※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

あの頃の動画ファイルたち――ダイヤルアップからニコニコ、YouTubeに至る映像コーデック群雄割拠の時代

Eye-catch_2026-02-22_1700 ソフトウェア
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。 記事内のリンクから商品を購入すると、当サイトに紹介料が支払われる場合があります。
Eye-catch_2026-02-22_1700

  1. はじめに――「この動画、再生できない」という絶望
  2. まず基礎を押さえる――「コンテナ」と「コーデック」の違い
    1. コーデックとは
    2. コンテナとは
  3. 第一章:ダイヤルアップ時代の動画体験(1990年代〜2000年代初頭)
    1. 動画を「ダウンロードする」という行為
    2. RealMediaとストリーミングの夜明け
    3. QuickTime と .mov
  4. 第二章:Flashと「ストリーミング動画」の時代(2000年代前半)
    1. Macromedia Flash の支配
    2. ニコニコ動画の誕生と「FLVで全部解決」な世界
    3. YouTubeの登場(2005年〜)
  5. 第三章:PC動画コーデック戦争(2000年代前半〜中盤)
    1. MPEG-1 と MPEG-2 ――規格団体が決めたスタンダード
    2. AVI ――コンテナのカオス
    3. DivX ――海賊版との蜜月と正規化への道
    4. XviD ――オープンソースの反撃
    5. WMV ――Microsoftの動画戦略
    6. MOV / QuickTime ――Appleのコンテナ
  6. 第四章:コーデックパックという魔法と呪い
    1. K-Lite Codec Pack の伝説
    2. AviSynth ――玄人のエンコード環境
  7. 第五章:H.264の登場と次世代への扉(2000年代中盤〜後半)
    1. H.264 / AVC ――コーデックの革命
    2. MKV(Matroska)――何でも入る万能コンテナ
  8. 第六章:ガラケーと3GP ――モバイル動画の特異な世界
    1. 3GPと3G2の登場
    2. ガラケー時代の動画体験
    3. ワンセグ ――専用フォーマットのガラパゴス
  9. 第七章:ビデオカメラの乱 ――AVCHDという難敵
    1. テープからHDDへ、そしてフラッシュメモリへ
    2. AVCHDをPCで扱う苦難
    3. AVCHD Liteと.MP4の分裂
    4. GoPro と独自コーデックの問題
  10. 第八章:MP4の覇権確立(2010年代)
    1. なぜMP4がすべてを統一したか
    2. H.265(HEVC)という後継者の苦難
    3. AV1 ――次世代のオープンコーデック
  11. 第九章:再生ソフトウェアの歴史
    1. VLC ――最後の砦
    2. Windows Media Player の終焉と後継
    3. 映像編集ソフトの変遷
  12. 第十章:動画配信プラットフォームと映像フォーマットの未来
    1. ストリーミング時代のコーデック
    2. 適応型ビットレートストリーミング(ABR/HLS/DASH)
  13. 時代を超えて感じること
    1. 「再生できない」が当たり前だった時代
    2. ファイルフォーマットと「記録の保存性」
  14. まとめ:映像コーデック年表
  15. 補足:主要フォーマット一覧

はじめに――「この動画、再生できない」という絶望

「コーデックが足りません」

この一言に、何度心を折られただろうか。

2000年代前半、動画ファイルをダウンロードして再生しようとすると、真っ黒な画面か、音声だけ流れる不条理な状態になることがよくあった。DivXをインストールしたはずなのに映像だけ出ない。XviDとDivXを間違えてインストールした。Windowsのコーデックパックを入れたら他の動画が壊れた。K-Lite Codec Packをインストールして「たぶん大丈夫になったと思う」という根拠のない安心感を得た……。

音声コーデックが比較的おとなしい戦場だったとすれば、映像コーデックは完全な魔境だった。「コンテナ」と「コーデック」の違いも分からず、AVIファイルなのになぜか再生できない。拡張子が同じなのに中身がまるで違う。エンコードに挑戦したらファイルサイズが逆に増えた……。

今回は、そんな混乱と熱狂の時代を振り返りながら、映像コーデックとファイルフォーマットの歴史を辿っていく。


まず基礎を押さえる――「コンテナ」と「コーデック」の違い

映像ファイルを語る上で、最初に理解しなければならない概念がある。音声コーデックより一段複雑な「コンテナとコーデックの分離」という概念だ。

コーデックとは

映像データも、音声と同様に「コーデック(codec)」で圧縮・展開される。映像の生データはそのままでは膨大なサイズになる。フルHD(1920×1080)の映像を無圧縮で保存すれば、1秒間で数百MBになってしまう。それを人間の目の特性を利用して圧縮するのが映像コーデックだ。

