サムヤン(SAMYANG Optics)——韓国が生んだレンズメーカーの半世紀と、その先

2016年5月3日。サムヤンは2本のレンズを発表した。AF 50mm F1.4 FEとAF 14mm F2.8 FE——いずれもソニーFEマウント専用のオートフォーカスレンズである。マニュアルフォーカス専業メーカーとして知られたサムヤンが、ついにAFの世界に足を踏み入れた瞬間だった。
なぜソニーFEマウントだったのか
サムヤンが最初のAFレンズのプラットフォームとしてソニーFEマウントを選んだことには、明確な戦略的合理性がある。
第一に、ソニーはサードパーティメーカーに対して比較的オープンなマウント政策を採っていた。キヤノンのRFマウントやニコンのZマウントが自社レンズのエコシステム保護を重視する姿勢を見せていたのに対し、ソニーEマウントはシグマやタムロンをはじめとするサードパーティメーカーの参入を積極的に受け入れていた。
第二に、2016年当時、ソニーα7シリーズはフルサイズミラーレス市場においてほぼ唯一の選択肢であった。キヤノンEOS Rの登場は2018年、ニコンZシリーズも同年である。つまり、フルサイズミラーレス用のAFレンズを作ろうとすれば、ソニーFEマウント一択だったとも言える。
第三に、ソニーFEマウントのフランジバックは18mmと非常に短く、レンズ設計の自由度が高い。MFレンズ時代にサムヤンが蓄積した光学設計のノウハウを、AFモーターを組み込んだ新設計に転用しやすかったと考えられる。
初期AFレンズの課題と進化
率直に言えば、サムヤンの初期AFレンズは完成度の面で課題を抱えていた。
AF 50mm F1.4 FEは、描写性能そのものは評価されたものの、AF速度の遅さや精度の不安定さ、動作音の大きさが指摘された。NamuWikiは次のように記している。
「サムヤンのAFレンズの中には、AF使用時にノイズが発生し、ピントが合わないケースがある。初期に発売されたAFレンズの中には、ファームウェアアップデートでもこの問題を解決できないものがある」
しかし、サムヤンはこの課題に正面から取り組んだ。リニアSTM(ステッピングモーター)の採用を進め、世代を重ねるごとにAF性能を着実に改善していく。
AFレンズラインナップの急拡大(2016〜2022)
最初の2本から始まったAFレンズは、驚くべきペースで拡大していった。
| 年 | 発売AF製品 | 備考 |
|---|---|---|
| 2016 | AF 50mm F1.4 FE / AF 14mm F2.8 FE | サムヤン初のAFレンズ。ソニーFEマウント専用 |
| 2017 | AF 35mm F2.8 FE / AF 35mm F1.4 FE | AF 35mm F2.8 FEはTIPA Award 2018受賞。iF Design Award受賞。KOSDAQ上場 |
| 2018 | AF 14mm F2.8 EF・F / AF 85mm F1.4 EF | キヤノンEFマウント・ニコンFマウントにもAF展開。Red Dot Design Award受賞 |
| 2019 | AF 18mm F2.8 FE / AF 45mm F1.8 FE / AF 85mm F1.4 FE | ニコンZマウント用MFレンズも投入 |
| 2020 | AF 35mm F1.8 FE / AF 75mm F1.8 FE | MF MK2シリーズ(VDSLR)もリニューアル。iF Design Award受賞(XEEN CF) |
| 2021 | AF 50mm F1.4 FE II / AF 24mm F1.8 FE / AF 24-70mm F2.8 FE / AF 12mm F2 E・X | 初のAFズーム(24-70mm)。富士フイルムXマウントにもAF展開 |
| 2022 | AF 135mm F1.8 FE / AF 85mm F1.4 FE II / AF 35mm F1.4 FE II | 第2世代AFレンズ(FE II)で大幅な性能向上。V-AFシネシリーズ開始 |
注目すべきは、2021年のAF 24-70mm F2.8 FEの発売である。これはサムヤン初のAFズームレンズであり、同社がついに「単焦点MFレンズの会社」という殻を完全に破ったことを示す製品であった。
第2世代AFレンズ——「FE II」の衝撃
2021〜2022年にかけて発売された「FE II」世代のレンズは、サムヤンのAFレンズに対する評価を一変させた。
AF 50mm F1.4 FE II、AF 35mm F1.4 FE II、AF 85mm F1.4 FE IIは、初代モデルから光学設計を一新。リニアSTMモーターによる高速・静粛なAFと、高画素センサーに対応する解像性能を実現した。特にAF 135mm F1.8 FEは、同クラスのソニーGMレンズ(FE 135mm F1.8 GM)の約半額でありながら、描写性能でも高い評価を得ている。

