Fujifilm(富士フイルム)– tag –
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Instax/チェキという成功——銀塩衰退期に伸びた「もう一つのフィルム」|Xマウントの軌跡(9)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (9) デジタルカメラもスマホもなかった1998年に生まれ、デジタル全盛の2025年に累計販売台数1億台を突破した——インスタントカメラ「instax“チェキ”」は、銀塩フィルムが衰退していく時代に、むしろ... -
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フィルムカメラ時代の富士——レンジファインダーから中判、写ルンですまで|Xマウントの軌跡(8)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (8) 富士フイルムは「フィルムの会社」として知られるが、同時に半世紀以上カメラを作り続けてきた「カメラの会社」でもある。1948年のフジカシックスに始まり、プロが愛した中判レンジファインダー... -
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映画産業のフジノン——シネマレンズの系譜と現場の評価|Xマウントの軌跡(7)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (7) かつてシネマレンズは「借りるもの」だった。1本数百万円、PLマウント、重くて大きく、交換には人手がいる——映画やCMの現場でしか出会えない、特別な機材。だが2017年、富士フイルムはその常識... -
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放送用レンズの覇者——ハイビジョン以降、他社カメラに載るフジノン|Xマウントの軌跡(6)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (6) オリンピックのスタジアムで、選手の表情を競技場の反対側からアップで捉える——その怪物のようなズームレンズの多くに「FUJINON」の文字が刻まれている。世界の放送現場で使われる高倍率ズーム... -
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FUJINONの技術的背景——民生・産業・放送・映画のレンズ屋|Xマウントの軌跡(5)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (5) オリンピックの中継カメラにも、ハリウッドの撮影現場にも、彗星を追う天文台にも、富士フイルムのレンズは載っている。多くの人は「富士フイルム=フィルムとチェキの会社」と思っているが、そ... -
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なぜ富士はカメラを作り続けるのか——「写真文化への責任」という理念|Xマウントの軌跡(4)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (4) 儲けの薄いカメラ事業など、真っ先に手放してもよかったはずだ。多くの家電メーカーがそうしたように。それでも富士フイルムは、写真を撮る道具を作り続けることを選んだ。なぜか。そこには「写... -
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多角化という生存戦略——ヘルスケア・高機能材料・化粧品への道|Xマウントの軌跡(3)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (3) 写真フィルムの巨大市場が消えていく——その現実を前に、富士フイルムは「フィルム中心の会社であり続ける」ことをやめた。だが、捨てたのはフィルム依存の事業構造であって、フィルムで培った技... -
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コダック対富士フイルム——フィルム二大巨頭の明暗|Xマウントの軌跡(2)
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (2) 20世紀の写真は、黄色い箱に支配されていた。世界中どこの店先にも「Kodak」の黄色が積み上がり、人々はシャッターチャンスのことを「コダック・モーメント」と呼んだ。その巨人に、極東の島国... -
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創業と銀塩への情熱——国産フィルムに懸けた使命|Xマウントの軌跡()
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか (1) 1934年、神奈川の山あいで、ひとつの会社が産声を上げた。掲げた夢は「写真フィルムの国産化」。当時の日本にとって、それは無謀にも見える挑戦だった。富士フイルムの——そしてXマウントの——物... -
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色を愛するすべての人へ——このシリーズが問いかけること
Xマウントの軌跡 富士フイルムはなぜ「色」を選んだのか カメラを構える理由は、人それぞれだ。記録のため、仕事のため、あるいは、ただ目の前の光を手元に残したいから。けれど富士フイルムのカメラを手にした人の多くが、どこかで同じ一言を漏らす。「こ...
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