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LibreOfficeの現在地

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オープンソースのオフィスソフトウェアはどこへ向かうのか

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はじめに――フリーソフトが輝いていた時代

2000年代前半、パソコンを使いこなすことに喜びを感じていたユーザーには、一種の「フリーソフト文化」が根付いていた。窓の杜やVector(ベクター)をブックマークに登録し、週末になると新しいフリーソフトを探し、インストールしては試す。そういう楽しみ方が当たり前だった時代の話である。

オフィスソフトの世界でも同じことが起きていた。Microsoft Officeは確かに高機能だったが、個人が購入するには決して安くなく、「なんとかしてタダで使えないか」という需要は常に存在していた。そんな時代に彗星のように現れたのが、OpenOffice.orgだった。


StarOffice誕生前夜――1980年代から1990年代のオフィスソフト戦国時代

話は1985年まで遡る。ドイツのリューネブルクという街で、Marco Börriesという若い開発者が「StarWriter 1.0」を書き上げた。StarWriterはStar Divisionによって開発され、特にヨーロッパ市場でそれなりの成功を収めた。この頃のソフトウェアはZilog Z80プロセッサ向けに書かれており、のちにMS-DOSやWindowsへと移植されていった。

1990年代、オフィスソフトの世界はMicrosoftが事実上制圧を完了しつつあった。WordPerfectやLotus 1-2-3といった先人たちは次々と敗れ去り、Word・Excel・PowerPointの三位一体が「仕事の道具」として定着していく。この時期、Microsoftのオフィスソフトへの依存はすでに「ベンダーロックイン」として問題視され始めていた。特に欧州では、アメリカ企業の一製品に自国の行政文書が縛られることへの警戒感が強まっていた。

Star Divisionのプロダクト(StarOffice)はそうした文脈の中で注目を集め、Microsoftの独占に対するヨーロッパ発の対抗軸として存在感を示していた。


OpenOffice.orgの誕生――2000年、歴史的なオープンソース化

転機は1999年に訪れる。1999年8月、Sun MicrosystemsはStar Divisionを買収した。その理由として広く語られているのは、42,000人のSun社員全員分のMicrosoft Officeライセンスを購入するよりも、StarOffice開発元ごと買収する方が安上がりだったという逸話だ。買収額は約5,950万ドルから7,350万ドルと報告されており、当時としては大きなニュースだった。

そして2000年7月19日、O’Reillyオープンソースカンファレンスの舞台でSunはとんでもない発表をする。StarOfficeのソースコードを公開し、フリーのオープンソースオフィススイートを開発するプロジェクトを立ち上げると宣言したのだ。プロジェクトは「OpenOffice.org」と名付けられた。「.org」が付いているのは、商標上の問題を避けるためだ。2000年10月13日にソースコードが公開され、2002年5月1日にOpenOffice.org 1.0が正式リリースされた。

最初のプレビュー版は瞬く間に100万ダウンロードを突破した。無償でMicrosoft Officeに対抗できるソフトウェアが手に入るということの衝撃は、当時のユーザーには非常に大きかった。Writer、Calc、Impress——WordにExcelにPowerPoint。機能的にも十分実用的で、しかもタダ。これは革命的なことだった。

OpenOffice.orgはLinuxのデフォルトオフィスソフトとなり、2004年には大企業市場での浸透率14%を達成するなど、Microsoft Officeへの本格的な対抗馬と見なされるようになった。


活気に満ちた2000年代――オープンソース・オフィスソフトの黄金時代

2000年代は、オープンソースのオフィスソフトウェアが最も輝いていた時代だった。Linuxコミュニティはもちろん、Windows上でもOpenOffice.orgを愛用するユーザーが急増した。「Microsoft Officeを買わなくても仕事ができる」という事実が、特に中小企業や個人ユーザーに広まっていった。

この時代を象徴するのが、LinuxにおけるSynaptic Package Managerの存在だ。Synapticは、Debian/Ubuntu系Linuxディストリビューションに搭載されたGUIのパッケージ管理ツールで、ブラジルのConectiva社がAlfredo Kojimaに依頼して開発させた、APTパッケージマネージャーのグラフィカルフロントエンドだった。

Synapticは当時としては非常に先進的なコンセプトを体現していた。ソフトウェアの検索・インストール・削除・アップデートを、すべて一つの画面から管理できる。しかも依存関係まで自動で解決する。カテゴリやステータスでフィルタリングでき、インストール履歴も記録される。今日のスマートフォンのアプリストアが「当たり前」のものとして使われているが、Synapticはその概念をデスクトップLinuxで2000年代初頭に実現していたのだ。

