※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。

アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ | アナモルフィック・クロニクル(5)

レンズ
※当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。 記事内のリンクから商品を購入すると、当サイトに紹介料が支払われる場合があります。

アナモルフィック・クロニクル 第5回

※Google Geminiを用いて生成したイメージ画像です。

映画館のプロジェクションレンズを撮影用に「逆転」させるという発想は、いつ、どのようにして生まれたのか。デュアルフォーカスの呪いを克服したシングルフォーカス・アダプターの登場、そしてDIYコミュニティが育てたアナモルフィック文化を追う。


アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES

  1. アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
  2. シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
  3. Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
  4. アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
  5. アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
  6. 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
  7. 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
  8. アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪

プロジェクションレンズ転用——「映す側」を「撮る側」へ

アナモルフィック撮影は本来、高価なシネレンズとそれに対応するカメラシステムを必要とする。Panavision、Hawk、ARRI/Zeissといったメーカーのアナモルフィックレンズは1本あたり数千ドルから数万ドルの価格帯であり、個人が購入する類のものではなかった。

転機は、映画館のデジタル化にある。

2000年代後半から2010年代にかけて、世界中の映画館がフィルム上映からデジタルプロジェクションへの移行を急速に進めた。この過程で、35mmフィルム用のアナモルフィック・プロジェクションレンズが大量に不要となり、中古市場に流出した。映画館の上映用アナモルフィックレンズ——ISCO(ドイツ)、Kowa(日本・興和光学)、Sankor(日本)、LOMO(ロシア)、Schneider(ドイツ)、Möller(ドイツ)——は、もともと撮影用レンズの前面に取り付けて使う「アタッチメント型」のアナモルフィック光学系と同じ原理で設計されている。つまり、理論上はカメラレンズの前に装着すれば撮影にも使える。

この「プロジェクションレンズの転用」というアイデア自体は古くから存在したが、デジタルシネマの普及でプロジェクションレンズが安価に入手できるようになったことで、2000年代後半から爆発的に広がった。eBayやフォーラムで数十ドルから数百ドルで取引されるプロジェクション用アナモルフィックレンズは、インディペンデント映像制作者にとって「本物のアナモルフィック・ルック」への最も安価な入口となった。

主なプロジェクション用アナモルフィックレンズ

ISCO Gottingen(ドイツ)——映画館用プロジェクションレンズの代名詞的存在。ISCO Ultra Star、Widestar、CentaStarなどのモデルがあり、特にISCO Ultra Star 2xは転用ユーザーに高い人気を誇った。比較的シャープな描写とコンパクトなサイズが評価された。

Kowa(日本・興和光学)——興和光学製のアナモルフィック・プロジェクションアタッチメントは、Kowa 16-H、Kowa 8Z、Kowa Prominar(Bell & Howell向けOEM)など複数のモデルが知られる。特にKowa 16-Hは比較的大きなイメージサークルと美しいフレア特性で、転用コミュニティで伝説的な人気を獲得した。16mm映写機用のため入手性は限られるが、独特の青みがかったフレアは多くの映像制作者を魅了した。

Sankor(日本)——Sankor 16Cや16Fなど、16mm映写機向けのアナモルフィックアタッチメント。比較的小型で入手しやすく、入門用として選ばれることが多かった。

LOMO(ロシア)——ソビエト連邦時代のLOMO(レニングラード光学機械合同)が製造したアナモルフィック・プロジェクションレンズ。35-NAP2-3Mなどのモデルがあり、独特のフレアとボケ味で知られる。ロシア・東欧からの輸出品として比較的安価に流通した。

Schneider Cinelux / Möller(ドイツ)——Schneider-Kreuznach社のCineluxシリーズ、およびJ.D. Möller社のAnamorphotシリーズ。ともにドイツ光学の精密さを持ち、中古市場では比較的高値で取引された。


デュアルフォーカス問題——アナモルフィックアダプター最大の弱点

プロジェクションレンズの転用には、致命的ともいえる運用上の問題があった。デュアルフォーカス(二重フォーカス) の問題である。

撮影用レンズ(テイキングレンズ)とアナモルフィックアダプターは、それぞれ独立した光学系である。テイキングレンズには当然フォーカスリングがあり、被写体にピントを合わせる。しかしアナモルフィックアダプター側にもフォーカス機構があり、こちらも被写体距離に応じて調整しなければならない。

つまり、撮影者は 2つのフォーカスリングを同時に操作 して、両方のピントを被写体に合わせる必要がある。テイキングレンズ側のピントだけを合わせてアダプター側を調整し忘れると、水平方向と垂直方向でピント位置がずれ、被写体が部分的にボケた奇妙な映像になる。

この問題は特に動きのあるシーンで深刻だった。被写体が前後に移動するたびに2つのフォーカスリングを連動して回す必要があり、フォーカスプラーとしての技術的難易度は極めて高い。実質的に、リハーサルなしのドキュメンタリー撮影やランアンドガン・スタイルの撮影では使い物にならなかった。

