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995ドルの革命—Blackmagic Pocket Cinema Camera(2013)| マイクロフォーサーズと映像表現の歴史(3)

カメラ
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マイクロフォーサーズと映像表現の歴史—19.25mmのフランジバックが映像産業にもたらしたもの


「映画を撮るのに、家を売る必要はもうない」——2013年4月、ラスベガスのNABショーで、あるオーストラリア人がそう宣言したに等しい製品を発表した。Blackmagic Pocket Cinema Camera、通称BMPCC。価格は995ドル(日本では2013年7月発売、10万1800円)。この章では、たった995ドルのカメラがなぜ映像産業の地殻変動を引き起こしたのか、そしてBMPCCが登場する「前夜」にあたる2010年代前半の映像制作カメラの混沌とした状況を描く。


3-1. BMPCC以前—「一眼動画」の栄光と限界

Canon 5D Mark IIの衝撃(2008年)

BMPCCの革命性を理解するには、まずその前史を知らなければならない。時計の針を2008年に戻そう。

この年、キヤノンはEOS 5D Mark IIを発売した。35mmフルサイズセンサーで1080pのフルHD動画が撮れる——ただそれだけのことが、映像業界に激震をもたらした。なぜか。それまで「ボケ味のある映像」を撮るには、35mmフィルムカメラか、あるいは数万ドルするデジタルシネマカメラが必要だったからである。5D Mark IIは、ボディだけなら約2,500ドル(日本での当時の直販価格35万8,000円)。映画学校の学生でも手が届く価格で、映画的な浅い被写界深度が手に入るようになった。

このカメラは文字通り世界を変えた。テレビドラマの撮影に使われ(FOXの「House M.D.」のあるエピソードは5D Mark IIで撮影された)、ミュージックビデオの現場を席巻し、ドキュメンタリー映画の制作コストを劇的に下げた。「DSLR革命」という言葉が生まれた瞬間である。

しかし、5D Mark IIには致命的な弱点があった。

  • モアレとローリングシャッター:フルサイズセンサーの全画素を読み出すのではなく、間引き(ラインスキップ)で処理していたため、細かい模様にモアレが出た。動きの速い被写体ではローリングシャッター(こんにゃく現象)も顕著だった
  • 圧縮コーデック:H.264の高圧縮記録で、ポストプロダクションでのカラーグレーディング耐性が低かった。映像を少し触っただけでバンディング(色の階調が崩れる現象)が出る
  • 録画時間制限:ファイルサイズ4GBの壁と、連続12分の録画制限があった
  • 音声入力の貧弱さ:外部マイク入力はあったが、マニュアルの音声レベル調整ができなかった(後にファームウェアで改善)
  • 動画AFは使い物にならない:ライブビューのコントラストAFは遅く、実質マニュアルフォーカスが前提だった

つまり、5D Mark IIは「映画っぽい映像が安く撮れる」という画期的なカメラだったが、「映画品質の映像が撮れる」カメラではなかった。見た目は映画に近いが、中身はあくまで写真機のおまけ機能——それが一眼動画の本質であり、限界でもあった。

「一眼動画」に続いた者たち

5D Mark IIの成功を見て、各社が動画機能を強化した一眼カメラを次々と投入した。ニコンはD800/D800E(2012年)で追随し、ソニーはαシリーズにAマウントで動画機能を搭載した。だが、この時代に最も興味深い動きを見せていたのは、意外にもパナソニックである。

Panasonic GH2(2010年)は、前章でも触れたGH1の後継機だが、このカメラが映像制作者の間で「伝説」になった理由はカメラ本体の性能ではない。ロシア人エンジニアのVitaliy Kiselev(通称「Vitaly」)が開発したファームウェアハック、通称**「GH2ハック」**の存在である。

GH2ハックを適用すると、カメラ内部のビットレート制限が解除され、標準の最大24Mbps程度のAVCHD記録が最大176Mbps以上に跳ね上がった。解像感は劇的に向上し、一部のテストではキヤノンのEOS C300(約15,000ドルのシネマカメラ、日本国内では150万円前後)と比較しても遜色ないとまで言われた。もちろん、ハックはメーカー保証外であり、高ビットレート設定ではSDカードの書き込み速度が追いつかず録画が止まるリスクもあった。だが、約900ドルのカメラで1万5千ドルのシネマカメラに迫る映像が撮れるという事実は、インディペンデント映像制作者たちの心を掴んだ。