かつてSynapticは、ほぼすべてのDebian系Linuxディストリビューションにデフォルトのグラフィカルソフトウェアマネージャーとして搭載されていた。この時代、Ubuntuを使い始めた日本のユーザーの多くが、SynapticでOpenOfficeをインストールし、「コマンドラインを使わずに無料でオフィスソフトが入れられる!」という感動を経験したはずだ。

オープンソースの世界には熱気があった。WindowsでもLinuxでもMacでも動き、しかも完全無償。Microsoft Officeとの互換性も十分高く、「これで十分では?」という議論が盛んに行われていた。コミュニティフォーラムでは毎日のようにOpenOfficeに関する話題が交わされ、日本でも窓の杜や各種Linuxユーザーグループのサイトでインストール方法が詳しく解説されていた。


日本の自治体での導入ラッシュ――2000年代後半から2010年代前半

オープンソースのオフィスソフトへの注目が最も高まったのは、日本の自治体においてだ。Microsoft Officeのライセンス料は、数百台・数千台規模になると膨大なコストになる。財政難に苦しむ地方自治体にとって、これは無視できない問題だった。

先駆けとなったのが福島県会津若松市だ。会津若松市は、5年で1,500万円のコストを削減するため、2008年から市役所内のPC約840台にOpenOffice.orgを導入した。この事例は全国的に注目を集め、同様の取り組みを検討する自治体が相次いだ。

埼玉県久喜市はパソコン200台をLibreOfficeに移行し、680万円を削減。JA福岡市はLibreOfficeを導入し、Microsoft Officeからの移行に役立つマニュアルを公開した。住友電工のように大企業でも社内推奨オフィスソフトをLibreOfficeに切り替えた事例が現れ始めた。

徳島県は行政事務用パソコンの標準オフィスソフトをOpenOffice.orgからLibreOfficeに移行し、2014年度の更新パソコンから一太郎・ExcelをインストールしないことでLibreOffice切り替えによる削減効果として約1億円のライセンス料削減を実現したとされる。1億円という数字のインパクトは大きく、「オープンソースで十分ではないか」という議論を一気に加速させた。


Oracleによる買収とLibreOfficeの誕生――2010年の分岐点

しかし、OpenOffice.orgのお祭りムードは長くは続かなかった。

2010年1月、OracleがSun Microsystemsを買収した。これによりOpenOffice.orgの開発もOracle傘下に入ることになった。Oracleのオープンソースプロジェクトへの姿勢を懸念したコミュニティの開発者たちは、徐々に不信感を募らせていく。

2010年9月、OpenOffice.orgコミュニティの主要開発者たちの大半がプロジェクトを離れ、The Document Foundation(TDF)を設立した。Oracle(旧Sun)の管理体制やオープンソースソフトウェアへの姿勢に対する懸念がその理由だった。TDFは「LibreOffice」というフォークを立ち上げ、2011年1月に正式リリース。ほとんどのLinuxディストリビューションがすぐさまLibreOfficeに移行した。

Oracleは2011年4月にOpenOffice.orgの開発を終了し、残りのチームを解雇。同年6月にはコードベースをApache Software Foundationに寄贈し、これが現在のApache OpenOfficeとなった。しかしその後の開発は停滞し、LibreOfficeが事実上のOpenOffice後継として業界標準の地位を確立することになる。

LibreOffice誕生の哲学は明確だった。Sun/Oracleのような単一企業への依存を排し、コントリビューターへのコピーライトの帰属を求めず、メリトクラティックなオープンな開発体制を構築すること。The Document Foundationはコントリビュートの際のコピーライト譲渡を明示的に拒否し、オープンなコラボレーションへの扉を全員に開いた。


Google ドキュメントの登場と、クラウドという黒船

LibreOfficeがコミュニティの喝采を浴びていた頃、もう一つの大きな変化が始まっていた。Googleがオフィス系のクラウドサービスに本腰を入れ始めたのだ。

2006年にGoogleはWritelyという会社を買収し、これを基に「Google Docs(Googleドキュメント)」をリリースした。当初は物好きなテック好きが試すもの、という印象が強かったが、その後Googleスプレッドシート、Googleスライドと展開が続き、G Suite(現Google Workspace)として統合されると状況が変わってくる。

Googleドキュメントの最大の武器は「リアルタイム共同編集」だった。複数人が同じドキュメントを同時に編集でき、変更は即座に反映される。これはローカルにインストールするソフトウェアでは実現できない体験だった。「ファイルを保存する」「メールで送る」「相手が開けない形式だった」——そういう面倒事がすべて消える。しかもGmailアカウントがあれば無料。

