RAWをめぐる旅も、ここで終着点を迎える。第1章から第11章まで、各RAWコーデックの原理と歴史、そして設計思想を一つずつ解剖してきた。最終章では、それらを横に並べ、「どれだけRAWか」という一本のものさしと、実務で効いてくる複数の軸で見取り図を描く。結論を先に言えば、RAWかそうでないかという二択に大きな意味はない。案件の要件によって最適解は変わる。本章はその見取り図であり、これまでの章で確定した数値と記述を集約した集大成である。
「どれだけRAWか」というものさし
本連載が一貫して用いてきた軸が、「どれだけRAWか」である。RAWは「センサーの生データ」を指す言葉だが、実際には各社が圧縮やデベイヤーの度合いを変えており、生データにどれだけ近いかは形式ごとに違う。第1章で示したこの軸を、ここで全形式に当てはめる。
一方の端には、センサー生データに最も近い純RAWがある。非圧縮のCinemaDNGや、非圧縮あるいはロスレス圧縮のARRIRAWがこれにあたる。データ量は大きいが、後工程の自由度は最も高い。
中間には、ウェーブレットやDCTといった変換で圧縮しつつも、デベイヤー前の生データ構造を保つ圧縮RAWが位置する。REDCODE(R3D)、ProRes RAW、そしてSony X-OCNがここに入る。とくにX-OCNは16bitのシーンリニアをカメラ内で保持する点で、圧縮RAWの中でも生データ寄りに置ける。
もう一方の端には、扱いやすさを重視して生データに手を入れた「最適化RAW」がある。部分デベイヤーで色情報を間引くBlackmagic RAWや、軽量化を進めたCanon Cinema RAW Lightがこれにあたる。Nikon N-RAWは、TicoRAWという軽量圧縮を用いる点で、中間から最適化寄りに置ける。
重要なのは、この軸の右へ行くほど劣るというわけではない点である。最適化RAWは編集の軽さと十分な画質を両立させ、純RAWはVFXやアーカイブでの自由度を最大化する。どこが最適かは、制作の体制と目的で決まる。
2026年版 横断比較マトリクス
以下は、本連載で扱った主なRAW形式を横断で並べた比較表である。数値は各章で一次情報から確定した代表値であり、同じ形式でも機種・センサーモード・フレームレートによって大きく変わる。詳細は各章の表を参照してほしい。
| 形式 | 提供元 | 記録思想(純RAW↔最適化) | ビット深度 | 圧縮方式 | 解像度の到達点 | 記録形態 | 主な対応ソフト |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ProRes RAW | Apple(Atomosと協業) | 中間(生に近い設計) | リニアRAW(コンテナは最大16bit対応、記録段は機種依存で実質12bit級) | 可変ビットレート(業界解説ではウェーブレット系、Apple公式は明言せず) | 8K級(外部・機種依存) | 外部レコーダー中心+内部(GH7 2024/BMPCC 4K 2025) | Final Cut Pro/DaVinci Resolve(20.2でグレーディング対応)/Premiere(読込) |
| Blackmagic RAW(BRAW) | Blackmagic Design | 最適化RAW(部分デベイヤー) | 12bit | CBR 3:1〜18:1/CQ Q0〜Q5 | 12K(URSA Cine/PYXIS 12K)・17K(Cine 17K 65) | 自社カメラ内部+Video Assist 12G HDR経由 | DaVinci Resolve(垂直統合)+無償SDK |
| REDCODE(R3D) | RED(2024よりNikon傘下) | 純RAW寄り(変換ベースの圧縮RAW) | 最大16bit(V-RAPTOR) | ウェーブレット→DCT(KOMODO 6K以降) | 8K(V-RAPTOR)/6K(KOMODO系) | 内部記録 | REDCINE-X PRO/DaVinci Resolve等 |
| Canon Cinema RAW Light | Canon | 最適化寄り(軽量RAW・非クロマサブサンプル) | 12bit | Canon独自・LT/ST/HQの三段 | 8K(R5 C/R5 Mark II) | Cinema EOS内部+一部R系はHDMIで外部ProRes RAW | Cinema RAW Development+Premiere/Resolve直接、FCP/Avidプラグイン |
| Sony X-OCN | Sony | 純RAW寄り(16bitシーンリニア) | 16bit scene-linear | XT/ST/LT(FX5でC1/C2追加) | 8.6K(VENICE 2) | 内部記録(VENICE 2/BURANO/FX5)/FXシリーズは外部16bit RAW出力 | DaVinci Resolve Studio/Baselight等 |