そしてPanasonic GH3(2012年)は、GH2の動画性能を公式にある程度引き上げた。50Mbps、All-IntraのMOV記録に対応し、ハックなしでもそれなりに使える映像が撮れるようになった。だが、まだ8-bit 4:2:0。カラーグレーディングには依然として不十分だった。

「本物の」映像カメラという選択肢

一眼動画の限界を感じた映像制作者には、別の選択肢もあった。「写真は撮れないが、映像は本格的に撮れる」専用機である。

Panasonic AG-AF100(2010年)は、世界初のMFTマウント搭載ビデオカメラとして前章で紹介した。マイクロフォーサーズセンサーにビデオカメラのボディ、XLR端子、SDI出力——映像のプロが必要とするものを一通り揃えた堅実な製品だった。だが、価格は約4,800ドル。センサーの性能はGH2に毛が生えた程度で、暗所性能は決して良くなかった。「映像のプロ」と「一眼動画ユーザー」の間にある、やや中途半端な立ち位置に置かれた。

ソニーのNEX-FS100(2011年、約5,800ドル)はSuper 35mmセンサーを搭載した大判センサーカメラグラで、Eマウントを採用。ボケ味と暗所性能では優位に立ったが、内部記録はAVCHD 24Mbps。外部レコーダーが事実上必須だった。

キヤノンEOS C100(2012年、約6,500ドル)とC300(2012年、約15,000ドル)は、キヤノンのCinema EOSラインとして登場。EFマウントのレンズ資産をそのまま活用でき、特にC300はBBCやCNNなど放送局に採用された。だがC300でさえ、内部記録は8-bit 4:2:2のMXF。RAW記録には対応していなかった。

ここで一歩引いて、当時の映像制作者が直面していた状況を整理しよう。

カメラ発売年価格帯センサー内部記録RAW対応
Canon 5D Mark II2008約$2,500フルサイズH.264 ~40Mbps
Canon 5D Mark III2012約$3,500フルサイズH.264 ~91Mbps(ALL-I)✗(Magic Lanternで可)
Panasonic GH22010約$900MFTAVCHD
Panasonic GH32012約$1,300MFTMOV ~50Mbps(All-I)
Panasonic AG-AF1002010約$4,800MFTAVCHD ~24Mbps
Sony NEX-FS1002011約$5,800Super 35(Eマウント)AVCHD ~24Mbps
Canon C1002012約$6,500Super 35(EFマウント)AVCHD ~24Mbps
Canon C3002012約$15,000Super 35(EFマウント)8-bit 4:2:2 MXF ~50Mbps
BMPCC2013$995Super 16(MFTマウント)ProRes 422 HQ / CinemaDNG RAW

この表を見れば、BMPCCが何をしたかが一目瞭然である。995ドルのカメラが、15,000ドルのC300ですら持っていなかったRAW記録を内蔵していたのだ。


3-2. Blackmagic Designという「異端」

ポストプロダクションの会社がカメラを作った理由

BMPCCの革命性を理解するには、Blackmagic Design(以下BMD)という会社の出自を知る必要がある。

BMDは2001年、オーストラリア・メルボルンでGrant Pettyによって設立された。だが、同社はカメラメーカーではなかった。創業以来の主力製品は、ポストプロダクション機器——映像の入出力カード(DeckLink)、コンバーター(Mini Converter)、スイッチャー(ATEM)、そしてカラーグレーディングソフトウェアのDaVinci Resolveである。

DaVinci Resolveは元々、da Vinci Systems社が開発した25万〜85万ドルもするハリウッド御用達のカラーグレーディングシステムだった。BMDはこのda Vinci Systemsを2009年に買収し、驚くべき戦略に出る。ソフトウェア版を無料で配布したのである。それまで一部のハイエンドポストプロダクション施設だけが使えたプロ用カラーグレーディングツールが、誰でもダウンロードできるようになった。これはDaVinci Resolveの大衆化であると同時に、BMDのエコシステムにユーザーを引き込む戦略でもあった。

そのBMDが、2012年のNABショーで突然カメラ市場に参入する。Blackmagic Cinema Camera(BMCC)の発表である。2.5Kスーパー35mmセンサー、13ストップのダイナミックレンジ、CinemaDNG RAWとProRes記録、DaVinci Resolve付属——価格は2,995ドル。映像業界は騒然とした。

