
ミラーレスシネマの現場で「どのVマウントバッテリーを買うか」は、もはや避けて通れない問いになった。Amazonで1〜20,000円台の中国製が並ぶ一方、IDXの純正品は1本で5万円を超える。この価格差は何によって生まれ、どこに意味があるのか。本稿では「日本企業製を盲目的に推す」のではなく、BMS設計・安全認証・放送現場の要求仕様という3つの軸から、価格差の内訳を正直に分解する。
なぜいま、Vマウントバッテリーの「選び方」が問われるのか
ミラーレス一眼カメラが動画制作の主力機材として定着して久しい。Canon EOS R5II 、Sony α7V、Panasonic LUMIX S1II ——これらのカメラは、スチール用途であれば内蔵バッテリーだけで一日持つことも珍しくない。しかし動画撮影では話が変わる。4K/6K長回し、外部モニター、ワイヤレス伝送、LEDパネル。電力を必要とするアクセサリーが増えるほど、NP-F系やLP-E6系などの小型バッテリーでは心許ない。
そこで選ばれるのがVマウントバッテリーである。
Vマウント(V-Lock)は、もともと放送用カムコーダーの電源規格として1990年代にAnton BauerのGold Mountと並行して普及した。14.4V公称のリチウムイオンセルを内蔵し、D-TapポートやUSB-PD出力を備えた現行モデルは、カメラ本体だけでなく周辺機器への同時給電を1台でまかなえる。98Whモデルであれば航空機への持ち込みも可能であり、ロケ撮影との相性は抜群だ。
だが、ここに新たな問いが生まれた。
「Vマウントバッテリー、安い中国製でいいのか。日本メーカー製を選ぶ必要はあるのか。」
Amazonや AliExpressを開けば、99Wh・Vマウント対応を謳うバッテリーが15,000〜30,000円で手に入る。一方でIDX(アイ・ディー・エクス)のDUO-C98は実勢価格で70,000円を超える。3倍以上の価格差を前にして、「中国製で十分」と割り切る人も、「プロなら日本製」と信じる人もいる。
本稿の目的は、この問いに正面から答えることである。結論を先に言えば、どちらが「正解」かは用途による。ただし、その判断に必要な情報——BMS(バッテリーマネジメントシステム)の設計思想、安全認証の実態、放送現場が要求する信頼性水準——は、製品スペック表だけでは見えない。見えない部分を可視化することが、本稿の役割である。
本稿は、「Vマウントバッテリーの歴史と規格解説」「Vマウントバッテリーでミラーレス一眼カメラに給電する方法(後編)」「NP-Fバッテリー30年史」——の延長線上にある「思想・選択基準編」として位置づけている。規格の歴史や具体的な給電方法については、それぞれの記事を参照いただきたい。
Vマウントバッテリー市場の構造——主要プレイヤーと価格帯の現実
Vマウントバッテリーの市場は、放送業界を出自とする「老舗勢」と、2010年代以降に急成長した「中国新興勢」の二層構造になっている。まずはプレイヤーを整理する。
放送系老舗メーカー
Anton Bauer(アントンバウアー)——米国。1970年代からポータブルバッテリーの開発を手がけ、Gold Mount規格の生みの親として知られる。現在はVitec Group傘下。Vマウント互換製品も展開するが、主力はGold Mount系である。放送局との長年の取引関係が強み。
IDX(アイ・ディー・エクス)——1989年設立。神奈川県川崎市に本社を置き、米国・欧州にも拠点を展開するグローバル企業。放送業界向けリチウムイオン電源の先駆者を謳い、Vマウントバッテリーにおいては実質的に唯一の老舗専業メーカーである。DUO-CやENDURAシリーズが放送・映画制作現場で広く採用されている。
PAGonic(パゴニック)——英国。旧PAG(Professional Accessories Group)。欧州の放送局やレンタルハウスに強い。
中国新興メーカー
SWIT(スウィット)——中国・南京。1996年設立。放送用バッテリーとLEDライトを主力とし、中国勢のなかでは最も「プロ機材メーカー」としてのポジショニングに成功している。BIVO-series、PB-Cシリーズなど、BMSの品質にも一定の投資を行っている。
