
前編では、1871年の創業から戦前・戦中にかけての浅沼商会の歩みを追った。日本初の写真材料専門店として産声を上げ、乾板の国産化、KINGブランドの誕生、ミノルタとの提携——写真産業の礎を築いたその前半生は、まさに日本近代史そのものであった。
後編では、戦後の事業多角化から現在に至るまでの浅沼商会を追う。写真用品の卸売商社は、いかにして「映像情報流通の総合商社」へと進化したのか。
産業機材事業部の設立——写真の枠を超えて
浅沼商会の事業構造を大きく変えた転機が、1982年(昭和57年)の産業機材事業部の開設である。
それまで写真映像用品の卸売に特化していた同社が、医療用高画質プリンター、赤外線サーモグラフィ、ハイスピードカメラ、顕微鏡システムなど、産業・医療分野の映像機器へと事業領域を拡大した。
この多角化は、写真産業がフィルムからデジタルへと移行する中で、同社の経営安定に大きく貢献することになる。官公庁や企業法人、学校法人を取引先とする産業機材事業部は、消費者向けの写真用品市場とは異なる安定した収益基盤を提供した。
現在、産業機材事業部が扱う製品は多岐にわたる。
- 赤外線サーモグラフィ(日本アビオニクス製品等)
- ハイスピードカメラ(Fastec Imaging製品等)
- 医療用高画質プリンター・画像保存管理システム
- FA用レンズ・照明(シグマ光機、リコーインダストリアルソリューションズ等)
- 術野カメラシステム
- DICOM関連製品
- 耐熱カメラ
- デジタル映像機器・AV機器
写真材料の商社としてスタートした企業が、いつの間にか産業用映像ソリューションのプロバイダーへと変貌を遂げていた。「映像」という軸はぶれていないが、その射程は大きく広がったのだ。
2004年(平成16年)には、産業機材事業部がISO14001環境マネジメントシステムの認証を取得。環境配慮型の事業運営にも取り組んでいる。
ACMEL(アクメル)——知られざる自社ブランドカメラ
1980年代、浅沼商会はグループ企業であるアクメルを通じて、独自のカメラ事業にも挑戦している。
ACMEL(アクメル)は、ミノックス判フィルムを使用する超小型カメラのブランドだ。ミノックス判(8×11mm)は、もともとラトビアのミノックス社が開発した極小フォーマットで、スパイカメラの代名詞としても知られている。浅沼商会はこのフォーマットのカメラとフィルムの両方を販売した。
加えて、オシロスコープ用CRTフードカメラやインスタントフィルム証明書撮影カメラの開発・製造・販売も手がけている。これらは一般消費者向けではなく、業務用・産業用の特殊カメラであり、産業機材事業部の開設と軌を一にする事業展開であった。
ACMELカメラは現在では生産されていないが、コレクターの間では稀少なアイテムとして知られている。浅沼商会が「商社」にとどまらず、独自のハードウェア開発にも果敢に挑んだ時代を象徴する存在だ。
KINGレンズ——交換レンズ市場への参入
KINGブランドの展開で興味深いのが、35mmカメラ用交換レンズへの参入である。
1980年代のKINGレンズのラインナップは、以下のように充実していた。
単焦点レンズ
- King 24mm f/2.8
- King 28mm f/2.8
- King 135mm f/2.8
- King 200mm f/3.3
- King 300mm f/5.6
ズームレンズ
- King 28-50mm f/3.5-4.5
- King 28-80mm f/3.5-4.5
- King 35-100mm f/3.5-4.3
- King 55-225mm f/3.5-4.5
- King 70-210mm f/3.8
- King 75-200mm f/4.5
- King 80-200mm f/4.5
- King 100-300mm f/5.6
マウントはCanon FD、Nikon F、Minolta SR、Olympus OM、Konica AR、Pentax K、Contax/Yashica、Fujica Xと、当時の主要マウントをほぼ網羅していた(『Camerart Photo Trade Directory, 1985 Edition』による)。
これらのレンズはOEM供給によるものと推測されるが、KINGブランドとして販売されたことに意味がある。アクセサリーメーカーとしてのKINGが、光学製品にまで手を広げていたことは、カメラ愛好家にとっても新鮮な発見ではないだろうか。
現在、KINGレンズは生産されていないが、中古市場ではときおり見かけることがある。コレクターズアイテムとしての価値も、じわじわと認識されつつある。
キャビン工業との統合(2006〜2007年)
