写真の裏側 #04 富士フイルムHD(4901)
連載「写真の裏側」はカメラ・写真・映像の裏側にある会社・技術・歴史を、公開された一次資料にあたって読み解く連載である。
「写真のフジ」の黄緑色のフィルム箱は、もうほとんど売られていない。2026年3月期の連結売上は3兆3,570億円、純利益は5期連続で最高益。フィルムを捨てた会社は、何で稼いでいるのか。本業消失から20年、決算と「第二の創業」の歴史から読み解く。
3秒サマリ
- FY2026 売上 3兆3,570 億円(過去最高)、純利益 2,767 億円(5期連続最高益)
- ヘルスケアが総資産の約53%を占める最大セグメント。バイオ医薬 CDMO で2028年売上 50億ドル目標
- 営業利益ではイメージング 1,600 億円が最大の利益エンジン——主役はチェキ(instax)
- 2000年代の写真フイルム市場崩壊を多角化で生き延びた「第二の創業」の代表例
- FY2027第1四半期は増収減益(売上+10.3%/営業利益▲32.0%)。ビジネスイノベーション事業のスピンオフ検討を2026-08-06に発表(2〜3年後の実行を視野)
- 16期連続増配、ROE 7.7%/PER 約14.4倍/PBR 約1.02倍——時価総額 約4.0兆円(2026-09-17時点)
- 中期経営計画 VISION2030 を推進。定時株主総会は 2026-06-26 に開催済
富士フイルムを動かした6つの転換点
富士フイルムの90年は「写真フイルムの会社が、写真フイルムを失っても生き延びた」物語だ。本業が消滅するという、製造業ではまれな危機をどう乗り越えたのか。6つの転換点を押さえると、現在の4セグメント構造の意味が一変する。
1934年 ── 写真フイルムの国産化を旗印に創業
1934年、大日本セルロイドの写真フイルム部門が分離独立し、富士写真フイルム株式会社が誕生した。当時、写真フイルムはコダック(米)やアグフア(独)からの輸入に依存しており、「国産の写真感光材料を」という国策的な使命を帯びてのスタートだった。創業地は神奈川県・南足柄。フイルム製造に不可欠な高度な薄膜塗布技術・精密化学・微粒子制御の技術基盤が、ここで蓄積されていく。この技術蓄積こそ、後に医療・化粧品・半導体材料へと「化ける」種となる。
1960–1980年代 ── 多角化の助走と写真の黄金期
戦後の高度成長期、富士フイルムはカラーフィルム、印画紙、レントゲン用X線フイルム、磁気テープなどへ事業を広げた。1962年には英ランク・ゼロックスとの合弁で富士ゼロックスを設立し、複写機事業に参入。これがのちのドキュメント事業(現ビジネスイノベーション)の源流となる。1980年代には写真フイルム市場が世界的ピークを迎え、富士フイルムはコダックと並ぶ「世界2強」の一角として君臨した。フイルム・カメラ・印画紙・現像という垂直統合のエコシステムが、莫大なキャッシュを生み出していた。
1980–2000年 ── デジタルの胎動と「写ルンです」
1986年に発売した使い捨てカメラ「写ルンです」は、写真を一気に大衆化させた象徴的ヒット商品。一方で富士フイルムは早くからデジタル化の波を察知し、1988年に世界初の完全デジタルカメラ「FUJIX DS-1P」を発表していた。皮肉にも、自社の屋台骨である写真フイルムを破壊する技術を、自ら開発していたことになる。この「自己破壊の予感」が、後の危機対応の早さにつながる。
2000–2010年 ── 本業消失と「第二の創業」
2000年をピークに、写真フイルムの世界需要は年率20〜30%という凄まじい速度で崩落した。デジタルカメラとカメラ付き携帯電話の普及で、わずか10年で市場の大半が消えた。同じ危機に直面した宿敵コダックは2012年に連邦破産法第11章を申請する。一方、富士フイルムは2000年に社長へ就いた古森重隆の指揮のもと、大規模な構造改革と多角化に踏み切った。2006年に持株会社制へ移行し富士フイルムホールディングスが発足。写真フイルムで培った技術——コラーゲン(写真フイルムの主原料)、抗酸化技術、ナノ分散技術——を、化粧品・医薬品・液晶材料へと転用していった。この「本業消失からの再生」が、後にハーバード・ビジネス・スクールの教材にもなる「第二の創業」である。
2008–2020年 ── ヘルスケアへの本格シフト
2008年、富士フイルムは富山化学工業を買収して医薬品事業へ本格参入。抗インフルエンザ薬「アビガン」も同社由来である。2011年にはバイオ医薬品の受託製造(CDMO)事業に参入し、以降10年余りで累計1兆円超を投じて世界有数のバイオ CDMO へと成長させた。さらに再生医療(iPS 関連の Cellular Dynamics・ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)、化粧品「アスタリフト」、内視鏡・超音波・X線などの医療システムを束ね、ヘルスケアを成長の柱に据えた。写真フイルムで磨いた精密化学・薄膜・画像処理の技術が、そのまま医療と材料の競争力に転化した点が、この多角化の本質だ。