Rolux(ロラックス)——中国・深圳。OEM/ODMを広く手がけ、Amazon等で流通する廉価Vマウントバッテリーの多くにRolux製のセルやBMSが供給されているとされる。
SmallRig——中国・深圳。リグ・ケージで世界的なシェアを持つアクセサリーメーカーだが、近年はVB99 SEなどVマウントバッテリーにも参入。価格対性能比を前面に出したマーケティングで、個人映像クリエイター層を取り込んでいる。
その他——Neewer、F&V、Lanparte、Moman、Bresserなど。エントリー帯を構成する。
価格帯の現実
| 価格帯 | 代表的な製品 | 想定ユーザー |
|---|---|---|
| 〜20,000円 | Neewer・Moman・ノーブランド99Wh | 個人Vlogger、スチール補助電源 |
| 17,000〜30,000円 | SmallRig VB99 SE、Rolux系 | 個人〜小規模映像制作 |
| 30,000〜50,000円 | SWIT PB-C98・BIVO-98 | 中規模制作、レンタルハウス |
| 70,000円超 | IDX DUO-C98 | 放送局、CM制作、映画プロダクション |
同じ「99Wh・Vマウント」を謳いながら、最安値と最高値で何倍もの開きがある。この差はどこから来るのか。スペックシートに書かれた容量と電圧だけを比較すれば、「高いほうが損」に見える。だが、スペックシートには書かれない要素こそが、この価格差の本質である。
日本企業の系譜——IDXという存在の輪郭
「日本企業製」という言葉の実態を正確に把握するためには、IDXという会社の来歴を知る必要がある。
株式会社アイ・ディー・エクス(IDX Company, Ltd.)は1989年に設立された。神奈川県川崎市に本社を置き、米国カリフォルニア州トーランスにIDX System Technology、欧州にIDX Europeを展開するグローバル企業である。公式サイトでは「放送業界向けにリチウムイオン電源を世界で初めて導入した企業」を謳い、放送・プロ映像産業への電源供給を30年以上にわたって専業としてきた。
この専業性が重要である。IDXのバッテリーは、最初から放送用カメラの電源系統の一部として設計されている。つまり、バッテリー単体の性能ではなく、「カメラ+バッテリー+充電器+電源管理ソフトウェア」というシステム全体の信頼性を前提に開発が行われてきた。
ENDURAシリーズ、DUO-Cシリーズ、Imicro(小型Vマウント)など、放送から映画、そしてミラーレスシネマまでをカバーするラインナップを展開し、北米・欧州・アジアの放送局やプロダクションに採用されている。
一方で、率直に認めなければならないこともある。
Vマウントバッテリーにおける「日本企業」は、実質的にIDX一社である。 Sony、Panasonic、Canonといった日本のカメラメーカーは、カメラ本体の内蔵バッテリーは設計・製造するが、Vマウント規格の外付けバッテリーを自社ブランドで積極的に展開してはいない。つまり、「日本企業製Vマウントバッテリー=IDX」という等式が、現時点ではほぼ成立する。
この事実は、本稿の議論を単純にする一面もあるが、同時に注意も必要だ。「日本企業だから優れている」という一般化は成り立たない。あくまで「IDXという特定企業の設計思想と品質管理が、放送機器メーカーの系譜に根差している」という具体的な事実として理解すべきである。
BMSの設計思想——保護回路が分ける「安心」の質
Vマウントバッテリーの価格差を生む最大の要因は、BMS(Battery Management System / バッテリーマネジメントシステム)の設計にある。BMSとは、リチウムイオンバッテリーの充放電を監視・制御する電子回路であり、過充電保護、過放電保護、過電流保護、短絡保護、温度管理などを担う。
「保護回路が入っている」という一言で片づけられがちだが、BMSの品質は「保護機能があるかないか」の二値ではない。どこまで精密に、どこまで冗長に、どこまで長期的に機能するかが問われる。