| Nikon N-RAW | Nikon(TicoRAW=intoPIX技術) | 中間〜最適化(ライセンスRAW) | 12bit(High/Normal) | TicoRAW(ビットレートで規定) | 8.3K(Z 9) | 内部記録(Z 9/Z 8/Z 6III) | DaVinci Resolve等 |
| ARRIRAW | ARRI | 純RAW(非圧縮/Codexロスレス) | 12bit(ALEXA 35は13bit log) | 非圧縮/Codex HDEロスレス(約40%削減/元の約60%) | 4.6K級(ALEXA 35) | Codexメディア | ARRI公式ツール/DaVinci Resolve等 |
| CinemaDNG | Adobe主導(2026 ISO 12234-4化・採用は限定的) | 純RAW(オープン規格) | 最大16bit可 | 非圧縮/可逆/ロッシー | 機種依存 | DNG連番/MXF(旧Blackmagic機・SIGMA fp等) | DaVinci Resolve等 |
軸ごとの読み解き
ビット深度
ビット深度だけを並べても優劣は決まらない。X-OCNは16bitシーンリニア、他の多くは12bit、ARRIRAWは12bit(ALEXA 35は13bit log)である。ただし第9章で述べたとおり、ビット深度はエンコード曲線(リニアかログか)とセットでしか比較できない。16bit linearと12bit logは同じ物差しの16対12ではなく、別スケールの比較である。ProRes RAWも「固定12bit」という前提自体が誤りで、コンテナとしては最大16bitに対応し、デコードするとログではなくHDRリニア値になる。数字の大小ではなく、どの段階のどんな符号化かを見る必要がある。
圧縮方式
圧縮方式は「どれだけRAWか」の軸と直結する。非圧縮(CinemaDNG、ARRIRAWの一部)は生データそのもので最も重い。変換ベースの圧縮RAW(REDCODE、ProRes RAW、X-OCN)は生データ構造を保ったまま圧縮する。ただし変換方式は形式ごとに異なり、一括りにはできない。REDCODEはRED One以来のウェーブレットからKOMODO 6K以降はDCT(離散コサイン変換)へ移行し(第6章)、ProRes RAWの圧縮方式はApple公式が明言せず(第4章)、X-OCNの内部エンコード方式はSonyが開示していない(第9章)。部分デベイヤー(BRAW)は色情報を間引いて軽くする最適化型である。TicoRAW(N-RAW)はビットレートで管理する軽量圧縮、Canon Cinema RAW LightはLT/ST/HQの三段でデータレートを選ばせる。圧縮率が高いほどデータ量は減るが、後工程の自由度とのバランスは第2章で述べた三すくみのままである。
解像度の到達点
解像度の上限は形式で幅がある。BRAWはURSA Cine/PYXIS 12Kで12K、Cine 17K 65で17Kに達する。REDCODEはV-RAPTORで8K、X-OCNはVENICE 2で8.6K、N-RAWはZ 9で8.3K、CanonはR5 C/R5 Mark IIで8Kである。ただし解像度はアスペクト比やセンサーモード(フルフレーム/スーパー35、オープンゲート等)の制約とあわせて考える必要があり、最大値がそのまま実用値になるとは限らない。
対応ソフトとワークフロー
対応ソフトの広さは実務で重い。DaVinci Resolveは、BRAW(垂直統合)を筆頭に、ProRes RAW、REDCODE、Canon CRM、X-OCN、N-RAW、ARRIRAW、CinemaDNGまで、事実上のハブになっている。ProRes RAWはFinal Cut Proとの親和性が高く、Canonは純正のCinema RAW Developmentに加えNLE向けプラグインを備える。ワークフローが混在する現場ほど、Resolveを軸に据えるかどうかが選定の分かれ目になる。
メディアと記録形態
記録形態は内部記録か外部レコーダーかで分かれる。BRAW・REDCODE・X-OCN(VENICE 2等)・N-RAW・CanonのCinema EOSは内部記録が基本で、CFexpressやCodexといった専用・高速メディアを要する。一方、ProRes RAWは外部レコーダー中心から始まり、近年はGH7やBMPCC 4Kで内部記録も広がった。SonyのFXシリーズは16bit RAWを外部へ出力してProRes RAWやBRAWにする方式で、内部X-OCNとは別物である。この内外の違いは第3章で扱った画質差の議論と直結する。
ライセンスと特許