映像圧縮の基本原理は「フレーム間の差分を記録する」こと。人が話す映像であれば、背景はほとんど変わらない。変化した部分(口や表情)だけを記録すれば、全フレームを独立して保存するより遥かに効率的になる。これを「フレーム間予測」と呼ぶ。

コンテナとは

「コンテナ」は、映像データ・音声データ・字幕・チャプター情報などを一つのファイルにまとめる「入れ物」だ。AVIやMP4、MKVはコンテナの名前であって、映像コーデックの名前ではない。

だから同じ「AVI」ファイルでも、中身の映像コーデックがDivXだったりXviDだったりH.263だったりする。「AVI再生できた」「AVI再生できない」という会話が成立しないのはこのためだ。

この「コンテナとコーデックの組み合わせ」という複雑さが、あの時代の混乱の根本原因だった。


第一章:ダイヤルアップ時代の動画体験(1990年代〜2000年代初頭)

動画を「ダウンロードする」という行為

56kbpsのダイヤルアップ回線で動画をダウンロードするとはどういうことか。数値で考えてみよう。

56kbpsは、理論上毎秒7KB。1MBのファイルのダウンロードに約2分かかる。当時の低ビットレート動画が1分あたり数MBだとすると、1分の動画を見るために数分待つ計算になる。しかも回線が途切れたらまた最初からやり直し(レジューム対応のツールがない時代は特に)。

それでも人々は動画をダウンロードした。ゲームのプロモーション映像、アニメの予告編、お気に入りのアーティストのミュージックビデオ。「夜中に接続してタイマーでダウンロード」は当時の常識的なワザだった。

RealMediaとストリーミングの夜明け

この時代、最初に「動画をネットで見る」体験をもたらしたのが RealMedia(拡張子.rm.rmvb)だ。

RealNetworksが開発したRealMediaは、低ビットレートでのストリーミング再生に特化していた。専用プレーヤー「RealPlayer」で再生する形式で、当時のニュースサイトや音楽サイトで広く使われた。接続速度に合わせてビットレートを自動調整する「適応型ストリーミング」の走りともいえる設計だ。

ただし、RealPlayerはとにかく評判が悪かった。スパイウェアまがいの動作、勝手に常駐するプロセス、アンインストールしても残るゴミファイル……。「RealPlayerを入れると必ずPCが重くなる」という都市伝説は半分以上本当だった。

それでも当時は「RealPlayerがなければネットの動画が見られない」という状況だったため、渋々インストールする人が多かった。

.rmvb(RealMedia Variable Bitrate)は後に登場したバリアント。DVDリッピングとの組み合わせでアニメや映画のファイル共有に使われ、当時のアングラなファイル共有コミュニティでは定番フォーマットだった。

QuickTime と .mov

Appleの QuickTime も、この時代に存在感を放っていた。拡張子.movのファイルを再生するには、QuickTimeプレーヤーのインストールが必須。

Appleの映像技術に関する先進性は本物で、QuickTimeは様々な映像コーデックのコンテナとして機能し、後のMP4規格の基礎になる。ただし、Windowsユーザーにとってはやはり「余計なソフトを入れる必要があるフォーマット」という印象が強く、特にiTunesと抱き合わせでインストールされることへの拒否感は大きかった。


第二章:Flashと「ストリーミング動画」の時代(2000年代前半)

Macromedia Flash の支配

2000年代前半のWebで「動画」といえば、まず Macromedia Flash(後にAdobe Flashに)だった。

FlashはもともとWebアニメーションのツールだったが、動画配信機能が強化されるにつれ、Webサイトの動画プレーヤーとして定着した。ブラウザに「Flash Player」プラグインさえ入っていれば、専用ソフトなしでWebページ上の動画を再生できる。この手軽さが革命的だった。

Flashが使う映像コーデックは時代と共に変わっていく。初期は Sorenson Spark(H.263ベース)、後に On2 VP6、そして最終的に H.264 へと移行した。音声はMP3またはAAC。これらをまとめるコンテナが FLV(Flash Video) だ。拡張子.flv