IDXのBMS設計思想
IDXのBMSは、放送用機材の電源系として設計されている。これは、以下のような要求仕様を意味する。
セル・バランシングの精度——複数のリチウムイオンセルを直列・並列に接続するVマウントバッテリーでは、各セルの電圧バランスが崩れると容量低下や発熱の原因になる。IDXのBMSは、セルごとの電圧を個別に監視し、充放電時にバランスを取るアクティブ・バランシング方式を採用している。廉価品に多いパッシブ・バランシング(抵抗で電圧を揃える方式)と比較して、エネルギーロスが少なく、セルの寿命にも差が出る。
残量表示の正確性——放送現場では、「あと何分撮れるか」が文字通りの死活問題になる。IDXのバッテリーは、カメラ側のV-mount通信プロトコル(SMBus / 1-Wire系)に対応し、残量・推定稼働時間・充電サイクル数などをカメラ本体に正確に伝送する。廉価バッテリーでは、この通信が実装されていないか、実装されていても精度が低いケースが多い。結果として、カメラのバッテリー残量表示が突然ゼロになる、あるいは50%表示から急にシャットダウンするといった現象が起こりうる。
温度管理——リチウムイオンセルは高温環境で劣化が加速し、極端な場合は熱暴走のリスクがある。IDXのBMSには温度センサーが複数配置され、異常温度を検出した場合は出力を制限または遮断する。加えて、低温環境(氷点下での屋外ロケなど)でも性能低下を最小限に抑える設計が施されている。
廉価品のBMSに見られる傾向
安価な〜20,000円帯のVマウントバッテリーにもBMSは搭載されている。しかし、以下の傾向が見られることがある。
- セル・バランシングがパッシブ方式、または未実装:初期は正常に使えても、50〜100サイクルを超えたあたりからセル間の電圧差が広がり、実質的な容量が公称値を大きく下回る。
- 通信プロトコルの非対応または不完全な実装:カメラ側の残量表示が不正確になるだけでなく、一部のカメラでは「非純正バッテリー」として認識され、機能制限がかかる場合がある。
- 温度センサーの省略または単一配置:コストダウンのために温度センサーを1箇所に減らしているケースがある。セル全体の温度分布を把握できないため、局所的な異常温度の検出が遅れるリスクがある。
- 容量の誇張表記:公称99Whを謳いながら、実測で80Wh前後にとどまるケースが報告されている。これはセル自体のグレードに起因することもあるが、BMSの容量算出ロジックが甘い(満充電電圧を高めに設定している、など)ことも一因である。
「BMS品質」は見えない
ここで強調しておきたいのは、BMSの品質は外見からは判別できないということだ。パッケージに「高品質BMS搭載」と記載されていても、その設計が放送機器レベルなのかスマートフォン充電器レベルなのかは、分解でもしない限りわからない。
これが、「日本企業製」「放送機器メーカー系」という出自が代替指標として機能する理由である。IDXのBMSが高品質であるのは「日本企業だから」ではなく、「放送用機材の電源系として30年以上にわたり専業で設計・製造を続けてきた実績に基づくから」である。だが、消費者がBMSの回路設計を直接評価することは不可能に近い。結果として、「どの会社が作ったか」「どの業界の要求仕様で設計されたか」が、品質を推定するための合理的な手がかりになる。
安全認証と航空輸送規制——PSE・UN38.3・IATAの壁
Vマウントバッテリーの選択において、BMS設計と並んで重要なのが安全認証である。特に日本国内での使用と、航空機を利用したロケ撮影においては、認証の有無が法的なリスクに直結する。
PSEマーク——日本国内での法的要件
電気用品安全法(PSE法)に基づくPSEマークは、日本国内で販売される一定のリチウムイオン蓄電池に対して表示が義務づけられている。リチウムイオン蓄電池は「特定電気用品以外の電気用品」に指定されており(単電池あたりの体積エネルギー密度が400Wh/L以上のものが対象)、届出事業者による適合性検査と技術基準への適合が求められる。2018年2月の通達改正ではモバイルバッテリーが規制対象に追加され、2019年2月以降はPSEマークのないモバイルバッテリーの販売が禁止された。Vマウントバッテリーについても、搭載セルのエネルギー密度が基準を満たす場合は同様にPSEの対象となる。