対処法の模索

初期のアダプターユーザーたちは、さまざまな方法でデュアルフォーカス問題に対処しようとした。

  • テイキングレンズを無限遠に固定し、アダプター側のフォーカスのみを使う——画質の低下とフォーカス範囲の制限を伴うが、最も簡便な方法。しかしテイキングレンズの絞りとの相互作用で周辺画質が著しく低下することがあった。
  • ダイオプター(クローズアップレンズ)をアダプターの前面に装着する——近距離撮影時の補正に使われたが、画質への影響は避けられなかった。
  • 特定の焦点距離・被写体距離の組み合わせでフォーカスポイントをマーキングする——事前にテスト撮影を行い、テイキングレンズとアダプターの対応表を作成するという、地道な方法。

いずれも根本的な解決にはならず、アナモルフィックアダプターは「美しいが使いにくい」という評価が定着していた。


シングルフォーカス・ソリューションの誕生

デュアルフォーカス問題を光学的に解決するアプローチが登場したのは、2010年代に入ってからである。

Rectilux 3FF-W

デュアルフォーカス問題に対する最も画期的な解決策は、Rectilux(レクティラックス) が開発した 3FF-W(3-element Front Focusing Wide)であった。

Rectiluxはイギリスを拠点とするアナモルフィックアダプター専門の小規模メーカーで、光学設計者のJohn Barlow氏が中心となって開発を行っていた。3FF-Wは、アナモルフィックアダプターの前面に装着する補正レンズユニットで、3枚構成の光学系によってアダプター側のフォーカスを不要にし、テイキングレンズのフォーカスリングだけで全体のピント合わせを可能にした。

これにより、撮影者は通常のスフェリカルレンズと同じ感覚でフォーカス操作を行えるようになった。「シングルフォーカス・ソリューション」 と呼ばれるこのアプローチは、アナモルフィックアダプターの実用性を劇的に向上させた。

Rectilux 3FF-Wの価格は数百ドル程度であり、プロジェクションレンズと組み合わせても総額1,000ドル以下でシングルフォーカスのアナモルフィックシステムを構築できた。これはPanavisionやHawkのレンズレンタル費用(1日あたり数百ドル〜)と比較すれば破格であった。

Rectiluxはその後、さまざまなプロジェクションレンズに対応するバリエーションを展開し、アナモルフィックアダプター・コミュニティにおいて不可欠な存在となった。

FM Lens(フィリピン)

FM Lens はフィリピンを拠点とする小規模メーカーで、Rectiluxと同様にシングルフォーカスアダプター(SFA)を開発・販売した。価格帯はRectiluxよりやや低めに設定されており、エントリーユーザーの選択肢を広げた。

Vid-Atlantic(アメリカ)

Vid-Atlantic はアメリカのアナモルフィック関連アクセサリーメーカーで、クランプシステムやフィルターアダプターなど、プロジェクションレンズ転用に必要な周辺機材を手がけた。直接的なシングルフォーカス・ソリューションというよりは、アダプターシステム全体の使い勝手を向上させるアクセサリー群を提供した。


SLR Magic——アダプターから専用レンズへの橋渡し

SLR Magic(エスエルアール・マジック)は、香港を拠点とするレンズメーカーで、アナモルフィックアダプターの歴史において特筆すべき存在である。

Anamorphot 1.33x——アダプター型の到達点

2013年〜2014年にかけて、SLR Magicは Anamorphot 1.33x シリーズを発売した。これはプロジェクションレンズの転用ではなく、撮影専用に設計されたアナモルフィックアダプター であった。

Anamorphot 1.33xは、SLR Magicの50mm等のテイキングレンズに装着して使用するアダプターで、1.33倍のアナモルフィック圧縮を提供した。最大の特徴は、テイキングレンズとの組み合わせにおいてシングルフォーカスで運用できるよう設計されている点である。つまり、プロジェクションレンズ転用で問題となっていたデュアルフォーカスの煩わしさがなかった。

コンパクトなフォームファクターとMFT(マイクロフォーサーズ)マウント対応により、Panasonic GH4やBlackmagic Pocket Cinema Camera(初代)といった当時の人気カメラとの組み合わせで多くのユーザーに採用された。

SLR Magic 1,33x – 40 アナモルフィックアダプター (Compact)
created by Rinker

PLマウント・シネレンズへの展開

SLR Magicはその後、アダプター型からさらに進化し、Anamorphot-CINE シリーズとしてアナモルフィック光学系をレンズ内に統合した一体型レンズを開発した。2015年に発表されたAnamorphot-CINE 1.33x PLマウントセット(35mm、50mm、70mm)は、PLマウント対応のアナモルフィック・シネレンズであり、2016年に出荷が開始された。また、Anamorphot-CINE 2x 35mm T2.4(MFTマウント)は、マイクロフォーサーズ用の2倍圧縮アナモルフィックレンズとして、より手軽なシステムを提供した。これらのレンズは、香港の光学メーカーがアナモルフィックレンズ市場に参入できることを証明し、後の中華アナモルフィックレンズ・ブームの先駆けとなった。

