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前史—香港の写真貿易と中国本土の覚醒(〜1999)| 中華撮影機材クロニクル(1)

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中華撮影機材クロニクル THE COMPLETE SERIES — Vol.01

中国の撮影機材産業を語るとき、多くの人は2000年代以降の急成長だけを見る。GodoxやAputureが世界市場を席巻する姿だけを見る。

しかし、その爆発的な成長には長い「前史」がある。

19世紀半ばの写真術伝来、香港の自由貿易港としての独自の発展、上海の写真文化、そして改革開放後の広東省への産業集積——21世紀の「中華撮影機材」を理解するには、まずこの前史を知る必要がある。


香港—写真機材の「ゲートウェイ」

写真術の伝来と香港の特殊な立ち位置

中国における写真術の歴史は、1842年の南京条約による香港の開港と密接に結びついている。

1840年代にはすでに欧米の写真家が香港に渡来し、商業写真スタジオを開設していた。アメリカ人写真家ジョージ・R・ウェストが1840年代半ばに香港でスタジオを開いた記録が、香港における最初期の商業写真活動として知られている。

香港の写真産業にとって決定的に重要だったのは、免税港(フリーポート) としての地位である。関税がかからない香港では、ドイツ製のLeicaやRolleiflex、日本製のNikonやCanon、アメリカ製のKodakなど、世界中のカメラ機材が本国よりも安く手に入った。1950年代以降、香港はアジアにおけるカメラ機材の巨大な集散地となった。

Haking—「Made in Hong Kong」のカメラ

香港は単なる貿易中継地ではなかった。製造拠点としても独自の歴史を持つ。

その象徴的存在がHaking(Haking Enterprises) である。実業家の黄克競(Haking Wong)が設立したこの企業は、1950年代からHalinaブランドのカメラを製造し、イギリスをはじめとする欧州市場に輸出した。Halina 35Xは35mmフィルムカメラとしてはコストパフォーマンスに優れた製品であり、1960年代のイギリスでは多くの家庭の「最初のカメラ」として親しまれた。

興味深いのは、当時の香港製品には**「Empire Made」**(大英帝国製)と表記されていたことである。日本製品が「Foreign」(外国製)と表記されていたのとは対照的で、香港の英国植民地としての地位が、製品の市場参入に有利に働いていたことがわかる。

Hakingはその後、OEM/ODMメーカーとしても成長し、世界中のカメラブランドに製品を供給する企業となった。この「自社ブランド+OEM」の二本柱モデルは、のちの中国本土メーカーにも受け継がれることになる。

香港の写真文化—サロン写真と芸術写真

機材の話から少し離れるが、香港の写真文化にも触れておく必要がある。

1937年に香港撮影学会(Photographic Society of Hong Kong, PSHK)が設立され、1950年代〜1960年代にはサロン写真の国際展への参加が活発化した。写真家・何藩(Fan Ho, 1931-2016)は、Rolleiflex二眼レフで戦後香港の急速な都市化と人々の姿を捉え、国際的な評価を受けた。

こうした写真文化の成熟は、香港が単なる「カメラの通過点」ではなく、独自の写真的視座を持つ地域であったことを示している。そしてこの文化的基盤が、機材への目利きと品質への厳しさを育み、のちに中国本土メーカーの製品が香港経由で世界に出ていく際の「品質フィルター」として機能することになる。


上海—中国写真文化のもうひとつの中心

租界時代の写真スタジオ

上海は19世紀後半から20世紀初頭にかけて、中国における写真文化のもうひとつの中心地であった。

租界(外国人居留地)が多かった上海には、欧米の写真家が早くから活動しており、1860年代には複数の商業写真スタジオが営業していた。中国人写真家も19世紀後半には独自のスタジオを開設し、肖像写真や風景写真を手がけるようになった。

上海の写真産業が照明機材の歴史に関わるのは、写真スタジオ用の照明設備においてである。20世紀初頭の上海の写真スタジオでは、自然光に頼る撮影から、マグネシウムフラッシュパウダーや、のちの電球式照明へと技術が移行していった。これらの機材はすべて輸入品であり、国内生産能力はゼロに等しかった。

映画産業と照明技術

上海はまた、中国映画産業の発祥地でもある。1920年代〜1930年代の上海映画界は「東洋のハリウッド」と呼ばれるほどの隆盛を誇り、映画撮影には大規模な照明設備が必要だった。