「FLV」ファイルの存在は、ニコニコ動画やYouTube黎明期のユーザーには馴染み深いだろう。後述するが、この時代の「Webで動画を見る」イコール「Flashで再生されるFLV」という図式が成立していた。

ニコニコ動画の誕生と「FLVで全部解決」な世界

2006年末に登場した ニコニコ動画 は、日本のインターネット文化を根底から変えた。「動画にコメントを流す」という体験は新鮮で、著作権的にグレーなコンテンツも含む膨大なアーカイブが積み上がっていった。

ニコニコ動画の初期動画フォーマットはFLVだった。投稿できる動画のビットレートや解像度は厳しく制限されており、当時は最大600kbps・512×384ピクセルが上限。それでも「動画にコメントを付けて共有できる」体験の新鮮さが、ユーザーを釘付けにした。

ニコニコ向けのエンコードは一種の職人技だった。制限された条件の中で、いかに高品質な映像を作るか。「ニコエンコ」というノウハウが各所で共有され、専用のエンコードガイドが作成された。AviUtlやVirtualDubを使ったエンコードの手順を覚えた人も多いだろう。

後にニコニコ動画はMP4(H.264+AAC)への移行を進めるが、初期のFLV文化は今でも語り草だ。

YouTubeの登場(2005年〜)

YouTube は2005年にサービスを開始し、2006年にGoogleに買収された。日本でも急速に普及し、映像共有文化が一般に広まるきっかけとなった。

初期YouTubeもFLV(On2 VP6コーデック)を採用。アップロードされた様々な形式の動画を、サーバー側でFLVに変換して配信する仕組みだった。

「YouTubeの画質が悪い」というのは当時の常識で、480p(SD画質)すら「高画質」と呼ばれた。2009年に1080pのHD動画対応が始まり、コーデックもH.264へ移行。現在は主にVP9とH.264(モバイル)、そして独自開発のAV1への移行が進んでいる。


第三章:PC動画コーデック戦争(2000年代前半〜中盤)

MPEG-1 と MPEG-2 ――規格団体が決めたスタンダード

話を少し遡ろう。映像圧縮の国際規格を策定するMPEGグループが初めて広く普及させた規格が MPEG-1 だ。

MPEG-1(1993年)はVideoCD(VCD)に使われた規格で、352×240ピクセル・1.15Mbpsという仕様だった。日本ではあまり普及しなかったが、アジア圏(香港、台湾、韓国)ではVCDが長くDVDと共存した。VCDの映像コーデックはMPEG-1 Video、音声はMPEG-1 Audio Layer II(MP2)。.datという独特な拡張子のファイルを見たことがある人もいるだろう。

MPEG-2(1995年)はDVDとデジタル放送の標準規格として普及した。解像度は最大720×480(NTSC)または720×576(PAL)、ビットレートは最大15Mbps程度。DVDレコーダーで録画した番組がこの形式になる。

MPEG-2は高品質な反面、圧縮効率は良くない。DVDの映像を2時間収めるだけで数GB使う。これを「もっと小さいサイズに、しかし高画質に」変換しようとしたのが、PC動画エンコードの文化だ。

AVI ――コンテナのカオス

AVI(Audio Video Interleave)は、Microsoftが1992年に策定したコンテナフォーマットだ。拡張子.avi

AVIは「コンテナ」であり、中身のコーデックは何でも入れられる。これが最大の問題を生んだ。同じ.aviファイルでも、映像コーデックがMJPEG、Indeo、Cinepak、DivX、XviD、H.264……と千差万別。「AVIファイルが再生できない」という問題の大半は「コンテナのAVIは正しいが、中のコーデックがない」だった。

またAVIには4GBの壁という問題もあった。初期のFAT32ファイルシステムでは4GB以上のファイルを扱えず、長時間の動画は分割するしかなかった。OpenDMLという拡張仕様で回避できたが、対応ソフトが限られた。

2000年代前半のダウンロード動画の多くはAVI形式で、中身はDivXかXviDだった。

DivX ――海賊版との蜜月と正規化への道

DivX は、MPEG-4 Part 2(MPEG-4 ASP)をベースにした映像コーデックだ。その誕生の経緯が非常に興味深い。

1998年、Jerome氏(後のGauList)というハッカーが、MicrosoftのASF形式のDRMを解除するツールを作った際に、副産物として映像コーデックが生まれた。これが「DivX ;-)」(セミコロンと括弧が特徴)と呼ばれた初期DivXで、明らかにアングラな出自だった。

