物理ダイヤルという哲学——「撮る喜び」を演出するデザイン|Xマウントの軌跡(15)

Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (15)

スマートフォンなら、画面をタップするだけで写真が撮れる。メニューに潜れば、どんな設定も指先ひとつで変えられる。それでも富士フイルムは、シャッタースピードダイヤルを、絞りリングを、ISOダイヤルを、頑なに残し続けた——。なぜ、あえて「手で回す」面倒を残すのか。そこには「撮る喜び」を設計し、カメラを「自分の一部」にしようとする、はっきりとした哲学があった。本章では、富士のダイヤルとデザインに込められた思想を読み解く。

前章までで、Xシリーズの「画質」を支えるマウントとセンサーを見てきた。本章で扱うのは、画質とはまったく別の軸、「操作」の思想だ。富士フイルムのカメラを手にした人が、スペック表に表れない部分でまず驚くのは、天面に並んだ金属製のダイヤルである。シャッタースピードの数字が刻まれたダイヤル、レンズに刻まれた絞りの数字。それらをカチカチと回して撮影する体験は、いまや多くのカメラが失ったものだ。富士はなぜ、それを守り続けるのか。

目次

ダイヤルとは「露出の三角形」を手で握ること

まず、富士のダイヤルが何をしているのかを整理しよう。写真の明るさ(露出)は、おもに三つの要素で決まる。シャッタースピード(光を取り込む時間)、絞り(光を取り込む穴の大きさ)、ISO感度(光への敏感さ)だ。この三つは「露出の三角形」と呼ばれ、写真の基本中の基本である。

多くの一般的なカメラでは、この三つをモードダイヤルの「P・S・A・M」で間接的に操作する。たとえばAモード(絞り優先)にして、ダイヤルをぐるぐる回して絞りを変える、といった具合だ。数値は背面の小さな画面か、ファインダー内の表示で確認する。

富士のクラシックスタイル機は、まったく違うアプローチを採る。シャッタースピードは天面の専用ダイヤルで、絞りはレンズの絞りリングで、ISOは専用ダイヤル(または独立した機構)で、それぞれ直接設定する。つまり、露出の三角形の三辺が、それぞれ独立した物理的な操作子として手の中にある。

この方式の妙は、撮影モードという概念が「自然に消える」点にある。シャッタースピードも絞りも自分で決めればマニュアル(M)、シャッタースピードを「A(オート)」にすれば絞り優先、両方をAにすればプログラム——モードを切り替えるのではなく、ダイヤルの組み合わせがそのままモードになる。だからこそ、近年のX-T5のように、いわゆる「PASMモードダイヤル」を持たない機種が成立する。撮影モードを選ぶ手順そのものを省き、設定したい値に最短距離で手を伸ばせる。この潔い設計は、操作の簡略化を求める者にとって理にかなった答えだ。

電源を切っても、設定が見える

物理ダイヤルの利点は、感覚的な心地よさだけではない。きわめて実用的な強みがある。

ひとつは、電源を切っていても設定が「見える」ことだ。シャッタースピードダイヤルに「250」と刻まれていれば、電源が入っていなくても、ひと目で1/250秒に設定されているとわかる。絞りリングも同じだ。カメラを構える前から、いまどんな設定になっているかが物理的に把握できる。メニューを呼び出し、画面を点灯させ、階層をたどる必要がない。

もうひとつは、学びやすさだ。あるピアニスト出身の書き手は、ソニー機を使っていた頃、参考書を読んでも絞りやシャッタースピードがいっこうに身につかなかったと振り返る。メニューボタンから階層に潜り、「どこだっけ」と探っているうちにシャッターチャンスを逃し、結局なにも身につかなかったと。ところが物理ダイヤルのカメラでマニュアル撮影を始めたとたん、三要素の関係が「あっさり身について」、思い描く絵に近づけられるようになったという。

これは示唆に富む。露出の三角形は、頭で覚えるより、手で覚えるほうが速い。ダイヤルを回せば数値が変わり、その場で結果が見える。この身体的なフィードバックの積み重ねが、写真の基礎を体に染み込ませる。富士のダイヤルは、ベテランの速写性だけでなく、初心者の学習装置としても優れているのだ。本連載の想定読者である「はじめてミラーレスを買う人」にこそ、この恩恵は大きい。