映画用照明はすべて欧米(とくにドイツ・アメリカ)からの輸入に依存していた。Arri(アーノルド&リヒター、1917年設立)やMole-Richardson(1927年設立)の照明機材が上海の撮影所で使われていた記録がある。

この「映画産業は盛んだが、照明機材はすべて輸入」という構図は、中華人民共和国成立後も長く続くことになる。中国が照明機材を自国で設計・製造できるようになるのは、実に半世紀以上先の話である。


マカオ—写真史のもうひとつの起点

マカオは、中国への写真術伝来においてしばしば見落とされる存在だが、歴史的には重要な役割を果たしている。

ポルトガル植民地であったマカオは、16世紀以来、西洋と中国の接点であった。1840年代、最初期のダゲレオタイプ(銀板写真)がマカオ経由で中国に持ち込まれたとする研究もある。フランスの税関官吏ジュール・イティエ(Jules Itier, 1802-1877)が1844年にマカオ・広州で撮影したダゲレオタイプは、中国に現存する最古の写真群のひとつとされている。

マカオの写真史は、照明・映像機材の産業史に直接つながるわけではないが、「写真術が中国に入った最初期の経路」として、前史の一部を構成している。


中華人民共和国の成立と国有工場時代(1949-1978)

計画経済下の光学機器産業—照明機材の不在

1949年の中華人民共和国成立後、中国の工業は計画経済体制のもとで再編された。カメラ・光学機器は「重工業」に分類されず優先度は低かったが、国有工場でのカメラ製造は行われていた。

しかし、照明機材の専門メーカーは存在しなかった

カメラ本体については、国有工場での製造が行われていた。その代表が**上海照相機廠(Shanghai Camera Factory、1958年設立)である。同工場は海鸥(Seagull)**ブランドの二眼レフカメラや35mmカメラを製造し、累計2,000万台以上を生産した中国最大のカメラメーカーとなった。海鸥4A型二眼レフは、中国国内で広く普及した代表的な国産カメラである。しかし、海鸥をはじめとする国有カメラ工場が蓄積したのは光学設計と機械加工の技術であり、照明機材に必要な電子回路設計や高圧電源制御の技術とは異質のものであった。

写真用フラッシュ(ストロボ)は、1950年代〜1960年代のグローバル市場ではSunpak(日本)、Metz(ドイツ)、Vivitar(アメリカ)などが主流だったが、中国国内ではこれらの輸入品は一般に流通しておらず、限られた外貨で調達された機材が国営メディアや軍関連の撮影に使われる程度だった。

映画用照明も同様で、国営映画撮影所(北京電影製片廠、上海電影製片廠など)ではソ連製の機材が主に使用され、文化大革命(1966-1976)の期間には映画製作自体が大幅に制限された。

この時代の中国には、照明機材の設計・製造に関する技術蓄積がほぼ存在しなかった。 これは三脚産業(国有工場での金属加工技術の蓄積があった)とは大きく異なる点であり、のちに照明機材産業が「ゼロからの出発」を余儀なくされた背景を理解する上で重要である。


改革開放と広東省への産業集積(1978-1999)

経済特区と外資の流入

1978年、鄧小平の改革開放政策が始まる。

1980年に設置された経済特区(深圳・珠海・汕頭・厦門)は、外国資本と技術を受け入れる窓口となった。とりわけ深圳は、隣接する香港からの投資を大量に受け入れ、急速に工業都市へと変貌していった。

この時期、香港の企業が深圳や珠江デルタ地域に製造拠点を移す動きが加速した。前述のHakingのような香港系企業も、人件費の安い中国本土での生産を拡大していった。

電子部品産業の集積—照明機材の土壌

1990年代の深圳・東莞・中山を中心とする珠江デルタ地域には、電子部品の製造工場が無数に集積していった。ここで生産されていたのは、コンデンサ、トランジスタ、LED素子、プラスチック射出成形品といった、あらゆる電子機器の基幹部品である。

この電子部品産業の集積が、のちの照明機材産業の基盤となる。ストロボには高圧コンデンサと放電管が、LED照明にはLED素子とドライバー回路が、そしてワイヤレストリガーには無線通信モジュールが必要である。これらの部品をすべて地場で調達できる珠江デルタの産業集積は、世界のどの地域にもない「照明機材製造のための、他に類を見ないエコシステム」を形成しつつあった。

Nanguang(南冠、1992年)—最初期の照明機材メーカー

中国本土における写真・映像用照明機材の専門メーカーとして、最も早い時期に設立されたのがNanguang(南冠、のちのNanlite) である。

1992年、広東省汕頭市で林碧光(Lin BiGuang)によって広東南冠影視器材有限公司(Guangdong Nanguang Photo & Video Systems Co., Ltd.) が設立された。

