多い、透過率が低いといった問題が指摘されていたが、近年は急速に改善している。高品質な真空蒸着装置の導入と、コーティング材料の品質向上、そして量産経験の蓄積がその背景にある。ただし、キヤノンのSWCやニコンのMeso Amorphous Coatのようなナノ構造ベースの最先端コーティングは、装置だけでなく材料科学とプロセス制御の総合力を要するため、中国メーカーとの技術ギャップは依然として大きい。


9-7. 光学研磨・加工機械——製造装置のサプライチェーン

光学製造の「工作機械」

レンズ製造のサプライチェーンを遡ると、最終的に行き着くのは光学研磨機、芯取り機、センタリング機といった製造装置である。いかに優れた光学ガラスと設計があっても、それを形にする加工装置がなければレンズは生まれない。

光学製造装置の世界市場では、ドイツのSatisloh(サティスロー)とOptoTech(オプトテック)が二大メーカーとして君臨している。Satislohは眼鏡レンズと精密光学の両分野でCNC研磨機、芯取り機を製造する世界的リーダーであり、球面研磨からVariospeedモード、非球面研磨、さらにはアダプティブ研磨まで幅広い加工方法に対応している。OptoTechもまた精密光学用の芯取り機、研磨機、コーティング装置で世界的に知られ、特にベルクランプ方式の芯取り機で高い精度を実現している。

日本の光学製造装置

日本においては、キヤノンが光学製造装置の内製で突出した存在だ。前述のように、超精密非球面加工装置と自由曲面計測装置を自社開発しており、これらはキヤノンのレンズ製造における最大の技術的優位のひとつだ。

また、AGC(旭硝子)はガラスモールド非球面レンズの受託製造を行っており、独自の精密ガラスモールド技術を用いて多様な非球面レンズを製造・供給している。キヤノンの子会社であるCanon Mold(キヤノンモールド)は、超精密金型加工技術をベースにナノメートルオーダーの精度で光学素子の加工を行っている。

中国の光学加工装置メーカーの台頭

スマートフォン・車載カメラ向けの膨大な需要に支えられ、中国の光学加工装置メーカーも台頭しつつある。特にプラスチック非球面レンズの射出成形装置では、中国メーカーが量産向けの低コスト装置を大量に供給している。

しかし、カメラ用ガラスレンズの研磨や芯取りに要求される精度——サブミクロンレベルの面精度とナノメートルレベルの表面粗さ——を実現する装置は、依然としてドイツ・日本メーカーが優位にある。ここにも、スマートフォン用と本格的なカメラ用の間に存在する技術的ギャップが反映されている。


9-8. 本章のまとめ——原材料の民主化と加工技術の壁

本章で見てきた光学ガラス、非球面レンズ、コーティングのサプライチェーンには、ひとつの明確なパターンがある。

原材料レベルでは、中国はすでに「十分な品質」に到達している。 CDGMは世界最大の光学ガラス生産者となり、Leica、Canon、Nikonを含む世界最高峰のレンズメーカーを顧客に持つ。NHGはOHARAと合弁事業を展開し、品質の向上を加速させている。光学ガラスという「原材料」における日本・ドイツの牙城は、完全には崩れていないものの、独占的な優位は明らかに薄れている。

しかし、加工技術のレベルでは明確なギャップが残る。 研磨非球面の超精密加工、ガラスモールド成形のプロセスノウハウ、ナノ構造ベースのコーティング技術——これらは装置を導入すれば再現できるものではなく、数十年にわたる試行錯誤と暗黙知の蓄積によって初めて成立する技術だ。

製造装置のサプライチェーンもまた、日本・ドイツの技術基盤に依存している。 SatislohやOptoTechの研磨機・芯取り機、Shincronのコーティング装置、キヤノンの内製加工装置——これらが光学製造の「工作機械」として機能している限り、製造技術の急速な移転は起きにくい。

ただし、Sunny Opticalに代表される中国・台湾の光学モジュールメーカーが、スマートフォン・車載カメラで蓄積した量産技術をカメラ用レンズの領域に展開する可能性は否定できない。前章で見たイメージセンサーと同様、5〜10年のスパンで見れば、中国メーカーがAPS-Cクラスのカメラ用レンズの製造品質で日本メーカーに肉薄するシナリオは現実味を帯びている。