モードダイヤルを「持たない」という選択

富士のダイヤル思想を象徴するのが、エントリー機での新しい試みだ。たとえばX-T50は、従来ドライブダイヤルが置かれていた位置に、富士の代名詞である「フィルムシミュレーション」を選ぶ専用ダイヤルを独立させた。

これは小さな変更に見えて、思想的には大きい。一般的なメーカーなら、その一等地に「P・S・A・M」のモードダイヤルを置くだろう。だが富士は、初心者がもっとも楽しみ、もっとも触りたいであろう「色」を、天面のダイヤルに昇格させた。カメラ初心者でも、直感的に豊かな色調表現を楽しめる——その思想を、ダイヤル構成そのものが物語っている。

何を物理ダイヤルにするかは、メーカーが「ユーザーに何を一番触ってほしいか」の意思表示だ。露出のためのダイヤルを残し、さらに「色」のダイヤルまで足す。富士のダイヤル配置は、撮影体験のどこに喜びの核があるかを、設計者が考え抜いた結果なのである。

「撮ることに集中せよ」——X-Pro3の問いかけ

ダイヤルの思想を最も先鋭的に、そして挑発的に突き詰めた一台が、2019年のX-Pro3だ。このカメラは、背面の液晶モニターを「内側に隠す」という、前代未聞の設計を採った。

通常、背面液晶は撮影者に向いている。だがX-Pro3では、ふだん見える面には小さなサブ液晶があるだけで、メインの液晶は下に開かないと見えない。サブ液晶には、選んでいるフィルムシミュレーション(たとえばVelviaのフィルムパッケージ風のデザイン)と、ホワイトバランス、ISO感度が表示される。まるでフィルムカメラの、フィルムの箱を差し込む小窓のように。

この設計のメッセージは明快だ。「撮影後の画像をいちいち確認するな、撮ることに集中せよ」。素通しの光学ファインダーをのぞいてシャッターを切り、結果を確認せずにそのまま歩き続ける。撮った写真と初めて対面するのは、家に帰ってからだ——フィルムカメラそのもののリズムである。

もちろん、これは賛否を呼んだ「問題作」でもあった。不便を押しつけているという批判もあれば、その不自由さこそが写真を撮り続ける楽しさを思い出させてくれる、という熱烈な支持もある。便利さの逆を行くことで、かえって撮影という行為の歓びを取り戻させる。X-Pro3は、富士のダイヤル哲学が行き着いた、ひとつの極北だった。

デザイナー・今井雅純の思想

こうした「撮る体験」へのこだわりは、思いつきではない。その根には、一人のプロダクトデザイナーの一貫した思想がある。初代X100のデザインを手がけ、その後15年にわたって富士フイルムのカメラデザインをリードしてきた、今井雅純だ。

今井のデザイン哲学は、「センサーサイズや画素数といったスペック競争から距離を置き、撮るという体験そのものの豊かさを問い直す」ことにあるとされる。フィルムカメラを思わせるクラシカルな外観、手に馴染む形、回して心地よいダイヤル。それらは懐古趣味の飾りではなく、「自分」と「世界」のピントを合わせるための装置として設計されている。撮る人とカメラ、そして被写体との関係を、道具のかたちを通して結び直す——前章までで見たX100のレトロ意匠も、このデザイン思想の最初の結晶だった。

富士のカメラが「使えば使うほど手に馴染み、自分の一部になる」ことを目指すのは、まさにこの思想の表れだ。ダイヤルの位置や感触を指が憶え、見なくても操れるようになる。その「身体化」こそが、富士の考える理想の道具なのである。

五感で愛されるカメラ——「愛おしさという哲学」

2025年、富士フイルムはこのデザイン思想を、ブランドタグライン「愛おしさという哲学」として明文化した。

このタグラインが指し示すのは、スペックではなく、撮る人の五感と心の震えに寄り添うという姿勢だ。どれほど解像度が高く、正確な一枚が撮れても、撮影体験の歓びまでは数値で測れない——富士は、自社のカメラづくりの軸足をそこに置くと宣言したのである。