ライセンスと特許は、長く付き合う形式ほど無視できない。REDCODEは特許US 8,174,560を軸に各国で係争が続き、2024年にはNikonがREDを買収、2026年には日本でその日本ファミリー特許の無効審決が維持された(第6章)。この特許構造が、各社が独自RAWを持つ市場の分裂を生んだ側面がある。N-RAWはintoPIXのTicoRAWをライセンスして用いる「第三の道」であり、CinemaDNGはオープン規格で、土台のDNGは2026年にISO 12234-4として国際標準化された一方、動画用途では2019年前後にBlackmagicがBRAWへ移行して事実上終息した(ただしBlackmagicの公式説明は相手企業を名指ししておらず、CinemaDNGを名指ししたのはRED対Kinefinity訴訟の訴状である。詳解は第11章)。BRAWは無償SDKを公開しオープン志向を保つ。ProRes RAW・Canon CRM・X-OCNは各社提供で、ワークフローとメディアを含めた囲い込みの度合いが異なる。
プロダクション規模別の選択指針
最適なRAWは、制作の規模と体制で変わる。
個人や小規模で、撮影から編集まで一人か少人数で完結させるなら、BRAWやProRes RAWが扱いやすい。BRAWはDaVinci Resolveで完結でき、CPU負荷が低くノートPCでも編集しやすい。ProRes RAWはGH7などの内部記録機を選べば、外部レコーダーなしで運用できる。
中規模から大規模で、撮影・現像・グレーディング・VFXを分業する体制、とくに個人でワークフローが完結しないプロダクションでは、X-OCN(VENICE 2/BURANO)、ARRIRAW、REDCODE、CanonのCinema EOSが候補になる。16bitや広い対応ソフト、放送・配信の承認、堅牢なメタデータ運用が要件になるためである。
ワークフローが混在する環境では、対応ソフトの広さとACES対応が決め手になる。Resolveをハブに据え、各形式をACESで束ねる設計にすれば、複数のRAWが混ざっても色管理を統一できる(補章)。
納品・アーカイブ要件からの逆算
形式選びは、撮影時点ではなく納品とアーカイブから逆算するのが堅実である。配信向けでは、Netflix承認機であるかどうか(CanonのC400/C80、X-OCN機、ARRI機など)が制作の前提になることがある。長期保存では、第2章と補章で述べたとおり、LTOやLTFSへの退避、チェックサムによる整合性検証、そしてACES2065-1のような交換・保存標準への書き出しが重要になる。RAWの選択は、10年後にそのファイルを開けるかという可読性のリスクまで含めて考えるべきである。
「RAWを選ばない」という合理的判断
最後に、RAWを選ばないという判断も合理的でありうる点を強調しておく。納期が短く、ストレージや体制に余裕がなく、要求される画質が10bit 4:2:2で十分な案件では、XF-AVCやProRes 422、各社の高ビットレートなログ収録で足りることが多い。第2章で述べたRAWの代償(データ量・熱・記録時間・ポスト負荷)を払ってまでRAWを選ぶ必要があるかは、案件ごとに問い直すべきである。本連載は各RAWの原理と思想を解剖してきたが、それは「常にRAWが正解」と説くためではない。既存の「MONITOR & RECORDER」連載が「使うか否かの判断」を扱うのに対し、本連載は「選ぶなら、どのRAWを、なぜ選ぶのか」を判断するための土台を提供するものである。
よくある疑問(Q&A)
本連載に寄せられた三つの疑問について、要点だけをここでまとめ、詳しい解説は該当章に譲る。
- Q1:内部で記録するX-OCNの16bit linearは、外部レコーダーのProRes RAWやBRAWより高画質か。→ 一律に上とは言えない。16bit linearと12bit logは別スケールの比較であり、X-OCNの強みはカメラ内で16bitシーンリニアを完結して保持する設計にある。詳解は第9章。
- Q2:Canonの内部RAWと外部RAWでは、どちらが高画質か。→ 条件依存である。EOS R5 Cのように同じ一台で内部CRMと外部ProRes RAWを選べる例を通じて、ビット深度・圧縮・信号経路で決まることを示した。詳解は第7章。
- Q3:外部レコーダーのRAWはなぜ12bitが主流で16bitでないのか。→ 単一のボトルネックではなく、動画高fps時のセンサー/ADC読み出し深度と実測ダイナミックレンジの整合が主因である。ただしSonyのFXシリーズが16bit linearを外部出力する反例もある。詳解は第3章。
まとめ
「どれだけRAWか」は、優劣の順位ではなく設計思想の座標である。純RAWは自由度とデータ量を、最適化RAWは扱いやすさと十分な画質を、それぞれ選び取った結果にすぎない。2026年時点で、BRAWは12K以上へ、X-OCNは16bitへ、ProRes RAWは内部記録へと、それぞれの方向に成熟してきた。だからこそ、案件の要件、体制、納品とアーカイブから逆算し、必要なら「RAWを選ばない」ことも含めて決めるのが、本連載の到達点である。RAWは目的ではなく、良い映像を届けるための手段である。
出典(一次情報・各章集約)