この「共同作業の民主化」はビジネスシーンを徐々に、しかし確実に塗り替えていった。2010年代に入るとスタートアップや教育機関を中心にGoogle Workspaceが一気に普及し、「ドキュメントはGoogleで作るもの」という感覚が若い世代の間で当たり前になっていった。


MicrosoftのWeb版無償化という逆転の一手

Googleの脅威を前に、Microsoftは動いた。Office 365(現Microsoft 365)の戦略の一環として、Word・Excel・PowerPointのWeb版を無償で公開したのだ。

Microsoft Office Online(後にMicrosoft 365の無料Webアプリとして展開)は、ブラウザ上でWordやExcelを開いて編集できるサービスだ。フル機能版には及ばないものの、日常的な文書作成・表計算には十分使える。しかもMicrosoftアカウントさえあれば無料。

この一手は見事だった。「Office互換のフリーソフトを使いたい」というユーザーに向けて、「いや、本物のWordが無料で使えますよ」と言ってしまったのだ。LibreOfficeやOpenOfficeが「Officeの代替」として売りにしていた「無償で使える」という強みが、大きく揺らぐことになった。

さらにMicrosoftはMicrosoft 365のサブスクリプション化を進め、月額課金モデルへの移行を加速させた。個人向けにはMicrosoft 365 Personal(日本では年額約1万3,000円程度)、企業向けには各種プランを展開。常に最新バージョンが使え、OneDriveでのクラウドストレージも付いてくる。「Officeはソフトを買うもの」から「OfficeはサブスクするもS」というへの転換は、皮肉なことにLibreOfficeのような「一度インストールすれば使い続けられる」モデルとの差別化を難しくした面もある。


LibreOfficeの欧州と政府機関での存在感

一方、LibreOfficeが着実に存在感を持ち続けている領域がある。欧州の政府機関や大規模公共機関だ。

フランスの省庁間フリーソフトウェア作業部会MIMOは、約50万台のPCでLibreOfficeを運用している。これはエネルギー、防衛、農業、教育など幅広い省庁にまたがる規模だ。スペインのバレンシア自治州の行政機関は12万台のPCにLibreOfficeをインストールし、IT面でのベンダー独立性の確保とライセンス費用の削減を実現した。イタリア国防省は10万台以上のコンピュータでLibreOfficeへの移行を進めており、台湾財務省は2万4,000台以上のPCにLibreOfficeを導入している。

こうした導入が欧州で特に進む背景には、ベンダーロックイン(特定企業の製品・サービスへの依存)からの解放という強い政治的意志がある。行政文書がMicrosoftの独自フォーマットに縛られることへの懸念はEUレベルでも共有されており、オープンドキュメントフォーマット(ODF)の標準化推進と並行してLibreOfficeの採用が進んできた。

LibreOfficeのユーザーを国別で見ると、ブラジルが最大のユーザー数(33%)を占め、次いでアメリカ(24%)、フランス(12%)と続く。欧州や南米での存在感が顕著で、これらの地域ではオープンソースソフトウェアへの親和性と政府機関による積極的な採用が相まって、LibreOfficeのエコシステムが維持されている。


スマートフォン以降の世界——「インストールする」という行為の終焉

2010年代初頭、iPhoneとAndroidの普及が加速した。スマートフォンは「コンピュータ」の定義を根底から変えてしまった。そして同時に、ソフトウェアの「配布」と「インストール」の概念も変えてしまった。

App StoreとGoogle Playという仕組みは、革命的だった。「アプリストアで探す→ワンタップでインストール」。この体験はシンプルで直感的で、何よりも安全だ(少なくともユーザーにはそう感じられる)。ウイルスを心配する必要もなく、依存関係を解決する必要もなく、設定ファイルをいじる必要もない。

この体験に慣れた世代にとって、PCでソフトウェアをインストールすること自体がハードルになった。かつては「窓の杜でフリーソフトを探してexeをダウンロードしてインストール」という行為が当たり前だったが、スマートフォン世代にとってこのフローは「古くて面倒なもの」に映る。

LibreOfficeはインストール型のデスクトップアプリだ。約300MBほどのインストーラをダウンロードし、管理者権限でインストールする必要がある。「ブラウザで使えるGoogleドキュメント」と比べたとき、このハードルは無視できない。

もう一つ重要なのが、Synapticが象徴していた「パッケージ管理」という概念の命運だ。Synapticはまさにアプリストアの先駆けだったが、皮肉なことにiOSとAndroidの「アプリ管理」という発想がスマートフォンで花開いたことにより、「PCやMacで別途パッケージマネージャーを使ってソフトを管理する」というLinux的なアプローチは、一般ユーザーからますます縁遠いものになっていった。

