買収・組織改編・毎年の値上げを数字で追う

Evernoteの現在地、更新するか、否か(4)

この章は、この連載でもっとも具体的な章です。誰がEvernoteを所有し、どう組織を変え、いくら値上げしたのか。数字を並べていきます。

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目次

買収 ― Bending Spoonsとは何者か

2022年11月16日、イタリア・ミラノに本拠を置くBending Spoonsが、Evernoteを買収する最終契約に達したと発表されました。取引は2023年1月3日に完了し、同社共同創業者兼CEOのルカ・フェラーリがユーザー向けのメッセージを公開しています。

Bending Spoonsは、日本では知名度が高くありませんが、動画編集アプリのSpliceや写真の高画質化アプリのReminiを手がける企業です。買収当時、全世界で月間1億人規模が同社の製品を使っていると説明されていました。

重要なのは、Bending Spoonsが「既存のアプリを買い、自社のノウハウで再建して収益化する」というモデルを事業の中核に据えている企業だということです。2013年にミラノで創業し、EvernoteのほかにMeetup、2025年にはVimeo、2026年にはペット向けGPSのTractiveなどを次々に傘下へ収めてきました。2026年6月にはNasdaqへの上場を申請し、同年7月にティッカー「BSP」で取引を開始しています。創業以来黒字を維持してきたとされる経営スタイルです。

この背景を知っておくと、その後の値上げの意味合いが見えやすくなります。米国式の「まずユーザーを集めてあとで収益化を考える」というスタートアップ型の経営から、「単体で黒字にならない事業は成立しない」という経営へと、オーナーの思想が入れ替わったのです。

組織改編とレイオフ

2023年6月23日、Evernoteは従業員に対して、業務の大半を親会社の本拠地であるヨーロッパに移行すると発表しました。7月5日にレイオフの通知が行われ、チリと米国を拠点とする従業員のほとんどが対象となりました。買収直後の2023年2月にも129人の削減が行われており、報道によれば米国とチリの約250人がこの一年で職を失っています。

公式ブログによれば、退職パッケージには16週間分の給与、最長1年間の健康保険、そして年末の業績目標をすでに達成したものとみなして日割りで支払われる業績連動賞与が含まれていたとされています。当時のCEOはフランチェスコ・パタルネーロ。

この判断はコスト面では合理的です。シリコンバレーの人件費はミラノのそれと大きく異なります。一方で、長年製品を見てきたエンジニアとサポート人員が一気に入れ替わったことは、ドキュメント化されていない知見の喪失を意味します。日本法人の解散も、この集約の延長線上にあります。

値上げを年表で追う

ここからが本題です。

2016年:前回の値上げと端末制限

2016年、Evernoteは価格改定を実施し、同時に無料プランの同期端末数2台という制限を導入しました。このときも相当な反発がありましたが、結果としてはこの価格体系が約7年間維持されます。

2023年5月1日:7年ぶりの値上げ

Bending Spoonsによる買収直後、価格改定が発表されました。日本ではパーソナルの月払いが900円から1,100円へ(約22パーセント増)、プロフェッショナルが1,100円から1,550円へ(約41パーセント増)。パーソナルの年額は9,300円になりました。旧価格を月額680円と記す資料もありますが、これは年払いを月換算した額とみられ、月払い同士の比較には使えません。

このときEvernote側は、約7年ぶりの値上げであり、多くの顧客にとっては初めての経験であることを認めたうえで、2016年から2023年の間に追加された機能を一覧表で示しています。セマンティックスタイル、テンプレートギャラリー、タスク、カレンダー連携、ホーム、バックリンク、高度なフィルタ、そしてAIノートクリーンアップ。価格に見合う進化はしているという主張です。

2023年12月4日:無料プランの実質的な終了

前章で触れたとおり、ノート50、ノートブック1への制限です。直接の値上げではありませんが、無料で使えていた人にとっては実質的に「0円から有料へ」という値上げでした。