BMCCの設計思想は、従来のカメラメーカーとは根本的に異なっていた。パナソニックやキヤノンは「カメラ」を売る会社であり、カメラの中で処理を完結させることに重きを置く。対してBMDは「ポストプロダクション」の会社である。BMDにとってカメラとは、ポストプロダクションに最適なデータを生成する装置に他ならなかった。だからこそ、当時の競合他社が誰もやらなかった内部RAW記録を実装できた。圧縮コーデックでカメラ内処理を完結させるのではなく、RAWデータをそのまま記録して、後からDaVinci Resolveで自由に調整する——それがBMDの考える「正しい映像制作ワークフロー」だったのである。

BMCCの「失敗」—EFマウントという選択の代償

だが、BMCCには重大な問題があった。マウントの選択である。

BMCCの初期モデルはキヤノンEFマウントを採用していた。当時のDSLR動画制作者の大多数がキヤノンのEFレンズを使っていたことを考えれば、合理的な選択に見えた。だが、ここに構造的な矛盾があった。

BMCCのセンサーはスーパー35mm——正確には、APS-Cよりわずかに小さい15.81mm×8.88mmだった。一方、EFマウントのフランジバックは44mmである。スーパー35mmのセンサーに対して、フルサイズ用のEFマウントはあまりに大きかった。カメラのボディは、レンズマウントのサイズに引きずられて大きくならざるを得ない。

イギリスの映像作家Philip Bloomは、この矛盾を端的に指摘している:

「BMCCの厄介なサイズのセンサーは、Canon EFマウントとは相性が悪かった。だからこそ昨年のIBCで、彼らはマイクロフォーサーズ版を発表したのだ」

——Philip Bloom, 2013年

「厄介なサイズのセンサー(awkwardly-sized sensor)」という表現は辛辣だが、的を射ている。スーパー35mmセンサーにフルサイズ用のEFマウントを載せるのは、言ってみれば小さな部屋に大きすぎるドアを付けるようなものだった。ドアの向こう(=レンズ)の光の大半は部屋(=センサー)に入らず無駄になり、ドアのサイズに合わせて壁(=ボディ)も不必要に大きくなる。

BMDはこの問題を認識し、2012年後半のIBC(International Broadcasting Convention)でBMCC MFTモデルを発表した。同じカメラにMFTマウントを搭載したバージョンである。フランジバックが44mmから19.25mmに短くなったことで、ボディの奥行きは明確にコンパクトになった。だが、BMCC自体がそもそもポケットに入るサイズではなかった。内蔵バッテリーは交換不可で持続時間も短く(約60〜90分)、長時間撮影では外部電源が推奨された。モニターは5インチの固定式タッチパネル——手持ち撮影には不向きなデザインだったのである。


3-3. 2013年4月8日—NABの「あの発表」

Grant Pettyのサプライズ

2013年4月8日、ラスベガスで開催されたNAB(National Association of Broadcasters)ショー。BMDのCEO、Grant Pettyがステージに立った。

この年のNABで、BMDはすでに大きな発表を予告していた。業界の予想は「BMCCの改良版」や「新しいコンバーター」だった。だが、Pettyがスクリーンに映し出したのは、誰も予想していなかったものだった。

Blackmagic Production Camera 4K——スーパー35mmセンサー、4K RAW記録、価格3,995ドル。

これだけでも十分な衝撃だった。当時、4K撮影が可能なカメラといえば、RED EPIC(数万ドル~)やSONY F65(約65,000ドル)などハイエンド機に限られていた。それを4,000ドル以下で実現するという宣言は、業界の価格構造への露骨な挑戦だった。

だが、本当のサプライズはその後に来た。

Pettyはもう一台のカメラを取り出した。手のひらに乗るほど小さな、黒い箱。Blackmagic Pocket Cinema Cameraである。

スペックが読み上げられるたびに、会場のどよめきが大きくなった:

  • センサー:Super 16mmサイズ(有効面積12.48mm×7.02mm)
  • マウント:マイクロフォーサーズ
  • ダイナミックレンジ:13ストップ
  • 内部記録:ProRes 422(HQ)およびCinemaDNG RAW
  • 記録メディア:SDカード
  • 解像度:1920×1080(フルHD)
  • サイズ:約125mm×67mm×46mm
  • 重量:約355g(本体のみ)
  • 価格995ドル