その後、DivX Networks(現在のDivX, LLC)が正式なコーデックとして開発を引き継ぎ、DVD映像を700MBのCD-R(いわゆる「DVDリップ」)に収めるための標準ツールとして広まった。DVD1枚(約4〜8GB)をCD-R1〜2枚のサイズに圧縮しつつ、それなりの画質を保つ技術は当時「魔法」のように思えた。

DivX再生に対応したDVDプレーヤー(家電)も登場し、一時期は「DivX再生対応」がプレーヤーの売り文句になるほどだった。

XviD ――オープンソースの反撃

DivXが商用化・プロプライエタリ化していく中、オープンソースコミュニティが作ったのが XviD だ(DivXを逆さに読むとXiviD→XviD)。

MPEG-4 ASPの完全なオープンソース実装として、DivXと互換性を持ちながらも自由に使えるコーデックとして普及した。圧縮効率はDivXと同等かやや優れており、特にアニメのエンコードコミュニティで愛用された。

「DivXかXviDか」という選択はオーディオでいう「MP3かOgg Vorbisか」に似た構図で、オープンソース支持者はXviDを選んだ。しかし最終的には、次世代コーデックH.264の登場によって両者ともに過去のものになっていく。

WMV ――Microsoftの動画戦略

WMV(Windows Media Video)は音声のWMAと対をなすMicrosoftの映像コーデックだ。コンテナはASF(Advanced Systems Format)で、拡張子は.wmv.asf

Windows XP時代のPCにデフォルトで入っているWindows Media Playerが対応しており、普及の敷居は低かった。WMV9はMPEG-4 Part 2より効率的で、DVD品質の映像をより小さなファイルに収めることができた。

Microsoftはこれを「VC-1」としてSMPTE規格に提出し、Blu-rayの対応コーデックの一つになった。しかし、DivXやXviDのコミュニティ文化を持たないWMVは、メインストリームのWindowsユーザーには広まったが、エンコード文化の中心にはなれなかった。

DRMとの統合もWMAと同様で、コンテンツ保護の面でレコード会社や映像制作者に好まれたが、ユーザーには不自由を強いた。

MOV / QuickTime ――Appleのコンテナ

MOV はAppleのQuickTimeコンテナの拡張子で、映像・音声・テキスト(字幕)などを格納できる柔軟なフォーマットだ。

MOV自体はコーデックの名前ではなく、中に入る映像コーデックは時代によって様々(Motion JPEG、Sorenson Video 3、H.264など)。QuickTime Playerがなければ再生できないことが多く、WindowsユーザーはQuickTimeのインストールを強いられた。

後述するMP4規格はMOVをベースに設計されており、MOVとMP4はほぼ同じ構造を持っている。MacとWindowsを行き来するユーザーには「MOVをMP4に変換する」という作業が定番だった。


第四章:コーデックパックという魔法と呪い

K-Lite Codec Pack の伝説

2000年代中盤、「コーデックを個別に入れる」のが面倒な一般ユーザーの救世主として登場したのが K-Lite Codec Pack だ。

DivX、XviD、AC3、DTS、Ogg、各種コーデックを一括インストールできるパッケージで、「K-Liteを入れれば大抵の動画は再生できる」という評判が口コミで広がった。インストーラーを実行してNextを押し続けるだけで、ほぼあらゆる動画ファイルに対応できるようになる手軽さは画期的だった。

ただし、問題も多かった。不要なコーデックまで大量にインストールされ、システムの映像コーデック周りが複雑怪奇になった。他のソフトと競合してかえって再生できなくなる、Windows Media Playerが挙動不審になる、といったトラブルも頻発。「K-Liteで直した」「K-Liteで壊した」の両方の事例が同じフォーラムに並ぶ光景は珍しくなかった。

The KMPlayerGOM Player(韓国製)、VLC(フランス・VideoLAN製)といった「自前でコーデックを持つプレーヤー」の登場は、このコーデック戦争の混乱を緩和した。特にVLCは「とりあえずVLCで開けば再生できる」という信頼を勝ち取り、今日まで現役だ。

AviSynth ――玄人のエンコード環境

当時のエンコードマニアの間で絶大な支持を得ていたのが AviSynth という独特なツールだ。

AviSynthはスクリプト言語で映像処理のパイプラインを記述するフレームワーク。映像の読み込み、インターレース解除、リサイズ、ノイズ除去、字幕焼き込みなどを組み合わせて、エンコード前の前処理を自動化できる。

