音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM(3)

2008年、キヤノンEOS 5D Mark IIがフルHD動画撮影機能を搭載して登場した。その瞬間、映像の世界は変わった。 それまで「ビデオカメラ」と「スチルカメラ」はまったく別の世界だった。だがデジタル一眼レフ(DSLR)に動画機能が搭載されたことで、フルサイズセンサーの浅い被写界深度を活かした「映画っぽい」映像が、プロの映画カメラの何分の一かのコストで手に入るようになったのだ。
この革命が、音響機器メーカーであるティアック(TASCAM)とZOOMに、思わぬ特需をもたらした。なぜなら、DSLR動画には決定的な弱点があったからだ——音声収録能力の貧弱さである。
DSLR動画の音声問題——なぜ外部レコーダーが必要だったのか
デジタル一眼レフは、もともと写真を撮るためのカメラだ。動画撮影機能はあくまで「おまけ」であり、音声収録には根本的な制約があった。
- 内蔵マイクの品質が低い:カメラボディの駆動音やオートフォーカスの作動音を拾ってしまう
- XLR入力がない:プロ用マイクを直接接続できない
- プリアンプ品質が不足:ノイズが多く、ダイナミックレンジが狭い
- AGC(自動ゲイン制御)が邪魔:勝手にレベルが上下し、プロの使用に堪えない
- 収録時間の制限:約30分で自動停止する機種が多い
こうした制約から、DSLRで動画を撮るなら「音声は外部レコーダーで収録し、ポストプロダクションで映像と同期する」というワークフローが、映像クリエイターの間で急速に広まった。まさにここに、ティアック(TASCAM)とZOOMの製品がフィットしたのだ。
TASCAMの回答——DR-60DとDR-70D
タスカムはDSLR動画のニーズに、もっとも直接的な形で応えたメーカーのひとつだ。その答えが、DR-60DとDR-70Dである。
DR-60D(2013年頃)——「DSLRのためのレコーダー」の先駆け
DR-60Dは、その名の通りDSLRとの併用を前提に設計されたリニアPCMレコーダー兼ミキサーだ。特徴的なのは、カメラの下に取り付けることを想定したデザインだ。底面に三脚ネジ穴、天面にネジ取り付け用ネジ山があり、カメラと一体化して運用できる。
- XLR/TRSコンボ入力 × 2
- 3.5mmミニジャックマイク入力
- CAMERA OUT端子——レコーダーからカメラへモニター音声を送れる
- CAMERA IN端子——カメラ側の音声をモニタリングできる
- 4トラック同時録音
- ファンタム電源対応(24V/48V)
あるレビュアーは、DR-60Dについてこう評している。「プロの機材に見えるということは重要だ。クライアントを印象づけるためにも。冗談ではない」。
DR-70D(2015年頃)——完成度を高めた後継機
DR-70DはDR-60Dの後継機で、大きな進化を遂げた。
- XLR/TRSコンボ入力が4系統に拡大(DR-60Dは2系統)
- 内蔵ステレオマイクを搭載
- 薄型化されたボディ
- ディスプレイが傾斜配置され、カメラの下に装着した際にメーターが見やすい
DR-70Dは、TASCAMが自ら「フィルムメーカーのための究極のオーディオレコーディングソリューション(The ultimate audio recording solution for filmmakers)」と謳う製品だった。インディー映画からウエディングビデオまで、幅広いシーンで採用された。
DR-701D——4K時代の対応
さらにDR-701Dでは、HDMIタイムコード同期やデュアルレコーディング(異なるレベルでの同時録音によるセーフティトラック)といった機能が追加され、カメラとの連携がさらに強化された。ビデオグラファーの中には、ショッピングモールのイベント映像をDR-701Dで収録し、内蔵マイクで会場の雰囲気をキャプチャーしつつ、外部マイクでパフォーマンスを個別録音するといった使い方をする者もいた。
ZOOMの回答——H4nとQシリーズ
一方のZOOMは、DSLR動画専用の製品を開発するというよりも、既存のHシリーズが自然にDSLRユーザーに採用されていくという形で、映像市場に浸透した。
H4n——DSLRビデオグラファーの「とりあえず」
前章でも触れたように、ZOOM H4nはDSLR動画時代の幕開けとほぼ同時期に市場に存在していた。XLR入力を備え、ファンタム電源も供給でき、内蔵マイクでもそこそこの品質で録れる。そして何より、手が届く価格だった。