SynapticはGNOME SoftwareやKDE Discoverといったよりモダンなソフトウェアマネージャーツールの台頭とともに、軽量なLinuxディストリビューション向けのニッチなツールへと追いやられていった。皮肉なのは、Synapticが先進的だったからこそ、その概念がスマートフォンのアプリストアという形で普及し、結果的にSynaptic自身の存在意義を薄めてしまったことだ。

これはオープンソースソフトウェア全般の問題とも言える。Linuxコミュニティが長年育ててきたパッケージ管理の思想はAppleやGoogleに「輸入」され、洗練されたUIとエコシステムを得て爆発的に普及した。しかしその恩恵を最も受けたのは、オープンソースコミュニティではなくAppleとGoogleだった。


日本でのLibreOfficeの現状——過去の熱気はどこへ

2000年代後半から2010年代前半にかけて、日本でもLibreOffice(当時はOpenOffice.org)の話題は活発だった。ITpro(現Nikkei XTECH)やPC Watchでも頻繁に取り上げられ、自治体導入のニュースは定期的に報道されていた。「会津若松市が先進的なことをやっている」「LibreOfficeで1億円削減」といったヘッドラインは、当時のIT界隈では誰もが知っていた話題だ。

しかし現在、日本でLibreOfficeの話題が盛り上がることは少なくなった。

理由はいくつか考えられる。まず、先に述べたGoogleドキュメントとMicrosoft 365 Web版の台頭だ。「無料でオフィス作業をしたい」というニーズに対して、より手軽なWebアプリが答えを出してしまった。次に、Microsoftがサブスクリプション化を進めることで、法人・個人ともにMicrosoft 365に移行する流れが加速した。年額課金ではあるが、「本物のOfficeが使えてクラウドも付いてくる」という価値提案は強力だ。

さらに、日本固有の事情として「Excelとの互換性問題」がある。日本のビジネス現場では、Excelの高度なマクロや複雑なセル書式を駆使した「Excelアート」のようなドキュメントが横行している。LibreOfficeのCalcとMicrosoft Excelの間には、完全な互換性はない。特に複雑なマクロや特殊な書式は崩れることがあり、「やっぱりExcelじゃないとダメだ」という結論になりがちだ。

日本の自治体についても、2010年代前半の移行ラッシュの後、Microsoft 365に戻ったり、Webアプリへ移行したりするケースが増えている。セキュリティ強化や業務のデジタル化推進の文脈でクラウドサービスへの移行が進む中、LibreOfficeのようなローカルインストール型のソフトウェアは選択肢から外れていくケースも多い。


現代のLibreOfficeは誰が使っているのか

では2026年現在、LibreOfficeは誰が使っているのだろうか。

政府・公共機関
前述の通り、フランス・イタリア・スペイン・台湾などの政府機関が大規模に導入している。ベンダーロックインからの解放、データ主権の確保、長期的なコスト削減。これらの目的においてLibreOfficeは依然として有力な選択肢だ。日本でも、セキュリティ上の理由からクラウドサービスを使えない閉域ネットワーク環境では、LibreOfficeがオフィスソフトとして選ばれるケースがある。

Linux ユーザー
Ubuntuをはじめとする多くのLinuxディストリビューションでは、LibreOfficeがデフォルトのオフィスソフトとして同梱されている。Linux PCを使う開発者やエンジニアにとっては、自然と手元にある選択肢だ。

教育機関と非営利組織
予算制約のある学校や非営利団体にとって、LibreOfficeは依然として現実的な選択肢だ。特に発展途上国では、Windowsのライセンスも含めたソフトウェアコスト全体を抑えるためにLinux+LibreOfficeという組み合わせが採用されることがある。

プライバシー重視ユーザー
クラウドに文書を置きたくない、GoogleやMicrosoftにデータを渡したくない。そういった強い意識を持つユーザーは、ローカルで完結するLibreOfficeを積極的に選んでいる。近年のデータプライバシーへの関心の高まりは、ローカルソフトウェアの価値を見直す契機になっている。

研究者・アカデミア
LibreOffice Writerは長文の論文執筆、特にLaTeX的な数式編集(LibreOffice Math)とのインテグレーションや、ODFフォーマットによるバージョン管理との親和性が評価されている。