2006年、浅沼商会はキャビン工業株式会社からCABINブランドの映像機器製品に関する営業活動およびマーケティング活動の移管を受けることで合意した。2007年に正式移管が完了している。
CABIN(キャビン)は、スライドプロジェクターやフィルムスキャナーで知られたブランドである。デジタル化の波の中でキャビン工業自体は事業縮小に向かったが、そのブランドと製品群は浅沼商会に引き継がれた。
これにより浅沼商会は、KING、CABINという二つの歴史あるブランドを傘下に持つことになった。
現在の浅沼商会——映像情報流通の総合商社
会社概要(2025年1月期)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 株式会社浅沼商会(ASANUMA & CO., LTD.) |
| 創業 | 1871年(明治4年) |
| 設立 | 1928年(昭和3年) |
| 資本金 | 1億円 |
| 年間売上高 | 67億円(2025年1月期) |
| 純利益 | 1億3,900万円(第103期) |
| 純資産 | 87億2,500万円 |
| 総資産 | 114億9,500万円 |
| 従業員数 | 55名(2025年1月31日現在) |
| 代表者 | 代表取締役社長 相川千代治(第9代) |
| 本社 | 東京都中央区日本橋小舟町7-2 ヤクシビル2F |
売上高67億円に対して純資産87億円超という数字が目を引く。売上規模以上に資産が厚く、150年以上の歴史の中で築かれた財務基盤の堅実さがうかがえる。従業員55名という少数精鋭の体制も、商社としての効率的な経営を示している。
二本柱の事業構造
現在の浅沼商会は、大きく二つの事業部で構成されている。
イメージング事業部は、消費者向けの写真映像用品を扱う部門である。取り扱い範囲は極めて広い。
- 自社ブランド製品:KING写真用品、CABINブランド製品
- フジカラー写真用品
- デジタルカメラ・フィルムカメラ
- 三脚・バッグなど撮影用品
- プリンター・印画紙などプリント用品
- アルバム・フォトフレームなど整理用品
- フィルムスキャナー
主要仕入先には、キヤノン、ニコン、ソニー、パナソニック、富士フイルム、OMデジタルソリューションズ、シグマ、タムロン、コシナ、ケンコー・トキナーといった日本の主要カメラ・レンズメーカーが名を連ねる。まさに日本の写真映像産業のハブとしての機能を果たしている。
産業機材事業部は、法人向けの産業用映像機器・システムを扱う部門。サーモグラフィ、ハイスピードカメラ、医療用画像システムなど、専門性の高い製品を官公庁・法人・学校法人に提供している。
現在の主力製品・取り扱いブランド
KING(キング)——100年を超える定番ブランド


筆者はKingのカーボンライトスタンドを5年以上使用している。軽くてコンパクトなので出張撮影時に使用することが圧倒的に多い。
1918年の商標登録から100年以上。KINGは日本の写真用品ブランドとして最も長い歴史を持つ。現在も三脚、カメラストラップ(クライミングロープストラップなど)、レンズキャリーケース、クリーニング用品、フォトフレーム、アルバムなどを幅広く展開している。
「とりあえずKING」——カメラ量販店の写真用品売り場で、この名前を見たことのある方は多いだろう。派手さはないが、確かな品質と手頃な価格帯で、エントリーからベテランまで幅広い写真愛好家に支持されている。
Fotopro(フォトプロ)
中国発の三脚・撮影用品ブランドで、日本での正規代理店が浅沼商会である。軽量かつコストパフォーマンスに優れた三脚は、スマートフォン撮影からプロフェッショナルユースまで幅広いラインナップを展開している。
iFootage(アイフッテージ)
動画撮影機材に特化したブランドで、浅沼商会が日本代理店を務める。スライダー、ミニクレーン、スタビライザーなど、映像クリエイター向けの製品を展開。Inter BEE(国際放送機器展)にも出展実績がある。動画撮影が当たり前となった現代において、浅沼商会がこうした動画系ブランドを取り扱っていることは、時代への適応力の表れだ。
APEXEL(アペクセル)
スマートフォン用レンズアクセサリーのブランド。20〜60倍の望遠レンズや、スマートフォンと光学機器を接続するアダプターなどを展開する。スマートフォンでの撮影が主流となる中、こうした製品を取り扱うことは、浅沼商会の「写真のインフラを支える」という創業以来の姿勢の延長線上にある。
その他の取り扱い製品
浅沼商会の取り扱いはこれだけに留まらない。以下のような幅広い製品を各メーカーから仕入れ、全国の販売店に流通させている。
- 防湿庫(東洋リビング、トーリ・ハン等)