DSLRで動画を始めたフリーランスの映像クリエイターたちは、「まずはH4nを買え」というアドバイスを口々に伝えあった。実際、YouTubeで「DSLR audio」と検索すれば、H4nとカメラをセットアップするチュートリアルが無数に見つかる。
Qシリーズ——音と映像を1台で
ZOOMはさらに、Qシリーズというユニークな製品群も展開した。Q2n-4Kは、ハンディビデオレコーダーと高品質ステレオレコーダーを一体化した製品だ。4K映像と高音質オーディオを同時に収録できるため、ライブパフォーマンスの収録や、ストリートパフォーマーの自分撮りに活用できる。
PCMレコーダーとフィールドレコーダー——映像制作における2つのアプローチ
映像制作における外部録音には、大きく分けて二つのアプローチがある。
リニアPCMレコーダー——手軽に高音質
リニアPCMレコーダーは、内蔵マイクでそのまま録音する、あるいは少数の外部マイクを接続して録音する、という用途に向いている。ZOOM H4nやTASCAM DR-40Xがこれにあたる。ワンオペや小規模な撮影に最適で、導入コストが低い。
フィールドレコーダー——プロの現場を支える
フィールドレコーダーは、複数のXLR入力を備え、タイムコード同期、マルチトラック録音に対応する本格的な録音機器だ。映画、CM、ドキュメンタリーなどのプロフェッショナルな現場で使われる。ZOOM F8n ProやF6がこれにあたる。
両者の違いを簡潔にまとめると、以下のようになる。
| リニアPCMレコーダー | フィールドレコーダー | |
|---|---|---|
| 代表機種 | ZOOM H4n Pro, TASCAM DR-40X | ZOOM F6/F8n Pro, Sound Devices MixPre |
| 入力数 | 2〜4 | 4〜8+ |
| タイムコード | 非対応が多い | 対応 |
| 32bitフロート | 新世代機で対応 | 対応機種が豊富 |
| 価格帯 | 約1万〜5万円 | 約5万〜20万円+ |
| 想定ユーザー | ワンオペ、フリーランス、初心者 | プロのロケーションサウンド、映画制作 |
Portacaptureと最新世代——32ビットフロートの時代へ
2020年代に入り、両社とも「32ビットフロート録音」を全面的に推進している。
TASCAMはPortacapture X8とPortacapture X6という新シリーズを投入。タッチスクリーン操作、アプリライクなUI、そしてデュアルADコンバーターによる32ビットフロート録音を搭載し、DRシリーズの次世代を担う存在だ。ビデオグラファーやポッドキャスターが直感的に操作できるよう、用途別のプリセットも用意されている。
ZOOM側では、Essentialシリーズに加え、前述のF3や、ラベリアマイク一体型の極小レコーダー「インスタマイク(Instamic)」シリーズなど、映像クリエイター向けのラインナップを充実させている。
DR-10L vs ワイヤレス——パーソナルレコーダーのパラダイム
ビデオグラファーの音声収録において、近年もうひとつの大きな潮流がある。ワイヤレスマイクシステムの普及だ。RØDE Wireless GOやDJI Micなど、コンパクトなワイヤレスラベリアが爆発的に売れている。
だが、ワイヤレスマイクには弱点がある。電波干渉、混信、到達距離の制限——特に大規模なイベントでは、電波帯域が混み合うことで音声が途切れるリスクがあるのだ。
TASCAMのDR-10Lシリーズは、この問題を根本から解決する。被写体に直接取り付けた小型レコーダーがSDカードに直接録音するため、無線接続の心配が一切不要だ。ウエディングビデオグラファーの間では、「DR-10L Proを何台か買って、ゲスト全員に付けてもらう」というワークフローが浸透している。
ミラーレス時代の今——DSLRからミラーレスへ、変わらない音声ニーズ
2020年代に入り、カメラの主流はDSLRからミラーレス機へと移行した。Sony α7シリーズ、Canon EOS Rシリーズ、Nikon Zシリーズ——いずれも動画機能が大幅に強化され、内蔵マイクの品質も向上した。それでも、プロの映像制作において外部レコーダーの需要は衰えていない。
なぜか。理由はシンプルだ。
- マルチトラック録音の必要性:複数のマイクを個別に録音し、ポストプロダクションで柔軟に編集するため
- 32ビットフロートの恩恵:レベル調整から解放されることで、ワンオペでも失敗のない音声収録が可能に
- バックアップ録音:カメラ内蔵音声とは別に、独立した高品質音声を確保するため
DSLRからミラーレスへとカメラが変わっても、「映像に良い音を届ける」というニーズは変わらない。むしろ、映像の高解像度化・高ダイナミックレンジ化が進むほど、音声の品質が映像に見合わないことが目立つようになり、外部レコーダーの重要性はむしろ増している。
