Sony X-OCN 前編|歴史と設計思想(FX5から遡るVENICE・F5/F55の系譜)|動画RAWコーデック解剖(8)

動画RAWコーデック解剖(8)

RAWでありながら、従来のコーデック並みに小さいファイルに収まる。X-OCNという名前を初めて聞く人は、この一文に矛盾を感じるかもしれない。しかしSonyは、F65から始まる長い系譜の中で、この一見矛盾した性質を現実の記録形式として磨き上げてきた。この章は、X-OCN(eXtended tonal range Original Camera Negative)の成り立ちを追う前編である。新製品FX5に触れつつ、F65のRAWからF5とF55、VENICE、そしてVENICE 2へと至る流れを遡り、AXS-Rレコーダーやデベイヤー前16bitという思想、XT/ST/LTというグレード、そして「RAWとX-OCNの境界」を、Sony公式の仕様とホワイトペーパーに立脚して整理する。ワークフローと他RAWとの比較は後編の第9章に送り、本章は歴史と設計思想に絞る。

目次

X-OCNとは何か

X-OCNは、Sony独自の圧縮RAW形式で、2016年に発表された。正式名称のeXtended tonal range Original Camera Negativeは、直訳すれば「拡張された階調域を持つ、撮影時のオリジナルネガ」という意味になる。フィルム時代のオリジナルネガに相当する、加工前の素材という位置づけを名前そのものが語っている。

X-OCNの核心は、16bitのシーンリニアで記録する点にある。第1章で述べたとおり、シーンリニアとは光の量にそのまま比例した値のことで、16bitは一色成分あたり65,536階調に相当する。Sony公式のホワイトペーパー(Sonyのエンジニアリングチームが執筆)が、この16bitシーンリニアという性質の一次的な典拠である。

X-OCNは、SonyのRAW(Sony RAW)の圧縮効率をさらに高めたものである。RAWでありながら、露出や色などをモニタリングのための設定として非破壊で保持し、従来コーデック並みの小さいファイルに収める。後編の第9章で詳しく見るように、この「小ささ」こそがX-OCNが実務で選ばれてきた大きな理由である。本章では、この性質がどのような歴史から生まれたのかを追う。

Sony RAWとは何か

「Sony RAW」とは、特定の製品名ではなく、Sonyのデジタルシネマカメラが生み出す16bitリニアのRAW信号と、その記録形式を指す総称である。第1章で述べたRAWの一般原理を、Sonyが自社のセンサーとレコーダーの設計に落とし込んだものだと考えればよい。デベイヤー前のセンサー出力をほぼそのまま抱えるため、露出やホワイトバランスは撮影後に決め直す余地が大きい。

その素性は、一貫して16bitリニアにある。前節で触れた深いビット深度で、光の量に比例したシーンリニアの値を保持し、ISOや色温度といった撮影者の選択は映像に焼き込まず、非破壊のメタデータとして別に記録する。この「深いビット深度」と「非破壊の設計」という二本柱が、後に登場するX-OCNにもそのまま受け継がれる。

Sony RAWはF65で始まり、F5/F55を経て磨かれてきた。その延長線上で、同じ16bitリニアの素性を保ったまま圧縮効率を高めたのがX-OCNである。次節からは、この流れを機種とレコーダーの別を追いながら整理する。

前史:F65 RAWとSR-R4

X-OCNの系譜は、2012年に登場したF65のRAWにさかのぼる。F65は総画素約2000万のスーパー35センサーを備えた8Kクラスのデジタルシネマカメラで、F65RAWと呼ばれるモードで16bitリニアのRAW信号を生み出した。このRAWは、新開発のSRMemoryカードを使う専用の外付けレコーダーSR-R4(SRMASTERシリーズ)に記録する構成であった。なお、同じ外付けの思想は後続のF5/F55にも引き継がれるが、そちらのレコーダーはAXS-R5であり、F65のSR-R4とは別系統である。カメラ本体がセンサーの信号を生み出し、記録は専用の外部レコーダーが受け持つという構成である。

この「カメラ本体と外部RAWレコーダー」という組み合わせは、その後のF5とF55にも引き継がれた。Sonyは早い時期から、ハイエンドのRAWを外部レコーダーで受けるという設計を実践してきた。ここが後に、内部記録へと進化していく出発点になる。