原材料の「民主化」は進んでいる。問題は、加工技術の壁がいつまで持つか、だ。


カメラ覇権の地殻変動——日本メーカー独占の終わりは来るのか


典拠一覧

  1. Intel Market Research「Optical Glass Market Outlook 2025-2032」(2025年10月)——上位3社シェア、市場規模
  2. Grand View Research「Optical Glass Market Size To Reach $2.66 Billion By 2033」(2026年2月)
  3. Mordor Intelligence「Aspherical Lens Market Size, Share & 2030 Trends Report」(2025年)
  4. HOYA Corporation「HOYA REPORT 2025」(2025年)——EUVマスクブランクシェア、HDD基板シェア
  5. HOYA Corporation「History」公式サイト
  6. Schott AG「SCHOTT revenues remain stable despite challenging market conditions」(2026年1月20日)
  7. Schott AG「Optical Glass」製品ページ——120種類以上のガラスタイプ
  8. Schott AG「Optical Glass Pocket Catalog 2020」——N-ガラス、P-ガラス分類
  9. Zeiss「Carl Zeiss, Ernst Abbe and Otto Schott – A Winning Team」
  10. Zeiss Hunting Blog「Even brighter thanks to Schott HT glass」
  11. OHARA Inc.「History of OHARA」公式サイト
  12. OHARA Inc.「Optical Glass」製品ページ——130種類以上のECOガラス、月産300トン以上
  13. OHARA Inc.「All Glass Types」——FPL51、FPL53、Lガラスシリーズ
  14. Wikipedia「Ohara Corporation」——FPL51/FPL53、E6ボロシリケート、LSST
  15. Wall Street Journal「Ohara Inc. Annual Income Statement (5218.JP)」——FY2024連結売上高¥27,909M
  16. CDGM Glass 公式サイト(cdgmglass.com)——240種類以上、品質二重管理体制
  17. CDGM Glass 公式サイト(cdgmgd.com)——顧客リスト(Leica、Canon、Nikon、Sony等)
  18. AZoOptics「CDGM Glass Co. USA」——世界最大の光学ガラスサプライヤー
  19. CDGM EU(cdgm.eu)——ケルン拠点
  20. ScrapMonster「CDGM Glass Company Ltd.」——年間出荷8,000〜10,000トン
  21. Sinoptix「H-K9L Explained」——H-K9LとN-BK7の互換性
  22. Abachy「CDGM Glass Co., Ltd」——1956年設立、中国南方工業集団傘下
  23. NHG公式サイト(hbnhg.com)——年間5,000トン、1億5,000万個光学部品、1969年設立
  24. Militram「Hubei New Huaguang Information Materials Co., Ltd. (NHG)」
  25. Naked Optics「Optical Glass Materials」——NHG年間6,000トン以上
  26. Canon Camera Museum「Aspherical lens elements: Transcending challenges in ultra-high-precision processing」
  27. Canon Hong Kong「Aspherical Lenses」——研磨非球面精度0.02μm
  28. Canon Europe「Fluorite, aspherical, UD and BR lenses」
  29. Canon Mold「Ultra Precision Processing Technologies」
  30. Canon Global「Technology Used in Interchangeable Lenses」——SWC、ASC解説
  31. Canon Global「Canon Science Lab – Lens Coatings」——透過率理論値
  32. Nikon「Anti-Reflective Coatings」——Meso Amorphous Coat、ARNEO Coat
  33. PetaPixel「Why Lens Coatings Are So Important in Photography」——Smakula 1935年特許
  34. Shincron Co., Ltd. 公式サイト——70年以上の光学薄膜蒸着装置製造
  35. Satisloh 公式サイト——CNC研磨機、芯取り機
  36. OptoTech 公式サイト——精密光学芯取り機
  37. AGC「Aspherical Glass Molded Lenses」
  38. Sunny Optical Technology「2024 Annual Results」——売上高383億人民元、車載レンズ1億個出荷
  39. Digitimes「Chinese optics firms shift from smartphones toward higher-end applications」(2026年3月9日)
  40. CommonWealth Magazine「Largan overtaken: How Chinese makers surpassed Taiwan’s hidden champion」(2021年)
  41. Esco Optics「How Aspheric Lenses Are Fabricated」
  42. Edmund Optics「All About Aspheric Lenses」

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