創業当初のNanguangは、写真・映像用の蛍光灯照明やハロゲン照明を製造していた。LED照明への本格参入は2000年代に入ってからだが、1992年の時点ですでに「写真・映像用照明機材の専門メーカー」として事業を開始していたことは注目に値する。

汕頭は経済特区のひとつであり、電子部品の生産基盤があった。Nanguangは当初から輸出を視野に入れた事業展開を行い、海外のOEM受注も手がけていた。2020年代には従業員900名以上、工場面積44,000㎡を擁する企業に成長し、自社ブランド「Nanlite」と映画用ハイエンドブランド「Nanlux」を展開するに至る。

Godox(神牛、1993年)—もうひとつの原点

Nanguang設立の翌年、1993年に深圳でGodox(神牛、正式名称:GODOX Photo Equipment Co., Ltd.) が設立された。

Godoxの創業については、オランダの正規代理店サイトが興味深いエピソードを伝えている。創業者の曾祥宜(Eugene Zeng)は、高品質かつ手頃な価格の写真・映像機材を市場に届けることを使命とした人物であった。彼は1993年に経営難に陥っていた小規模工場を買い取り、Godoxブランドの原型を築いたとされる。

1990年代のGodoxは、主にスタジオフラッシュ(モノブロックストロボ)の製造を行っていた。1998年にはMini Masterシリーズを発売し、小型スタジオフラッシュのブームを巻き起こしたとされる。1999年にはプロフェッショナル向けスタジオフラッシュFシリーズおよびMシリーズを発売している。

しかし1990年代のGodoxは、まだ国内市場とOEM向けの小規模メーカーに過ぎなかった。Godoxが世界の照明機材市場を根底から変えるのは、2000年代後半以降の話である。


OEM—技術蓄積の「影の学校」

外国ブランドの製品を作ることで学んだこと

1990年代の珠江デルタ地域で、中国の照明機材メーカーが最も重要な技術を学んだのは、OEM(Original Equipment Manufacturing:相手先ブランド製造) を通じてであった。

欧米や日本の照明機材ブランドは、自社製品の製造を中国の工場に委託するようになった。中国の工場は、発注元のブランドが要求する品質基準を満たすために、回路設計、電源管理、放熱設計、品質管理のノウハウを否応なく身につけていった。

このプロセスは、三脚産業において中山市の工場がGitzoやManfrottoのOEMを通じてCNC加工技術を蓄積したのと完全にパラレルである。違うのは、照明機材のOEMでは電子回路設計とソフトウェア制御の知見が加わるという点だ。ストロボの発光制御、LED照明の色温度制御、ワイヤレス通信プロトコルの実装——これらは機械加工とは異なる「電子工学」の領域であり、珠江デルタの電子部品産業クラスターの中でこそ効率的に習得できる技術だった。

「コピー品」の萌芽

OEM製造は技術移転の経路であると同時に、コピー品問題の温床でもあった。

OEMで他社の製品設計を知り尽くした工場が、酷似した製品を自社ブランドで販売する——この問題は1990年代後半からすでに始まっていた。欧米・日本のフラッシュメーカーの製品デザインや回路設計が、微妙に変更された形で中国ブランドの製品として登場するケースが、2000年代にかけて増加していく。

この問題がもっとも顕著に表面化するのは、2000年代のYongnuo(永諾)の登場と、CanonやNikonのスピードライトの「互換品」問題においてである。これについては第2回で詳述する。


1999年——転換点の前夜

1999年の時点で、中国の撮影機材産業の見取り図は以下のようなものだった。

領域中国の状況(1999年時点)世界市場の主要プレイヤー
クリップオンストロボ自社設計能力なし。OEM受注のみCanon、Nikon、Metz、Sunpak、ニッシン
スタジオフラッシュGodox等が低価格帯で国内販売。輸出は限定的Profoto、Broncolor、Elinchrom、Bowens、コメット
映像用照明Nanguangが蛍光灯・ハロゲン照明を製造。LED黎明期Arri、Kino Flo、Mole-Richardson、LTM
カメラバッグ繊維産業のOEM受注。自社ブランドなしLowepro(1967年〜)、Domke(1976年〜)、Tenba、Tamrac
カメラリグ・アクセサリー概念自体がまだ一般的でないZacuto、Redrock Micro(2000年代に登場)
ジンバル・スタビライザー存在しないSteadicam(1974年発明の機械式)