- メモリーカード(トランセンド等)
- 双眼鏡(ビクセン等)
- デジタルフォトフレーム(ラドンナ等)
- LED照明・撮影用品各種
デジタル時代における浅沼商会の立ち位置
フィルムからデジタルへ——この写真産業における最大のパラダイムシフトは、多くの企業の命運を分けた。フィルムメーカーの一部は事業転換を迫られ、写真専門店は激減した。浅沼商会がこの嵐を乗り越えられた理由は、大きく三つ考えられる。
第一に、メーカーではなく商社であったこと。 特定の技術やフォーマットに依存せず、時代に合った製品を仕入れて流通させる商社機能は、技術変化への耐性が高い。フィルムカメラの時代にはフィルム関連製品を、デジタルの時代にはデジタル関連製品を——「売るもの」を柔軟に変えられる強みがある。
第二に、産業機材事業部の存在。 消費者向け写真市場が縮小しても、産業・医療分野の映像機器需要は堅調であった。この二本柱構造がリスク分散に寄与した。
第三に、自社ブランドの柔軟な進化。 KINGブランドは時代に合わせて製品ラインを変化させ、三脚やストラップなど撮影の基本アクセサリーに注力。また、FotoproやiFootage、APEXELといった海外新興ブランドの国内代理店を積極的に務めることで、新しい市場(動画撮影、スマートフォン撮影)への対応を図っている。
まとめ——日本写真産業の「縁の下の力持ち」
浅沼商会は、カメラ愛好家にとって必ずしもなじみのある名前ではないかもしれない。ニコンやキヤノンのようにカメラ本体を作るメーカーではなく、ヨドバシカメラやマップカメラのような小売店でもない。しかし、明治4年からの150年以上にわたり、写真に関わるあらゆる製品を仕入れ、流通させ、全国の販売店に届けてきた——その「見えないインフラ」としての役割は、日本の写真文化を語る上で欠かすことができない。
前後編を通じて見てきたように、浅沼商会の歴史は「変化への適応」の連続であった。
- 湿板写真の薬品行商から写真材料専門店へ
- 小売から卸売商社へ
- 写真用品から産業機材へ
- フィルムからデジタルへ
- 国内製品から海外新興ブランドの代理店へ
その都度、事業の形を変えながらも、**「写真・映像を支えるインフラ」**という本質は変わっていない。
売上高67億円、従業員55名。数字だけを見れば決して巨大企業ではない。しかし純資産87億円という数字が示す通り、150年以上かけて築かれた信用と財務基盤は揺るぎない。
KINGブランドの三脚を手に取ったとき、カメラバッグの中にKINGのクリーニングクロスを忍ばせたとき——それが明治時代から続く企業の製品であることを、少しだけ思い出してほしい。そこには、一人の行商人が日本橋の片隅で始めた小さな写真材料店の物語が、脈々と受け継がれている。
前編
典拠一覧
- 株式会社浅沼商会 公式ウェブサイト「会社案内」 https://www.asanumashoukai.co.jp/f/company
- 株式会社浅沼商会 公式ウェブサイト トップページ https://www.asanumashoukai.co.jp/
- 浅沼商会 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/浅沼商会
- Asanuma Shōkai – Camera-wiki.org https://camera-wiki.org/wiki/Asanuma_Shōkai
- 伊藤豪朗「株式会社浅沼商会における写真産業史」『日本写真学会誌』88巻1号、2025年、pp.15-19 https://doi.org/10.11454/photogrst.88.15
- 「株式会社浅沼商会 第103期決算 当期利益139百万円」決算公告データ倉庫 https://ryo-nakamura1.hatenablog.jp/entry/2025/05/28/083000_1
- FutureOne「独自の自動処理機能を踏襲しつつ課題だったリベート機能を実装し、商社として『止まらないシステム』を構築」 https://www.future-one.co.jp/media/2023/01/30/176
- コトバンク「浅沼商会」 https://kotobank.jp/word/浅沼商会-1453769
- アサヌマネットショップ楽天市場店 https://www.rakuten.co.jp/photolink/
- Camerart Photo Trade Directory, 1985 Edition, CameraArt, Inc.
- 浅沼商会『浅沼商会百年史』浅沼商会、1971年 https://dl.ndl.go.jp/pid/11954707