IDXの国内販売製品は、PSEマークを取得している。これは当然のことのように思えるが、Amazon等で流通する海外製Vマウントバッテリーのなかには、PSEマークが未取得のまま販売されている製品が存在する。PSE未取得のバッテリーを販売する行為は電気用品安全法違反であり、購入者が直接罰せられるわけではないが、万が一の事故時に保険適用や製造物責任の追及に影響が出る可能性がある。
UN38.3——国際輸送の安全基準
UN38.3は、国連が定めるリチウムイオンバッテリーの輸送安全性試験基準である。高度シミュレーション試験、温度サイクル試験、振動試験、衝撃試験、外部短絡試験、衝撃(落下)試験、過充電試験、強制放電試験の8項目で構成される。
航空貨物としてリチウムイオンバッテリーを輸送する場合、UN38.3試験の合格が必須条件となる。IDXを含む主要メーカーはUN38.3試験報告書を保持しており、要求があれば提示できる体制を整えている。しかし、廉価品のなかにはUN38.3試験を実施していない、あるいは試験報告書の提示ができない製品がある。
IATA危険物規則と98Whの壁
航空機内へのリチウムイオンバッテリーの持ち込みには、IATA(国際航空運送協会)危険物規則が適用される。機内持ち込み(手荷物)が許可されるリチウムイオンバッテリーの容量上限は、一般的に160Whであり、100Whを超え160Wh以下の場合は航空会社の事前承認が必要である。100Wh以下であれば、通常は事前承認なしで持ち込み可能とされる。
Vマウントバッテリーの多くが「98Wh」「99Wh」というスペックを掲げるのは、この規制に対応するためである。ただし、表示値と実際の容量が乖離している場合、問題が生じうる。公称98Whのバッテリーが実際には105Whの容量を持っていた場合、航空会社の事前承認なしでの持ち込みが規則違反になる可能性がある。逆に、公称99Whで実測80Whであれば規制上は問題ないが、ユーザーは本来得られるはずの20%分の容量を失っていることになる。
IDXのDUO-C98は、公称容量96Wh(後継のDUO-C98Pは97Wh)と控えめに表記しており、航空輸送規制への適合に余裕を持たせている。このような「正直な容量表記」は、一見すると競争上不利に見えるが、航空輸送を前提とするプロの現場では、むしろ信頼の根拠になる。
放送現場が求めるもの——「止まらない電源」という絶対条件
ここまでBMSと安全認証という技術的な側面から価格差の内訳を見てきた。本章では、より実務的な観点——放送・映画制作の現場がバッテリーに何を要求しているか——を考える。
生放送で電源が落ちることの意味
テレビの生中継を想像してほしい。ENGカメラマンが中継現場でカメラを回しているとき、バッテリーが突然シャットダウンしたらどうなるか。数秒の映像途切れが全国放送で流れ、プロデューサーの信頼を失い、次の仕事が来なくなる。放送現場において、電源は「落ちてはならないもの」である。 これは大げさな表現ではなく、実際にENGカメラマンがバッテリーに求める第一条件が「信頼性」であることは、業界関係者の証言が一致するところだ。
この要求は、以下の具体的な性能に翻訳される。
残量表示の正確性——「あと15分」の表示が本当に15分であること。突然のシャットダウンが起こらないこと。これはBMSの通信精度とセルの品質に直結する。
温度耐性——真夏の屋外中継(35℃以上)から真冬の屋外中継(氷点下)まで、安定した出力を維持すること。リチウムイオンセルは低温で出力が低下するため、BMSの温度補償アルゴリズムの精度が問われる。
充放電サイクル寿命——放送局やレンタルハウスでは、同じバッテリーを毎日充放電して数年間使い続ける。500サイクルで容量が半減するバッテリーと、1000サイクルでも80%以上を維持するバッテリーでは、ランニングコストに大きな差が出る。