すべての領域で、中国メーカーは「存在しない」か「OEM下請け」の段階にあった。

しかし、珠江デルタの工場群には、この20年間で蓄積された電子部品製造のインフラ、OEMを通じた品質管理のノウハウ、そして「世界市場に向けた自社ブランドを持ちたい」という野心が育ちつつあった。

2000年代に入ると、この蓄積が一気に表面化する。

次回は、Godoxの世界戦略とYongnuoのコピー品問題を軸に、「中国製フラッシュ」がいかにして世界のストロボ市場を根底から変えたかを描く。


次回予告:【第2回】フラッシュ革命——Godox・Yongnuoとストロボの民主化(2000-2012)


中華撮影機材クロニクル THE COMPLETE SERIES

  1. 前史——香港の写真貿易と中国本土の覚醒(〜1999)
  2. フラッシュ革命——Godox・Yongnuoとストロボの民主化(2000-2012)
  3. LED照明の覇権——Nanlite・Aputure・Godoxが塗り替えた映像制作の光(2012-現在)
  4. 映像制作アクセサリーの世界制覇——SmallRig・ジンバル・カメラバッグの時代(2007-現在)
  5. 総括——「中華機材」が変えた撮影現場のスタンダード

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参考・典拠一覧

  1. Terry BennettHistory of Photography in China: Western Photographers 1861-1879(Quaritch, 2010)。中国における最初期の西洋人写真家の活動を詳述した一次資料的研究書。 https://www.quaritch.com/books/bennett-terry/history-of-photography-in-china/U51/
  2. Gwulo: Old Hong Kong — 「Western photographers in Hong Kong, 1861-1879」「Chinese photographers in Hong Kong, 1844-1879」。香港における写真スタジオの歴史を詳述したアーカイブサイト。 https://gwulo.com/node/35363 https://gwulo.com/node/31857
  3. Asia Art Archive — 「Resurfacing Hong Kong in Southeast Asia: Circulations of Photography from the 1930s to the Handover」。香港撮影学会(PSHK)設立や写真文化の発展に関する学術論文。 https://aaa.org.hk/en/grants/the-robert-h-n-ho-family-foundation-greater-china-research-grant-papers/resurfacing-hong-kong-in-southeast-asia-circulations-of-photography-from-the-1930s-to-the-handover
  4. South China Morning Post — 「Inside the evolution of travel photography in Hong Kong」。Haking/Halinaカメラと香港の免税港としてのカメラ機材市場に関する記述。 https://www.scmp.com/postmag/culture/article/3290320/inside-evolution-travel-photography-hong-kong
  5. 35mmc — 「Made in Hong Kong」(2025年11月)。Hakingカメラと「Empire Made」表記に関する詳細な記事。 https://www.35mmc.com/12/11/2025/made-in-hong-kong/
  6. The Classic Photo Magazine — 「History of Photography in China: New Discoveries and Research」(2021年)。Jules Itier(1844年)のマカオ・広州でのダゲレオタイプに関する研究。 https://theclassicphotomag.com/history-of-photography-in-china-new-discoveries-and-research/
  7. Nanguang(南冠)公式サイト — 企業紹介・沿革。1992年創業、従業員900名以上、特許270件以上の記述。 https://www.nanguang.cn/introduce.html
  8. Lighting & Sound America — 「NanGuang Celebrating 30th Anniversary」。Nanguang創業30周年、従業員900名以上、特許270件以上の記述。 http://www.lightingandsoundamerica.com/news/story.asp?ID=AJHHIF
  9. Godox公式サイト — 「Why Godox」および「History」ページ。1993年創業、各年の製品マイルストーンが記載。 https://www.godox.com/why-godox/ https://www.godox.com/history/
  10. Godox Netherlands – 「About us: How it all started」。創業者 Eugene Zeng(曾祥宜)のエピソードと創業経緯。 https://www.godox.nl/about-us-1
  11. Crunchbase — 「GODOX Photo Equipment Co. Ltd」。1993年創業、深圳市、従業員1001-5000人。 https://www.crunchbase.com/organization/godox-photo-equipment-co-ltd
  12. 香港記憶(Hong Kong Memory) — 「Classic Camera Brands and Products」。香港における映画カメラ・写真機材の歴史アーカイブ。 https://www.hkmemory.hk/en/collections-archival_camera_collection-wave_of_amateur_filmmaking-classic_camera_brands_and_products.html

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