この「五感」へのこだわりは、ダイヤルだけにとどまらない。富士は、シャッター音さえテストを重ねて設計している。「心地よいシャッター音は、撮影体験を盛り上げる重要な要素」であり、「撮影を楽しくするBGM」だという。手に馴染むボディ形状、クリック感のあるダイヤルの感触、心地よい音。一見シンプルなダイヤルが、実は多くの部品からなる精密機構であることも、この「触覚の快楽」への投資の表れだ。

スペックは数字で語れる。だが「愛おしさ」は数字にならない。富士はあえて、その数値化できない領域——指先の感触、耳に届く音、構えたときの収まり——に資源を注ぐ。物理ダイヤルは、その思想を最も分かりやすく体現する装置なのである。

独自の視点——「不便」をどう設計するか

富士の物理ダイヤル哲学を、三つの視点から整理しておきたい。

第一に、富士は「不便をあえて意匠化した」メーカーだ。メニューに潜れば一瞬で済むことを、わざわざ物理ダイヤルに割り当てる。X-Pro3に至っては、背面液晶すら隠す。だがこの「不便さ」は、使い手に撮影という行為そのものへの意識を取り戻させる。便利の極限を追うスマートフォンの対極で、富士は「ほどよい不便」が生む豊かさに賭けた。これは万人向けの戦略ではないが、だからこそ熱心な愛好家を生む。

第二に、ダイヤルは「身体性の回復」装置である。メニュー操作は視覚と認知に依存するが、ダイヤルは触覚と運動に訴える。指がダイヤルの位置と感触を憶え、見なくても操れるようになる。この身体化は、カメラを「外部の機械」から「自分の延長」へと変える。富士が「自分の一部になるカメラ」と語るとき、その核心にあるのがこのダイヤルなのだ。

第三に、富士のダイヤルは「ファッションではなく思想」である。クラシカルな外観は確かに流行とも合致し、見た目で選ぶ層も多い(このライフスタイル的な側面は第Ⅷ部で改めて掘り下げる)。だが本章で見てきたとおり、その造形には露出教育、速写性、撮る集中、身体化という機能的・思想的な裏づけがある。見た目の懐かしさと、撮る体験の合理が一致しているからこそ、富士のダイヤルは「ただのレトロ」を超えて支持される。

手で回し、目で確かめ、耳で聴く。富士フイルムは、写真を撮るという行為を、五感の歓びとして設計し直した。ダイヤルは、その哲学が指先に触れる、もっとも身近な接点である。次章では、再び視点を内部へと戻そう。荒削りな船出を遂げたXシリーズが、いかにして弱点だったオートフォーカスと画像処理を克服していったのか——EXRプロセッサーからX-Processor 5へと至る、「Kaizen」のもう一つの物語を追う。


出典

  • FUJIFILM公式「Xシリーズ|ブランドコンセプト」(持つ喜び・操作する楽しみ/指がダイヤルの位置と感触を憶え自分の一部になる/シャッター音のテスト/ダイヤルは精密機構) https://www.fujifilm-x.com/ja-jp/special/x-gfx-brand/x/
  • 富士フイルム ニュースリリース「新ブランドタグライン『愛おしさという哲学』を決定」(2025年・CP+2025・代官山ポップアップ/音・デザイン・色へのこだわり) https://www.fujifilm.com/jp/ja/news/list/12132
  • note/飯田有抄「物理ダイヤルカメラのススメ」(メニュー階層の不便と物理ダイヤルの学習効果/露出三要素を身体で覚える) https://note.com/arisa_iida/n/nf9c188d94ab4
  • ダイヤモンド・オンライン「『自分』と『世界』のピントを合わせるデザイン――富士フイルム〈X100〉・今井雅純」(X100のデザインと15年の思想/スペック競争から距離を置き撮る体験の豊かさを問い直す) https://diamond.jp/articles/-/389880

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