両社のアプローチの違い
ティアック(TASCAM)とZOOM。どちらも「ビデオグラファーのための音声収録」という市場に製品を届けているが、そのアプローチには明確な違いがある。
| TASCAM | ZOOM | |
|---|---|---|
| 基本姿勢 | DSLR専用製品を積極的に開発(DR-60D, DR-70D等) | 汎用レコーダーが自然に映像市場に浸透(H4n等)、別途Fシリーズでプロ市場に参入 |
| カメラ連携 | カメラマウント前提の設計、CAMERA OUT/IN端子 | スタンドアロン前提の設計、モジュラーマイクシステム |
| パーソナル録音 | DR-10Lシリーズ(ラベリア一体型) | Instamicシリーズ(ウェアラブル) |
| 価格帯 | エントリーからミッドレンジに強い | エントリーからハイエンドまで幅広くカバー |
小括——音声が映像を完成させる
DSLR動画革命は、それまで音楽業界や放送業界を主戦場としていたティアックとZOOMに、「映像クリエイター」という新たな顧客層をもたらした。そして両社は、それぞれの得意な方法でこの市場に応えた。
「映像は見るもの、音声は感じるもの」とよく言われる。映像のクオリティがどれだけ高くても、音声が貧弱であれば視聴者はそれを無意識に感じ取る。ティアックとZOOMのレコーダーたちは、その「音の穴」を埋める存在として、映像の世界になくてはならない存在となったのだ。
音を録る、映像に届ける——ティアック × ZOOM (ガイドページ)
- ティアックとは——録音と再生に捧げた70年の歩み
- ZOOMとは——米Zoomとは違う、日本発の音響機器メーカー
- デジタル一眼動画革命と両社の邂逅——ビデオグラファーを支えたレコーダーたち
- 両社の得意領域と競合関係——強み・弱み・ライバルを読み解く
- カメラの外側で——アーカイブ事業と音響技術の広がり
- 株価・財務・今後の見通し——2026年以降の両社を展望する
典拠一覧
- TASCAM US「DR-60DMKII Product Page」 — https://tascam.com/us/product/dr-60dmkii
- TASCAM Europe「DR-70D Product Page」 — https://www.tascam.eu/en/dr-70d
- Transom「Tascam DR-70D Review」 — https://transom.org/2016/tascam-dr-70d/
- Sam Mallery「Tascam DR-70D Review + How It’s Useful in Video Production」 — https://www.sam-mallery.com/2015/09/tascam-dr-70d-review-how-its-useful-in-video-production/
- Ask.Video「Review: Tascam DR-60D」 — https://ask.video/article/audio-hardware/review-tascam-dr-60d
- TASCAM US「DR-10L Pro Product Page」 — https://tascam.com/us/product/dr-10l
- Medium / 12 bit log「Affordable audio recorders comparison: Tascam DR-60D MKII vs DR-70D」 — https://medium.com/@12bitlog/affordable-audio-recorders-comparison-tascam-dr-60d-mkii-vs-dr-70d-15ad0ec69d5d
- ZOOM Corporation「F6 Product Page」 — https://zoomcorp.com/en/us/field-recorders/field-recorders/f6/
- TASCAM US「Audio Hack for Wedding Videographers: Tascam DR-10L Pro」 — https://tascam.com/us/learn/detail/50621
- TASCAM US「Videographer Beals Takes DR-701D to the Mall」 — https://tascam.com/us/learn/detail/58421