995ドル。当時の日本円にして約10万円。映画品質のRAW映像が、10万円のカメラで撮れる。会場は沸いた。

なぜ「Super 16」だったのか

BMPCCのセンサーサイズについては議論が分かれた。マイクロフォーサーズのセンサーサイズは17.3×13mmだが、BMPCCのセンサーは12.48×7.02mm——これはSuper 16mmフィルムのゲートサイズに近く、MFTセンサーよりもさらに小さい。

「マイクロフォーサーズマウントのカメラなのに、マイクロフォーサーズサイズのセンサーですらない」——批判的な声はもちろんあった。センサーが小さければ、被写界深度は深くなり、暗所性能も下がる。フルサイズの5D Mark IIが生み出した「映画的なボケ」に憧れる人々にとって、Super 16サイズは「逆行」に見えたかもしれない。

だが、この選択にはBMDなりの合理性があった。

第一に、コスト。センサーは大きくなるほど製造コストが上がる。995ドルという衝撃的な価格を実現するには、センサーサイズの妥協は避けられなかった。

第二に、映画史的な文脈。Super 16mmフィルムは、映画産業において輝かしい歴史を持つフォーマットである。ダーレン・アロノフスキーの「ブラック・スワン」(2010年)、キャスリン・ビグローの「ハート・ロッカー」(2008年)、ウェス・アンダーソンの「ムーンライズ・キングダム」(2012年)——いずれもSuper 16mmで撮影された名作である。コーエン兄弟の初期作品やケヴィン・スミスのインディペンデント映画にも、16mmフィルムは愛用された。つまり、Super 16サイズのセンサーは「安っぽいからこのサイズ」ではなく、「映画で実績のあるフォーマットと同じ画角」と解釈できる。BMDは明らかに後者の文脈を意識していた。

第三に、レンズの実用性。MFTマウントのレンズをSuper 16サイズのセンサーで使うと、イメージサークルに余裕が生まれる。周辺減光の心配がなくなり、Cマウントアダプターを介してSuper 16mm用シネレンズ(Switar、Kern、Angénieuxなどのヴィンテージレンズ)も使用できる。BMPCCは単なる「安いカメラ」ではなく、16mmシネマの遺産にデジタルでアクセスする入口でもあったのだ。

なぜ「MFTマウント」だったのか

BMPCCがMFTマウントを選んだ理由は、BMCCの経験から必然的に導かれたものである。

前節で述べたように、BMCCのEFマウントモデルはセンサーサイズとマウントの不整合に苦しんだ。BMDがBMPCCで目指したのは「ポケットに入るシネマカメラ」であり、そのためにはフランジバックの短いマウントが不可欠だった。

2013年時点で、ミラーレスカメラのマウントとして実用に足る選択肢は限られていた:

  • マイクロフォーサーズ(MFT):フランジバック19.25mm、レンズ50本以上、パナソニックとオリンパスの2社供給
  • ソニーEマウント:フランジバック18mm、レンズは当時まだ少数
  • 富士フイルムXマウント:フランジバック17.7mm、レンズは発展途上
  • サムスンNXマウント:フランジバック25.5mm、将来性に疑問

フランジバックだけ見ればソニーEマウントが最短だが、BMDがMFTを選んだ理由は明確である。

レンズエコシステムの成熟度。2013年時点で、MFTマウントには純正・サードパーティ合わせて50本以上のレンズが存在した。パナソニックとオリンパスという2社が供給する体制は、単独メーカーのマウントより安定している。そして何より、MFTマウントはオープン規格だった。BMDのような第三者メーカーが、ライセンス上の障壁なくマウントを採用できる。ソニーEマウントの仕様は当時まだサードパーティに十分に公開されておらず(シグマやタムロンがEマウントレンズを本格展開するのは2010年代後半からだ)、この差は決定的だった。

さらに、BMDがAG-AF100(MFTマウント初のビデオカメラ)の存在を認識していなかったはずがない。MFTマウントには、すでに映像制作用カメラの前例があった。そしてBMCC MFTモデルの開発で、BMDはMFTマウントの設計に関するノウハウを蓄積していた。新しいマウントを一から設計するより、実績あるMFTマウントを使う方がリスクが低い。

こうして、995ドルのポケットシネマカメラは、マイクロフォーサーズマウントとともに世に出た。この選択が、後にMFTマウントのシネマレンズ市場を爆発的に成長させることになるのだが、2013年時点ではまだ誰もそのことに気づいていなかった。