LensTip.comは、Samyang AF 50 mm f/1.4 FE IIのレビューにおいて、ソニーFEマウント向けのサムヤンAFレンズの歩みについて次のように振り返っている。
「ソニーFEマウント用のサムヤンも、以前と同様にまずマニュアルフォーカスデバイスから始まった。最初のオートフォーカスモデルが発表されたのは2016年のことである」
2023〜2025年——ズームレンズと新パートナーシップ
2023年以降、サムヤンの製品戦略はさらに野心的になる。
AF 35-150mm F2-2.8 FE(2023年)
大口径の高倍率ズームレンズ。タムロンの同スペックレンズに対抗する製品で、ウェディングフォトグラファーやポートレート撮影者から注目を集めた。Lマウント版も同時にリリースされ、サムヤンのLマウント対応の本気度を示した。

シュナイダー・クロイツナッハとの共同開発レンズ(2025年〜)
2025年以降は、第1章で述べたシュナイダー・クロイツナッハとの共同開発レンズが注目の的である。
- AF 14-24mm F2.8 FE(2025年4月発売)——世界初のフロントフィルター対応超広角ズーム
- AF 24-60mm F2.8 FE(2025年9月発表)——重量わずか494g。IP5X防塵防滴
- AF 60-180mm F2.8 FE(2026年CP+で試作展示)
- AF 20-50mm F2 FE / AF 28-85mm F2 FE / AF 200mm F1.8 FE / AF 300mm F4 FE(2026年CP+でプロトタイプ展示)
特にCP+ 2026では、200mm F1.8や300mm F4という超望遠域のプロトタイプまで展示しており、サムヤンがかつての「広角〜中望遠の単焦点メーカー」から、フルラインナップのレンズメーカーへと変貌を遂げつつあることがわかる。
Primaシリーズ——ハイブリッドクリエイター向けの新ライン(2024〜2025年)
2024年に発売されたAF 35mm F1.4 P FEを皮切りに、サムヤンは「Prima(プリマ)」シリーズという新ラインを展開している。2025年には16mm F2.8 P FEと85mm F1.8 P FEが追加され、広角・標準・中望遠の3本でシリーズが完成した。
LKサムヤンのプレスリリースによれば、Primaシリーズは「写真とビデオグラフィーの旅を始める方にとって、最初のレンズとなるシリーズ」として位置づけられている。コンパクトさとコストパフォーマンスを重視した設計で、ハイブリッドコンテンツクリエイター向けの製品である。
LKパートナーズによる買収と社名変更(2019年・2024年)
2019年、LKパートナーズ(LK Investment Partners)がVIGパートナーズの保有する全株式を取得し、サムヤンの最大株主兼新オーナーとなった。正確にはLK Investment PartnersとA2 Partnersのコンソーシアムが組成した「LK-A2 Holdings」が株式を保有する形態である。
そして2024年3月28日、「サムヤンオプティクス」は「LKサムヤン株式会社(LK SAMYANG Co., Ltd.)」に社名を変更した。「LK」は”Leading Korea”の略であり、親グループであるLKグループの名を冠するものだ。
同時に、LKサムヤンは今後の事業領域として、従来のカメラ用交換レンズに加え、マシンビジョン、サーマルイメージングカメラ用レンズ、ドローン用レンズ、LiDAR用レンズなどへの拡大を表明している。光学技術を核として、カメラ以外の成長市場にも展開していこうという意思表示だ。
日本支社の開設(2024年)
2024年、LKサムヤンは日本に支社を開設した。これは同社にとって初の日本拠点であり、世界最大のカメラ市場のひとつである日本市場に対する本腰の姿勢を示すものだ。従来は代理店経由での販売が中心であったが、直接的な市場アクセスを確保することで、マーケティングや顧客サポートの強化が期待される。
2026年のサムヤン——現在地
2026年3月現在、LKサムヤンの製品ラインナップは以下のような構成になっている。
- AFスチルレンズ: ソニーFEマウントを中心に、Lマウント、キヤノンRFマウント、富士フイルムXマウント向け
- MFスチルレンズ: 各種マウント向け(ただし新製品はAFが中心)
- シネレンズ: XEEN、XEEN CF、XEEN Meister、VDSLRシリーズ
- AFシネレンズ: V-AFシリーズ(ソニーFEマウント)
- 共同開発レンズ: シュナイダー・クロイツナッハ × LKサムヤン AFズームシリーズ