互換性の保証——ENGカメラ(Sony PXW-Z750、Panasonic AG-CX350など)との電気的互換性が検証済みであること。通信プロトコルの実装が正確であること。
レンタルハウスの視点
映像制作のレンタルハウス(機材レンタル会社)は、Vマウントバッテリーの大量運用者でもある。レンタルハウスがバッテリーを選定する際の基準は、個人ユーザーとは異なる。
- トレーサビリティ:どのメーカーのどのロットかが追跡できること。事故発生時の原因特定に必要。
- アフターサポート:不良品発生時の迅速な対応窓口があること。IDXは国内に代理店網を持ち、修理・交換対応が可能。海外廉価品では、実質的にアフターサポートが存在しないケースも多い。
- 保険・賠償:万が一バッテリーが原因で機材や現場に損害が生じた場合、メーカーに製造物責任を問えるか。PSE取得済みの国内正規品であれば、PL法(製造物責任法)に基づく賠償請求の道筋が明確である。
ブライダル・イベント撮影の現場
放送やCM制作ほどの予算はないが、「失敗が許されない一回性の撮影」という点ではブライダル撮影やイベント撮影も同様である。挙式中にカメラが停止したら、その瞬間は二度と戻らない。
この領域のビデオグラファーにとって、Vマウントバッテリーの選択は「コストと信頼性のトレードオフ」が最も鋭く問われる場面である。IDXのDUO-C98を2本揃えれば10万円を超えるが、SmallRig VB99 SEなら2本で6万円以下に収まる。この差額をどう評価するかは、後述する「用途別の判断基準」で整理する。
中国製が「悪い」のではない——誠実な比較のために
本稿がここまでIDXの設計思想や放送現場の要求を詳しく述べてきたことで、「日本製(IDX)が優れていて、中国製は劣っている」という印象を抱いた読者がいるかもしれない。しかし、そのような単純な結論は本稿の意図するところではない。
中国勢の実力を正当に評価する
まず事実として認めるべきは、中国のバッテリー製造技術は世界最先端の一角にあるということだ。CATL、BYD、EVE Energyなど、世界のEV用バッテリーセルの大半は中国で生産されている。Vマウントバッテリーに使用されるリチウムイオンセル(18650型、21700型)についても、中国の大手セルメーカーが高品質な製品を供給している。
SWITのような中国の映像機器専門メーカーは、自社でBMS設計を行い、放送局への納入実績も持っている。SWITのPB-C98やBIVO-98は、価格帯こそIDXより安いが、BMS設計や安全認証の取り組みにおいて一定の水準を満たしている。
SmallRigのVB99 SEも、1万円前後という価格ながら、D-Tap + USB-C PD出力を備え、個人映像クリエイターの実用に十分な性能を提供している。筆者自身、SmallRig VB99 SEをCanon EOS C50と組み合わせて使用しているが、日常的な撮影では大きな不満は感じなかった。
問題の所在を正確に切り分ける
「中国製」をひとくくりにすることの危険性は、品質のばらつきが極めて大きい点にある。SWITやSmallRigのような自社ブランドで品質管理を行っているメーカーと、AliExpressで「99Wh V-mount battery」と検索して出てくるノーブランド品を同列に語ることはできない。
問題は以下の点に集約される。
- セルの素性が不明:ノーブランド品では、使用されているリチウムイオンセルのメーカーやグレードが開示されないことが多い。リサイクルセル(中古セル)が使用されている可能性も否定できない。
- BMS設計の品質が外部から検証できない:先述のとおり、BMSの品質は外見やスペックシートからは判断できない。
- 安全認証の未取得・偽装:PSEマークやUN38.3認証を実際には取得していないにもかかわらず、マークを印刷しているケースが報告されている。
- 容量の誇張:公称99Whに対し、実測で70〜85Wh程度にとどまる製品が散見される。