本章は各章で用いた一次情報を集約したものである。主要な出典は以下のとおりで、詳細は各章末の出典を参照。
- Apple公式 ProRes RAW ホワイトペーパー: https://www.apple.com/final-cut-pro/docs/Apple_ProRes_RAW.pdf
- Blackmagic Design公式 Blackmagic RAW/URSA Cine仕様: https://www.blackmagicdesign.com/products/blackmagicursacine/techspecs
- RED公式 R3D SDK技術資料/KOMODO・V-RAPTOR仕様: https://www.red.com/
- RED中核特許 US 8,174,560 B2「Video camera」(Google Patents): https://patents.google.com/patent/US8174560B2/en
- RED関連特許 US 8,872,933 B2「Video camera」(予定満了2028-04-11、Google Patents): https://patents.google.com/patent/US8872933B2/en
- RED.com, LLC v. Kinefinity Inc. 訴状(2021、CinemaDNG/KineRAWを侵害コーデックとして名指し・同年取下げ/裁判記録)
- 知財高裁 令和7年(行ケ)第10041号 判決(RED特許・日本ファミリー特許の無効審決維持、2026-06-30言渡): https://www.courts.go.jp/hanrei/search1/index.html
- Canon公式 Cinema RAW Light explained/各機仕様: https://www.canon-europe.com/pro/stories/cinema-raw-light/
- Sony公式 X-OCN explained/ホワイトペーパー/FX5プレスリリース: https://pro.sony/
- Nikon公式 Z 9/Z 8/Z 6III オンラインマニュアル(N-RAWビットレート): https://onlinemanual.nikonimglib.com/
- intoPIX公式 TicoRAW: https://www.intopix.com/ticoraw
- ARRI公式 ARRIRAW/SMPTE RDD 51(HDE仕様)・RDD 54(MXF収録)・RDD 55(メタデータ): https://www.arri.com/
- Adobe公式 CinemaDNG Image Data Format Specification: http://download.macromedia.com/pub/labs/cinemadng/cinemadng_p1_spec_091009.pdf
- Adobe公式 Digital Negative (DNG) Specification 1.6.0.0(2021年12月): https://helpx.adobe.com/content/dam/help/en/photoshop/pdf/dng_spec_1_6_0_0.pdf
- Apple公式 ProRes RAWホワイトペーパー(再掲): https://www.apple.com/final-cut-pro/docs/Apple_ProRes_RAW.pdf
- ACES公式ドキュメント/Library of Congress フォーマット記述: https://acescentral.com/
動画RAWコーデック解剖
- RAWとは何か|A/D変換・デベイヤーと「RAWのグラデーション」
- RAWの代償|データ量・熱・記録時間・メディア・ワークフロー
- なぜ同じ「RAW」で画質差が生まれるのか|内部収録RAWと外部ProRes RAWの技術的差異
- ProRes RAW|Apple×Atomosが選んだ「生に近い」設計
- Blackmagic RAW(BRAW)|「最適化されたRAW」という発明
- REDCODE RAWと特許|動画RAWを縛った知的財産の構造
- CanonのRAWコーデック群|Cinema RAWとCinema RAW Light(ST・HQ・LT)
- Sony X-OCN 前編|歴史と設計思想(FX5から遡るVENICE・F5/F55の系譜)
- Sony X-OCN 後編|ワークフロー・対応ソフトウェア・他RAWとの比較
- Nikon N-RAWとTicoRAW|ライセンスRAWという第三の道
- その他のRAWフォーマット概観|ARRIRAW・CinemaDNG・Panasonic・DJIほか
- 総合比較|「どれだけRAWか」の見取り図と2026年版マトリクス
- カラーマネジメントとアーカイブ|ACES・メタデータ駆動現像・長期保存