2021–2026年 ── ゼロックスとの決別と VISION2030
2021年4月、長年合弁を組んできた米ゼロックスとの資本関係を解消し、富士ゼロックスを富士フイルムビジネスイノベーションへ改称。これにより複合機・オフィスソリューション事業を完全に自社ブランドで世界展開できる体制となった。2024年4月には新たな中期経営計画「VISION2030」をスタート。3年間(FY2024-26)でR&Dと設備投資に計1.9兆円(うち1.6兆円を成長分野)を投じ、バイオ CDMO・半導体材料・医療システムを成長ドライバーに据える。FY2026は売上・各利益とも過去最高を更新し、純利益は5期連続で最高益を記録。「フィルムの会社」は、完全に別の収益構造を持つ複合事業体へと姿を変えた。
事業構造 ── 4セグメントが4つの市場で戦う
富士フイルムの事業は4セグメントに分かれる。FY2026(2026年3月期)の売上構成と営業利益を並べると、「写真の会社」というイメージとはまったく異なる姿が浮かび上がる。
| セグメント | 売上(億円) | 前年比 | 営業利益(億円) | 構成比(売上) |
|---|---|---|---|---|
| ヘルスケア | 10,989 | +4.9% | 636 | 32.7% |
| ビジネスイノベーション | 11,748 | −2.0% | 637 | 35.0% |
| イメージング | 6,271 | +15.7% | 1,600 | 18.7% |
| エレクトロニクス | 4,562 | +11.9% | 1,009 | 13.6% |
注:営業利益は上記4セグメント合計から全社費用・消去 約380億円を控除し連結営業利益 3,502億円。セグメント区分は期によって組替えがあり、年度間で完全には連続しない
ヘルスケア(売上構成比 32.7%)
売上1兆989億円の最大級セグメントで、総資産では約53%を占める富士フイルムの戦略的中核。医療システム(内視鏡・X線・超音波・IT)、バイオ CDMO、ライフサイエンス、医薬品、化粧品(アスタリフト)を束ねる。最大の成長エンジンはバイオ医薬品の受託製造(CDMO)で、デンマーク・米テキサス・富山・英国・米ノースカロライナに製造拠点を展開。累計投資1兆円超を投じ、2028年に売上50億ドル(2023年比5倍、現状約13億ドル)という野心的目標を掲げる。営業利益率がまだ低いのは、大型設備の立ち上げ期で減価償却負担が先行しているためで、ここが投資判断の分水嶺になる。実際、2025年4〜12月の9ヶ月だけで連結設備投資4,309億円の約79%(3,399億円)をヘルスケアが占めており、バイオCDMOの能力増強に資本を集中投下している構造がはっきり表れている。
ビジネスイノベーション(売上構成比 35.0%)
売上1兆1,748億円で売上規模は最大だが、前年比−2.0%と縮小傾向。複合機(アペオス)、オフィスプリンティング、ソリューション・サービスが中核で、旧富士ゼロックス由来の事業だ。ペーパーレス化とオフィス需要の構造的縮小という逆風の中、保守・消耗品のリカーリング収入とDX関連のソリューションサービスで利益を確保する。キヤノンのプリンティング事業と同様、「成熟・安定だが成長余地は限定的」なキャッシュカウの位置づけ。
イメージング(売上構成比 18.7%、営業利益 最大)
売上6,271億円ながら営業利益1,600億円で全セグメント中トップ。富士フイルムの隠れた利益エンジンだ。主役は意外にも、インスタントカメラ「チェキ(instax)」。スマホ全盛の時代に「その場でプリントが出る」体験が世界の若年層に刺さり、高採算のフィルム消耗品が利益を押し上げている。加えてミラーレスカメラの「Xシリーズ」(APS-C)と中判「GFXシリーズ」が独自ポジションを確立し、写真フイルム・現像・プロ向けフォトイメージングも含む。売上規模は小さくとも、本記事の主題である「写真の会社の名残」が、最も儲かっている逆説がここにある。
エレクトロニクス(売上構成比 13.6%、高成長)
売上4,562億円、前年比+11.9%、営業利益1,009億円とイメージングに次ぐ利益貢献。半導体製造用材料が中核で、フォトレジスト、CMPスラリー、高純度薬液、ディスプレイ材料などを供給する。生成AI向け半導体需要の拡大が直接の追い風で、CMPスラリーでは2030年に世界トップを目指す。写真フイルムで培った微粒子分散・薄膜・精密化学の技術が、半導体の微細化プロセスを支える材料へと結実したセグメントだ。