F5/F55とAXS-R5:Sony RAWの確立

F5とF55(2013年)は、16bitリニアのSony RAWを外付けのAXS-R5レコーダーで、AXSメモリーカードに記録する構成を採った。RAWをAXS-R5へ、HDやXAVCを本体のSxSカードへ同時に記録でき、編集用の軽い素材と高品質なRAWを一度に得られる点が実務で重宝された。ただしAXS-R5世代のSony RAWは、16bitの素性を保つ一方で圧縮が浅く、データ量が大きいという、第2章で見たRAWの宿命を色濃く抱えていた。

このデータ量の重さに応える形で登場したのがX-OCNである。2016年、Sonyは新型レコーダーAXS-R7を発表し、従来のSony RAWに加えて、F5/F55のセンサー向けに新しく設計した16bitのX-OCNを記録できるようにした。X-OCNは、Sony RAWと同じ16bitシーンリニアの素性を保ちながら、圧縮効率を高めてファイルを大きく小さくした後発の形式である。標準グレードのSTは従来のカメラRAWと見分けのつかない品質をねらって設計され、軽量のLTはデータ量をさらに抑える。ここで重要なのは、X-OCNとSony RAW(軽圧縮)は別物として区別すべきだという点である。両者はいずれもSonyのRAW系だが、X-OCNは圧縮効率に踏み込んだ後発の形式であり、ひとくくりに「Sony RAW」と呼ぶと混乱する。

VENICE/VENICE 2での成熟(X-OCN XT/ST/LT)

X-OCNが本格的に成熟したのは、VENICEとVENICE 2の世代である。X-OCNには三つのグレードがある。最高品質でVFX向けのXT、標準のST、そして軽量で高フレームレート向けのLTである。第7章のCanonがLT/ST/HQを用意したのと同じく、圧縮RAWを段階で提供するという発想がここにも見られる。

注意すべきは、内部X-OCN記録がVENICE 2から実現した点である。オリジナルのVENICEとF5/F55は、X-OCNやSony RAWを記録するのに外部のAXS-Rレコーダーを必要とした。VENICE 2で初めて、X-OCNのXT/ST/LTをカメラ本体の内部に記録できるようになった。第3章と第6章で見た「内部記録か外部記録か」という論点は、Sonyの歴史の中でもはっきりとした転換点として現れている。

VENICE 2は、8.6K(8640×5760)のフルフレームCMOSを備え、内部にX-OCN XT/ST/LTを記録でき、16ストップのダイナミックレンジとデュアルベースISO 800/3200を持つ。6Kのセンサーブロックに載せ替えることもできる。X-OCNが視野に入れる解像度の到達点は、このVENICE 2の8.6Kである。

なお、シネマラインのBURANOはX-OCN LTのみに対応し、STとXTには対応しない。同じX-OCNでも、機種によって使えるグレードが異なる点は、Canonの事例と同じく押さえておく必要がある。

FX9/FX3/FX30/FX6のRAW出力(内部と外部の別)

Sonyのシネマラインには、X-OCNを内部記録する機種と、そうでない機種が混在する。ここを混同しないことが、Sonyのラインナップを理解する鍵になる。

FX9、FX6、FX3、FX30は、内部にX-OCNを記録しない。これらは16bitのRAW信号を外部へ出力し、外部レコーダーでProRes RAWやBlackmagic RAWに変換する方式を採る。後編の第9章で確認するとおり、FX9はXDCA-FX9という拡張ユニットを併用してSDIからRAWを出し、FX6は12G-SDIから拡張ユニットなしで直接RAWを出せる。FX3はHDMIから4.2KのRAW、FX30はHDMIから4.7KのRAWを出力する。これらはいずれも、カメラ本体の外でRAWになる方式であって、X-OCNの内部記録とは別物である。

この区別は重要である。第3章で強調したとおり、外部へ出力される16bitのRAW信号が、そのまま16bitで記録されるとは限らない。ProRes RAWへの変換など、記録段での扱いは経路とレコーダーに依存する。X-OCNの内部記録は、この外部出力とはまったく異なる、カメラ内で完結する16bitシーンリニアの記録である。

FX5(新製品)でのX-OCNの扱い

そして2026年、SonyはFX5を発表した。FX5は、FXシリーズで初めて内部X-OCN記録に対応した点で、本章の系譜において大きな意味を持つ。ここまで内部X-OCN記録はVENICE 2やBURANOといった上位機の特権であったが、FX5はそれをFXシリーズへと下ろしてきた。

