アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES — Chapter 2

1952年秋、20世紀フォックスの社長スパイロス・スクーラスは、テレビの侵攻によって赤字に転落しかけていた映画スタジオを救う方法を探していた。その答えは、大西洋の向こう側にいた73歳のフランス人天文学者が持っていた。
本章では、CinemaScope(シネマスコープ)の誕生から、ワイドスクリーン戦争と呼ばれた1950年代のハリウッドの激動、そしてアナモルフィック技術の最初の商業的成功と限界を描く。
アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES
- アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
- シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
- Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
- アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
- アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
- 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
- 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
- アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪
20世紀フォックスとクレティアンの邂逅
フォックスの危機
1952年のハリウッドは、テレビとの生存競争の真っ只中にあった。各スタジオは「映画館でしか体験できないもの」を模索していた。1952年9月30日、ブロードウェイ劇場でCinerama方式の『これがシネラマだ(This Is Cinerama)』が公開され、3台の映写機と巨大な湾曲スクリーンによる没入感は観客を熱狂させた。
しかしCineramaには致命的な問題があった。3台の映写機を同期させる技術的な複雑さ、巨大な湾曲スクリーンの設置コスト、そして3本のフィルムの繋ぎ目に生じる可視的な「継ぎ目」。映画館1館あたりの改装費用は莫大で、全米への普及は現実的ではなかった。
20世紀フォックスの社長スパイロス・P・スクーラスは、もっと安価で実用的なワイドスクリーン方式を求めていた。
クレティアンとの交渉
フォックスの調査チームは、フランスのアンリ・クレティアンが開発したHypergonarレンズの存在を知る。特許はすでに失効していたが、クレティアンは物理的なレンズを所有していた。フォックスはクレティアンに接触し、彼のレンズの権利と技術協力を取得する交渉を進めた。
クレティアンのHypergonarがフォックスにとって魅力的だった最大の理由は、導入コストの低さにある。映写機本体を買い替える必要はなく、既存の35mm映写機の前にアナモルフィックレンズを取り付けるだけでワイドスクリーンを実現できる。映画館にとってのハードルが圧倒的に低かったのである。
CinemaScope誕生——『聖衣』と革命の幕開け
技術開発
フォックスはクレティアンのHypergonarを基に、撮影用・映写用のアナモルフィックレンズの量産体制を構築する必要があった。レンズの製造は、アメリカの光学メーカーBausch & Lomb(ボシュロム)に委託された。
CinemaScope用のレンズは、クレティアンのオリジナルと同様、2倍(2x)の水平圧縮率を持つ。35mmフィルムのスタンダードフレーム(ほぼ1.37:1)に2倍の水平情報を圧縮して記録し、映写時にデスクイーズすることで、2.55:1(初期)のアスペクト比を実現した。
フォックスは同時に、4チャンネル磁気録音方式のステレオサウンドも組み合わせた。ワイドスクリーンの映像に、左・中央・右・サラウンドの4チャンネル音声が加わることで、映画館体験はテレビとは次元の異なるものになった。
『聖衣』(The Robe)——1953年9月16日
CinemaScope方式で撮影された最初の長編映画は、リチャード・バートン主演の叙事詩映画『聖衣』(The Robe、ヘンリー・コスター監督)である。1953年9月16日にニューヨークのロキシー・シアターでプレミア上映された。
スクリーンに広がるワイドスクリーンの映像は、観客に衝撃を与えた。『聖衣』は興行的にも大成功を収め、1953年の全米興行収入第1位を記録した。フォックスの賭けは見事に的中したのである。
CinemaScope初期の仕様
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| フィルムフォーマット | 35mm(標準フィルム) |
| 圧縮率 | 2x(水平方向を50%に圧縮) |
| アスペクト比 | 2.55:1(4ch磁気録音時)/ 2.35:1(光学録音時) |
| 撮影レンズ | Bausch & Lomb製アナモルフィックアタッチメント |
| 映写レンズ | Bausch & Lomb製アナモルフィック映写レンズ |
| 音声 | 4チャンネル磁気録音ステレオ(初期) |
| 最初の作品 | 『聖衣』(The Robe、1953年) |
CinemaScope光学系の問題点
CinemaScope方式のアナモルフィックレンズ——特にBausch & Lomb製の初期レンズ——は、映画産業に革命をもたらしたが、同時に深刻な光学的問題も抱えていた。
アナモルフィック・マンプス(Anamorphic Mumps)