逆に言えば、SWITのように自社名を冠し、技術仕様を開示し、放送局への納入実績を持つ中国メーカーの製品は、廉価ノーブランド品とは根本的に異なる存在である。価格帯と品質は、国籍ではなく「メーカーの姿勢と実績」で決まる。
比較表:観点別の整理
以下に、IDX・SWIT・SmallRig・ノーブランド廉価品を例として、主要な観点を整理する。
| 観点 | IDX(日本) | SWIT(中国・プロ系) | SmallRig(中国・クリエイター系) | ノーブランド廉価品 |
|---|---|---|---|---|
| セル素材の情報開示 | 比較的明示 | 一部明示 | 非公開が多い | 不明瞭 |
| BMS設計水準 | 放送機器基準 | 準放送基準 | 民生機器基準 | 不明(ピンきり) |
| PSE認証 | 取得済 | 国内正規品は取得 | 国内正規品は取得 | 未取得品が存在 |
| UN38.3試験 | 合格・報告書あり | 合格・報告書あり | 対応(詳細非公開) | 不明 |
| カメラとの通信精度 | 高い(SMBus対応) | 概ね良好 | 機器依存 | 不安定なことも |
| 容量表記の正直さ | 乖離少 | 概ね正確 | 概ね正確 | 誇張リスクあり |
| 国内アフターサポート | 代理店窓口あり | 代理店あり(一部) | 国内窓口あり | 実質なし |
| 実勢価格(98~99Wh帯) | 40,000〜70,000円 | 20,000〜35,000円 | 15,000円〜 | 1,000〜20,000円 |
「保険料」としてのプレミアム——用途別の判断基準
IDXの価格差は何に対する支払いか
IDXのDUO-C98が70,000円超なのは「高い」とは訳ではない。考えるべきは、その金額を「何に対して支払っているか」である。
本稿で見てきたとおり、IDXの価格には以下のコストが含まれている。
- 放送機器基準のBMS設計・開発コスト
- 高品質セルの調達コスト(セルメーカーとの長期契約に基づくグレード選別)
- 各種安全認証の取得・維持コスト(PSE、UN38.3など)
- 国内外のアフターサポート体制の運用コスト
- 長期的なファームウェアアップデートと互換性検証
- 製造物責任に対する保証コスト
これらを総合すると、IDXの価格プレミアムは「保険料」として理解するのが最も正確だ。バッテリーが原因で撮影が止まるリスク、機材が損傷するリスク、航空輸送で問題が生じるリスク——これらのリスクを低減するための費用である。
用途別の推奨判断基準
では、この「保険料」はすべてのユーザーにとって必要なのか。答えは明確に「否」である。以下に、用途別の判断基準を整理する。
IDXクラスの投資が合理的な用途
- テレビ放送・報道のENG撮影:電源停止が放送事故に直結する。残量表示の正確性と温度耐性が不可欠。
- CM・映画の商業制作:1日あたりの撮影コストが高額であり、バッテリー起因のトラブルによる損失が機材コストを大幅に上回る。
- ブライダル・イベントの一回性撮影:撮り直しが効かない。信頼性の経済的価値が高い。
- 大規模レンタルハウス:大量運用における長寿命とトレーサビリティが求められる。
- 航空輸送を頻繁に伴うロケ撮影:容量表記の正確性とUN38.3認証が法的に重要。
SWIT・SmallRigクラスで十分な用途
- 個人映像クリエイターの日常制作:YouTube・SNS向けコンテンツなど、万が一バッテリーが停止しても撮り直しが可能な用途。
- スチール撮影の補助電源:テザー撮影やカメラトラップの長時間給電など、動画ほどの継続的負荷がかからない用途。
- 自主制作映画・インディーズ制作:予算が限られるなかで、コストパフォーマンスを優先すべき場面。
- LEDライト・モニターへの給電:カメラ本体ではなく周辺機器への給電が主目的であれば、通信精度の要求が低い。
ノーブランド廉価品のリスクを許容できる用途
- 実験・テスト用途:Vマウントシステムの導入検討段階で、まず低コストで試してみたい場合。
- 使い捨て前提の過酷環境:水中撮影のハウジング内電源など、バッテリー自体の損耗を前提とする場合。