GUIではなくテキストスクリプトで処理を記述するので、習得に時間がかかる。しかし使いこなせれば、あらゆる映像処理をバッチで自動化できる強力なツールだ。2000年代中盤のアニメエンコードコミュニティでは、AviSynth+x264の組み合わせが「最高のアニメエンコード環境」として広まった。

後継として VapourSynth(Pythonベース)が登場し、現在もハイエンドなエンコード環境で使われている。


第五章:H.264の登場と次世代への扉(2000年代中盤〜後半)

H.264 / AVC ――コーデックの革命

2003年に標準化された H.264(正式名称:MPEG-4 Part 10、またはAVC:Advanced Video Coding)は、映像コーデックの歴史を変えた。

開発はITU-TとISO/IECが共同で行い、フラウンホーファー研究所や多くの企業が参加した。H.264の革新は圧縮効率の劇的な向上にある。同画質のMPEG-2比でファイルサイズが半分程度になり、Blu-rayの主力コーデック、地上デジタル放送の一部、スマートフォン動画の標準として急速に普及した。

H.264が広まった背景には、オープンソースエンコーダー x264 の存在が大きい。2004年頃から開発が始まったx264は、品質と速度のバランスが非常に優れており、無料で使えるH.264エンコーダーとして爆発的に普及した。

「アニメをx264でエンコードする文化」はニコニコ動画の普及と共に一気に広まった。ニコニコがMP4(H.264+AAC)を標準にしたことで、ユーザーは自然とH.264へ移行した。

MKV(Matroska)――何でも入る万能コンテナ

H.264の普及と時を同じくして台頭したコンテナが MKV(Matroska Video)だ。

Matroskは2002年に開発が始まったオープンソースのコンテナフォーマット。H.264、H.265、VP9など様々な映像コーデック、多言語音声(複数の音声トラック)、字幕トラック(SRT、ASS/SSAなど多形式)、チャプター情報をすべて1つのファイルに格納できる。

AVI(4GBの壁、字幕が面倒)やMP4(字幕の種類が限られる)と比べて自由度が高く、特にアニメのブルーレイリップコミュニティで標準になった。「BD(ブルーレイ)リップ」のファイルがほぼ必ずMKVなのは、この汎用性の高さゆえだ。

ニコニコ動画の「外部プレーヤー」文化と、サブカル系コンテンツの共有において、MKVは欠かせない存在になった。


第六章:ガラケーと3GP ――モバイル動画の特異な世界

3GPと3G2の登場

携帯電話で動画を扱うための規格として生まれたのが 3GP(Third Generation Partnership Project)と 3G2 だ。

3GPは2001年に3GPPが策定した規格で、主にWCDMA(W-CDMA)系キャリア(DoCoMoなど)向けに設計された。映像コーデックはH.263またはMPEG-4 ASP、音声はAMR(電話品質の低ビットレート音声)が基本だった。3G2はCDMA2000系(au)向けの対応規格で、日本ではauがこちらを採用していた。

解像度は176×144(QCIF)または320×240(QVGA)程度。ビットレートは数十〜数百kbps。現代の感覚ではとても「映像」と呼べる品質ではないが、モバイル回線の限界から生まれた必然的な仕様だった。

ガラケー時代の動画体験

DoCoMoのFOMAが動画メール(Dビデオ)に対応し始めた2000年代前半、「携帯電話で映像を見る」体験は新鮮だった。しかし実態は、切手サイズの解像度でガビガビした画質の映像を数十秒見るだけ。パケット代は恐ろしい速度で消えていった。

「着うた」「着うたフル」に動画版として「着うた動画」が登場したのもこの時代だ。ミュージックビデオの数秒〜数十秒を携帯で見るだけで、当時はそれが新体験だった。

PCで作った3GPファイルを携帯に送るには専用のコンバーターが必要で、「3GP変換くん」「携帯動画変換君」といった専用ソフトが重宝された。特に「携帯動画変換君」はFFmpegをGUIで使えるようにしたツールで、様々な携帯向け動画変換に対応し、多くの人が使った。