最もよく知られた問題が「アナモルフィック・マンプス」である。「マンプス」とは「おたふく風邪」の意味で、人物のクロースアップで顔が横に引き伸ばされ、「おたふく風邪」のように膨らんで見える現象を指す。
これは、初期のCinemaScopeレンズの固定式アナモルフィックエレメントが、被写体がレンズに近づくほど圧縮率が低下するという特性を持っていたことに起因する。遠景では正確な2倍圧縮が得られても、カメラに近い被写体では圧縮率が不足し、デスクイーズ時に顔が横に引き伸ばされた。
被写界深度の非対称性
アナモルフィックレンズは、水平方向と垂直方向で異なる屈折力を持つため、被写界深度にも非対称性が生じる。垂直方向の被写界深度は水平方向よりも浅くなる傾向があり、これは撮影時のフォーカスワークを難しくした。
最短撮影距離の制限
初期のCinemaScope用レンズは、最短撮影距離が長く、クロースアップの撮影が困難であった。このため、初期のCinemaScope映画では人物のクロースアップが少なく、ロングショットやミドルショットが多用される傾向があった。監督やシネマトグラファーの中には、この制限を嫌う者も少なくなかった。
ブリージング(フォーカスブリージング)
フォーカスを変更すると画角が微妙に変動する「フォーカスブリージング」も、初期のアナモルフィックレンズの弱点であった。
ワイドスクリーン戦争——各社の対抗策
CinemaScope の成功は、ハリウッドの他のスタジオに衝撃を与え、各社が独自のワイドスクリーン方式で対抗した。
各社のワイドスクリーン方式
| 方式 | スタジオ/開発者 | 年 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Cinerama | Cinerama Inc. | 1952 | 3台の映写機+湾曲スクリーン。圧倒的だがコスト莫大 |
| CinemaScope | 20世紀フォックス | 1953 | 2xアナモルフィック。低コスト導入。最も普及 |
| VistaVision | Paramount | 1954 | 横送り35mmフィルム。高解像度だがアナモルフィックではない |
| Todd-AO | Mike Todd / AO | 1955 | 70mmフィルム。高解像度・球面レンズ。高コスト |
| Technirama | Technicolor | 1957 | 横送り35mm + 1.5xアナモルフィック圧縮 |
| MGM Camera 65 / Ultra Panavision 70 | MGM / Panavision | 1957 | 65mm撮影・70mm上映 + 1.25xアナモルフィック。2.76:1の超ワイド。『ベン・ハー』で使用。両者は同一システムの異なるマーケティング名称 |
フォックスのライセンス戦略
フォックスはCinemaScope方式を他のスタジオにもライセンス供与した。ワーナー・ブラザース、MGM、ユニバーサルなどがCinemaScope互換のアナモルフィック方式を採用し、アナモルフィック・ワイドスクリーンは急速に普及した。
1953年から1954年にかけて、全米の映画館が急速にCinemaScope対応に改装された。映写機の前にアナモルフィックレンズを追加し、スクリーンを横長のものに交換するだけでよかったため、導入のスピードは他のワイドスクリーン方式を圧倒した。
CinemaScope時代の名作
CinemaScope方式で撮影された映画は、1953年から1960年代初頭にかけて数多く制作された。以下は代表的な作品の一部である。
| 作品 | 公開年 | 監督 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 聖衣(The Robe) | 1953 | ヘンリー・コスター | CinemaScope第1作 |
| 帰らざる河(River of No Return) | 1954 | オットー・プレミンジャー | マリリン・モンロー主演 |
| エデンの東(East of Eden) | 1955 | エリア・カザン | ジェームズ・ディーン主演 |
| 理由なき反抗(Rebel Without a Cause) | 1955 | ニコラス・レイ | ワーナースコープ(CinemaScope互換) |
| 王様と私(The King and I) | 1956 | ウォルター・ラング | CinemaScope 55(55mm撮影版) |
Panavision登場の前夜——アナモルフィック映写レンズの革新
CinemaScope方式の普及とともに、映写用アナモルフィックレンズの品質に対する不満も高まっていった。Bausch & Lomb製の映写レンズは、周辺部の歪みやシャープネスの低下が問題視されていた。
1953年秋、ロバート・ゴッチョーク率いる小さなパートナーシップが、この問題を解決するためにロサンゼルスで設立された(法人化は1954年2月)。社名はPanavision——この会社については、次章で詳しく述べる。
Panavisionが最初に市場に投入した製品は、Super Panatar映写レンズであった。このレンズは可変プリズム設計を採用しており、ノブひとつで1.33:1から2.66:1までのアスペクト比に対応できるという画期的な製品だった。この映写レンズの成功が、Panavisionを映画光学の巨人へと成長させる第一歩となる。
CinemaScope方式の終焉
CinemaScope方式は、1950年代後半にはすでに技術的な限界が明らかになっていた。Bausch & Lomb製のアナモルフィックレンズの光学品質は、より高い要求を持つシネマトグラファーたちを満足させられなくなっていた。
1958年以降、Panavisionが開発したAuto Panatarアナモルフィック撮影レンズが業界標準となり始め、CinemaScope方式は急速にPanavision方式に置き換えられていく。20世紀フォックス自身も、1960年代にはPanavisionのレンズシステムを採用するようになった。