ただし、ノーブランド廉価品の使用は、リスクを理解したうえでの自己責任の範囲に留めるべきだ。特にPSE未取得品の使用は、事故発生時の法的・保険的リスクを伴う。
「日本企業製」はゴールではなく、判断の起点である
本稿の問い——「Vマウントバッテリー、日本企業製を選ぶ意義はあるか」——に対する答えは、以下のとおりだ。
ある。ただし、それは「日本企業だから安心」という理由ではなく、IDXという特定企業の設計思想と品質管理が、放送機器メーカーの系譜に根差しているからである。
BMS設計の精度、安全認証の取得体制、カメラとの通信精度、容量表記の正直さ、アフターサポートの存在——これらは「日本企業製」という属性の結果ではなく、IDXが放送業界で30年以上にわたって専業で築いてきた実績の結果である。
同時に、中国勢の実力を過小評価すべきでもない。SWITはプロ用機材メーカーとして着実に実績を積み上げており、SmallRigは個人クリエイター市場において優れたコストパフォーマンスを提供している。「中国製だから危ない」という一般化は、2020年代の市場実態とは乖離している。
最終的な判断基準は、「国籍」ではなく「用途」である。 電源停止が許されない現場では、IDXの価格プレミアムは合理的な保険料になる。撮り直しが効く日常制作では、SWITやSmallRigが優れた選択肢になる。そして、いかなる用途であっても、PSE認証とUN38.3試験の確認は最低限のリテラシーとして求められる。
Vマウントバッテリーは、カメラシステムの「最後の砦」である。その選択を、価格表の数字だけで済ませてはならない。
出典・典拠
- IDX System Technology 公式サイト “About Us”——https://idxtek.com/about-us/
- IDX Europe 公式サイト “About”——https://idx-europe.co.uk/about/
- Newsshooter “NEP mini V-lock batteries & accessories”(2019年11月)——https://www.newsshooter.com/2019/11/18/nep-mini-v-lock-batteries-accessories/
- 経済産業省「電気用品安全法の概要」——https://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/
- 国土交通省「機内持込み・お預け手荷物における危険物について」——https://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr2_000007.html
- IATA “Lithium Battery Guidance Document”——https://www.iata.org/en/programs/cargo/dgr/lithium-batteries/
- UN “Manual of Tests and Criteria, Section 38.3″——https://unece.org/transportdangerous-goods/un-manual-tests-and-criteria
- SmallRig VB99 SE 製品ページ——https://www.smallrig.com/
- SWIT Electronics 公式サイト——https://www.swit.cc/
- IDX System Technology, Inc. LinkedIn会社概要——https://www.linkedin.com/company/idx-system-technology
- 経済産業省「モバイルバッテリーの規制対象化について」トピックス——https://www.meti.go.jp/policy/consumer/seian/denan/topics.html
- SWIT Electronics 公式 “About Us”——https://www.switonline.com/pages/about-us