FX5はSony公式のプレスリリースと仕様ページで、2026年7月22日発表、2026年8月21日発売と確定している。FX3とFX6の中間に位置するシネマライン機で、Eマウントを採用し、FX3Aは併売される。主な公式仕様は次のとおりである。

  • センサーとエンジン:新開発のフルサイズ フルスタック Exmor RS CMOS(総画素約18.2MP、有効約16.6MP、光学ローパスあり)に、AI処理ユニットを搭載したBIONZ XR2を組み合わせる。ラチチュードはS-Log3で15ストップ以上。
  • ベースISO:トリプルベースISO 800/4000/12800(FXシリーズ初)。デュアルゲインショット(FXシリーズ初、ISO800固定、最大5K30p 3:2)。ISO感度はISO320から409600。
  • 記録:3:2フルピクセル読み出しのオープンゲート(FXシリーズ初)に加え、17:9/16:9/Super35のモードを持つ。内部X-OCN記録(FXシリーズ初、16bitシーンリニアRAW)に対応する。グレードは、従来のX-OCN LTに加えて、新コーデックのC1(LT比約25%減)と、C2(C1比でさらに約20%減、高フレームレート向け)を持つ。X-OCNの内部記録は、VPG400対応のCFexpress Type Aのみ動作保証となる。
  • フレームレート(発表時点):5Kで最大60fps、4Kで最大120fps、FHDで最大240fps。5K120(3:2のX-OCN)と4K240pは、ファームウェアVer.2.0(2027年8月以降)で追加予定である。ここは、発表時点の仕様とファームで後から追加される仕様を、はっきり分けて理解する必要がある。
  • 手ブレ補正:5軸のボディ内手ブレ補正、Dynamic Active Modeを搭載し、ロール補正の範囲がFX3の約2倍。
  • 端子など:CFexpress Type AとSDのデュアルスロット、USB-Cを二基、フルサイズのHDMI Type-A、有線LAN(2.5GBASE-T、FX3にはない)。FX6の電子可変NDフィルターとSDI出力は搭載しない。
  • 電源とサイズ:バッテリーはNP-SA100(2670mAh、NP-FZ100比で約1.3倍)。質量は電池とカード込みで約734g、本体のみ約643g、寸法は約132.2×79×87mm。
  • モニターとEVF:3.5型 約276万ドットの16:9 4軸マルチアングル。別売の着脱式EVF「DVF-EL1」(0.58型 約707万ドットOLED、DCI-P3相当、10bit HDR)。別売ハンドル「XLR-H2」はXLR/TRSを二系統、最大4chで96kHz/32bitフロートの内部記録に対応する。
  • 価格:本体(ILME-FX5B)が米4,899.99ドル、国内812,900円。XLRハンドル同梱(ILME-FX5)が米5,499.99ドル、国内900,900円。

こうして見ると、FX5は「内部X-OCN(LT/C1/C2)対応」で公式に確定しており、内部X-OCN記録がついにFXシリーズへ降りてきたことを示す機種である。

設計思想:デベイヤー前16bitと圧縮効率の両立

X-OCNの設計思想は、一言でいえば「デベイヤー前の16bitという素性を保ったまま、圧縮効率を高める」ことである。第1章で見たとおり、デベイヤー前のデータは加工の自由度が高いが情報量が多い。第2章で見たとおり、その情報量はデータ量という代償になる。多くのRAWは、この代償を強い圧縮や外部レコーダーで受け止めてきた。

X-OCNの答えは、16bitシーンリニアという豊かな素性を保ちながら、従来コーデック並みに小さいファイルへ収めるという、両立の設計であった。VENICE 2の内部記録やFX5の登場は、この思想が上位機から普及機へと広がっていく流れを示している。なぜX-OCNの16bitが他RAWの12bitと単純に比較できないのか、そしてその実務上の意味は何かという踏み込んだ議論は、後編の第9章に譲る。本章は、その設計思想がどこから来たのかを歴史として押さえた。