ワンセグ ――専用フォーマットのガラパゴス

2006年に日本で開始されたワンセグ放送も、独自の映像フォーマットを持っていた。映像はH.264(BP:Baseline Profile)、音声はHE-AAC v2、コンテナは独自規格という組み合わせ。携帯電話やワンセグチューナー付き機器でしか正規には再生できない仕様だった。

録画データの「.seg」や「.3g2」ファイルを変換して保存しようとしたユーザーは、著作権管理(B-CAS相当の仕組み)の壁にぶつかった。


第七章:ビデオカメラの乱 ――AVCHDという難敵

テープからHDDへ、そしてフラッシュメモリへ

2000年代中盤、家庭用ビデオカメラは大きな変革を迎えた。かつてのミニDVテープから、HDDやDVDディスクへの記録メディアの移行が起き、さらにフラッシュメモリ(SDカード)への移行が始まった。それと共に、映像フォーマットも大きく変わった。

AVCHD(Advanced Video Codec High Definition)は、2006年にSonyとPanasonicが共同開発した業務・民生用デジタルビデオカメラ向けの規格だ。

  • 映像コーデック:H.264/AVC(High Profile)
  • 音声コーデック:Dolby Digital(AC-3)またはLinear PCM
  • コンテナ:MPEG-2 Transport Stream(.MTS/.M2TS)

フルHD(1920×1080)の映像を高品質に記録できるが、編集には対応した専用ソフトが必要で、汎用の映像プレーヤーでは再生できないことが多かった。

AVCHDをPCで扱う苦難

AVCHDカメラで撮影した映像をPCで編集しようとして、壁にぶつかった人は多い。

まず、SDカードやメモリースティック内のディレクトリ構造が独特だった。AVCHDは単一のファイルではなく、PRIVATE/AVCHD/BDMV/STREAM/という深いフォルダ構造の中に.MTSファイルが格納される仕組みだった。普通にファイルを開こうとしてもどこにあるか分からない。

次に、H.264(High Profile)のデコードはCPUへの負荷が高く、当時のPCスペックでは編集時の再生が重かった。Core 2 Duo世代のCPUでもフルHDのプレビューはカクカクすることが珍しくなかった。

「AVCHDのMTSファイルをどうやってMP4に変換するか」はYahoo!知恵袋や各種フォーラムで頻繁に質問されていた。HandBrake(当時はまだ発展途上)、MediaInfo、TMPGEnc Video Mastering Worksなどが活躍した。

AVCHD Liteと.MP4の分裂

AVCHDの普及と同時期に、同じH.264映像を使いながら「普通のMP4ファイル」として保存するカメラも登場した。PanasonicのLUMIXシリーズなどが採用した「AVCHD Lite」(720p対応版)や、後のMP4モードがそれだ。

同じH.264映像なのに、AVCHDのMTSとMP4では扱いが全く違う。「なぜ同じH.264なのにコンテナが違うのか」と混乱したユーザーは多かった。現在はほとんどのカメラメーカーがMP4での記録を標準としており、AVCHDは過去のフォーマットになりつつある。

GoPro と独自コーデックの問題

アクションカムの代名詞 GoPro も、初期はH.264+MP4が基本だったが、独自の拡張フォーマット(GOPROのメタデータ)を持っていたため、汎用ソフトでは正確に扱えない部分があった。

また、2018年頃から GoPro Cine(.gpr)という独自RAW形式や、HEVC(H.265)の採用なども始まり、「GoPro映像の編集」は常にソフトウェア対応との戦いを強いられる側面があった。


第八章:MP4の覇権確立(2010年代)

なぜMP4がすべてを統一したか

MP4(MPEG-4 Part 14)は、AppleのQuickTime(MOV)をベースに策定された国際規格のコンテナだ。拡張子.mp4(音声のみの場合は.m4a.m4vなど)。

映像コーデックとしてH.264(主流)、音声コーデックとしてAAC(主流)を組み合わせたMP4が、スマートフォンの普及と共に事実上の「動画ファイルの標準」になった。理由は単純で、iPhoneが採用したことだ。

iPhoneの動画撮影機能は当初からH.264+AACのMP4を採用。撮影した動画はそのままYouTubeやSNSにアップロードできる。AndroidスマートフォンもMP4を採用。動画プラットフォーム各社もMP4+H.264を受け入れる。こうして「動画といえばMP4」という世界が完成した。

H.265(HEVC)という後継者の苦難

2013年に標準化された H.265(HEVC:High Efficiency Video Coding)は、H.264の後継として設計された。同画質でH.264の半分のビットレートという圧縮効率を誇り、4K映像の配信・保存に最適とされた。