- 特殊製品: Remaster Slim(モジュラーレンズ)
時価総額はおよそ929億ウォン(2024年5月時点)。従業員約130名。売上高は約390億ウォン(連結ベース、2023年)。決して大企業ではないが、グローバルなレンズ市場において確固たるポジションを築いている。
サムヤン(SAMYANG Optics)——韓国が生んだレンズメーカーの半世紀と、その先
- サムヤン(SAMYANG)・ロキノン(Rokinon)とは何か
- デジタル一眼レフ以前のサムヤン——OEMとミラーレンズの時代(1972〜2007)
- デジタル一眼レフ時代のサムヤン——高品質MFレンズへの転身(2008〜2015)
- ミラーレス時代のサムヤンとAFレンズへの参入(2016〜現在)
- 中華レンズとの競合——サムヤンが切り拓いた道と新たな挑戦者たち
- 欧米市場におけるサムヤンのプレゼンス——ロキノン、バウアー、そしてLKサムヤンへ
- なぜ韓国にはカメラ関連企業が少ないのか
典拠
- PetaPixel — “Samyang Unveils Its First AF Lenses! A 50 f/1.4 and a 14 f/2.8 for Sony FE”(https://petapixel.com/2016/05/03/samyang-unveils-first-af-primes-50mm-f1-4-14mm-f2-8-sony/)
- LensTip.com — Samyang AF 50 mm f/1.4 FE II Review(https://www.lenstip.com/653.0-Lens_review-Samyang_AF_50_mm_f_1.4_FE_II_.html)
- LK Samyang 公式ウェブサイト — History(https://www.lksamyang.com/en/about/history.php)
- NamuWiki — “LK삼양”(https://en.namu.wiki/w/LK삼양)
- LK Samyang プレスリリース — AF 14-24mm F2.8 FE(https://www.lksamyang.com/en/about/notice-view.php?seq=1773)
- LK Samyang プレスリリース — Prima Series(https://www.lksamyang.com/en/about/notice-view.php?seq=1799)
- Schneider-Kreuznach 公式 — Collaboration(https://schneiderkreuznach.com/en/company/news/newsroom/collaboration-schneider-kreuznach-samyang)
- DPReview — AF 24-60mm F2.8 FE(https://www.dpreview.com/news/2031694064/samyang-schneider-kreuznach-24-60mm-f2-8)
- PetaPixel — CP+ 2026 Schneider-Kreuznach x Samyang 60-180mm(https://petapixel.com/2026/02/27/first-look-at-the-schneider-kreuznach-x-samyang-60-180mm-f-2-8-lens/)
- Photo Rumors — Four new Schneider Kreuznach × LK Samyang AF lens prototypes at CP+ 2026(https://photorumors.com/2026/03/01/four-new-schneider-kreuznach-x-lk-samyang-af-lens-prototypes-20-50mm-f-2-28-85mm-f-2-200mm-f-1-8-and-300mm-f-4/)
- Sony Alpha Rumors — Samyang 1st gen AF lenses(https://www.sonyalpharumors.com/first-leaked-images-of-the-new-samyang-20-50mm-f-2-0-and-200mm-f-1-8-and-300mm-f-4-0-fe-autofocus-lens/)
- Yahoo Finance — LK Samyang Co., Ltd (225190.KQ) Company Profile(https://finance.yahoo.com/quote/225190.KQ/profile/)