SaaSが主流の時代に、オープンソースのオフィスソフトは何者か

Microsoft 365はサブスクリプション型SaaSとして完全に定着した。Google Workspaceも同様だ。ファイルはクラウドに保存され、どこからでもアクセスでき、自動的にバックアップされる。共同編集はリアルタイムで、コメントや提案変更も簡単。AIアシスタント(CopilotやGemini)が文章の補助をしてくれる。

この文脈で、LibreOfficeはどう位置づけられるべきか。

正直に言えば、一般ユーザーのデイリーユースにおけるLibreOfficeの存在感は2026年現在、2010年代前半に比べて大きく後退している。市場シェアで見れば、オフィスソフトウェア市場においてGoogle Workspaceが77%超、Microsoft Officeが11%超を占める中、LibreOfficeは0.04〜0.1%程度のシェアに留まっている。

しかし、LibreOfficeが「失敗した」という評価は正確ではない。

LibreOfficeはオープンソースの理念を体現し続けているプロジェクトだ。ソフトウェアは誰でも無償で使え、ソースコードは公開されており、特定企業の支配下に置かれていない。これは単なる「安い代替品」ではなく、デジタル主権と情報の自由に関わる思想的立場の表明でもある。

フランス政府が50万台のPCにLibreOfficeを入れているのは、コスト削減だけが目的ではない。アメリカ企業のクラウドサービスに国家の機密文書や行政データを預けることへの懸念、そしてソフトウェアの自律性への希求がそこにある。

また、LibreOffice Onlineというブラウザベースのバージョンも存在し、NextcloudなどのオープンソースのSaaSプラットフォームと統合することで、「クラウドでオープンソース」という形での運用も現実になっている。GoogleドキュメントでもMicrosoft 365でもない第三の道として、プライバシー重視の組織にとっての選択肢となりえる。


追放されたのか、それとも棲み分けが進んだのか

Synapticはどうなったか。現在もLinuxには存在し、愛用するパワーユーザーもいる。しかしUbuntuの標準ソフトウェアセンターからは久しく外れており、新規Linuxユーザーがインストール直後にSynapticを開く、という光景はほとんど見られなくなった。

これは「追放」なのだろうか。ある意味ではそうかもしれない。iOSのApp Store、Google Playという「上位互換」が世界を席巻し、Linuxにおいてさえもより直感的なUIのソフトウェアセンターに主役の座を譲った。

しかし見方を変えれば、「必要とする人のもとに残った」とも言える。システム管理者、開発者、Linuxの深い制御を求めるユーザー。Synapticはそういった人たちのために今でも動いており、活発にメンテナンスされている。

LibreOfficeも同じ道を歩んでいる。一般消費者向けのデイリーユースツールとしては、GoogleドキュメントとMicrosoft 365に完全に押しのけられた感がある。しかし、デジタル主権を重視する政府機関、プライバシーに強いこだわりを持つユーザー、Linuxを愛するコミュニティ、そして予算制約の厳しい教育・非営利セクター——そういった「ニッチだが重要な」ユーザー層に根を張り続けている。


おわりに――フリーソフト文化が遺したもの

2000年代のあの熱気を思い出す。窓の杜で「今週のピックアップ」を眺め、OpenOffice.orgのインストーラを起動し、「これでExcelもWordもタダで使える!」と喜んでいた頃。Ubuntuをインストールして、SynapticでLibreOfficeを追加した瞬間の充実感。オープンソースが「本物のソフトウェアに劣らない、あるいは凌駕する」というビジョンが、現実になりつつあると感じられた時代。

その熱気は薄れた。しかしその遺産は今もデジタルの世界に息づいている。Googleドキュメントのリアルタイム共同編集は、Wikiやオープンソースコミュニティの共同作業文化から影響を受けている。Microsoft 365のWeb版無償公開は、OpenOfficeが切り開いた「オフィスソフトは無料で使えるべきだ」という圧力に対する回答だ。App Storeのパッケージ管理思想は、Synapticが先鞭をつけたものだ。

LibreOfficeは今でも開発が続けられており、定期的に新バージョンがリリースされている。コミュニティは世界中に広がり、日本語チームも翻訳・サポートを継続している。かつてほどの「時代の主役」ではないかもしれないが、オープンソースの理念を体現するプロジェクトとして、静かに、しかし着実にその存在を続けている。

フリーソフト文化が夢見た世界は、形を変えて現実になった。ただし、その果実を収穫したのはオープンソースコミュニティだけではなかった。それがいいことなのか悪いことなのか、おそらく簡単には答えが出ない問いだ。だが少なくとも、世界中の数千万人が今日も、LibreOfficeを使って文書を書き、表を計算し、プレゼンテーションを作っている。それは確かな事実だ。


本稿は2026年2月時点の情報をもとに執筆しました。

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