しかし、H.265は普及の面で苦戦した。最大の理由は特許問題だ。複数の特許プールが乱立し、ライセンス料の不透明さが各社の採用を躊躇させた。

一方でGoogleはH.265に対抗すべく、VP9(2013年)を無償で公開。YouTubeはVP9を積極的に採用し、PCのChrome、Firefox、Operaブラウザがサポートした。VP9はiOS・Safariが長らく対応しなかったため、「ブラウザによって映像品質が違う」という状況が続いた。

AV1 ――次世代のオープンコーデック

2018年にAllianceForOpenMedia(AOM)が公開した AV1 は、GoogleのVP9の後継として、MicrosoftのWindows Media、AppleのHEVC、その他の特許コーデックすべてに対抗するロイヤリティフリーな次世代コーデックだ。

AOM の設立メンバーにはGoogle、Microsoft、Mozilla、Netflix、Amazon、Intel、AMD、ARMなどが名を連ねており、まさに業界総出でH.265の特許問題を回避するために作られたコーデックといえる。

YouTubeは既にAV1配信を開始しており、Netflix、Prime VideoもAV1を採用。ブラウザの対応も進み、次の10年はAV1が映像コーデックの主役になる可能性が高い。


第九章:再生ソフトウェアの歴史

VLC ――最後の砦

フランスのVideoLAN プロジェクトが開発した VLC media player は、「これ一本でほぼ何でも再生できる」プレーヤーとして不動の地位を確立している。

DVDの再生はもちろん、Blu-ray(一部制限あり)、MTS、MKV、FLV、3GP、RMVBなど、ほぼあらゆるコンテナとコーデックの組み合わせに対応している。しかもオープンソースで完全無料。Windows、Mac、Linux、iOS、Androidに対応している。

2000年代のカオスなコーデック環境を乗り越えてきた人々にとって、VLCは「何も考えずとりあえずここに放り込めば何とかなる」という絶大な信頼を持つ。

Windows Media Player の終焉と後継

Windows Media Playerは長くWindowsの標準プレーヤーとして君臨したが、Windows 11では「Windows Media Player(レガシー)」として事実上引退。後継の「メディアプレーヤー」(Media Player)に役割を引き継いだが、K-Liteの力を借りなければ再生できないファイルは今もある。

映像編集ソフトの変遷

VirtualDub(2001年頃)はAVI編集の定番ツール。フィルタリングやトリミングが無料でできる軽量なソフトとして重宝された。後継の VirtualDub2 はMP4やMKVにも対応。

AviUtl(1997年〜)は日本の開発者・KENくん氏が作ったAVI編集ソフトで、豊富なプラグインによりエンコードツールとして普及した。特にニコニコ動画向けエンコードの定番ツールとして、今日まで使われ続けている。H.264のエンコードにプラグインのL-SMASH Works+x264guiExを組み合わせたAviUtl環境は、一時期のアニメエンコードの黄金標準だった。

Handbrake(2003年〜)はクロスプラットフォームのビデオトランスコーダー。初期はDVDリッピング用ツールとしての性格が強かったが、現在はAVCHD→MP4、MKV→MP4など汎用の変換ツールとして世界中で使われている。完全無料・オープンソース。


第十章:動画配信プラットフォームと映像フォーマットの未来

ストリーミング時代のコーデック

動画を「ファイルでダウンロード」する時代から「ストリーミングで視聴」する時代へ。この移行により、映像コーデックの選択は個人の手を離れ、プラットフォーム側の問題になった。

Netflix:H.264(通常)、H.265(4K/HDR)、AV1(一部)
YouTube:H.264(互換性重視)、VP9(PC高画質)、AV1(最高品質)
Amazon Prime Video:H.264、H.265、AV1
Disney+:H.264、H.265
ニコニコ動画:H.264+AAC(MP4)

ユーザーが意識せずとも、裏では最適なコーデックが自動選択されている。かつてDivXとXviDの違いを必死に調べたあの頃とは、隔世の感がある。

適応型ビットレートストリーミング(ABR/HLS/DASH)

現代の動画ストリーミングでは、単一のファイルを配信するのではなく、画質の異なる複数バージョンを用意して回線速度に応じて切り替える「適応型ビットレートストリーミング」が標準だ。