2018年以降のX-OCN/Sony RAW対応カメラ・レコーダー一覧

X-OCNは対応機種が限られる。ここではRAWフォーマットの系譜を示す主要機を内部記録か外部レコーダーかの別を明記して並べる。

機種RAW/X-OCNの扱い内部/外部の別解像度の到達点
VENICE 2X-OCN XT/ST/LT内部記録8.6K(フルフレーム)
VENICE(初代)X-OCN XT/ST/LT、Sony RAW外部AXS-Rレコーダー6K(フルフレーム)
BURANOX-OCN LT のみ内部記録8.6K(フルフレーム)
FX916bit RAW出力(→外部でProRes RAW等)外部(XDCA-FX9併用、SDI)4K級RAW出力
FX616bit RAW出力(→外部でProRes RAW等)外部(12G-SDI直接、拡張ユニット不要)最大DCI 4K60 RAW出力
FX316bit RAW出力(→外部でProRes RAW等)外部(HDMI)4.2K RAW出力
FX3016bit RAW出力(→外部でProRes RAW等)外部(HDMI)4.7K RAW出力
FX5内部X-OCN(LT/C1/C2)内部記録(FXシリーズ初)5K(発表時点、Ver.2.0で5K120追加予定)

この表が示すのは、Sonyのラインナップにおいて「内部でX-OCNを記録する機種」と「16bit RAWを外部へ出す機種」が明確に分かれてきたこと、そしてFX5がその境界を動かしたということである。X-OCN(内部記録の圧縮RAW)と、外部出力のRAW信号は別物として理解しなければならない。

到達点:解像度とフォーマット

X-OCNが視野に入れる解像度の到達点は、VENICE 2とBURANOの8.6K(8640×5760)フルフレームである。フォーマットの面では、Sonyは3:2に近い縦横比の広いフルフレームセンサーを持ち、そこから17:9や16:9、Super35などの切り出しに対応してきた。FX5では3:2フルピクセル読み出しのオープンゲートがFXシリーズで初めて実現し、縦位置を含む多様な用途に素材を使い回せるようになった。X-OCNは、こうした広いセンサーの情報を16bitシーンリニアのまま、扱いやすいファイルに収める点に一貫した設計思想がある。

他章との整合

本章は歴史と設計思想に絞った。RAWの一般原理は第1章、データ量とワークフローの代償は第2章、内部記録と外部出力の技術的差異の一般論は第3章、圧縮RAWと特許の関係は第6章に置いた。X-OCNの16bitと他RAWの12bitをどう読むか、対応ソフトウェアやデータレート、他RAWとの比較といった実務面は後編の第9章で詳しく扱う。FX5の内部X-OCNの記録段ビット深度をめぐる議論も第9章で完結させているため、本章では公式の「16bit記録」という事実の提示にとどめた。

まとめ

X-OCNは、16bitシーンリニアという豊かな素性を保ちながら、従来コーデック並みに小さいファイルへ収めるという両立の設計を持つ、Sony独自の圧縮RAWである。その系譜は、F65のRAWと外部レコーダーSR-R4に始まり、AXS-R5を用いたF5とF55、初代VENICE、そして内部記録を実現したVENICE 2へと続く。2026年のFX5は、内部X-OCN記録をFXシリーズへと降ろした点で系譜上の節目に立つ。X-OCNとSony RAW(非圧縮あるいは軽圧縮)は別物であり、内部記録のX-OCNと外部出力のRAW信号もまた別物である。この二つの区別を押さえることが、Sonyの複雑なラインナップを読み解く土台になる。

出典(一次情報)


動画RAWコーデック解剖

  1. RAWとは何か|A/D変換・デベイヤーと「RAWのグラデーション」
  2. RAWの代償|データ量・熱・記録時間・メディア・ワークフロー
  3. なぜ同じ「RAW」で画質差が生まれるのか|内部収録RAWと外部ProRes RAWの技術的差異
  4. ProRes RAW|Apple×Atomosが選んだ「生に近い」設計
  5. Blackmagic RAW(BRAW)|「最適化されたRAW」という発明
  6. REDCODE RAWと特許|動画RAWを縛った知的財産の構造
  7. CanonのRAWコーデック群|Cinema RAWとCinema RAW Light(ST・HQ・LT)
  8. Sony X-OCN 前編|歴史と設計思想(FX5から遡るVENICE・F5/F55の系譜)
  9. Sony X-OCN 後編|ワークフロー・対応ソフトウェア・他RAWとの比較
  10. Nikon N-RAWとTicoRAW|ライセンスRAWという第三の道
  11. その他のRAWフォーマット概観|ARRIRAW・CinemaDNG・Panasonic・DJIほか
  12. 総合比較|「どれだけRAWか」の見取り図と2026年版マトリクス
  13. カラーマネジメントとアーカイブ|ACES・メタデータ駆動現像・長期保存
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