SLR Magic 1.33x Anamorphot-CINE 35mm T2.4
created by Rinker

DIYアナモルフィック・カルチャー

アナモルフィックアダプターの歴史を語るうえで欠かせないのが、DIY(自作)コミュニティ の存在である。

フォーラムとコミュニティ

2000年代後半から2010年代にかけて、DVXuser、EOSHD、Anamorphic on a Budget(Tito Ferradans氏運営)、Reduser(RED公式フォーラム)、Personal Viewといったオンラインフォーラムが、アナモルフィックアダプター情報の集約拠点となった。

なかでも Tito Ferradans 氏が運営するブログ・YouTubeチャンネル「Anamorphic on a Budget」は、プロジェクションレンズ転用の実践的なガイドとして決定的な影響力を持った。各種プロジェクションレンズのレビュー、テイキングレンズとの相性テスト、クランプやフィルターの選び方、デスクイーズ(圧縮映像の展開)ワークフローまで、アナモルフィックアダプター運用に必要なあらゆる知識を体系的に発信した。

Ferradans氏はブラジル出身の映像制作者で、アナモルフィックアダプターに関する膨大な知見を個人で蓄積・公開し続けた。同氏のコンテンツは、世界中のインディペンデント映像制作者がアナモルフィック撮影に踏み出すきっかけとなった。

自作マウントと改造

DIYコミュニティでは、3Dプリンターを使ったカスタムクランプの製作、ステップアップリングの多段重ねによるアダプター装着、テイキングレンズとアダプターを連結するカスタムチューブの自作など、さまざまな工夫が共有された。

プロジェクションレンズはもともとカメラ用に設計されていないため、カメラレンズへの物理的な装着方法自体が課題であった。レンズクランプ(Vid-Atlanticなどが製品化)やフィルタースレッドを利用した接続、さらにはアルミ削り出しのカスタムアダプターなど、さまざまなアプローチが試みられた。

こうしたDIYカルチャーは、「アナモルフィック撮影は映画スタジオだけのもの」という固定観念を打ち破り、「手の届くアナモルフィック」 という概念を確立した。この文化的土壌がなければ、後に中国メーカーが参入するアナモルフィック市場は存在しなかった可能性がある。


アダプターから専用レンズへ——パラダイムの転換

2010年代半ばまでに、アナモルフィックアダプターのエコシステムは成熟し、同時にその限界も明確になっていた。

アダプター方式の利点:

  • 既存のスフェリカルレンズ資産を活用できる
  • プロジェクションレンズの中古価格が安い
  • 組み合わせの自由度が高い

アダプター方式の限界:

  • 光学的な妥協(周辺画質の低下、ヴィネット、色収差)
  • システム全体が大型・重量化する
  • デュアルフォーカス問題(シングルフォーカス・ソリューション使用時でも完全ではない)
  • 再現性の低さ(個体差、組み合わせによる差異)
  • プロフェッショナルな現場での信頼性に欠ける

このため、2010年代後半には「アダプターではなく、最初からアナモルフィック光学系を内蔵した専用レンズ」への需要が急速に高まった。しかし、Panavision、Hawk(Vantage)、ARRI/Zeiss Master Anamorphicといった既存のプロフェッショナル向けレンズは依然として高価であり、ハイエンド以外の市場には空白が存在した。

この空白を埋めたのが、中国のレンズメーカーたちである。アダプター文化が醸成した「安価なアナモルフィック」への需要と、デジタルシネマカメラの普及による市場拡大を背景に、SLR Magic(香港)の先例に続いて、Sirui、Vazen、Great Joy(Blazar)、Venus Optics(Laowa)といった中国メーカーが次々とアナモルフィックレンズ市場に参入していく。

その物語は、次章で詳しく追う。


アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES

  1. アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
  2. シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
  3. Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
  4. アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
  5. アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
  6. 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
  7. 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
  8. アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪

導入とまとめ


典拠

  1. Ferradans, Tito. “Anamorphic on a Budget” — プロジェクションレンズ転用ガイド、各種レンズレビュー https://www.intothinair.co/
  2. EOSHD Forum — “Anamorphic” セクション、プロジェクションレンズ転用の議論アーカイブ https://www.eoshd.com/
  3. Rectilux — 3FF-Wシングルフォーカスアダプターの製品情報 https://www.rectilux.com/
  4. SLR Magic — Anamorphot-CINE 1.33xアダプターおよびPLマウントレンズの製品情報 https://www.slrmagic.com/
  5. Vid-Atlantic — アナモルフィックアダプター用クランプ・アクセサリー https://www.vid-atlantic.com/
  6. Personal View Forum — “Anamorphic Lenses” スレッド、DIYアナモルフィックの技術情報 https://www.personal-view.com/
  7. CineD (旧cinema5D) — アナモルフィックアダプター関連レビュー記事 https://www.cined.com/
  8. Y.M. Cinema Magazine — “The History of Anamorphic Lenses” https://ymcinema.com/
タイトルとURLをコピーしました