3-4. BMPCCが変えたもの—「シネマの民主化」の実像

「民主化」という美しい物語と、その裏側

BMPCCの発表後、映像メディアやフォーラムには「シネマの民主化(democratization of cinema)」という言葉が溢れた。995ドルでRAW記録ができるシネマカメラが買える——それは確かに革命的だった。映画学校の学生が、卒業制作に「本物の」シネマカメラを使える時代が来たのだ。

しかし、BMPCCの「民主化」にはいくつかの留保がつく。

第一に、バッテリー問題。BMPCCのバッテリーはNikon EN-EL20互換で、容量はわずか1,020mAh。CinemaDNG RAW記録時の連続撮影時間は約40~50分。プロの撮影現場では予備バッテリーかV-Mountバッテリーによる外部給電がほぼ必須だった。995ドルのカメラを実用的に使うには、外部バッテリー、ケージ、モニター、音声レコーダーなどのアクセサリーで結局数千ドルの追加投資が必要になる。「ポケットに入る」はずのカメラが、アクセサリーを付けるとポケットどころかショルダーバッグにも入らないサイズに膨れ上がるのは、BMPCCオーナーの間では半ば笑い話だった。

第二に、ストレージの問題。CinemaDNG RAWは非常にデータサイズが大きい。1080pのRAW記録で、1分あたり約3~4GB。64GBのSDカードで約20分程度しか撮れない。当時のSDカードは64GBで4,000~5,000円程度したから、長時間の撮影にはそれなりのストレージコストがかかった。さらに、撮影後のデータ管理とバックアップにも高速・大容量のストレージが必要で、ポストプロダクション環境を持たない初心者にはハードルが高かった。

第三に、出荷遅延。BMPCCは2013年4月に発表されたが、実際の出荷は大幅に遅れた。7月の出荷開始予定は8月にずれ込み、十分な数量が市場に出回ったのは2013年末から2014年にかけてだった。BMD製品の出荷遅延は、以後も繰り返される同社の「伝統」となる。

それでもBMPCCが愛された理由

こうした問題にもかかわらず、BMPCCは熱狂的な支持を集めた。その理由は単純である——映像の質が、価格に対して異常に高かったからだ。

13ストップのダイナミックレンジは、暗部から明部までの豊かな階調を意味した。CinemaDNG RAWの12-bitデータは、カラーグレーディングにおいてほぼ無限の自由度を与えた。BMD自身が開発するDaVinci Resolveが無料で提供されているため、撮影からカラーグレーディングまでのワークフローが、追加コストなしで完結する。

この「撮影→DaVinci Resolve→完成」というワークフローこそ、BMDが最初から描いていたビジョンだった。カメラだけを売るのではない。カメラとソフトウェアを一体のエコシステムとして提供することで、映像制作のワークフロー全体をBMDの製品で統一する——それがGrant Pettyの戦略だった。

実際に、BMPCCで撮影された映像作品は数多く生まれた。短編映画、ミュージックビデオ、ドキュメンタリー、ウェブシリーズ——とりわけ低予算のインディペンデント映画において、BMPCCは「予算の少なさを映像の品質で補う」ための強力な武器になった。

ここで重要なのは、BMPCCの「民主化」はカメラの民主化ではなく、ワークフローの民主化だったという点である。BMPCCが真に革命的だったのは、RAW記録を安価なカメラに搭載したことそれ自体ではなく、「RAWで撮ってResolveでグレーディングする」というプロのワークフローを、学生や自主映画作家にアクセス可能にしたことにある。カメラ単体ではなく、エコシステム全体の価格破壊——それがBMDの本当のイノベーションだった。


3-5. BMPCCとMFTの運命的な結合

「たまたまMFT」だったのか

BMPCCがMFTマウントを採用したことが、後のMFTシネマレンズ市場の勃興につながった——これは結果論としては正しい。だが、BMDはMFTマウントの未来を見越してこのマウントを選んだのだろうか。

答えはおそらく「ノー」である。BMDがMFTマウントを選んだのは、前述のように技術的合理性(短いフランジバック、成熟したレンズエコシステム、オープン規格)に基づく判断であり、「MFTマウントのシネマレンズ市場を作りたい」という野心があったわけではないだろう。

だが、意図せざる結果(unintended consequences)は、しばしば意図された計画より大きな影響を及ぼす。BMPCCがMFTマウントで世に出たことで、以下の連鎖反応が起きた:

  1. 「シネマカメラ=MFTマウント」というイメージの定着:AG-AF100に始まり、BMCCのMFTモデル、そしてBMPCCへと続くラインナップにより、MFTマウントは「映像制作者のマウント」としての認知を獲得した
  2. 低価格シネマレンズの需要創出:995ドルのカメラに、数十万円のシネマレンズを付ける人は少ない。BMPCCのユーザーが求めたのは、カメラと同様に手頃な価格のシネマレンズだった。この需要が、後に中国メーカーの大挙参入を呼び込む
  3. MFTマウントのエコシステム拡大:BMPCCの成功は、パナソニックとオリンパス以外のメーカーにとっても「MFTマウントには商機がある」というシグナルになった

この連鎖反応の詳細は第4章(シネマレンズ)と第5章(マウントアダプター)で詳しく論じる。ここでは、BMPCCのMFTマウント採用が結果的にMFTの映像エコシステムを決定的に拡大させた、という事実を確認しておく。

「BMPCCっぽいルック」——Super 16の美学

BMPCCの映像には、他のカメラでは得られない独特の雰囲気がある。それを一言で表現するなら、フィルムライクだろう。

13ストップのダイナミックレンジ、「Film」ログプロファイルのやわらかなトーン、そしてSuper 16サイズのセンサーがもたらす独特の被写界深度——これらが組み合わさって、BMPCCの映像は「デジタルなのに、どこかフィルムの質感がある」と評された。

センサーサイズの小ささは、ここでは弱点ではなく個性になった。Super 16サイズの被写界深度は、フルサイズほど浅くはないが、スマートフォンほど深くもない。この「ほどよい深さ」が、1960~70年代のヌーヴェルヴァーグやアメリカン・ニューシネマの16mm撮影を連想させた。ジャン=リュック・ゴダール、ジョン・カサヴェテス、そしてケヴィン・スミス——16mmフィルムで撮られた名作群の記憶が、BMPCCの映像に重なったのである。

もっとも、この「フィルムライク」の評価には異論もある。「フィルムっぽいと言っておけば小さいセンサーの言い訳になると思っているだけだ」という声もあった。事実、暗所性能は明らかに弱く、ISO800を超えるとノイズが顕著になった。日中の屋外ではNDフィルターが必須で、Super 16サイズのセンサーに合うNDフィルター付きのレンズは限られていた。美学として評価される側面と、物理的な限界として批判される側面——BMPCCのSuper 16センサーは、常にその両面を抱えていた。


3-6. 4Kの夜明け—GH4とA7S

Panasonic GH4:1,700ドルの4K

BMPCCが映像業界に衝撃を与えた翌年、2014年2月、パナソニックはLUMIX DMC-GH4を発表した。

GH4は、民生用レンズ交換式カメラとして世界で初めて4K動画の内部記録に対応したカメラである。DCI 4K(4096×2160)および UHD 4K(3840×2160)に対応し、内部記録コーデックはH.264ベースで4K/100Mbps。価格はボディのみで約1,700ドル。

この「世界初の民生用4Kカメラ」という称号は、GH4にとって—そしてMFTにとって—極めて重要だった。4K解像度はそれまでREDやソニーF55/F65などの数万ドルクラスのシネマカメラの専売特許だったからである(BMDが同じNAB 2013で発表したBlackmagic Production Camera 4Kは、3,995ドルとはいえ実際の出荷が遅れに遅れ、GH4の方が先に市場に出回った)。

GH4の技術的な特徴を整理しよう:

  • センサー:16.05メガピクセル Live MOSセンサー(MFTサイズ)
  • 動画解像度:DCI 4K/24p、UHD 4K/30p、1080/60p
  • 内部記録:4K/100Mbps(IPB)、1080p/200Mbps(ALL-Intra)
  • ビット深度/色空間:8-bit 4:2:0(内部)、10-bit 4:2:2(HDMI外部出力)
  • プロ向け拡張:オプションのDMW-YAGH(XLR入力×2、HD-SDI出力ユニット、約$1,998)
  • ボディ内手ぶれ補正:なし(レンズ側O.I.S.に依存)

8-bit 4:2:0の内部記録は、プロの目線では決して十分とは言えなかった。だが、「4K」という数字の持つ訴求力は絶大だった。2014年は民生用4Kテレビが急速に普及し始めた年であり、「4K対応」は製品の売り文句としてこの上なく強力だった。映像制作者にとっても、4K撮影はクロップ(切り出し)やスタビライズ(手ぶれ補正のポストプロダクション処理)の自由度を劇的に広げるものだった。