CinemaScope方式は1967年頃までに事実上消滅し、「CinemaScope」の名称もスクリーンから消えた。しかし、クレティアンのHypergonarに端を発する2倍アナモルフィック圧縮の原理は、Panavisionの手でさらに洗練され、今日に至るまで映画制作の最前線で使われ続けている。
クレティアンの最期
アンリ・クレティアンは、CinemaScope方式の成功を見届けた後の1955年、アカデミー賞から科学技術賞(テクニカル・アチーブメント賞)を授与された。彼のアナモルフィックレンズが映画産業に革命をもたらしたことへの遅ればせながらの敬意である。
クレティアンは1956年2月6日、77歳で亡くなった。彼の名は月のクレーター(クレティアン・クレーター)にも刻まれている。天文学者として、そしてアナモルフィック光学の父として、その功績は天と地の両方に記録された。
第2章のまとめ
CinemaScope革命が映画史に残したものは何だったのか。
- アナモルフィック方式の商業的実証:ワイドスクリーンは「売れる」ことが証明された
- 映画館インフラの変革:全米の映画館がワイドスクリーン対応に改装された
- テレビとの差別化の成功:映画館の存在価値が再確認された
- 光学品質への要求の高まり:初期レンズの限界が、Panavisionの台頭を準備した
- 2倍アナモルフィック圧縮の標準化:以後70年以上にわたって「2x」が基本倍率として定着した
そして何より、CinemaScope革命は「映画は横に広い方が良い」という美学を世界中の観客の意識に植え付けた。このことの影響は、2026年の現在も変わっていない。
アナモルフィック・クロニクル THE COMPLETE SERIES
- アナモルフィックレンズの誕生——軍事光学から映画への転用
- シネマスコープ革命——ハリウッドとワイドスクリーンの黄金時代(1953〜1960年代)
- Panavisionの時代——アナモルフィック光学の成熟と多様化(1960年代〜2000年代)
- アナモルフィック撮影ができるカメラの変遷——フィルムからデジタルセンサーへ
- アナモルフィックアダプターの世界——プロジェクションレンズの転用からシングルフォーカスへ
- 中華メーカーとアナモルフィックレンズ——なぜ中国がアナモルフィック開発の中心になったのか
- 2010年代から現在——アナモルフィックレンズの民主化と製品概観
- アナモルフィック・ルックの流行——ストリークフィルターと「なんちゃってアナモルフィック」の功罪
典拠・参考資料
- Barco, “The history of Cinemascope.” https://www.barco.com/zh/residential/creating-the-experience/the-architectural-digital-canvas/technology-ingredients/cinemascope
- David Samuelson, “Introduction of CinemaScope,” in70mm.com. https://www.in70mm.com/presents/1953_cinemascope/samuelson/index.htm
- The American WideScreen Museum, “The CinemaScope Wing 1.” https://www.widescreenmuseum.com/widescreen/wingcs1.htm
- The American Society of Cinematographers, “Panavision at 70.” https://theasc.com/articles/panavision-at-70
- Cinematography World, “Panavision: celebrating 70 years of optical innovation.” https://www.cinematography.world/panavision-celebrating-70-years-of-optical-innovation/
- Wikipedia, “Panavision.” https://en.wikipedia.org/wiki/Panavision
- Wikipedia, “CinemaScope.” https://en.wikipedia.org/wiki/CinemaScope
- Wikipedia, “Anamorphic format.” https://en.wikipedia.org/wiki/Anamorphic_format
- Linda Hall Library, “Scientist of the Day — Henri Chrétien,” February 2, 2021. https://www.lindahall.org/about/news/scientist-of-the-day/henri-chretien/
- Panavision, “History & Awards.” https://www.panavision.com/about/history-awards
- Fstoppers, “A Brief History of Anamorphic Lenses in Cinema and How They Can Boost Your Production Value,” January 30, 2021. https://fstoppers.com/gear/brief-history-anamorphic-lenses-cinema-and-how-they-can-boost-your-production-546937