2025年:プラン体系そのものの再編

2025年、Evernoteは個人向けプランの構成を根本から作り直します。長年使われてきたPersonal(パーソナル)とProfessional(プロフェッショナル)を廃止し、Starter(スターター)とAdvanced(アドバンスド)の二本立てに変更しました。公式のFAQは「PersonalやProfessionalに戻ることはできない」と明記しています。

日本での新価格の適用は2025年11月からです。問題は、既存のPersonalユーザーの多くが、ノート数などの制限に引っかかるために、上位のAdvancedへ移行させられたことです。

現在の価格(2026年7月時点、日本円)

プラン年額月額相当ノート数ノートブック端末数ストレージAI機能
Free0円0円5011台1GBなし
Starter7,099円約592円1,000203台5GB限定
Advanced17,899円約1,492円無制限無制限無制限無制限あり

※ Starterの月払いは1,100円、Advancedの月払いは1,799円とされています。年払いとの差額は小さくありません。

値上げの実額を計算する

ここが、多くの読者がもっとも知りたい部分でしょう。

比較金額差額倍率
年払い:Personal(2023年改定後)→ Advanced(現行)9,300円 → 17,899円+8,599円約1.93倍
月払い:Personal(2023年改定後)→ Advanced(現行)1,100円 → 1,799円+699円約1.64倍
月払い:Personal(2023年改定前)→ Advanced(現行)900円 → 1,799円+899円約2.0倍

つまり、2023年より前に月払い900円で使っていた人が、何もしないまま現在のAdvancedに至った場合、支払額はおよそ2倍です。年払いで比べても約1.93倍。いずれにせよ、3年ほどで負担が倍近くになった計算になります。旧価格を月額680円とする資料をもとに「約2.6倍」と語られることもありますが、これは年払いの月換算と月払いを混ぜた比較なので、本稿では採用しません。

さらに注意が必要なのは、割引適用で更新していたケースです。例えば50パーセント引きの年額4,600円前後で更新していた人が自動でAdvancedに移行した場合、実際の負担増は1万円を超えます。「何もしなければ自動的に高いプランになる」という設計は、ユーザーから見て友好的とは言い難いものです。更新日の前に、アカウント設定の登録プラン管理を必ず確認してください。

法人向けではさらに大きな変動が報告されている

個人向けだけではありません。海外メディアやSNSでは、小規模チーム向けのTeamsプランが整理され、既存の法人顧客がEnterpriseへ移行させられた結果、年額が極端に跳ね上がったという事例が複数報告されています。公式フォーラムでも困惑の声が上がっていますが、これらは公式発表ではなく個別のユーザー報告であり、価格体系の詳細は個別交渉となるため、ユーザーの環境によって大きく異なる可能性があります。ただし、法人契約を持つ方は更新条件を個別に確認しておいたほうがよいでしょう。

この値上げは不当なのか

感情を抜いて考えてみます。

クラウドストレージと同期を無制限で提供し、OCRを回し、AI機能まで搭載する。これを年額17,899円、月換算1,492円で提供すること自体は、市場価格から大きく外れてはいません。同じ価格帯でNotionのビジネスプランは年払い月換算3,150円ですから、絶対額としてはEvernoteのほうが安いという見方もできます。

問題は二点あります。

ひとつは上昇の速度と伝え方です。7年間据え置きだった価格が3年で何度も動き、しかもプラン廃止に伴う自動移行という形で実行された。金額の問題というより、予測可能性の問題です。

もうひとつは中間帯の不在です。Starterの1,000ノート・3台という制限は、長年使ってきたユーザーにはまったく足りません。筆者のアカウントもとうに1,000を超えています。つまり、既存ユーザーにとっての実質的な選択肢は「年17,899円」か「離脱」の二択です。この二択を迫られていることが、多くの人の不満の正体だと思います。

次章では、離脱した場合の行き先、つまり代替となったソフトウェア群を、思想の違いにまで踏み込んで見ていきます。


出典

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