GH4は、BMPCCとは異なるアプローチでMFTの価値を証明した。BMPCCが「RAW品質の民主化」を掲げたのに対し、GH4は「4K解像度の民主化」を実現したのである。そして両者はどちらもMFTマウントだった。2014年、映像制作者がMFTマウントを選ぶ合理的な理由は、確実に増えていた。

Sony A7S:闇を切り裂くフルサイズ

GH4の発表から2か月後の2014年4月、ソニーはα7Sを発表した。

α7Sのスペックは、GH4とは対照的だった:

  • センサー:12.2メガピクセル フルサイズ Exmor CMOSセンサー
  • 動画解像度:4K/30p(外部レコーダー経由のみ)、1080/60p(内部記録)
  • ISO感度:常用ISO 100~102,400、拡張ISO 50~409,600
  • マウント:ソニーEマウント(フルサイズ対応)

α7Sの衝撃は、その異常なまでの高感度性能にあった。ISO 409,600という数字は、当時としては文字通りケタ違いだった。暗所でのノイズの少なさは、BMPCCはもちろん、キヤノン5D Mark IIIやGH4とも次元が異なっていた。ドキュメンタリー撮影、ウェディング、イベント記録など、照明をコントロールできない現場において、α7Sは「暗闇でも撮れるカメラ」として絶大な支持を集めた。

だが、α7Sには明確な弱点もあった。4K記録が外部レコーダー(Atomos ShogunやConvergent Design Odysseyなど)経由でしかできなかったのである。外部レコーダーは安くても10~20万円。α7S本体(約25万円)と合わせれば、「4Kシステム」としてはGH4より高くつく。

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そして、ここにフルサイズミラーレスvsマイクロフォーサーズの最初の本格的な構図が生まれた。

比較項目Panasonic GH4(MFT)Sony A7S(フルサイズ)
4K内部記録✗(外部のみ)
高感度性能実用ISO ~1600程度実用ISO ~25600以上
被写界深度深め(MFTセンサー)浅い(フルサイズ)
ボディ価格約17万円(当時)約25万円(当時)
4Kシステム価格約17万円(本体のみで完結)約$3,500~$4,500(外部レコーダー込み)
レンズエコシステム成熟(50本以上)発展途上(FEレンズ約10本)
ボディサイズ/重量560g489g(軽量だが奥行きがある)

2014年時点では、GH4とA7Sは「どちらが優れているか」ではなく、「何を重視するかで選ぶカメラが変わる」という関係だった。4K内部記録とコストを重視するならGH4、高感度とフルサイズの浅い被写界深度を重視するならA7S。この「棲み分け」の構図は、後にα7S II(2015年、4K内部記録対応)の登場で崩れ始め、α7 III(2018年)で決定的に崩壊する——だがそれは第6章の話である。


3-7. 2013~2014年の景色—MFTは映像制作の「最前線」だった

三つのMFTカメラが照らした三つの方向

2013年から2014年にかけて、MFTマウントの映像カメラは三つの方向性を同時に示していた。

  1. BMPCC(2013):995ドルのRAWシネマカメラ。「映像品質の民主化」を象徴
  2. GH4(2014):1,700ドルの民生用4Kカメラ。「4K解像度の民主化」を象徴
  3. AG-AF100(2010、まだ現役だった):プロ用ビデオカメラとしてのMFT。業務映像制作の堅実な選択肢

この三つのカメラは、価格帯もユーザー層もまったく異なっていたが、一つの共通点があった。すべてMFTマウントだったということである。

レンタルハウスにとって、これは大きな意味を持った。MFTレンズを一揃え持っていれば、BMPCCにもGH4にもAF100にも対応できる。レンズ資産の汎用性が高い=在庫効率が良い。このことは、業務用レンタルにおけるMFTレンズの導入を後押しした。

映像制作者にとっても同様である。MFTマウントのレンズを持っていれば、「今日はGH4で4K撮影、明日はBMPCCでRAW撮影」という使い分けが、レンズの入れ替えなしに可能だった。一つのレンズシステムで複数の撮影スタイルに対応できる柔軟性——これは他のマウントにはない、MFT独自の強みだった。

「MFTの最前線」はどこへ向かうのか

2014年末の時点で、映像制作におけるMFTの立ち位置をまとめるとこうなる:

強み

  • 低コストでプロ品質の映像が撮れる(BMPCC)
  • 民生機で4K内部記録ができる(GH4)
  • レンズエコシステムが成熟し、互換性が高い
  • カメラボディが小型軽量で、ワンオペ撮影やジンバル運用に有利
  • MFTマウントのフランジバックの短さにより、アダプター経由で他マウントのレンズが使える

弱み

  • センサーサイズに起因する暗所性能の限界
  • フルサイズと比較した被写界深度の浅さ不足
  • BMPCC:バッテリー持ち、熱、SDカード速度のボトルネック
  • GH4:8-bit 4:2:0内部記録の限界(カラーグレーディング耐性)
  • フルサイズミラーレス(Sony α7S)の台頭

この時代のMFTは、間違いなく映像制作の「最前線」にいた。RAW記録のBMPCC、4K記録のGH4——いずれも、より高価なフルサイズ機やシネマカメラに先んじて技術のフロンティアを切り拓いていた。

だが、この「最前線」は永遠ではなかった。ソニーがα7S IIで4K内部記録を実現し、キヤノンがC200で内部RAW記録を搭載し、やがてフルサイズミラーレスが「安くて高性能」になっていく中で、MFTの相対的な優位性は徐々に侵食されていく。

しかし2013~2014年のBMPCCとGH4は、MFTマウントが映像制作において「仕方なく選ぶ二番手」ではなく、「積極的に選ぶ一番手」になれることを証明した最初のカメラたちだった。その功績は、市場シェアの数字がどう変わろうと、色褪せることはないだろう。

次章では、BMPCCとGH4が切り拓いた道の上に、どのようなシネマレンズが花開いたかを見ていく。MFTマウントが引き寄せた「シネマレンズ大航海時代」の幕開けである。


マイクロフォーサーズと映像表現の歴史—19.25mmのフランジバックが映像産業にもたらしたもの

  1. 誕生—「ミラーレス」という言葉はまだなかった
  2. 写真機を超えて——マウントとしてのマイクロフォーサーズ
  3. 995ドルの革命—Blackmagic Pocket Cinema Camera(2013)
  4. シネマレンズ大航海時代——MFTマウントが生んだ巨大市場
  5. 越境するレンズ—Speed Boosterとマウントアダプターの魔法
  6. GH5とBMPCC 4K—評価の分水嶺
  7. 2020年代のMFT—縮小する市場、拡大する可能性

典拠一覧

  1. Blackmagic Design, “Blackmagic Design Announces Blackmagic Pocket Cinema Camera,” Press Release, April 8, 2013.https://www.blackmagicdesign.com/media/release/20130408-01
  2. Blackmagic Design, “Blackmagic Design Announces Blackmagic Production Camera 4K,” Press Release, April 8, 2013.https://www.blackmagicdesign.com/media/release/20130408-02
  3. Philip Bloom, “NAB 2013 – Blackmagic Pocket Cinema Camera and Production Camera 4K,” Philip Bloom Blog, April 2013.https://philipbloom.net/blog/nab2013-blackmagic/
  4. Grant Petty(Blackmagic Design CEO), DPReview interview regarding BMPCC 4K(BMDのカメラ戦略に関する発言).https://www.dpreview.com/interviews/blackmagic-design-bmpcc4k
  5. Panasonic, “Panasonic Introduces LUMIX GH4,” Press Release, February 2014.https://news.panasonic.com/global/press/en140207-2
  6. Sony, “Sony Launches α7S,” Press Release, April 2014.https://www.sony.net/SonyInfo/News/Press/201404/14-034E/
  7. Canon, “Canon EOS 5D Mark II – Press Release,” September 2008.https://global.canon/en/news/2008/sep17e.html
  8. Personal-View.com, GH2 Hack / Driftwood Settings(Vitaliy Kiselev GH2ファームウェアハック・コミュニティ).https://www.personal-view.com/talks/categories/gh2-hack
  9. Blackmagic Design, “Blackmagic Cinema Camera,” Product Information, 2012.https://www.blackmagicdesign.com/products/blackmagiccinemacamera
  10. CIPA(カメラ映像機器工業会), 統計データ(レンズ交換式カメラ出荷実績).https://www.cipa.jp/stats/documents/e/d-2023.pdf

本記事はpixlog.jpの連載企画「マイクロフォーサーズと映像表現の歴史」の第3章である。

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