HLS(HTTP Live Streaming)はAppleが開発した規格で、.m3u8プレイリストと.tsファイルの組み合わせで実現する。
MPEG-DASHはISO標準の対応規格で、各社が採用している。

かつてRealMediaが「接続速度に合わせて自動調整」をウリにしていたことを考えると、その思想は現代の標準技術として結実したと言えるだろう。


時代を超えて感じること

「再生できない」が当たり前だった時代

2000年代のPC動画環境を経験した人には、あの「コーデックエラー」との格闘が懐かしく感じられるだろうか。QuickTimeを入れるとRealPlayerが壊れ、K-Liteを入れるとWindows Media Playerが怪しくなる。Directshow、VFW、ACMといった専門用語を調べながら、コーデックの依存関係を解明しようとした夜。

それが現在では、「iPhone で撮ってそのままSNSに上げる」で完結する。

この変化は、技術の発展の賜物であると同時に、あの時代の混乱と試行錯誤が積み重なった結果でもある。DivXやXviDのコミュニティが培ったH.264活用のノウハウは、x264へと結実し、現代のH.264エコシステムを支えた。AviUtlで磨かれたエンコードの文化は、今なお動画制作者の基礎体力になっている。

ファイルフォーマットと「記録の保存性」

もう一つ、この歴史から学べることがある。特定の企業のフォーマットに依存したコンテンツは、その企業の都合で「見られなくなる」リスクがある。

RealMediaで配信されたコンテンツのうち、今日でも再生できるものがどれほどあるだろうか。DRM付きWMVやATRACの音楽は、ライセンスサーバーの終了と共に消えた。ガラケーの3GPファイルを今のスマートフォンで再生しようとしたら、変換ツールが必要になる。

一方で、オープンなコンテナ(MKV、MP4)とオープンなコーデック(H.264、VP9)で記録された映像は、将来的な再生互換性が高い。「デジタルアーカイブ」という観点から、フォーマット選択の重要性を学んだのも、この激動の時代だったかもしれない。


まとめ:映像コーデック年表

年代出来事
1993年MPEG-1標準化(VideoCD用)
1995年MPEG-2標準化(DVD・デジタル放送)
1997年RealMedia/RealPlayer 普及開始
1998年DivX 😉 登場(アングラなルーツ)
1999年WMV登場、DivX正式版リリース
2001年XviD登場(DivXのオープン対抗馬)、3GP規格策定
2002年MKV(Matroska)開発開始
2003年H.264/AVC標準化
2005年YouTube開始(FLV/VP6)、x264開発本格化
2006年ニコニコ動画サービス開始(FLV)、AVCHD規格策定
2007年iPhone発売(H.264採用)
2009年YouTube HD対応(H.264へ移行開始)
2010年Adobe Flash(Webでの動画)全盛期
2013年H.265/HEVC標準化、VP9公開
2015年Adobe FlashのEOL発表(正式EOLは2020年)
2018年AV1公開(ロイヤリティフリーの次世代コーデック)
2020年Adobe Flash Player EOL、Flashコンテンツが再生不能へ
2024年〜AV1普及期、H.266/VVC登場

補足:主要フォーマット一覧

フォーマット種別最盛期現状
AVIコンテナ1990年代〜2000年代レガシー
WMV/ASFコーデック+コンテナ2000年代レガシー
RealMedia (.rmvb)コーデック+コンテナ2000年代ほぼ消滅
MOV (QuickTime)コンテナ2000年代〜Mac現役
FLVコンテナ(Flash用)2005〜2015年消滅
MKVコンテナ2005年〜現役
MP4コンテナ2007年〜主流
3GP / 3G2コンテナ(モバイル)2001〜2012年ほぼ消滅
AVCHD (.MTS)コンテナ(業務用)2006〜2015年衰退中
DivX映像コーデック1998〜2007年レガシー
XviD映像コーデック2001〜2008年レガシー
H.264/AVC映像コーデック2004年〜主流
H.265/HEVC映像コーデック2013年〜4K向けに普及
VP9映像コーデック2013年〜YouTube等で現役
AV1映像コーデック2018年〜普及中
H.266/VVC映像コーデック2022年〜普及はこれから

「コーデックが足りません」と画面に表示されるたびに、私たちは少しずつ賢くなっていった。あの頃の苦労を懐かしむ人は、今日も何かしらエンコードしているに違いない。

タイトルとURLをコピーしました